<沖縄県第三準備書面> 第一〇 地方自治と「機関委任事務」



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 一 問題の所在
   被告は、答弁書で主張したとおり、本件立会・署名は地方公共団体の自治
  事務であり、「機関委任事務」ではないと解するものであるが、仮に「機関
  委任事務」だとすると、国と知事との関係及び主務大臣と知事との関係はど
  のようなものとなるか、が問題となる。
  1 国・主務大臣と知事との一般的関係
    先ず、国と知事との一般的関係及び主務大臣と知事との一般的関係をど
   のように理解するか、である。
    原告は、国と知事との関係につき、知事を「国の事務を執行する機関」
   と位置づけ、「国の指揮監督権に服する」(原告第二準備書面三一〜三二
   頁)関係と解し、主務大臣と知事との関係については、主務大臣を「指揮
   監督権者」と解し、主務大臣は知事に対し指揮監督を行うにつき「広範な
   裁量」権を有する(一三頁)、と解している。
    しかし、知事は憲法上、地方公共団体の長として地方自治の本旨に基き
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   その「事務を処理し、及び行政を執行する権能」(憲法九四条、当該普通
   地方公共団体の事務・・・を管理し及びこれを執行する権限=地方自治法
   一四八条一項)を有し、自主独立した地位を保障されているので、知事を
   国の事務を管理・執行する権限を有するもの(権限行使の効果が国に帰属
   する)という意味で国の機関と解するのは差支えないが、行政機関(主務
   大臣)より下位の機関と位置づけるのは、正しくない。
    知事は法律・政令により、国から「機関委任事務」を配分され、その管
   理・執行権限を付与された自主独立した法的地位を有する者であると解す
   べきである。又主務大臣と知事とは、互いに対等な立場でそれぞれ配分さ
   れた国の事務を執行するものであり、主務大臣と知事との関係は上下関係
   にあるものではない、と解するのが正しい。
  2 知事に配分された立会・署名事務の範囲・権限
    次に、国から知事に配分・付与された「機関委任事務」の範囲及び管理
   ・執行権限の具体的内容をどのように理解するか、である。
    国から知事への事務の配分・権限付与は、「法律又はこれに基づく政令
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   」(地方自治法一四八条、以下、法律・政令という)により行われる。本
   件についていうと、本件立会・署名は、駐留軍用地特措法及び土地収用法
   三六条五項(以下、駐留軍用地特措法一四条一項により適用される土地収
   用法の規定のみを掲げる。)により知事の事務とされ、知事に管理・執行
   権限が付与される。
    従って、知事に属するとされる事務の範囲及び権限の内容は、同法の定
   め、解釈により初めて具体的に明らかになる。
    原告は、土地収用法三六条五項により知事に属するとされる事務の範囲
   及び権限の内容につき、「起業者が作成する土地調書及び物件調書が、使
   用の認定に係る土地への立入り、測量、調査等に基づいて適正にされたこ
   とを確認させること」と解し、これを「使用の裁決の申請の添付書類(土
   地調書)及び提出書類(物件調書)を完成させる補充的行為にすぎない」
   と主張する(三二〜三三頁)。
    これに対し、被告は答弁書で主張したとおり、知事の立会・署名は、起
   業者の恣意的調書作成を抑制し、土地所有者又は関係人(以下、土地所有
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   者等という)の財産権を保障するために憲法三一条の適正手続の一つとし
   て定められた独自の意義を有するものであり、知事は土地収用法上、土地
   ・物件調書の内容の真実性及び作成手続の適正さを調査、確認する義務と
   権限を有し、それに基づいて土地・物件調書への立会・署名を行うか否か
   を判断する権限を有する、と解するものである。
    知事は、後述する(第一〇、五)ように、本件土地・物件調書の内容の
   真実性及び作成手続の適正さに問題が存するとして、本件立会・署名を行
   わなかつたものであり、知事の行為は土地収用法三六条五項が認める判断
   権の行使として正当である。
  3 地方公共団体の長の法令審査権
    後述する(第一〇、四)ように、地方公共団体の長は、地方自治の本旨
   に基づいて自治行政を行う憲法上の義務と権能(以下、本来の職務という)
   を有している。
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    「機関委任事務制度」は、国の事務の管理・執行権限を「法律・政令」
   により地方公共団体の長又はその他の機関(以下、地方公共団体の長等と
   いう)に付与するものであるが、地方公共団体の長に事務の管理・執行権
   限を付与する場合には、地方公共団体の長が負う右憲法上の義務・権能と
   「機関委任事務」の管理・執行義務・権限との抵触・衝突の問題(又は抵
   触・衝突しているかのような外観)が生じる。
    「機関委任事務」を配分する法令そのものが、憲法上の義務・権能に抵
   触・衝突する場合は、その法令そのものが違憲・無効となるので右義務・
   権能の抵触・衝突という問題は生じない(起きるのは、法律と憲法との抵
   触・衝突である)。
    しかし、「機関委任事務」を配分する法令そのものは違憲ではないが、
   法令に基づく個々の適用それ自体が違憲という場合が存する。いわゆる 
   「適用違憲」がそれである。この場合、法令上の義務・権能と憲法との抵
   触・衝突が一応生じ、具体的な当該適用行為が違憲の評価を受ける結果、
   当該行為を行うべき法令上の具体的義務が否定され存しないこととなると
   解される。
    又地方公共団体の長として、法令上の義務・権限を執行することが違憲
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   状態を維持、継続したり、地方自治の本旨の実現を阻害したりする場合に
   は、地方公共団体の長は、憲法により付与された自治行政権能及びそれに
   付随する法令解釈権に基づき、当該事務を執行しないことが許されると解
   される。
    地方公共団体の長は、一般的意味での「機関委任事務」の管理・執行義
   務を負つているが、具体的に当該「機関委任事務」の管理・執行義務を負
   うのは、当該事務の管理・執行が憲法に抵触しない場合に限られる。
    従って、地方公共団体の長は、当然に「機関委任事務」を管理・執行す
   る際に、当該事務を管理・執行することが憲法に適合するか否かの審査権
   (憲法適合性審査権)を有し、合憲との審査をした後にその管理・執行を
   行うことになる。
    これは、憲法の最高法規性及び地方公共団体の長が憲法を尊重し擁護す
   る憲法上の義務を負っていることから導かれる当然の帰結である。
    又地方公共団体の長は、憲法により保障された直接公選制により選任さ
   れ、且つ憲法により保障された地方公共団体の執行機関として、本来国の
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   行政機関に対しては自主独立した地位を有するものであるから、「機関委
   任事務」の管理・執行を行う際に、それが法令に抵触しているのか否かを
   自主的に判断することができる(法令自主解釈権)、といわねばならない。
    従って、地方公共団体の長は、「機関委任事務」を管理・執行すること
   が法令上一応義務づけられている場合であつても、「機関委任事務」を管
   理・執行することが憲法に抵触すると判断した場合には、これを管理・執
   行しないことができるし、又当該事務の管理・執行が法令に違反し違法な
   ものとなると判断した場合は、これを管理・執行しないことができる。
    これは、法の執行権には当然に法解釈権が内包されている解されること
   から導かれる結論である。
    知事は、本件立会・署名を行うことが、憲法に抵触し、違憲状態を継続
   させること、本件立会・署名を求める防衛施設局長の行為が法令に違反し
   違法なものであること、更に土地・物件調書の内容、作成手続に瑕疵があ
   るとして本件立会・署名を行わなかつたものであり、知事の行為は法的に
   も正当なものであつた。
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    以下、詳述する。
 二 国・主務大臣と知事との一般的関係
  1 従来の説明
    これまで、「機関委任事務」の制度は、国が法律・政令に基づいて国の
   事務を地方公共団体の長等に委任し、これを「国の機関」に組み込むもの
   である、と説明されてきた。その特徴は、地方公共団体の長等を「国の機
   関」に組み込み、主務大臣と地方公共団体の長等との関係を「主務大臣か
   ら指揮監督を受ける関係」と説明することにより、主務大臣の権限を国の
   行政機関内部における上級機関の強固な指揮、監督権と同一視する見解を
   導くところにあつた。
    確かに、このような「機関委任事務」の概念は、地方公共団体の長等に
   対して指揮、監督権を確保しようとする国にとつては実に都合のよいもの
   であつた。
    しかし、憲法において地方自治が保障され、その自主独立性が保障され
   ている状況の下で、憲法より下位規範である「法律・政令」により憲法で
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   自主独立性を保障された地方公共団体の長を「主務大臣の指揮監督を受け
   る機関」に組み込もうとする「機関委任事務」の概念は、そもそも基本的
   に問題を持つものであつた。
    いうまでもなく、「機関委任事務」の概念は、講学上のものであり、法
   律上の概念ではない。又「機関委任事務」の概念が具体的に機能したのは、
   知事公選制が始まった戦後のことであり、その使用のされ方、現実の機能
   に問題があることが自治問題研究者の中で次第に指摘されるようになつて
   きた。
    「機関委任事務」の概念は、ある時期までは無批判に使われてきたこと
   があるが、その概念の曖昧さと、有用性に対する疑問から、現在では、前
   述の概念にとらわれることなく、具体的に地方公共団体の長等に事務を委
   任する個々の法令毎にその内容を検討すべきであるとする見解が行政法学
   会の主流となつている(「都市問題研究」三五巻六号、辻山幸宣「『機関
   委任事務』概念の機能と改革の展望」)。
  2 国・主務大臣と地方公共団体の長との関係
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   一 従来の「機関委任事務」制度の説明は、根本的に欠陥を持つものであ
    り、到底取りえないものである。
     なぜなら、憲法で自主独立性を保障された地方公共団体の長が、憲法
    より下位規範である「法律・政令」により、本来有するその「自主独立
    性」を奪われ「主務大臣の指揮監督を受ける機関」に組み込まれるとす
    るのは法の自己矛盾であり、憲法を否定することになるからである。
     従って、少なくとも地方公共団体の長に対する「機関委任事務」につ
    いては、地方公共団体の長は自主独立した地位を有するものであるから、
    地方公共団体の長を「主務大臣の指揮監督を受ける機関」と位置づける
    のではなく、国から「自主独立した法的地位を有するもの」と位置づけ、
    その自主独立性を害しない限度での国の事務の配分及びその管理・執行
    についての権限付与と解し、主務大臣と地方公共団体の長との関係は、
    国の機関内における上下関係を有するものではなく、対等な立場で協力
    して国の事務を執行する関係、と解するのが妥当である。
      (国の事務を執行するという意味、すなわちその行為が国の行為と
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      みなされ、その効果が国に帰属するという意味で「国の機関」なの
      であり、組織的に国の指揮監督を受けるという意味での「国の機関」
      と解してはならない。)
     地方公共団体の長への機関委任事務は、国の事務の執行を自主独立性
    を有する地方公共団体の長に「その自主的判断」のもとに執行すること
    を委ねるものと解すべきである。
     又地方公共団体のその他の機関に属するとされる「機関委任事務」 
    (地方自治法一八〇条の八、二項の教育委員会の事務等、但し同教育委
    員会の事務を機関委任事務と解してよいか問題が存する。)についても、
    それを定めた個々の規定の趣旨を具体的に検討することなく無前提に 
    「国の機関」と決めつけるのは、根拠が薄弱であるから、この場合は事
    務の配分・帰属を定めた個々の規定の趣旨を明らかにして、国と配分を
    うける機関との関係の中身を具体的に確定すべきである。
   二 右国と地方公共団体の長の関係は、地方自治を保障した憲法から導か
    れる結論であるが、この見解に立つと地方自治法一四八条、一五〇条を
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    どう解釈するかが、次に問題となる。
     同法一四八条は、一項で「普通地方公共団体の長は・・・・法律又は
    これに基づく政令によりその権限に属する国・・・の事務を管理し及び
    これを執行する」と規定し、二項で「前項の規定により都道府県知事の
    権限に属する国・・・の事務の中で法律又はこれに基づく政令の定める
    ところにより都道府県知事が管理し及び執行しなければならないものは、
    この法律又はこれに基づく政令に規定のあるものの外、別表三の通りで
    ある」と定める。
     一項は、「機関委任事務」の根拠規定と解されているが、一項と二項
    の関係は従来必ずしも十分に説明されていない。
     一項と二項を対比してみると、次の二点で規定の仕方が異なっている。
     一つは、一項が「法律又はこれに基づく政令によりその権限に属する
    国・・・の事務」とし、法律・政令により国の事務が普通地方公共団体
    の長に属すると規定するのに対し、二項が「前項の規定により都道府県
    知事の権限に属する国・・・の事務の中で・・・・しなければならない
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    ものは・・・」と定め、一項で普通地方公共団体の長に属する事務とさ
    れるもののうちの「一部の事務について」の規定となつている点である。
     もう一つは、一項が「国・・・の事務を管理し及びこれを執行する」
    とし、権限帰属の規定となっているのに対し、二項が「国・・・の事務
    の中で・・・都道府県知事が管理し及び執行しなければならないものは、
    この法律又はこれに基づく政令に規定のあるものの外、別表三の通りで
    ある」と定め、管理・執行義務を定める規定となっている点である。
     第一の点からは、「機関委任事務」を地方公共団体の長に帰属させる
    のは、法律・政令であり、二項の別表はその一部を定めるものであるこ
    とが明らかになる。
     第二の点からは、地方公共団体の長に属する事務の中には、管理・執
    行義務を負う事務とそれを負わない事務の二種が存し、二項は管理・執
    行義務を負う事務を別表の形で定めるものであることが明らかになる。
     いうまでもないが、法律・政令により「機関委任事務」が地方公共団
    体の長に属させられるものであるから、一般的意味での管理・執行義務
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    が地方公共団体の長にあることは当然のことである。
     しかし、二項の管理・執行義務をこの意味で解するのは相当でない。
    なぜなら、この意味での管理・執行義務であれば一項の「機関委任事務」
    全部についていえることであり、その一部である二項の事務についての
    み特に指摘すべきものではないからである。
     二項がわざわざ管理・執行義務を明記したのは、管理・執行義務を負
    う「機関委任事務」を別表で特定・明記し、同事務については地方自治
    法一五〇条の指揮、監督を受けることを明らかにするためである、と理
    解するのが規定の形式からすると自然である。
   三 地方自治法一五〇条は、「普通地方公共団体の長が国の機関として処
    理する行政事務については、普通地方公共団体の長は、都道府県知事に
    あつては主務大臣・・・・の指揮監督をうける。」と定め、普通地方公
    共団体の長に対する国の指揮監督を認める。ここで普通地方公共団体の
    長が「国の機関として」処理するという意味は、既に述べたように国の
    行政機関(主務大臣)と普通地方公共団体の長との上下関係を示すもの
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    ではなく、対等な当事者として普通地方公共団体の長が処理する事務の
    性格、即ち国の事務を執行するものであることをを示すものと解すべき
    である。
     又主務大臣の指揮監督については、普通地方公共団体の長に配分した
    国の事務を統一的に実施するため認められたものであるから、その指揮
    監督の範囲は「機関委任事務」の範囲及びその管理・執行権の範囲・限
    度についての指揮監督に限られ、事務を任された普通地方公共団体の長
    の判断権の具体的な行使方法についてまでは、指揮監督は及ばないと解
    すべきである。(仮に及ぶとしても、主務大臣と普通地方公共団体の長
    が対等な関係にあることを考えると、具体的な当該事務の執行が違法で
    あることが一見して明白な場合に限られると解すべきである。)
     地方公共団体の長への機関委任事務が、国の事務の執行を自主独立性
    を有する地方公共団体の長に、「その自主的判断」のもとに執行するこ
    とを委ねるものであることを考えると、右のことは当然である。
     その意味では、同一機関内の上級機関が下級機関に対して有する指揮
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    監督権が、下級機関が行う行為(権限の行使内容)の当否についてまで
    指揮監督できるとされていることと全く異なるものである。
     さらに、地方自治法一五〇条の指揮監督は、同法一五一条の二の職務
    執行命令訴訟以外にその実効性を担保する規定を有しない。同法一五一
    条が、都道府県知事にその管理に属する国の事務等につき、市町村長が
    なした処分の取消権、停止権を認めていることと対比すると、このこと
    は明らかである。
     主務大臣の指揮監督の実効を担保する規定が存しないのは、機関委任
    事務を執行する地方公共団体の長が自主独立した法的地位を有し、国の
    行政機関(主務大臣)と対等の関係にあるため、主務大臣は自己の意見
    を押しつけることができないことによるものである。
     従って、右一五〇条の指揮監督は、「絶対的に服するを要する」もの
    ではなく、普通地方公共団体の長が自主的判断で服するものという意味
    で行政指導と同種のものと解すべきである。
   四 以上の検討から明らかなように、地方自治法一四八条、一五〇条は決
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    して「機関委任事務」を管理・執行する地方公共団体の長が自主独立性
    を有することを否定するものではなく、むしろそのことを前提として、
    地方公共団体の長の自主独立性を害しない限度で(両立するように)、
    国の事務の執行を地方公共団体の長の自主的判断のもとに執行すること
    を委ねるものである。
     本件立会・署名が、仮に国の「機関委任事務」だとしても、それは地
    方自治法一四八条一項に基づくものであり、同条二項の規定により知事
    が「管理し及び執行しなければならないもの」とされているものではな
    い(別表に記載なし)から、主務大臣は、本件立会・署名につき同法一
    五〇条の指揮監督を行い得ない。
 三 知事に配分された立会・署名事務の範囲・権限
  1 土地所有者等の立会・署名の目的と法的性格
   一 土地収用法三六条五項の事務が「機関委任事務」ではなく、自治事務
    であることについては、既に答弁書で詳述したとおりである。ここでは、
    仮に「機関委任事務」だとした場合、知事にどのような事務が配分され、
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    どのような権限が付与されているかを土地収用法に則して検討する。
     先ず、知事の立会・署名の目的、法的性格をどのように理解するか、
    である。
     この点について原告は、事務の範囲及び権限の内容につき、「起業者
    が作成する土地調書及び物件調書が、使用の認定に係る土地への立入り、
    測量、調査等に基づいて適正にされたことを確認させること」と解し、
    これを「使用の裁決の申請の添付書類(土地調書)及び提出書類(物件
    調書)を完成させる補充的行為にすぎない」と主張する(三二〜三三頁)。
     しかし、右国の解釈は、誤っている。
     土地収用法三六条一項は、土地・物件調書の作成が起業者の行う事務
    であることを確認し、これへの起業者の署名押印を義務づけている。と
    ころが同条二項は、「起業者は、土地所有者及び関係人を立ち会わせた
    上、土地調書及び物件調書に署名押印させなければならない。」と定め
    て、起業者に対し土地所有者等に立会・署名をさせることを義務づけて
    いる。   
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     なぜ土地収用法は、起業者にこのような義務を課したのであろうか。
     本来土地・物件調書は、起業者が収用委員会へ申請する書類の一つに
    過ぎず、起業者が自由に作成できるものである。起業者が申請した書類
    が適正なものであるか否かを審査するのは、本来裁決事務を行う収用委
    員会の仕事であるはずである。
     ところが、土地収用法は、三六条二項で起業者に対し土地所有者等に
    立会・署名をさせることを義務づけ、三八条で土地・物件調書にその記
    載内容の真実性について法的推定力を付与している。これは、土地・物
    件調書は起業者が作成するものではあるが、裁決申請後は土地・物件調
    書を中心に裁決手続がすすめられ、且つ土地・物件調書を前提として様
    々な収用法上の法的効果が発生することから、起業者に対し土地・物件
    調書の作成の段階で土地所有者等に立会・署名させることを義務づけ、
    その意見を土地・物件調書に反映させることにより被収用者の権利保護
    を図り、且つ起業者の恣意的調書作成を抑止し、土地・物件調書の記載
    内容に真実性を推定させる法的根拠をつくり、調書に法的推定力を付与
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    して、裁決手続の安定性を図ろうとしたものである。
     従って、二項の立会・署名は、土地所有者等の権利保護を目的とする
    ものであり、それは憲法三一条の適正手続の一環としての法的性格を持
    ち、土地所有者等に立会・署名する権利を保障したものと解すべきであ
    る。
      原告の見解は、土地収用法三六条二項が土地所有者等に立会権を認
    めた趣旨を「土地の使用の事務の能率化を図る」ためと解し、土地所有
    者等の財産権保障の趣旨を否定するものであり、不当なものである。
   二 土地収用法三六条二項が土地所有者等の立会・署名権を認めていると
    解しているのか否か、原告の姿勢は明らかでない。
     原告は、同法三六条二項が「立会人を指名し、署名押印させる義務」
    を起業者に負わせるだけで土地所有者等に「立会・署名権」を付与する
    ものではないと解しているようにもとれる。
     何故なら、原告は、立会についての記述の中で「土地収用法三六条二
    項にいう『立会』は、すべての作成過程における立会ではなく、最終的
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    に土地調書・物件調書が作成された段階において、その基礎となった資
    料を示す等して、土地調書・物件調書の記載事項を説明することで足り
    る」(六一頁)と主張しているからである。
     しかし、原告の右主張は、法がわざわざ「立会」と規定しているのに、
    これを「説明」と曲解するものであり妥当でない。
     土地所有者等の立会・署名が財産権保障のための適正手続という法的
    性格を有することを考えると、右三六条二項は、所有者等の立会・署名
    権を認めたと解するのが正しい。
   三 原告は、「立会」の具体的内容について、「立会は、土地調書・物件
    調書の作成の過程が適式であるかどうかを確認させる手続にすぎず、土
    地調書・物件調書の記載事項が現地と符合することを直接確認させる手
    続ではない。」(六〇頁)として、現地での立会は必要でなく、「土地
    調書・物件調書の作成の過程が適式であるかどうかを確認させる手続」
    であるとする。
     しかし、原告の右主張は、先ず「現地での立会」を否定する点で、次
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    に確認の対象を「調書の作成の過程の適式さ」に限定している点で誤っ
    ている。
     土地収用法三六条二項が起業者に「立会」を義務づけたのは、土地・
    物件調書の記載内容の真実性及び作成手続の適正さの双方を確認させる
    ためであり、作成手続の適正さのみを確認させるものと狭く解する理由
    は 全くない。原告は、他方では「その基礎となった資料を示す等して、
    土地調書・物件調書の記載事項を説明することで足りる」と主張しなが
    ら、一方で確認の対象を作成手続に限定する。これは矛盾している。調
    書の記載事項の説明とは、まさに記載内容についての説明だからである。
     土地収用法三七条は、土地調書には実測平面図を添付しなければなら
    ないと規定する。これは収用される対象土地を特定するためである。と
    ころで、土地所有者等が実測平面図を見ても、それだけでは強制収用 
    (使用を含む)される土地の範囲は明らかにならない。このことは、例
    えば測量士という専門家であつても、自ら測量に関与していなければ、
    当該実測図面を見ただけでは(改めて復元のための測量をしなければ分
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    からない)土地を現地で特定できないことを想起すれば明らかである 
    (図面を見ただけで現地で特定しうるのは、当該図面を測量した者のみ
    である)。
     このように、土地所有者等が土地・物件調書の記載内容を確認するた
    めには、現地での立会が必要であることから、法は土地所有者等に現地
    での立会を行わせ、土地・物件調書の記載内容を確認させようとしたも
    のである。
     このように解しなければ、法がわざわざ立会権を保障した意義を見失
    うことになる。同法三六条三項が、土地所有者等に「異議を附記する権
    利」を認めたのは、右立会の権利が保障されているからにほかならない。
   四 原告は、旧土地収用法から現行の土地収用法への立法経過を「現地立
    会」否定の理由とするが、正しくない。
     同経過は、起業者と土地所有者等が「共同して土地調書・物件調書を
    作成する」こととしていたのを、「起業者が土地・物件調書を作成する
    こととした上、その作成の際に土地所有者等を立ち会わせることとした」
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    ものである。原告の言葉を借りていうと「すべての作成過程における立
    会ではなく、最終的に土地調書・物件調書が作成された段階において」
    立会わせることにし、「立会の時期」を「調書作成のすべての過程」で
    立ち会わせることから「調書が作成された時点」での立会で足りるとし
    たただけのものであり、決して「立会の場所」を変更するもの(現地で
    の立会を否定するもの)ではない。「法が立入り、測量、調査の段階か
    ら土地所有者を立ち会わせることを予定していない」のは、右立法の趣
    旨から当然のことである。原告の主張は、右立法の経過を歪曲するもの
    である。
     又原告は、土地所有者等が異議を附記して署名押印する権利を有する
    ことを理由に、現地での立会を認めないとしても、土地所有者等には格
    別の不利益が生じないと主張する。これは、土地所有者等が立会する権
    利を否定し、立会権が財産権保障のための適正手続であることを無視す
    るものであり、暴論と強く批判すべきものである。
    (異議を附記して署名する権利は、土地・物件調書の作成手続について
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     だけでなく、土地・物件調書の記載内容についても、土地所有者等に
     積極的に異議を述べさせて、起業者に正確な調書を作成させることを
     目的とするものであることを忘れてはならない−−−調書の恣意的作
     成の抑止。原告の主張は、土地所有者等が異議を述べても、頭からこ
     れを考慮することを否定するものであり、開き直りの主張である。)
      ちなみに、小澤道一著「逐条解説土地収用法」上は、「この立会い
     は、調書の素案の・・・記載が対象の土地又は物件に照らして相違が
     あるか否かを現地において確認するために必要とされている行為であ
     る。」として、被告とおなじく「記載内容」の確認をするために「現
     地立会」を行わせるべきと解している(三七三頁、竹村忠明著「土地
     収用法と補償」二四一頁も現地での立会を必要とする)。
   五 従って、立会権は、強制使用される現地で土地・物件調書の記載内 
    容の真実性及び作成手続の適正さを確認するために立会をする権利であ
    り、起業者は現地で立会させる義務を負うものである。
     ところが、本件においては、後述するとおり、防衛施設局長は土地所
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    有者等に対して、現地での立会を求めていないことはもとより、元々求
    める必要がないとの方針を持っていたのである。よつて、防衛施設局長
    が市町村長に対してなした土地・物件調書への立会・署名を求める行為
    には、手続的瑕疵が存するものであつた。
     又立会権は、財産権保障のための適正手続であるから、立会の機会は
    実質的に保障されなければならない。
     ところが、本件においては、後述するとおり(第一〇、五)、防衛施
    設局長は土地所有者等に対して、形式的な一片の通知をなしただけで実
    質的な立会の機会を与えていない。よつて、防衛施設局長が市町村長に
    対してなした土地・物件調書への立会・署名を求める行為には、この点
    でも手続的瑕疵が存するものであつた。
  2 知事の立会・署名の目的と法的性格
   一 次に、土地収用法三六条四項、五項の立会・署名の目的、法的性格を
    どのように解するか、である。
     四項は、土地所有者等が署名押印を拒んだ場合又は署名押印を行うこ
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    とが出来ない場合の定めであり、五項は、市町村長が署名押印を拒んだ
    場合の規定である。
     四項は、「・・・ときは、起業者は、市町村長の立会及び署名を求め
    なければならない。」と定め、土地所有者等が署名押印を拒んだり、署
    名押印をしない場合でも、起業者に立会・署名を求め、これを行わせる
    義務を免除しないことを明らかにしている。これは、土地所有者等が行
    う立会・署名と市町村長が行う立会・署名とが同一の法的性格を有する
    ことを意味する。確かに前者が本人としての立会・署名であり、後者が
    公的立場を有する市町村長としての立会・署名であることは、そのとお
    りであるが、このことから両者の立会・署名の法的性格が異なるとする
    のは正しくない。
     市町村長は公的立場から、土地所有者等にかわって後見的に立会・署
    名を行うものであり、その目的は被収用者の財産権を保障するという観
    点から土地・物件調書の記載内容の真実性を担保し、起業者による恣意
    的作成を抑止しようとするものである。
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     従って、市町村長の行う立会・署名は、土地所有者等の立会・署名と
    同一の目的を持つものであり、その法的性格は憲法が保障する財産権保
    障のための適正手続の一環として又起業者の恣意的調書作成を抑止する
    ため、市町村長に土地・物件調書の記載内容の真実性と作成手続の適正
    さを調査、確認する権限と立会・署名権を保障したものと解すべきであ
    る。
   二 これに対し、原告は、「市町村長等は、土地調書・物件調書が測量、
    調査等に基づいて適式に作成されたことを確認すれば、署名押印すべき
    である」(六三頁)とする。
     しかし、原告のこの見解が、被告が主張する市町村長・知事の「調査、
    確認、立会の義務と権限」をすべて否定するものなのか、それとも「調
    査、確認、立会の義務」を否定するだけで「調査、確認、立会の権限」
    は認める趣旨なのか、それとも「立会の義務と権限」は認めるが「調査、
    確認の義務と権限」を否定するものなのか、必ずしも明らかでない。
     原告は、市町村長・知事の調査、確認権限を否定する理由として、 
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    「土地所有者等の代理人として、立会をするものではない」こと、「市
    町村長が常に土地調書・物件調書に記載されている境界、権利の存否、
    内容、権利者の氏名等が真実であるかどうか確認する手段を有している
    訳ではない」ことを挙げる。
     しかし、市町村長・知事が「代理人」でないことは、あたり前であり、
    「代理人」でないことは、市町村長・知事が調査、確認権限を有しない
    とする根拠にはならない。何故なら、地方公共団体の長というその地位
    と権限の故にこそ、法は財産権保障のための適正手続として市町村長・
    知事に調査、確認権限を付与したと解されるからである。
     又市町村長・知事が「常に・・・確認する手段を有している訳ではな
    い」ことはそのとおりだとしても、そのことが何故調査、確認権限を否
    定する理由となるのであろうか。原告の見解では、市町村長・知事が 
    「確認する手段」を有している場合、調査、確認義務は認められること
    になるのではなかろうか。原告の主張は、結局実際に確認する手段があ
    るか否かを問題とするものであるが、土地収用法三六条四項、五項はす
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    でに述べたように、市町村長・知事に確認手段があるか否かを問うもの
    ではなく、土地所有者の財産権保障のための適正手続を定め、市町村長
    ・知事にその履行を求めるものと解するのが相当であるから、原告の右
    主張は理由がない。
     又原告は、被告が「適式に作成されたことを確認すれば、署名押印す
    べきである」と述べ、被告の調査、確認権限は「適式に作成されたか否
    か」に限られ、「土地調書・物件調書の記載事項が真実かどうか」につ
    いては及ばないと主張する(六三頁)。
     しかし、この見解が不当であることは明らかである。
    市町村長・知事は、土地所有者等にかわつて後見的に財産権保障のため
    の適正手続として立会・署名を行うものであり、且つ起業者が調書を恣
    意的に作成することを抑止する役割を有するものであるから、確認の範
    囲は当然土地・物件調書の内容全般に及ぶものである。
     原告の見解によると、市町村長・知事が土地・物件調書の記載事項が
    真実でないことを知った場合又はその真実性に疑義を有する場合でも署
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    名押印をすべきということになるのであろうか。作成手続が適正でない
    場合に署名押印を行わないことができるというのであれば、記載事項が
    真実でない場合にも、署名押印を行わないことができると解しなければ
    一貫せず、法的正義に反する。
     原告の見解が妥当でないことはあきらかである(せいぜい原告の見解
    によるとしても、記載事項の事実性の確認義務を否定するものであり、
    確認することを否定すると解すべきではない)。
   三 五項は、四項と異なり「都道府県知事は、起業者の申請により・・・」
    立会・署名を行わなければならないと定め、四項のように「起業者は、
    都道府県知事の立会・署名を求めなければならない」とは規定していな
    い。これは、市町村長が署名を拒んだことに正当な理由が存する場合が
    あるからである。このような場合には、起業者に対し都道府県知事への
    立会・署名を求めるのは相当でない(起業者が指摘された瑕疵を補正し
    て、改めて土地所有者等への立会・署名を求めることが有りうる)。こ
    のため、五項は四項と異なる表現となつたと解される。
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     しかし、市町村長が署名を拒んだ場合に知事が行う立会・署名は、市
    長村長が行う立会・署名と同一であり、その法的性格は変わらない(起
    業者の申請があった場合は、知事は、立会人を指名し、これに署名させ
    なければならないとされているので、同項が知事の調査、確認権限及び
    立会・署名権を認めているのは明らかである)。
     知事の立会・署名が国の「機関委任事務」だと解すると、市町村長の
    立会・署名も同様に国の「機関委任事務」と解さなければ一貫しない。
    そうだとすると、国の主張によると、国は市町村長に対し一五〇条の指
    揮監督権を有し、一五一条の二の職務代行を行いうるということになる。
    しかし、土地収用法三六条は、市町村長の立会・署名につきこの主務大
    臣の職務代行を認めていない。市町村長が署名を拒んだ場合には、知事
    が立会・署名事務を行うと定めるに過ぎない。知事の立会・署名は、市
    町村長が署名押印を拒んだ場合に行われる市町村長の事務と同一の事務
    であるから、同様に一五一条の二の職務代行を認めていない、と解する
    のが自然である。
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   四 四項、五項は、いずれも市町村長と知事に立会・署名を義務付けてい
    るが、市町村長と知事が機械的に土地・物件調書に立会・署名をするこ
    とを求めているのではない。立会・署名は、土地・物件調書の記載内容
    の真実性、作成手続の適正さを後見的に調査、確認し、起業者の恣意的
    調書作成を抑制するために行うものであるから、四項、五項は、論理的
    に知事の判断権、すなわち調査、確認した結果、土地・物件調書の記載
    内容が真実であるか否か、又は作成手続が適正であるか否かを判断する
    権限を認めるものである。
     市町村長が立会・署名を拒んだことに正当な理由が存する場合には、
    起業者は不備な点を補正して改めて土地所有者等に対する立会・署名を
    求め直さなければならない。
     起業者は、市町村長が立会・署名を拒んだことに不服な場合には、知
    事に対し立会・署名を求めることができるようにしたのが五項の規定な
    のである。その意味では、五項は不服申立手続の性格を有するものであ
    る。
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     五項が「都道府県知事は、・・・・署名押印しなければならない」と
    規定したのは、知事が調査、確認をおこなつた結果、土地・物件調書の
    記載内容が真実であること、作成手続が適正であることが明らかになつ
    たときは立会・署名すべきことを規定したものであり、それ以上に機械
    的に署名すべきことを定めたものではない。
     知事が調査、確認をおこなつた結果、土地・物件調書の記載内容が真
    実であることに疑義が存する場合、作成手続の適正さに疑義が存する場
    合には、知事は立会・署名を行つてはならない。
     市町村長が立会・署名を拒んだ場合には、一応それなりの理由が存す
    ると推定されるので、知事にはより慎重な調査、確認、署名が求められ
    る。  
   五 本件においては、本件土地・物件調書につき後述する(第一〇、五)
    ような瑕疵が存するので、知事が本件立会・署名を行わなかったのはそ
    の判断権の行使として、正当なものである。         
 四 地方公共団体の長の法令審査権−−−−−地方自治の保障と知事の職務
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  1 憲法による地方自治の保障
    憲法第八章は、地方自治を制度的に保障したものである。この点につい
   ては、今日では異論のないところである。地方自治は、民主的国家におい
   ては民主主義を「草の根もと」で実現するために不可欠な重要な制度であ
   る。旧憲法下におけるわが国の地方自治の歴史を振り返るとき、憲法が「
   地方自治の本旨に基いて」地方自治を制度的に保障し、これに客観的法規
   範性を与えたことの意義は極めて大きなものがある。
    地方公共団体の有する人格及び自治権につき、それが固有のものである
   か、国家から伝来したものであるかという視点から論じられることがある
   が、「伝来説か固有権説かという問題は、さして意味のあるものとはいえ
   ず、中央と地方の権限配分・地方公共団体の組織と作用の方法等について、
   憲法上どのような構造がとられているのか、それを具体的且つ説得的に説
   明することこそが重要」であると指摘されている(法律時報第四八巻二〜
   四号、杉原泰雄「地方自治権の本質」四号一三三頁参照)。憲法は、「民
   主的国家構造の一環をなすものとして、国家とともに、国民生活の福祉の
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   向上に奉仕するために、国民の主権から発する公権力を国から独立して各
   地域において自己の責任の下に行使する一の公の制度」として地方自治を
   保障したものである(答弁書引用成田論文二三四頁参照)。
  2 地方自治の本旨
    憲法が制度的に保障したのは「地方自治の本旨に基く」地方自治である。
   近代憲法が公権力の存在理由を人権保障に求めてきたことは、自明のこと
   であり、日本国憲法が、国民の人権を保障することを重要な目的とし、基
   本原理としていることは異論のないところである。憲法が制度的に保障す
   る地方自治制度も当然のこととして、住民の人権保障を目的とするもので
   あり、人権保障は、「地方自治の本旨」の重要な内容をなすものである。
    「地方自治の本旨」は、住民自治と団体自治の観念から成り立つと解さ
   れるが、地方自治が住民の人権保障を目的とすることをふまえて、その内
   容が具体化されなければならない。憲法九三条は、住民自治の制度的保障
   の具体的内容として、地方公共団体に対し議決機関としての議会の設置、
   長、議員等の直接公選制を保障し、九四条は、団体自治の制度的保障の具
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   体的内容として、地方公共団体に対し財産管理権、自治行政権、及び条例
   制定権を保障している。
    本件に関して特に留意しておかなければならないのは、一つは、住民か
   ら直接公選された知事の責務の法的意義である。
    もう一つは、自治行政権の具体的内容と法的意義である。
    知事は、県民から直接選挙で選ばれた者として、住民自治、民主主義の
   精神に立って県民の意思を尊重しながら自治行政を執行する憲法上の責務
   を負っている。
    又知事は地方公共団体の長として憲法上、地域住民の平和的生存権を保
   障し、生活、人権、財産権を守り、福祉(地域振興)を増進させる責務を
   負っている。
    知事は、右責務を果たすために地方公共団体の長として、憲法が保障し
   た地方公共団体の自治行政権を行使する。この機能は、憲法が保障したも
   のであり、内閣に属する国の行政権(憲法六五条)と対等なものである。
  3 自治行政権と法令審査権
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   一 自治行政権は、国の行政権と同様に憲法に従って行使される。
    この場合、地方公共団体の長は内閣と同様、行政権を執行する際、行政
    権を執行する者として憲法及び法律を解釈し、それに従って行政権を執
    行する。
     憲法は、地方公共団体の長と内閣をそれぞれ自主独立した憲法上の機
    関(一方は地方公共団体の機関、他方は国の機関)と位置づけているか
    ら、地方公共団体の解釈権と内閣の解釈権との間には優劣は存しない。
    これに対して、それぞれの機関の内部において、例えば内閣の統轄下の
    行政機関内部において、官房、局、部、課、室等はそれぞれの事務を執
    行するにつき法令解釈権を有するが、下位の機関の解釈権は上級機関の
    解釈権に従い、拘束される。同一機関内の法令解釈権は、上級機関の解
    釈権により、解釈が統一され、その解釈が正しいか否かは最終的には司
    法判断に委ねられるのである。
   二 それでは、制度上対等な行政権と憲法・法令解釈権(執行に際しての)
    を持つ内閣と地方公共団体の長との間で、「機関委任事務」の管理・執
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    行につき意見の相違が生じたとき、その調整、解決はどのようになされ
    るのであろうか。言葉をかえると、地方公共団体の長は、国の事務執行
    者として最終的な解釈権を有するのであろうか。
     一つの考え方は、これを否定し、内閣(主務大臣)に行政内部におけ
    る最終的解釈権を与え、地方公共団体の長がこれに不服の場合は、地方
    公共団体の長に裁判を提起させて、裁判所にて最終的判断(司法判断)
    を受けさせる、というものである。
     もう一つは、地方公共団体の長に自主的解釈権を認め、内閣(主務大
    臣)がこれに不服の場合は、主務大臣に裁判を起こさせて、裁判所にて
    最終的判断(司法判断)を受けさせる、というものである。
     前者の考え方は、地方公共団体の長が憲法上自主独立した地位を保障
    されていることを、無視している点で誤つている。又地方自治法は地方
    公共団体の長に裁判を起こす権限を認めておらず、逆に主務大臣に機関
    訴訟を起こす権限を認めているので解釈上も採りえない見解である。こ
    の考え方は、砂川職務執行命令訴訟の一審で国が主張したものであるが、
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    周知のように同事件の最高裁判決で否定された。
     後者の考え方は、地方自治制度と機関委任事務制度を憲法の趣旨にそ
    って調和させるものであり、妥当なものである。地方自治法一五一条の
    二が主務大臣に職務命令訴訟を認めていることから、地方自治法がこの
    考え方に立っていることは明らかである。
     ただ、この見解に立つ際に留意しなければならないのは、主務大臣が
    不服を申し立てられるのは、法律により、地方公共団体の長に対する 
    「指揮監督」及び「裁判を起こす権限」(職務執行命令の勧告・命令権
    を含めて)が付与されている場合に限られる、という点である。
     (土地収用法の立会・署名については、前述のように、(第一〇、二)
     仮に「機関委任事務」だとしても、地方公共団体の長に対する「指揮
     監督」及び「裁判を起こす権限」を認める規定はないので、主務大臣
     は知事が行つた判断に対して不服を申し立てることはできないと解す
     べきである。)
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   三 ところで、地方公共団体の長も内閣も最高法規たる憲法を遵守する憲
    法上の義務を負っている。従って、憲法に違反すると判断した法律(違
    憲の法律)には従わないことができるし、従うべきではない。
     又法律そのものは憲法に違反しないが、具体的な執行行為が憲法に違
    反する(適用違憲)と判断した場合は、当該執行行為を行わないことが
    できるし、行ってはならない。このことは、法理論上当然のことである。
     問題は、個々の法律の適用又は法的行為そのものは、違憲とはいえな
    いが、それらの行為によってもたらされる全体的状況が憲法に違反する
    状態と判断される場合である。行政権の執行者が、このような意味で違
    憲状態と判断した場合、執行者は違憲状態を維持・継続させる当該事務
    を執行しないことができるのかという問題である。この問題については、
    これまでほとんど論じられたことがない。
     沖縄県における米軍基地の状態は、まさにこの例にあたる。
     米軍基地は、国有地の提供行為、公有地の賃借による提供行為、市有
    地の賃借による提供行為、駐留用用地特措法に基づく強制使用にする提
    供行為等の複合により、はじめて一団の基地として存在し、機能してい
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    る。
     個々の提供行為が、それ自体としては、直ちに違憲とはならないとし
    てもこれらの行為が広範かつ持続的に累積あるいは、複合に存在するこ
    との結果として、これを総体的に見るならば、憲法の保障する平和的生
    存権を侵害し、県民の生活、人権を侵害し(憲法上の人権が侵害されて
    いる状態)、地方住民の福祉(地域振興)の増進を阻害している(地方
    自治の本旨の実現が阻害されている状態)と評価しうる状態が存在する。
     このような違憲ないし反憲法的状態が存すると判断した場合、地方公
    共団体の長は、右違憲状態を維持し、継続させることが憲法上の自己の
    本来の職務(地方自治の本旨に従って自治行政を行う憲法上の義務・権
    能)に反するとして、当該機関委任事務を執行しないことができる(具
    体的執行義務を負わない)と解される。
     なぜなら、地方公共団体の長は、憲法上、自主独立した地位を保障さ
    れ、憲法を遵守し、憲法を実現する義務を課せられているので、違憲状
    態(憲法上の人権が侵害されている状態、地方自治の本旨の実現が阻害
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    されている状態)を維持、継続する法的義務をおわないと解するのは、
    当然のことだからである。
   四 本件に即していうと、先ず本件立会・署名の根拠となる駐留軍用地特
    措法が違憲無効であれば、本件立会・署名義務は生じない。
     次に総理大臣がなした事業認定が違憲無効(適用違憲)又は違法であ
    れば、それを前提とする本件立会・署名申請は無効・違法となり、知事
    は本件立会・署名を行わないことが土地収用法上認められる。
     又沖縄県における米軍基地の存在が、前述した様々な人権侵害を引き
    起こし、県民と県に多様な生活破壊と負担を与えており、違憲状態と判
    断された場合、知事はその違憲状態を維持、継続させる本件立会・署名
    を行う義務を負わない。
     これらは、憲法が最高法規であり、地方公共団体及び知事が憲法遵守
    義務を負っていることから導かれる法的結論である。
     本件においては、知事が自己の法令解釈権に基づき右判断(本件立会
    ・署名義務を負わない)に至ったものであり、その判断に誤りはないと
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    確信するものである。
     よって、裁判所はその司法権を行使をして、知事の右判断に誤りが存
    するか否かを慎重に憲法と証拠に照らして判断すべきである。
   五 原告は、被告の右判断に対して、「前者の事務(本件立会・署名)の
    執行は法令に基づくものであるが、後者の事務(様々な被害・負担をも
    たらす米軍基地の整理、縮小、撤去)の執行は被告の政策あるいは政治
    的方針に基づくものにすぎない」(三三頁)と批判する。
     しかし、この批判は、被告が憲法に照らして、@駐留軍用地特措法及
    びその適用の仕方を違憲と判断したこと、A使用認定が違憲・違法と判
    断したこと、B米軍基地が存在するゆえに生じている状態が違憲状態に
    至っていると判断したこと等を無視し、これを単なる政策、政治方針と
    矮小化している点で誤つている。
     右判断は、優れて憲法判断である。とくに、ここで指摘をしておかな
    ければならないのは、Bの判断である。ここでいう違憲状態の中には、
    様々な形での人権侵害状態が含まれるが、それだけにとどまるものでは
---------- 改ページ--------565
    なく、地方自治の本旨を実現するという知事の本来の職務を侵害すると
    いう側面が含まれているという点である。地方自治の実現という中には、
    人権保障という側面の他に、地域住民の福祉の実現という政策にかかわ
    る側面、その意味では地方公共団体の長の自主的判断に委ねられている
    側面が存し、それが憲法上制度的に保障されているという点である。
     機関委任事務は、このような自主独立性を有する知事に、その本来の
    職務と抵触しない限度で国の事務の執行を委ねるものであることに留意
    しなければならない。
     法律といえども、この知事の憲法上の義務・権能を制約することはで
    きない。
  4 本件立会・署名と違憲状態−−−−具体的内容
   一 住民の意思に反する本件立会・署名
     1  第六で指摘したとおり、沖縄県民の圧倒的多数が基地の整理・縮小、
     撤去を求めている。この県民意思は第二、第三で述べた歴史的経過の
     中で形成されたものであり、長期間にわたり確固とした県民意思とし
---------- 改ページ--------566
     て存在しているものである。沖縄県民は、戦後五〇年間、沖縄に米軍
     基地を存続せしめるか否かにつき一度も民意を問われたことがない。
     これは、憲法の下での明白な民主主義の不在といいうる異常な法的状
     況である。沖縄県民の置かれたこのような異常な状況は、戦後に始ま
     るものではない。第二で述べたように日本が沖縄に対して琉球処分以
     来、一貫してとってきた国策が作りだしたものであり、深い歴史的背
     景を持つものである。
      識者が被告の立会・署名拒否を評して「知事は今や明らかに近代沖
     縄百年のアポリア(解決困難な難問)を苦悶の決断で乗り越えようと
     しているかに見える。その道はあるいは『沖縄民権』の悲劇の先駆者
     謝花昇が求めた道」ではないか(沖縄自立の最終的な道)、又知事の
     決断の後に沸き起こってきた沖縄民衆の「熱い支援と共感の声」は 
     「近代以降、今日に至るまでの沖縄に対する犠牲と差別、不平等な処
     遇に対する根底的な抗議の声」であるとした(比屋根照夫、沖縄タイ
     ムス一九九五年一〇月二〇日)のは、まことに的を得たものといえる。
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     2 本件立会・署名は、駐留軍用地特措法に基づいて米軍用地の使用権
     を取得するための不可欠な事務であり、直接米軍基地を存続させるこ
     とに繋がるものである。
      前述したような歴史的、社会的背景の下で、知事が県民の意思に反
     して米軍基地を存続せしめる本件立会・署名を行うことは、住民自治
     の最も核心的な精神に反し、県民の意思に基づいて自治行政を負うべ
     き憲法上の責務に反することになる。
   二 住民の生活、人権、財産権、福祉(地域振興)を侵害する本件立会・
     署名
     1 米軍基地の存在は、第五で指摘したとおり、住民の生活、人権、財
     産権、福祉(地域振興)をあらゆる面で侵害し、阻害している。
      沖縄県は、右事態に対応するため地方公共団体としても人的、経済
     的両面にわたって過重な負担を強いられている。
      沖縄県における右状況は、決して一時的なものではなく戦後五〇年
     間強いられてきたものである。国は、今後もこの状況を国策として維
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     持する意向を明確に示しており、沖縄県に今後長期間にわたって米軍
     基地の過重な負担を強いる姿勢を示している。
      昨年一一月二一日村山首相とクリントン大統領によって発表される
     予定であったとされる「日米安保共同宣言案」は、この点につき「大
     統領と首相は、日米安全保障条約が冷戦の終結のため重要な役割を果
     たし、両国のみならずアジア太平洋地域および世界の安全保障と繁栄
     の基礎を成すものとして、その役割を引き続き果していくことを再確
     認した。」と記述し、日米安保条約六条の定める「極東における国際
     の平和と安全の維持に寄与する」という目的を逸脱して、「アジア太
     平洋地域および世界の安全保障」にまで日米安保条約の目的を拡大す
     ることを明記している。又同宣言案は、さらに「米国は死活的な国益
     の存在する地域に前方展開するという世界戦略の一部として、東アジ
     アにおける同盟関係を維持し、このためにこの地域に約十万人の兵力
     の前方展開を続ける計画を持っている。」と述べ、在沖米軍基地がア
     メリカの世界戦略の一部として二一世紀に渡って長期間固定化される
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     ことを明らかにしている。
      米軍基地のもたらす右状況は、長期間にわたって地域住民の平和的
     生存権、生活、人権、財産権を侵害し、福祉・地域振興を阻害するも
     のとなっており、違憲状態というべきものとなつている。この違憲状
     態は、駐留軍用地特措法に基づく土地強制使用、土地賃貸契約、国有
     地の提供等の各土地提供行為があいまつて結果的に全国の米軍専用施
     設の七五パ−セントが沖縄に集中する、違憲状態を作り出しているも
     のである。
      本件立会・署名は、この違憲状態を維持、継続させる行為であり、
     到底憲法が許容しないものである。
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  五  本件土地・物件調書の瑕疵
    1  土地・物件調書作成手続の瑕疵
      一  起業者たる防衛施設局長は、本件土地・物件調書の作成にあたつて土
        地所有者等を現地で立ち会わせその意見を聞かなければならないもので
        あった(土地収用法三十六条二項)。これは、起業者の恣意的な土地・
        物件調書作成を抑制し、地主の財産権を保障し適正手続を保障するため
        の不可欠な手続である。特に、本件土地が戦後五〇年間ずっと米軍基地
        として使われてきており、土地所有者等が基地内の本件土地・物件の現
        況を知りえない状況にあることを考えると、これは極めて重要な手続で
        ある。
          本件土地所有者等は、一九九五年三月二三日、五月一九日、二三日に
        自己の所有地とされる強制使用対象土地・物件の概況を確認するため、
        那覇防衛施設局長に対し、現地への立ち入り調査を要求したが、いずれ
        もこれを拒否されている。すなわち、那覇防衛施設局長は土地所有者等
        が米軍基地内に立ち入って対象土地・物件の現況を調査確認することを
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        拒否したまま土地所有者等に対し、現地以外の場所での立会を求める通
        知をなしたのである。しかも、那覇防衛施設局長は、本件土地の所有者
        がいわゆる反戦地主であり、当然立会・署名を拒否するものとの先入観
        に立って、土地所有者等に対し十分な立会の機会を保障せず、一方的に
        形式的な一片の通知をなしただけで土地所有者等が立会・署名を拒否し
        たと独断して、市町村長にたいし立会・署名の申請をなしている。
          しかし、本件土地所有者等は、いずれも立会・署名を拒否したもので
        はなく、現地での立会が保障されるまで、その署名を留保しているにす
        ぎない。那覇防衛施設局長が一方的に本件土地所有者等が立会・署名を
        拒否していると独断して、市町村長に対し土地収用法三六条四項の立会
        ・署名を求めたのは、明らかに重大な手続上の瑕疵であり、手続の違法
        性をもたらすものである。
      二  又本件土地・物件調書の作成方法にも問題が存する。本件土地・物件
        調書は、裁決申請のためのものであり、同調書に添付される図面は土地
        所有者と土地との関係を示す図面でなければならないものであるから、
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        土地家屋調査士により作成されたものでなければならない。測量士は実
        測測量の技能については十分な信頼性を有するものであるが、それにと
        どまるものであり、土地家屋調査士のように土地の所有関係と関連付け
        て土地を測量する技能を有するものではない。特に、本件のように、本
        件土地が基地内にあり地籍不明地である場合や地籍が一応明確になった
        とされるが実態は集団和解(地籍明確化法)によりなされている場合な
        どには、このことが重要な意味をもつことになる。本件土地・物件調書
        に添付されている図面は、土地家屋調査士により作成されたものではな
        く測量士により作成されたものである。
          よって、本件土地・物件調書には瑕疵が存する。
      三  沖縄県は、周知のように沖縄戦により公図、登記簿、権利証等が滅失
        し、戦後、地籍の確定が行えなかったと言う特殊事情を有する地域であ
        る。戦後まもなく不十分な条件の下で地主による土地所有権申告作業が
        行われたが、右事情に加え権利関係者の不在という事情も存したことも
        あって、琉球政府、沖縄県の地籍確定努力にもかかわらず、未だ地籍の
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        確定が行われていない地域が存することは、公知の事実となっている。
        このような特殊な地域事情が存する沖縄県において、裁決申請のための
        土地・物件調書を作成しようとする場合には、起業者は地籍が確定して
        いるか否かを土地調書に記載するか、又はそれを明らかにする書類を添
        付して立会・署名を申請すべきである。ところが、本件において国はこ
        れを行っていない。
          よって、本件土地・物件調書には瑕疵が存する。
    2  土地・物件調書の内容の瑕疵
      一  地籍不明地の土地について、土地調書が作成されているが、地籍不明
        地とは土地の位置、境界が不明な土地であるから、土地の位置、境界は
        勿論土地所有者も不明なものである。従って、地籍不明地の土地調書に
        ついては土地調書もそもそも作成し得ないものであり、本件土地調書は
        内容そのものに瑕疵が存するものである。
         原告は、強制使用対象土地を現地において、測量をなし、本件土地測
        量図面を作成したものであり、同図面は、現地復元力(測量図面に基き
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        現地で土地の位置範囲を復元し特定する能力)を有するので、何ら同図
        面に瑕疵はないと主張する。本件土地測量図面が、現地復元力を有する
        か否かは不明であるが、仮に現地復元力を有するとしても、それはその
        限りのものである。地籍不明地についての実測図面は、土地の位置、境
        界を特定するだけであり、当該土地が、何番の土地であり、誰の所有地
        であるかを示すものではない。地籍が明確化されない以上、依然として
        地番、所有者は不明のままである。従って、地籍不明地の土地調書は地
        番及び所有者は不明とならなければならない。
          ところが、本件土地調書は地籍不明地についての調書であるにもかか
        わらず地番及び所有者を特定している。これは明らかに真実と異なる事
        項を記載したものであり、不適法なものである。
      二  又地主が立会・署名をしていない土地については、知事は、土地所有
        者から土地・物件調書についての意見を聴取しなければならないが、こ
        の意見聴取を終えるまでは土地・物件調書内容の真偽の確認が出来ない
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        ため、知事は立会・署名を行うことができない。土地所有者が意見聴取
        に協力しない場合は、知事は出来るだけ他の方法で土地・物件調書の内
        容の真偽を確認すべく最善の努力を尽くさなければならない・それでも
        土地・物件調書の内容の真偽が確認できないときは、土地所有者がこう
        むる土地・物件調書の法的推定力を排除するため立会・署名を拒否する
        ことができるものである。
          本件土地・物件調書の内容については、土地所有者等が異議を述べて
        おり、知事においてもその内容の確認ができていない。
          よって、本件土地・物件調書の内容に瑕疵が存する場合と同様に本件
        立会・署名を行うべきではない。