上 告 理 由 書


   上  告  理  由  書

              上  告  人   沖  縄  県  知  事
                        大   田   昌   秀

              被 上 告 人   内  閣  総  理  大  臣
                        橋  本  龍  太  郎

 右当事者間の貴庁平成八年(行サ)第五号地方自治法一五一条の二第三項に基づく
職務執行命令裁判請求上告受理事件について、上告理由は次のとおりである。

              一九九六年四月一二日
                  右上告人訴訟代理人
                         弁護士  中 野  清 光
                          同   池宮城  紀 夫
                          同   新 垣    勉
                          同   大 城  純 市
                          同   加 藤    裕
                          同   金 城    睦
                          同   島 袋  秀 勝
                          同   仲 山  忠 克
                          同   前 田  朝 福
                          同   松 永  和 宏
                          同   宮 國  英 男
                          同   榎 本  信 行
                          同   鎌 形  寛 之
                          同   佐 井  孝 和
                          同   中 野    新
                          同   宮 里  邦 雄
最高裁判所 御中

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             目   次
    はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一
第一点 憲法違反―駐留軍用地特措法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・四
  一 上告人の主張に対する原審の判断 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・四
  二 憲法前文、九条及び一三条違反(平和的生存権の侵害)について ・・・・五
  三 憲法二九条三項違反について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一〇
  四 憲法三一条違反について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一四
第二点 駐留軍用地特措法の適用違憲ないし運用違憲 ・・・・・・・・・・・・二〇
  一 上告人の主張に対する原審の判断 ・・・・・・・・・・・・・・・・・二〇
  二 使用認定の違憲無効にとどまらない駐留軍用地特措法適用の違憲性・・・二一
  三 安保条約目的条項を逸脱する米軍の駐留の憲法九条、前文への違反・・・二九
  四 様々な基地被害ないしその危険をもたらしている在沖米軍基地使用
    のために駐留軍用地特措法を適用することによる平和的生存権侵害・・・三三
  五 嘉手納飛行場設置による憲法一三条で保障される個人の生命、身体、
    健康、自由などの利益の総体としての人格権の侵害 ・・・・・・・・・三五
  六 駐留軍用地特措法を在沖米軍基地の使用のために適用することの
    憲法二九条違反 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三六
  七 駐留軍用地特措法を在沖米軍基地の使用のために適用することの
    憲法一四条、九二条及び九五条違反 ・・・・・・・・・・・・・・・・五五
第三点 最高裁判所判例違反と判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反―
    審理の範囲  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・六九
  一 原判決の判示 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・六九
  二 原判決の特徴 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・七二
  三 最高裁判決の趣旨 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・七二
  四 原判決の判例違反の具体的理由 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・七五
  五 破棄された東京地裁判決の内容 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・八〇
  六 最高裁判決の検討 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・八三
第四点 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反―本案前の抗弁について・・九六
  一 機関委任事務か否かについて ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九六
  二 主務大臣について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一〇四
第五点 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反―駐留軍用地特措法
    一四条一項により適用される土地収用法三六条について ・・・・・・一〇九
  一 公的立会人の審査権の内容についての解釈の誤り ・・・・・・・・・一〇九
  二 立会方法についての解釈の誤り ・・・・・・・・・・・・・・・・・一二三
  三 地方自治法の本旨に反する機関委任事務の執行を拒否する権能 ・・・一二七
  四 自主的法令解釈権 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一三二
第六点 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反―地方自治法
    一五一条の二について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一三六
  一 職務執行命令制度について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一三六
  二 地方自治法一五一条の二の「他の是正措置」要件についての誤り・・・一三九
  三 「公益侵害」要件についての誤り ・・・・・・・・・・・・・・・・一四二
第七点 判決に影響を及ぼすことが明らかな審理不尽 ・・・・・・・・・・・一六〇
  一 上告理由としての「審理不尽」の意義 ・・・・・・・・・・・・・・一六〇
  二 本件で審理されるべき事項 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一六〇
  三 訴訟指揮及び証拠決定における原審の偏頗かつ不公正な態度 ・・・・一六二
  四 原審の訴訟遂行態度にたいする県民世論 ・・・・・・・・・・・・・一七〇
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第五号職務執行命令裁判請求上告受理事件

      上  告  理  由  書



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はじめに
一 本件訴訟は、内閣総理大臣が県知事を被告にして提起したものとしては、我が国
 で最初の職務執行命令裁判請求事件である。訴訟の狙いが、米軍用地の強制使用に
 あるだけに、沖縄県民にとっては容認できない重大な事件である。
  沖縄県民は、戦後五〇年余も過重な基地負担と基地披害に苦しんできた。本件訴
 訟の提起は、更にこの過重な基地負担と基地被害を継続し二一世紀に及んで長期化、
 固定化しようとするものである。それゆえに、本件訴訟では平和的生存権、財産権、
 平等権、地方自治の本旨を問う多くの憲法問題、法律問題が争点となっており、裁
 判所にとってはより慎重な対応と審理が要求されるところである。
  しかし、原審の審理は、被上告人に加担した訴訟指揮に終始し、極めて杜撰で形
 式的であり、その結果、判決においても決定的な誤りを犯している。
二 原審は、本件訴えを受理した当初から、本件立会・署名等の対象物件たる土地の
 一部につき、一九九六年三月末日に国の使用期限が満了することを念頭において、
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 それ以前に原告勝訴の判決を下さなければ重大な政治的問題が生ずるとの予断(政
 治的判断)の下に、本来あるべき審理の姿をゆがめ、強引な訴訟指揮で審理を急ぎ、
 判決を言渡したものである。原審は、訴訟進行に関する原被告との第一回弁論期日
 前の三者協議の席上で、被告申請の証人を集中して三日間で連続して取り調べるか、
 あるいは毎週金曜日に審理を行って、証人調べを行うかのいずれかの審理方式をと
 りたい旨、提案していた。
  ところが、原告と被告の主張及び立証計画が第二回弁論(二月九日)になって初
 めて出そろったことから、当初想定していた証人調べを行うと三月末日までの判決
 言渡しができなくなることが確実になったため、原審は、審理方針を変更し、被告
 申請の証人調べを一切行わず、また、必要な求釈明にも応じないまま結審に至った
 ものである。それだけに、結審した時点で原判決の結論は、明らかであった。
  民事裁判は、対審構造のもとで当事者双方に主張、立証を尽させ、それを前提に
 して裁判所の判断が示されるのが、その本来の在り方である。その意味で、当事者
 の一方に偏した原審は、裁判の名に値しないものであった。
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  なぜ、原判決が裁判の名に値しないと批判されなければならない程の誤ったもの
 になったのか、その原因と背景、誤りの内容、そしてこれが何としても正されなけ
 ればならない所以を、本上告理由書をもって明らかにしたい。
  本件訴訟の背後には、沖縄県民が戦後五〇年余にわたって基地の重圧と負担、被
 害に苦しんできた歴史と、現に苦しんでいる県民の叫びが存在している。
  以下、上告理由を陳述する。
  なお、以下に使用する「安保条約」、「地位協定」、「特措収用法◯条」、「本
 件各土地」、「本件署名等代行」、「署名等代行」という用語は、原判決四〜五頁
 に摘記された用語例によるものとし、原判決五頁の「特措法」の用語は、以下にお
 いて「駐留軍用地特措法」として使用する。
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第一点 憲法違反――駐留軍用地特措法
 駐留軍用地特措法は、憲法前文、九条、一三条、二九条及び三一条に違反する。
一 上告人の主張に対する原審の判断
  上告人は、原審において、上告人に対し本件署名等代行義務を課している駐留軍
 用地特措法は、憲法前文、九条、及び一三条で保障された平和的生存権を侵害し、
 憲法二九条三項の財産権制約の法理に違反し、憲法三一条の適正手続の保障を侵害
 した違憲無効の法律であるから、上告人は本件署名等代行事務の執行を拒否するこ
 とができるのであり、被告には本件署名等代行事務を執行する義務は存せず、右特
 措法に基づき本件署名等代行を求める本件命令は、違憲無効である旨主張した。
  これに対し、原判決は、駐留軍用地特措法は、憲法前文、九条、一三条、二九条
 三項及び三一条に各違反しないと判示して、上告人の右主張を排斥した。
  しかし、原判決は、以下に述べるように、憲法の解釈を誤ったものであり、とう
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 てい破棄を免れない。
二 憲法前文、九条及び一三条違反(平和的生存権の侵害〉について
 1 本件署名等代行事務の根拠法たる駐留軍用地特措法は、我が国が、「駐留軍の
  用に供する」という軍事目的を実現するために国民の私有財産を強制的に使用ま
  たは収用することを内容とするものであるから、憲法前文、九条及び一三条によっ
  て宣言、保障された平和主義、平和的生存権を侵害する、との原審における上告
  人の主張に対し、原判決は、平和的生存権はすべての基本的人権の基礎にあって
  その享有を可能ならしめる理念的、基底的な権利であるが、そこでいう「平和」
  とは抽象的概念であって、平和的生存権は、国会ないし内閣がその政治責任にお
  いて行う諸施策によって具体的に実現されでいくものであり、その抽象性は免れ
  ず、憲法上各個人に保障された具体的な権利ということはできないと判示した
  (一五九頁)。
 2 しかし、権利概念は、多かれ少なかれ抽象性を有しているのであって、概念の
  抽象性を理由に、権利性を否定することは誤りである。とりわけ憲法典のなかに
  「平和のうちに生存する権利」として、明確に「権利」という文言が使用されて
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  いる平和的生存権の権利性を否定することは、憲法そのもののいう権利の意義を
  見失うものであり正しくない。しかも、憲法でいう「平和」とは、後述するよう
  に、非軍事による平和を意味しているのであるから、拙象的で「一義的に明確で
  あるということはできない」(原判決一六一頁)ものでは決してないのである。
   また、原判決は、平和的生存権は内閣ないし国会の行う諸施策によって具体的
  に実現されるものであると判示しているが、これは平和的生存権が、国家による
  戦争行為(広く戦争類似行為、戦争準備行為、戦争訓練、軍事基地の設置管理な
  どを含む。以下、同趣旨)から国民の人権侵害を防止もしくは排除するという自
  由権的側面(国家からの自由)を基礎とした法的性質を有していることを解しな
  い不当なものである。
 3 憲法前文は、国民(前文でいう「全世界の国民」に日本国民が含まれることは
  当然である〉が「恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」を有する
  ことを確認し、その具体的保障として、憲法九条一項は「戦争放棄」、二項は
  「戦力の不保持」「交戦権の否認」を規定する。これは、一項で自衛のための戦
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  争が放棄されていないとしても、二項で侵略及び自衛のためを問わず全ての戦力
  の保持が禁止されているから、結局、九条全体で自衛戦争をも放棄し、自衛戦争
  のための戦力の保持を禁止して、非軍事による平和主義を実現することが国の義
  務であることを規定したものである。これは憲法学会の通説である。これによっ
  て、日本国民は、一切の戦争行為から解放され、財産や人的な力を戦争と軍事の
  ない自由で平和な国家建設にのみ用いる権利を保障されることになる。
   このように、憲法九条は、平和的生存権を制度的に保障するものであるが、こ
  の平和的生存権を基本的人権の一として保障していることの直接の根拠は、憲法
  一三条に見出すことができる。
   憲法一三条後段は「生命、自由、幸福迫求に関する国民の権利」を保障してい
  るが、それは、個々の国民が享有している人間としての生存と尊厳を維持し、生
  命の危険に脅かされることなく、自由と幸福を享有することができるようにする
  ため、その社会的、経済的諸条件、環境を整備することを求めるものであり、そ
  の一つが平穏な生活を営む権利である。これを憲法の基本原理である非軍事によ
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  る平和主義から考えると、平和的生存権とは、戦争行為によって、生命の危険に
  脅かされることなく、平穏な社会生活を営むことを阻害されないことを中核的内
  容とする権利と解することができる。そして、より具体的には、平和的生存権は、
  次の内容を有するものと解される(浦田賢治「憲法裁判における平和的生存権」、
  『現代憲法の基本問題』早稲田大学出版部所収四一頁)。
  (1) 公権力の軍事目的追求によって、平和的経済関係が圧迫されたり、侵害され
   たりしないこと。この例として、自己の土地、財産を軍事目的のために使用さ
   れない権利などが挙げられる。戦後、軍用地負担関係法令の廃止を受けて、軍
   事目的のための財産権の制限、侵害を認めない土地収用法の存在は、この権利
   を具体的に保障するものである。
  (2) 公権力による軍事的性質を持つ政治的・社会的関係の形成が許されないこと。
   例えば、徴兵制の採用、軍事的秘密保護法の制定などは、国民の平和的社会関
   係、信頼関係を破壊し、人間としての尊厳を侵すもので許されない。また、軍
   事施設を設けることにより、軍事的危害を誘発することや国民の健康または生
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   活環境に被害を及ぽすことなどは具体的な平和的生存権の侵害となる。
  (3) 公権力によって軍事的イデオロギーを鼓舞したり、軍事研究を行うことは許
   されないこと。例えば、軍事教育政策をとったり、マスコミを政策的に軍事利
   用したり、戦争または戦争準備のための科学技術の研究などは、国民を戦争へ
   導き、平和の精神的・科学的な基礎を揺るがすものとして許されない。
   このように、平和的生存権は、具体的な内容を有する権利であり、憲法体系の
  中核をなす基本原理・憲法上の他のすべての価値体系の基礎であると同時に、個々
  の裁判における判断基準及び法令解釈の基準となる法規範性を有する規定である
  というべきである。したがって、原判決の「憲法上各個人に保障された具体的な
  権利ということはできない」との判示は、平和的生存権に関する憲法前文、九条
  及び一三条の解釈を誤ったものといわざるをえない。
 4 これまで述べたような憲法九条の徹底した非軍事による平和主義及び国民の平
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  和的生存権保障の趣旨からして、憲法前文、九条及び一三条は、日米安保条約及
  び地位協定によって、国土の一部が米国軍隊の軍用地として使用されることが許
  容されるとしても、国民の権利・利益を犠牲にしてまで、米国軍隊へ軍用地を提
  供することまでは許していないものといわなければならない。
   したがって、駐留軍用地特措法は、国が「駐留軍の用に供する」という軍事目
  的を実現するために、国民の私有財産を剥奪するに等しいほど強制的に使用また
  は収用することを内容とするものであるから、平和主義、平和的生存権を侵害す
  るものであり、憲法前文、九条及び一三条に違反するものである。
三 憲法二九条三項違反について
 1 原判決は、駐留軍用地特措法が憲法二九条三項に違反するとの上告人の主張に
  対し、「米軍に日本国において施設及び区域の使用を許すこと、そのこと自体が
  憲法九条及び前文の趣旨に反し違憲であることを理由として、安保条約六条及び
  地位協定を実施するために制定された特措法が違憲であるということはできな
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  い。」(一六五頁)と判示した。
   右判示は、安保条約六条及び地位協定が違憲でないことを前提として、それか
  ら直ちにそれらを実施するために制定された駐留軍用地特措法が違憲でないこと
  を短絡的に結論づけたものである。
   しかし、右判示部分には明らかに論理の飛躍がある。
   上告人は、原審において、安保条約及び地位協定の違憲性については特に主張
  しておらず、安保条約及び地位協定の合憲・違憲にかかわらず、駐留軍用地特措
  法が憲法二九条三項に違反すると主張しているのである。したがって、本件訴訟
  において、右特措法の憲法適合性を判断するに際して、安保条約及び地位協定の
  憲法適合性を判断することは不要であるばかりか、当事者が主張してもいない安
  保条約及び地位協定の憲法適合性について、原判決がそれに言及し、その違憲性
  を否定する判断を示したことは弁論主張に反し違法である。安保条約及び地位協
  定の違憲性が認められないことをもって、そこから直ちに駐留軍用地特措法の合
  憲性を導き出す判決には明白な論埋の飛躍がある。
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 2 原判決は、「国は、日本国内において米軍の用に供するため任意に土地等又は
  その使用権を取得できない場合には、憲法二九条三項により、公共のために用い
  る一場合として、土地等の公用使用又は公用収用をすることができるというべき
  である」(一六六頁)として、駐留軍用地特措法に基づく強制使用は、憲法二九
  条三項にいう「公共のために用いる」場合に該当すると判示し、同法の違憲性を
  否定した。
   しかし、右判示は、憲法二九条三項の解釈を誤ったものである。
   憲法二九条三項にいう「公共のために用いる場合」の公共性は、憲法の基本原
  理に抵触するものであってはならない。憲法の基本原理に優越し、それを制約す
  るような「公共性」が存在する余地がありえないことは、理の当然である。
   憲法九条は、前述(第一点、二、3)したとおり、自衛戦争を放棄し、自衛戦
  力の保持を禁止して、非軍事による平和主義を実現することが国の義務であるこ
  とを規定したものであるが、このような徹底した平和主義は、憲法体系の中核を
  なす基本原理であって、憲法上の他のすべての価値体系の基礎ともなっているの
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  であるから、憲法二九条三項の「公共性」は非軍事による平和主義に抵触するも
  のであってはならないのである。
   駐留軍用地特措法は、国民から強制的にその私有財産である土地等を取得し、
  それを米国軍隊に提供することを目的とするものであるから、それが「軍事目的」
  実現のために制定された法律であることは明白である。
   したがって、日本国憲法下において、「駐留軍の用に供する」という軍事目的
  の実現のために、国民の所有する土地等を強制的に使用又は収用することは「公
  共性」を持ちえず、憲法二九条三項の「公共のために用いる」場合に該当しない
  というべきであるから、駐留軍用地特措法が憲法二九条三項に違反することは明
  らかである。
   このことは、日本国憲法制定に伴って改正された土地収用法において、「土地
  を収用し又は使用することができる公共の利益となる事業」(同法三条)から、
  旧土地収用法において「公共ノ利益ト為ルベキ事業ノ為収用」しうる「事業」の
  筆頭に掲げられていた「国防ソノ他軍事二関スル事業」が平和主義を埋由に削除
  されたこと、これに関して、第一〇回国会衆議院建設委員会における当時の建設
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  省渋江管理局長による「国防・その他軍事に関する事業、・・・が公益事業の一
  つとしてあがっておりましたが、新憲法の下におきましては、当然不適であると
  考えられますので、これを廃止することにいたしております」との政府見解、第
  四六回国会衆議院建設委員会における当時の河野建設大臣の「軍施設を『公共の』
  の範囲に入れるということは適当でない。」旨の国会答弁に照らしても、明白で
  ある。
四 憲法三一条違反について
 1 駐留軍用地特措法に定める手続は、土地収用法に比してその手続を著しく簡略
  化しており、適正手続を保障した憲法三一条に違反する、との原審における上告
  人の主張に対し、原判決は、行政手続についても憲法三一条の保障が及ぶと解し
  ながら、駐留軍用地特措法は憲法三一条に違反しないと判示した(一六八〜一七
  三頁)。
   しかし、右判示は、以下に述べるように誤っている。
 2 原判決は、土地収用法で事業認定申請書の添付書類として義務づけられている
  事業計画書が、駐留軍用地特措法ではそれに相当する書面の添付が義務づけられ
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  ていないことについて、使用認定申請書中の「使用の認定を申請する理由」欄に
  は使用認定要件について具体的理由が記載されるのであるから、使用認定機関も
  右申請理由に対し、使用認定の要件の充足性について判断ができ、したがって、
  事業計画書に相当する書類の添付を義務づけていなくとも、土地所有者等の権利
  保護に欠けることはないと判示した(一七〇〜一七一頁)。
   確かに、原判決の指摘のとおり、右特措法に基づく使用認定申請書中の「使用
  の認定を申請する理由」欄には、使用認定要件についての理由が記載されている
  ことから、使用認定機関が右申請理由に対して、使用認定要件の充足性の有無を
  判断しえないということはできない。
   しかし、問題は、土地収用法では、起業者(申請者)と認定権者は唆別され、
  事業の認定を行うべきか否かの判断は、起業者から別個独立した認定機関によっ
  て行わせ、もって事業認定の判断の公正さを担保しようとしているにもかかわら
  ず、駐留軍用地特措法では、申請者は防衛施設局長であり、認定権者は内閣総理
  大臣だと規定されているが、総理大臣は総理府の主務大臣として外局たる防衛施
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  設局の長を監督する地位にあり、両者が実質的に同一性を有するということであ
  る。これでは、使用認定の判断にあたって、実質的な公正さは担保されず、申請
  =認定という図式が成立するといわざるをえない。その結果、駐留軍の必要性の
  みによって、土地等の強制使用が認められることに帰着してしまい、土地所有者
  等の権利保護に著しく欠けることにならざるをえないのである。
 3 原判決は、土地収用法においては、事業認定申請書及びその添付書類が公衆の
  縦覧に供され、事業認定について利害関係を有する者は意見書を提出できるのに
  対し、駐留軍用地特措法では右の手続が行われないことについて、右特措法は、
  使用、収用認定申請書に土地等の所有者等の意見書を添付することを義務づけて
  いること、関係行政機関の長及び学識経験者からの意見聴取の制度を設けている
  ことから、土地収用法に比し、事前に意見を述べることのできる者の範囲が限定
  されていたとしても、土地所有者等の権利保護に欠けるとはいえない旨判示した
  (一七一〜一七二頁)。
   しかし、土地収用法が土地所有者等のみならず、広く利害関係人(土地所有者
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  及び関係人はもちろん、必ずしも起業地内の住民に限られておらず、法律上の利
  害関係だけでなく、経済的、社会的利益等の事実上の利害関係を有する者をも含
  む。)の意見書の提出を認めているのは、公用収用又は公用使用による影響力は
  土地所有者等のみに限定されず、広く住民に及ぶことになることから、法律上の
  利害関係に限らず、事実上の利害を有する者からも意見を聞いて、事業認定の判
  断の公正を担保し、もって、土地所有者等の権利保護を十分ならしめようとした
  ためである。右特措法に基づく使用認定の影響力が土地所有者等のみに限定され
  ないことは、土地収用法に基づく公用収用・使用の場合と基本的に異ならないの
  であるから、両者をことさら区別する合理性は何ら存しない。
   よって、利害関係人からの意見書の提出を認めていない駐留軍用地特措法は、
  使用認定の公正さを担保するには不十分であり、土地収用法に比して、土地所有
  者等の権利保護に欠けるといわざるをえないのである。
 4 原判決は、土地収用法で設けられている公聴会の制度が駐留軍用地特措法には
  存しないことについて、右特措法には、土地所有者等に対して意見書を提出する
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  機会が与えられていること、関係行政機関の長及ぴ学識経験者の意見を求めるこ
  とができる旨規定されていること等から、公聴会の制度が設けられていないこと
  をもって、土地所有者等の権利保護に欠けるということはできない旨判示した
  (一七三頁)。
   しかし、土地収用法は、土地所有者等を含む利害関係人に意見書提出の機会を
  付与している(二三条)うえに、土地の管理者及び関係行政機関(二一条)、並
  びに学識経験者(二二条)から意見聴取ができる旨を規定しており、これらに加
  えて別個に公聴会の制度を設けているのである。これは、公衆の面前で、事業に
  よって影響を受ける利害関係人の意見を聞くことにより、事業認定の判断の公正
  を保持しようとしたためである。したがって、土地所有者等の意見書提出の機会
  や関係行政機関の長及び学識経験者からの意見聴取の制度は、公聴会の制度に代
  替し、または包摂されうるものではない。公聴会の制度の欠如は、事業認定の公
  正を保持することを不十分ならしめ、その結果、土地所有者等の権利保護に欠け
  るといわざるをえないのである。
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 5 以上のように、駐留軍用地特措法は、申請者と認定権者が実質的に同一である
  うえ、認定要件の判断にあたっての公正さの担保について、土地収用法に比して
  簡略化し不十分な規定しか設けていない。これでは認定の判断を公正に行うこと
  はできず、土地所有者等の権利保護に欠けるといわざるをえないのであるから、
  憲法三一条の適正手続の保障に反することは明らかである。
---------- 改ページ--------19end
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Time: 96/05/07 23:40:19
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第二点 駐留軍用地特措法の適用違憲ないし運用違憲
一 上告人の主張に対する原審の判断
  上告人は、原審において、駐留軍用地特措法を本件各土地の強制使用手続のため
 に適用することは、憲法前文、九条、一三条、二九条、一四条、九二条及び九五条
 の各条項に違反するので、その適用において違憲であることを主張した(被告第一
 準備書面一〇四頁以下、同第三準備書面四〇六頁以下)。
  これに対して原判決は、都道府県知事は、その署名等代行事務にあたって先行行
 為である使用認定の有効性について審査権を有しないとし、裁判所の審査の範囲は
 その都道府県知事の審査権の範囲内でなされうるに過ぎない、という立場をとるこ
 とを前提に、駐留軍用地特措法の適用違憲が存するとの上告人の主張を、本件各土
 地の強制使用認定処分のみに対する主張であると限定的にとらえた結果、上告人の
 右主張は都道府県知事の審査権のない事柄であるから本件署名等代行事務を拒否す
 る理由にはできず、主張そのものが失当であるとのみ判示し、結局、駐留軍用地特
 措法の適用違憲の有無について十分な判断を示さなかった(二一〇頁以下)。
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二 使用認定の違憲無効にとどまらない駐留軍用地特措法適用の違憲性
 1 しかし、そもそも上告人がなしてきた駐留軍用地特措法の適用違憲の主張は、
  使用認定のみの適用違憲に限定してなしたものではなく、本件各土地の強制使用
  権原取得のために駐留軍用地特措法を適用することは、同法上のいずれの段階の
  手続においても、すべてその適用上憲法違反になることを述べたものである。
   原審は、おそらく、被告第三準備書面四〇六頁の「(駐留軍用地特措法)を本
  件各土地に適用して使用認定をなすことは、その適用において違憲無効であり、
  従って、それに基づいてなされた本件の土地・物件調書への署名の請求も前提を
  欠くものというべきである。」との記述から、上告人の主張を使用認定の適用違
  憲だけであると解したものと思われる。
   しかし、被告第一準備書面一〇四頁以下で明確に述べているとおり、上告人は、
  「仮に、駐留軍用地特措法が合憲だとしても、それを適用して本件各土地を強制
  使用することは違憲であり、従って本件立会・署名を求めることも違憲である。」
  「本件強制使用手続は違憲・無効なものである。」と明確に強制使用手続の各段
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  階全てについての適用違憲を主張しているものである。先に引用した被告第三準
  備書面についても、それを当然の前提として、都道府県知事は、先行行為である
  被上告人の使用認定処分の憲法違反を理由に立会署名を拒むことができる、とい
  う上告人の主張する法的解釈からすれば、強制使用手続の冒頭段階で被上告人に
  よってなされる使用認定処分が違憲無効であれば、その後の駐留軍用地特措法上
  の各手続も当然に違憲、違法無効となるものであるので、その旨を述べたに過ぎ
  ない。同準備書面の表題は「駐留軍用地特措法を本件各施設の使用のために適用
  することの違憲性」なのであり、同項の他の部分についても、使用認定の適用違
  憲のみについて記述したものでなく、同法による強制使用手続の一連の過程すべ
  てについてその適用が違憲であることを主張しているのは明らかである。
   上告人による適用違憲に関する主張がこのように限局されたものではないにも
  拘わらず、なぜ原判決が敢えて意図的に使用認定だけに関する主張と限局して解
  釈したのかについては推察するに難くない。すなわち、駐留軍用地特措法の適用
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  違憲性を審査するにはどうしても避けられなくなるその根拠となる事実の審査を
  何がなんでも回避しながら性急に判決をなすことを第一の目的として、そのため
  に上告人の主張を右のように限定的に解釈することによって、「行政機関の権限
  の分属に伴う相互的尊重を根拠とする先行行為の違法性の審査権の不存在」とい
  う法律解釈論だけで上告人の主張を失当と退ける筋道を見いだそうとした、結論
  ありきの不当な審理態度に基づくものと言わざるを得ない。
 2 上告人が主張している駐留軍用地特措法の適用違憲は、使用認定の違憲性にと
  どまらず、後行の各手続それ自体の適用において違憲性をもたらすものであるこ
  とは当然である。
   駐留軍用地特措法による土地等の強制使用手続は、大まかに言えば、起業者に
  よる事業のための準備手続、内閣総理大臣による使用認定手続、土地・物件調書
  作成など防衛施設局長による使用裁決申請の準備手続、収用委員会による使用裁
  決手続といった一連の処分や事実行為の過程を経なければならない。そして、そ
  れらの手続全てが、対象となる土地等の強制使用を目的とするものであり、それ
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  らの一つでも欠ければ土地等の強制使用はなされえないものである。使用認定は、
  その過程での重要な一つの処分であるということはできるとしても、その処分の
  みから直ちに土地等の強制使用権原の発生という法的効果が発生するものではな
  い。
   そして、本件各土地に対して駐留軍用地特措法を適用することによって右各土
  地が駐留軍に提供される結果、上告人が主張してきた適用違憲を基礎づける基地
  被害などの様々な事実がもたらされるのである。したがって、それらの事実は、
  使用認定処分の違憲無効をもたらすのみならず、この一連の手続の全ての処分な
  いし事実行為について違憲状態を招来させるものである。
   なお、原判決は、知事の審査権の範囲や公益性の審査などにあたって、「本件
  署名等代行の効果は、…土地所有者等が土地・物件調書の記載事項について真実
  でないことを立証しない限り異議を述べることができないという推定的効力が発
  生すること…及び那覇防衛施設局長による裁決申請に必要な添付書類の一つが整
  うことにすぎないのであって、本件署名等代行事務の執行が直ちに被告主張のよ
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  うな不利益を招来するものではな(い)」(二六五頁)とするなど、駐留軍用地
  特措法適用の各段階の効果を局限してとらえて倭小化しようとしている。しかし、
  適用違憲の判断においてこのような法的効果の「輪切り」は許されず、一連の手
  続の結果もたらされる法的効果の点から合憲性が問題とされるべきである。なぜ
  なら、同法適用の各段階の手続はそれ自体のみをもって完結的に強制収用の効果
  をもたらすものではないが、それら個別の手続の違憲性を争えないとした場合、
  一連の行為の結果は違憲であるのにその一部をなす各個の行為が合憲とされるこ
  とになり、違憲性を争う手段を著しく奪われることになるからであり、また、署
  名等代行の手続もその最終的な目的は当該土地・物件の強制収用にあるのであっ
  て、それが違憲というのであれば、その準備手続である署名等代行手続も全く無
  意味であるばかりか、これを法律上命令することは、結果として違憲な法的効果
  に向けられた準備行為への加担を命ずるという不当な結果になるからである。
   よって、裁判所は、上告人が主張している事実を審理した上で、被上告人が上
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  告人に対して請求している本件各土地に関する駐留軍用地特措法に基づく土地調
  書への立会、署名自体が同法の適用上違憲の行為であるかどうかも審査しなけれ
  ぱならないのである。
 3 また、上告人による駐留軍用地特措法の適用違憲の主張は、本件強制使用手続
  そのものの違憲性を明らかにするものではあるが、それにとどまるものではない。
   駐留軍用地特措法は、その他の関連法令の運用とあいまって、在沖米軍基地の
  存在について憲法違反の状態をもたらしているものであるから、駐留軍用地特措
  法の運用自体が違憲というべきである。
   すなわち、運用違憲とは、法令それ自体を合憲としつつ、法令の運用の実態を
  審査し、そこに違憲の運用が認められるとき、その一環としての運用である当該
  事件の措置を違憲・無効とするものである(伊藤正己「憲法第三版」弘文堂・六
  四二頁)。もっとも、運用違憲という違憲審査方法について、当該行為への適用
  とは全く無関係に法令の運用を問題にする場合には事件性を欠くものとして裁判
  所の司法審査の対象外となるのではないかとの疑問が或いは生じうるかもしれな
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  いが、問題となる行為が、違憲の結果をもたらす運用の一環として、現実に違憲
  の結果の一因となっている場合には、事件性に欠けるところはなく(民法におけ
  る共同不法行為が想起されよう。)、その運用全般を司法審査の対象とすること
  に何ら問題は存しない。
   この運用違憲という違憲審査の手法は、多数の行為が密接に関連、作用して、
  一連の行為の集積として憲法に適合しない状態を生じさせているが、この一連の
  行為をことさらに格別の行為に分断し、個々の行為の効果のみを取り上げた場合
  には、個別の行為の効果自体は直ちに憲法違反とまでは言い難い事案について、
  事柄の本質に即して正義衡平に適った結論を導くことのできる優れた手法である。
  そして、ここにいう法令の運用とは、必ずしも単一の法令の運用を指すものでは
  なく、同一の目的のために、複数の法令が密接に関連して運用され、その全体の
  集積として一定の結果を生じさせている場合には、いわぱ複合体をなす一連の法
  令の運用全体が審査の対象となるものというべきである。
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   そして、駐留軍用地特措法は、日米安保条約、地位協定に基づき、米軍に対し
  て施設・区域(基地)を提供することを目的とする法律であり、また「日本国と
  アメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域
  並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う国有財産の菅
  理に関する法律」などの米軍基地提供を目的とする一連の法令と密接に関連して
  いるものであるから、かかる一連の法令の運用の実態、すなわち米軍基地提供の
  実態について、その運用全体が憲法に適合するか否かを検討しなけれぱならない。
  つまり、前項2のとおり本件各土地の強制使用手続それ自体の違憲性も問われな
  ければならないのは当然として、本件各土地の強制使用の経過とそれが直接もた
  らす効果、権利侵害のみを検討すれば足るというのではなく、本件各土地の存す
  る各施設、ひいては在沖米軍基地全体の米軍基地としての運用とそのもたらす被
  害の実態、これらに対する駐留軍用地特措法など関係法令適用の実態をふまえた
  違憲性の判断をすべきなのである。各土地の強制使用の効果をそれぞれ分断して
  とらえ、その一筆一筆の強制使用が直接もたらす効果のみに目を奪われれば、そ
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  のような基地提供行為の集積による沖縄県民に対する重大な権利侵害の事実が見
  過ごされることになるといわざるを得ない。
   以上を前提に、本件各土地に対する駐留軍用地特措法の適用が憲法の各条項に
  違反することを順次明らかにする。
三 安保条約目的条項を逸脱する米軍の駐留の憲法九条、前文への違反
 1 日米安保条約六条は、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平
  和及び安全の維持に寄与する」という目的のためにのみ米軍による施設及び区域
  使用を認めている。これを受けて駐留軍用地特措法は、かかる目的のため米軍用
  地を提供するための強制収用手続を定めたものである。
   ところで、旧安保条約を「違憲無効であると一見極めて明白」とは認められな
  いとした砂川刑特法事件最高裁判決は、その根拠として、憲法九条の存在にもか
  かわらず否定できないという「わが国が主権国として持つ固有の自衛権」を前提
  にした上で、「わが国がその(米軍の)駐留を許容したのは、(憲法九条に基づ
  き戦力を保持しないことによって生ずる)わが国の防衛力の不足を、平和を愛好
  する諸国民の公正と信義に信頼して補おうとしたものに外ならない」からである
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  と判示した。同判決は、わが国の自衛権行使のための防衛力の不足を補う目的を
  超える外国軍隊の駐留については、憲法前文及び九条に違反することがありうる
  ことを前提としていると解される。安保条約が前記の目的を定めたのも、同条約
  自体も憲法前文及び九条が定める戦争の放棄を中心とした平和主義の原理に規制
  されることを前提に、わが国固有の自衛権の行使を補う目的であることを明らか
  にしたものと解さなけれぱならない。したがって、安保条約六条の目的を逸脱し
  た実態を有する米軍に施設を提供する強制使用手続をなすことは、安保条約上の
  義務履行とはいい得ず、駐留軍用地特措法違反の違法を招来することはもとより、
  憲法前文及び九条にも反するものである。
   よって、裁判所は、安保条約及び駐留軍用地特措法の条文上の解釈だけにとど
  まることなく「今日の在日米軍基地、なかんずく本件で問題となっている在沖米
  軍基地の各施設に関し、その活動の実態と機能についての事実審理を踏まえた上
  で、それらが安保条約の目的を超えて違憲、違法な存在となっているかどうかを
  審査しなければならない。
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 2 そして、事実調べを行えば、上告人が原審において主張したように、在日米軍
  基地が、前記駐留目的を逸脱して、極東を超える広範な地域において日本の自衛
  権行使とは無関係であるアメリカの世界戦略のために使用されている事実が、湾
  岸戦争やヴェトナム戦争などでの在日、在沖米軍基地の活動の実例で明らかであ
  る。例えぱ一九九一年の湾岸戦争では、在日米軍基地から約一万五、〇〇〇人以
  上出動し、うち沖縄からも約八、〇〇〇人以上派遺された。これは在日米軍約四
  万七、〇〇〇人という数字からすれぱ相当な比率である。また、一九九五年の米
  国防総省による東アジア戦略報告や日米安保報告書は、在日米軍が右の「極東」
  条項を逸脱した役割を担っていることを自認しており、更に同年一一月に発表さ
  れる予定であった日米共同宣言案における安保「再定義」の日米の共同作業によっ
  て、日本政府もそのことは十分自覚しているところである。東アジア戦略報告は、
  「アジア・アメリカの軍事的前方プレゼンスは、地域的安全保障と、アメリカの
  地球的規模の軍事態勢の不可欠の要素である。」とし、在日米軍基地も、その中
  に位置づけながら、「アジアと太平洋におけるアメリカの安全保障政策は、日本
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  の基地の利用や、アメリカの作戦に対する日本の支援に依拠している。」と最重
  要視しているのである(被告第三準備書面四一一頁以下)。
   本件各土地も在日米軍基地のそれらの目的のために使用されようとしているも
  のであり、その強制使用手続のために駐留軍用地特措法を適用することは憲法前
  文及び九条に違反し、本件各土地調書への立会署名も違憲の行為であるので、上
  告人はそれに応じる義務は存しない。
   なお、先の最高裁判決は、安保条約の合憲性の法的判断について、「一見極め
  て明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外の
  もの」であるとして司法審査権の限界に触れている。しかし、同判決は、「一見
  極めて明白に」違憲無効である場合の司法審査を認めるものであるところ、安保
  条約を名目上の根拠とする今日の米軍駐留が、わが国の自衛権に基づく防衛力の
  不足を補う目的を逸脱してわが国の防衛と直接関係のない西太平洋からインド洋
  全域の広範な地域でアメリカの世界戦略実行のために活動していることは、安保
  条約の一方当事者である米国防総省当局や米軍当局自体さえも認めている事実で
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  あり、「一見極めて明白に」違憲な状態となっているのは明らかであって、裁判
  所がその審査を回避することはおよそ許されないものである。
四 様々な基地被害ないしその危険をもたらしている在沖米軍基地の使用のために駐
 留軍用地特措法を適用することによる平和的生存権侵害
  在沖米軍基地は、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争、湾岸戦争など、戦後五〇年間の度
 重なるアジア地域での米軍の交戦によって、その交戦相手国から反撃を受けてもや
 むを得ない状況におかれ、このため基地周辺住民は、直接の戦争行為による生命、
 身体、財産に対する危険にさらされてきた。また、基地局辺住民は、そのための戦
 争準備行為としての基地の設置運営と演習による様々な生活被害を被ってきた。そ
 れは、キャンプ・ハンセンにおける実弾演習による住民地域への被弾や騒音、読谷
 補助飛行場におけるパラシュート降下訓練による数多くの事故、米軍航空機の墜落
 事故、嘉手納飛行場や普天間飛行場の運用による爆音被害、そして米兵の性犯罪を
 初めとした凶悪犯罪など例を挙げればきりがないものである(被告第三準備書面四
 二三頁以下、三〇九頁以下など)。これら基地設置と運用に必然的に伴う様々な加
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 害行為は、基地周辺住民の平和的生存権を侵害するものである。
  原判決が、平和的生存権について、「『軍事目的』という概念が多義的又は抽象
 的であり、『平和』という概念が抽象的」などとしてその具体的権利性を否定した
 点については、前述のとおり反論したところである。そして、本項で上告人が主張
 している平和的生存権の侵害を基礎づける諸事実が、多義的な解釈を許すものでな
 いことは明らかである。米軍の戦争行為による在沖米軍基地への反撃による住民の
 生命、身体、財産への被害やその危険が、戦争行為の一部をなす戦闘行為を直接の
 原因とするものであって、それが戦争によって生命、身体、財産を侵されることな
 く平和のうちに生存する状態と対極をなす人格的利益の侵害であることは、どのよ
 うに「平和」の意義を相対化しようとしても否定しようのないことである。また、
 上告人が主張した在沖米軍基地に起因する事件事故による被害が、平和的生存権が
 侵害を禁じている「軍事施設の設置による国民の健康や生活環境への被害」である
 ことも、他の解釈の余地を残さないものである。
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  よって、駐留軍用地特措法の運用実態は違憲というべきであり、同法を本件各土
 地に適用して強制使用手続をなし、米軍基地を存続させることは、憲法前文、一三
 条などによって保障された平和的生存権を侵害するものであり、同法の手続の一環
 としてなす本件調書への知事による立会署名も、平和的生存権を侵害する違憲の行
 為として許されないものである。
五 嘉手納飛行場設置による憲法一三条で保障される個人の生命、身体、健康、自由
 などの利益の総体としての人格権の侵害
  嘉手納飛行場におけるすさまじい爆音によって、周辺住民は、難聴、頭痛などを
 はじめとした健康被害、睡眠妨害、精神的被害、日常会話の妨害その他の生活妨害
 等広範な生活被害を受けており、これらが違法な権利侵害となっていることは、原
 審で引用した判決(那覇地方裁判所沖縄支部一九九四年二月二四日判決)などから
 も明らかなことである。これは憲法一三条によって保護される個人の人格に本質的
 な生命、身体、精神及び生活に関する利益の総体としての人格権を侵害するもので
 ある。
  そして、軍事公共性が基本的人権制約の根拠となり得ないこと、嘉手納飛行場を
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 使用する在沖米軍の活動が安保条約の目的を逸脱していること、同飛行場の設置の
 経過の違法性などからすれば、右施設の使用のための駐留軍用地特措法適用による
 強制使用手続もすべて人格権を侵害する違憲の行為として許されないというべきで
 ある。
六 駐留軍用地特措法を在沖米軍基地の使用のために適用することの憲法二九条違反
 1 上告人は、本件に財産権制約法令である駐留軍用地特措法を適用して本件各土
  地の強制使用手続を行うことについては、憲法二九条三項の「公共のため用いる」
  場合に該当せず、その適用は憲法二九条に違反する旨主張した。この主張に対し、
  原判決は、「本件署名等代行事務の執行が違憲違法である又は本件における特措
  収用法三六条五項の適用が違憲であるとの被告の主張は失当であると言わざるを
  得ない」(二三一頁)と判示するに止まり、なにゆえ本件への駐留軍用地特措法
  の適用が憲法二九条に違反しないのか、換言すれば本件への適用が「公共のため
  に用いる」場合に該当するのかについて、その理由を全く明らかにしていないの
  であるから、理由不備として到底破棄を免れない。
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 2 上告人は、本件各土地について駐留軍用地特措法を適用することは、憲法二九
  条に違反する旨主張したのに対し、被上告人は、日本国が米国に施設及び区域
  (基地)を提供することは国際法上の義務であるから、その義務の履行のために、
  本件各土地に駐留軍用地特措法を適用することは「公共のために用いる」場合に
  該当すると主張した。したがって、本件各土地について駐留軍用地特措法を適用
  することが「公共のために用いる」場合に該当し、憲法二九条に反しないとする
  のであれば、まず本件各土地を基地として米国に提供する条約上の義務の根拠が
  明らかにされなければならない。
   そして、原判決は、法令違憲に関してではあるが、「安保条約六条及び地位協
  定二条に定めるところにより、我が国が米国に対し、同国の陸軍、空軍及び海軍
  に日本国内の施設及び区域を使用させる義務を負うことは、その文言及び趣旨か
  ら明らかである」(一六六頁)と判示する。しかし、日米安保条約六条及び地位
  協定二条は「目本国において施設及び区域を使用することを許される」と規定す
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  るのみで、基地を提供しなければならない義務は定められていない。すなわち、
  「日本国が米軍に対して施設・区域の使用を許可するのであるから、施設・区域
  の使用を許すも許さないも日本国の自由であり、またその前提として施設・区域
  を設定するもしないも日本国の自由である、と理解される」(本間浩「日米地位
  協定概論」神奈川県渉外部基地対策課、四四頁)のである。
   仮に、日米安保条約が日本国の基地提供義務まで定めたものだとしても、それ
  は抽象的なものに過ぎず、具体的に本件各土地を含む特定の土地を基地として提
  供する義務がこの規定から直ちに生ずるものではない。日米安保条約六条から、
  直接的に本件各土地の提供義務が認められるとしたら、霞が関や銀座に所在する
  土地をはじめ日本全土全てについて基地として提供する義務を負っていることに
  なり、このような解釈が採りえないことは明らかである。
   したがって、日本国が米国に対して本件各土地を基地として提供する義務があ
  るとすれぱ、それは本件各土地を提供する旨の合意が存することが必要である。
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  しかし、被上告人は、その合意が、いつ、どのような手続をもって、どのような
  内容で締結されたのかについて全く主張していない。上告人が合意の内容につい
  て求釈明したのに対して、被上告人は「原告第二準備書面第六、三に記載におい
  て釈明したとおり」としか答えず、右書面第六、三には「本準備書面第四、三で
  述べたとおり」とあるが、そこに記載があるのは、プライス勧告、佐藤・ジョン
  ソン共同声明(一九六五年、一九六七年)、佐藤・ニクソン共同声明、沖縄返還
  協定、佐藤・ニクソン共同発表、沖縄返還協定及び了解覚書であるが、このいず
  れにも本件各土地の提供合意はなく、被上告人の主張はそもそも失当であった。
  ところが、原判決は、一九七二年五月一五日に「日米合同委員会は、安保条約六
  条及び地位協定二条に基づき米軍が沖縄県において使用を許されている施設及び
  区域の提供等について合意した・・・本件各土地はいずれも右提供に係る施設及
  び区域に含まれている」(八頁)と認定した。上告人が結審当日まで再三にわたっ
  て基地提供の合意とは具体的に何を指すのかを求釈明したのに対して原審は釈明
  権を行使しなかったにもかかわらず、突如として被上告人が主張もしない日米合
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  同委員会における合意の存在を認定したことは、弁論主義に違反する不意打ち認
  定である。
   また、上告人は、本件各土地を提供する合意が存在するとすれぱ、その提供期
  間の定めはどうなっているのかを再三にわたって求釈明し続けたが、原審は遂に
  釈明権を行使せず、被上告人も提供期間については一切主張を明らかにせず、何
  らの立証も行わなかった。そして、この提供期間については原判決は「我が国は、
  安保条約六条に基づく地位協定二条に基づき、米軍に日本国内の施設及び区域の
  使用を許さなけれぱならず、沖縄返還協定、前記了解覚書、施設及び区域の提供
  等に関する協定により、米国に対し、沖縄の復帰の日以来、本件各土地を含む施
  設及び区域を米軍の用に供する義務を負担し、これに基づき、本件各土地を現在
  に至るまで米軍の用に供しており、所定の手続を経ないうちはこれをなお米軍の
  用に供することを義務づけられているのである」(二六三頁)と認定した。これ
  は、要するに、米軍が使用を継続する限り提供し続けるという不確定期限を定め
  たものであり、米軍が必要とする限りは未来永劫に提供し続けなけれぱならない
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  という義務を日本国が負担しているということであろう。しかし、国有地につい
  てならばともかく、民有地については、国内法上最長でも二〇年間の賃貸借契約
  しか締結できないのであるから(民法六〇九条)、日本国は民有地について二〇
  年を超える使用権原を取得し得ないこととの整合性がなく、何らの理由も示すこ
  となく不確定期限と解される提供期間を認定したことには理由不備の違法があり、
  原判決は破棄を免れない。
 3 本件各土地について、日本国は米国に対して返還請求をしうるものであるから、
  本件各土地の提供義務はない。地位協定二条二項は、日本国政府及び合衆国政府
  は「施設及び区域を日本国に返還すべきこと」を合意することができるとし、同
  条三項は「合衆国軍隊が使用する施設及び区域は、この協定の目的のため必要で
  なくなったときは、いつでも、日本国に返還しなければならない。合衆国は、施
  設及び区域の必要性を前記の返還を目的としてたえず検討することに同意する」
  としており、必要性がなくなれぱ、日本国は米軍に対して返還を求めることがで
  きることが定められている。
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   この必要性の判断基準について、まず参考となるのが、「ドイツ連邦共和国に
  駐留する外国軍隊に関して北大西洋条約当事者間の軍隊の地位に関する協定を補
  足する協定」(ボン協定)である。同協定四八条五項aでは「軍隊又は軍属の当
  局は、使用する土地の数と規模が必要最小限に限定されていることを保証するた
  めに、絶えず土地の需要を点検する。これに加えてドイツ当局の要請がある時、
  個々の特殊な場合における需要を点検する。」とされ、同項bには「共通の防衛
  任務を考慮したうえでドイツ側が土地を使用することによって得る利益が大きい
  ことが明白な場合、ドイツ当局の明渡し請求に対し、軍隊又は軍属の当局は適切
  な形でこれに応ずる。」とされている。そして、これを受けたポン協定の署名議
  定書の「四八条について」には、「軍隊又は軍属が占有している土地の返還又は
  交換について、ドイツの民間の基本的必要性、とくに国土整備、都市計画、自然
  保護及び農業上並びに経済上の利益に応じるため、交渉を行う。派遣国の当局は、
  その際連邦政府の申請を誠意をもって考慮する。」と具体的な判断基準が示され
  ている。地位協定の締結について、いわゆる安保国会において藤山愛一郎外相は、
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  「原則としてNATO協定と比して遜色のないものを作るということでございま
  す。それらのものを勘案してできましたものは、NATO協定の長所を取り入れ
  ると同時に、さらに日本の実情に即しましたように改善されている点があろうと
  思っております。」(「参院安保委」第七号)と述べている。地位協定がNAT
  O協定(藤山は、この語に、NATO協定とポン協定の両方を含めている)と比
  べて、「遜色のないもの」であり「改善されている点」さえあるならば、地位協
  定上の基地提供の「必要性」についての解釈は、ボン協定に具体的に示されてい
  る基準に加え、さらに日本の住民や地方公共団体の利益に配慮した判断基準によ
  らなければならないものと解される。
   そして、このことは、地位協定の実施のための国内法である「日本国とアメリ
  カ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約六条に基づく施設及び区域並びに日
  本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う国有の財産の管理に関
  する法律」が、「その使用を許すことが産業、教育若しくは学術研究又は関係住
  民の生活に及ぼす影響その他公共の福祉に及ぼす影響が軽微であると認められる
---------- 改ページ--------44
  もの以外のもの」については、米軍に使用を許すことができないし、すでに使用
  されている土地については返還を求めることができることを想定していることか
  らも裏付けられている。すなわち、地位協定上、このような場合には、米軍は土
  地を使用する必要性がないものと解釈されるからこそ、国内法でもこのような規
  定が設けられているものと解されるのである。したがって、国土整備、都市計画、
  自然保護、産業、教育、学術研究、関係住民に及ぼす影響、その他公共の福祉に
  及ぼす影響等に照らして、土地の返還を求める必要性が高い場合には、国は返還
  を求めることができると解される(本間浩「在日米軍基地と日本国内法令」駿河
  台法学第七巻二号・八五頁参照)。
   そして、原判決は、沖縄における米軍基地が、県民の生命や健康に被害をもた
  らし、環境を悪化させ、地域振興開発の阻害要因となり、地方公共団体に著しい
  行政事務の過重な負担を負わせているという事実を認定している(三八〜四六
  頁)。
   したがって、右認定事実よりすれば、沖縄の米軍基地については提供の必要性
---------- 改ページ--------45
  を欠き、日本国は米国に対して返還を求めることができるのであり、提供義務を
  負うものではない。原判決(二六三頁)が、本件各土地について、日本国が米国
  に対して本件土地を提供することを義務づけられていると認定したことは、地位
  協定二条の解釈を誤り、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであり、ひ
  いては理由不備、理由齟齬の違法がある。
   そして、本件各土地について、米軍への提供義務が認められない以上、「公共
  のために用いる」場合に該当しないことは明らかであるから、本件各土地に駐留
  軍用地特措法を適用して上告人に立会・署名を命じた原判決は、憲法二九条に違
  反し、破棄されねばならない。
 4 また、仮に本件各土地を含む各施設について、日本国が米国に提供する国際法
  の義務が存するとしても、本件各土地を提供しなくとも、基地機能上の支障をき
  たすものではないから、義務違反が生ずるからといって、直ちに人権(財産権)
  を制約するやむにやまれぬ正当事由たる公共性が認められるものではない。
(一) 上告人は、本件各土地について「代替性の存する施設内のもの、遊休化した
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   施設内のもの、黙認耕作地、施設フェンスの外部に所在しているもの、施設内
   外を区分するフェンスの内部にあるが、それに近接して所在しているもの等、
   それが返還されても基地機能には全く影響のない土地が存する」(被告第一準
   備書面一〇八頁)と主張し、これに対して被上告人は「駐留軍用地は、多数の
   土地によって構成され、その性質上不可分一体となって駐留軍の施設及び区域
   として機能している」(原告第二準備書面四五頁)と反論した。そして、原審
   は、上告人が本件各土地が返還されても基地機能に影響が存しないことを立証
   するために本件各土地の検証の申出、本件各土地の所有者の証人申請をなした
   が、これをことごとく斥け、本件各土地は「施設内の他の土地と一体となって
   有機的に機能している」(一七〜二三頁)と判示したが、何らその認定の理由
   を示さず、理由不備の違法がある。
(二) また、原判決が本件各土地について、「施設内の他の土地と一体となって有
   機的に機能している」と認定したことは採証法則に反するものである。
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    例えば、瀬名波通信施設内の新垣昇一所有土地(原判決別紙土地目録1)に
   ついて言うと、甲二号証の五ないし七によれば、施設のフェンスに接した、一
   筆の土地を半分に区切った三角形の土地であり、その土地上には実際には何の
   構築物も設置されていない事実が認定できるが、これを返還したとしても何ら
   基地機能に支障が生じるものとは認められない。
    キャンプ・シールズ内の土地(原判決別紙土地目録6)について言うと、甲
   五号証の五及び七並びに甲四一号証の別紙七からは、被上告人が鳥袋善祐氏の
   所有土地と主張する土地は、右土地上には何らの構築物も設置されておらず、
   近接する施設はソフトボール場だけである。そして、右土地はフェンスに近接
   しているが、フェンスの向こうは県道二六号線であり、道の向こう側には民家
   がたち並んでいる事実を容易に認定できる。これを返還したとしても、基地機
   能に何ら支障が生じるものとは認められない。
    嘉手納弾薬庫地区内の土地(原判決別紙土地目録5)については、甲三号証
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   の五及び七によれぱ、弾薬庫から保安上必要な距離を超えて遠く離れ、フェン
   スに隣接もしくは近接し、当該土地上には何らの構築物も設置されていない土
   地が存する事実が、認められるが、これを返還したとしても、基地機能に何ら
   の支障が生じるものとは認められない。むしろ、甲三号証の五及び七からは、
   米軍基地として囲い込んだ広大な土地がただ遊休化している事実が判明し、日
   米両政府が真剣に取り組めば、米軍基地の整理縮小が可能であることが容易に
   判明するものである。
    甲六号証の五からは、トリイ通信施設(原判決別紙土地目録4)について、
   甲七号証の一〇からは、嘉手納飛行場(原判決別紙土地目録7)について、甲
   八号証の五からは、那覇港湾施設(原判決別紙土地目録8)について、それぞ
   れフェンスに隣接もしくは近接し、当該土地上には何らの構築物も設置されて
   いない土地が存する事実が認められ、これらの土地を返還したとしても基地機
   能に支障が生じるものとは認められない。
    以上のとおり、本件各土地には基地機能そのものに関わるものではない周辺
   部の土地が多数存在し、これらの土地を返還しても基地機能には支障が生じな
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   いものというべきであるから、原判決が本件各土地について「施設内の他の土
   地と一体となって有機的に機能している」と認定したことは採証法則に反した
   ものであり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
(三) 右に述べたとおり、本件各土地を提供できないからといって、本件各土地の
   所在する各施設の基地機能が害されるとか、ましてや日本国や極東の安全に支
   障が生じるわけではない。また、もともと日米両国の基地提供についての合意
   は、民有地についても所有者の意思を何ら考慮することなく締結したものであ
   るから、日本国が当該民有地の使用権原を取得できないため提供義務の履行が
   後発的不能になる事態を、当然合意の締結時点で日米両国は想定している筈で
   あり、本件各土地が提供できなからと言って、国際的に日本国が非難される謂
   われはない。
    したがって、本件各土地について、日本国が米国に対して基地として提供す
   る義務があるとしても、その義務履行の必要性をもって、人権制約原理たる公
   共性が認められるとは言えず、所有者の意思に反して財産権を制約することは
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   許されない。
    仮に、本件各土地を米軍基地として提供する義務が存するとしても、本件各
   土地を米軍基地として提供することは「公共のために用いる」に該当せず、本
   件に駐留軍用地特措法を適用して知事に立会・署名を命じた原判決は憲法二九
   条に違反するものである。
 5 憲法が財産権を保障したのは、それが人間の自由なる生存の前提であり、個人
  の行き方そのものにかかわり精神的自由とも分かちがたい結びつきを有している
  からである。
   本件各土地について、所覧L者らは、祖先伝来の土地に生活の場を築きたい、戦
  争のためではなく生産の場として使用したいという強い願いをもって、米軍基地
  として提供することを拒否しているものであり、この個人の自律的生存にかかわ
  る生存的財貨を政策的に強制使用することは許されない。
   本件各土地に駐留軍用地特措法を適用して上告人に立会・署名を命じた原判決
  は憲法二九条に違反するものであり、破棄されねぱならない。
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 6 本件各土地に対して駐留軍用地特措法を通用して財産権の制約を継続すること
  は、到底必要量小限度の制約とは言えない。
   原判決は、沖縄における米軍基地形成過程について、次の事実を認定した。
  「沖縄においては、第二次大戦の末期、沖縄本島の全域にわたって、五〇日間に
  及ぶ日米両軍による激しい地上戦が展開された。その結果、軍関係者ばかりでな
  く、一般住民もこれに巻き込まれ、一六方人を超える人々がその犠牲となった。
  戦後、沖縄は米軍の支配下に置かれ、昭和二六年九月八日のサンフランシスコ平
  和条約の締結により我が国が独立した際には本土から分離され、米国の施政下に
  置かれた。沖縄が本土復帰したのはそれから二一年後の昭和四七年のことである」
  (三一〜三二頁)。「第二次大戦後、沖縄のその施政下においたアメリカ合衆国
  は、極東における沖縄の軍事的、戦略的役割に着眼して沖縄に軍事基地を建設し、
  これを長期的に使用する意向を有していた」(六頁)。「戦後、沖縄を占領した
  米軍は、旧日本軍の施設及び区域ばかりでなく、公有地や民有地をも強制的に接
  収して本島中部地区を中心に軍事基地を構築していった」(三二頁)。
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  「日本国政府は、昭和四七年五月一五日、沖縄の復婦に伴い、安保条約六条、地
  位協定二条、施設及び区域の提供等に関する協定に基づき、米軍用地を米軍の使
  用に供することになり、・・・合意の得られない一部の土地については、米軍用
  地の大部分の土地の位置境界が不明で特定できず、特措法の手続によることがで
  きなかったため、特別な経過措置として国等が権原を取得するまでの間暫定的に
  一定期間当該土地を使用することができるようにするため制定された『沖縄にお
  ける公用地等の暫定使用に関する法律』(以下、『公用地暫定使用法』という。)
  に基づいてその使用権原を取得した。・・・昭和五七年五月一四日までに合意を
  得ることができなかった土地については、『沖縄県の区域内における位置境界不
  明確地域内の各筆の土地の位置境界の明確化等に関する法律』(以下『位置境界
  明確化法』という。)に基づく明確化措置により各筆の位置境界が逐次明確化さ
  れ特措法の手続によることが可能になったので、引き続き駐留軍用地として提供
  する必要のあるものについては、特措法に基づきその使用権原を取得した。この
  ように賃貸借契約又は特措法の手続により取得した土地でその使用期間満了後も
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  引き続き駐留軍用地として提供する必要があるものについては、所有者との間で
  賃貸借契約等の合意を得るように努力し、合意が得られないものについては、そ
  の都度特措法の手続によりその使用権原を取得した」(一四〜一六頁)
   この認定事実自体は、沖縄戦の教訓、米軍の施政下における「囲い込み」や
  「銃剣とブルドーザー」による米軍用地接収の非人間的な実態、公用地法や位置
  境界明確化法の違法性について何ら触れない余りにもお粗末なものである。
   しかし、この認定事実からだけでも、沖縄の米軍基地が悲惨をきわめた沖縄戦
  に引き続く米軍の占領下で強制的な土地接収で形成されたものであり、地主は、
  復帰後も公用地法、位置境界明確化法、駐留軍用地特措法によって強制的に財産
  権を制約し続けられてきたことが判明する。戦後五〇年以上、復帰からでも二三
  年以上もの長期にわたって強制的に土地を取り上げられ続けてきたのである。民
  法六〇四条は、賃貸借契約の存続期間は二〇年を超えることはできないと規定し
  ているが、沖縄県民はその意思に反して、民法の定める最長期間の二倍をこえて
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  土地を取り上げられ、これからも継続されようとしている。特定の国民に対して
  のみ、このような財産権制約を押しつけることは、到底、正当化されうるもので
  はない。沖縄県民に対する加重負担を解消する努力を五〇年余の長期間にもわたっ
  て怠ったうえ、財産権制約を今後も継続することは、明らかに本件各土地の所有
  権に対する必要最小限度の制約を超えるものと言わなければならない。
 7 以上述べたとおり、日本国が米国に対して本件各土地を提供する義務があると
  いう被上告人の主張はそもそも失当である。また、反にその義務があるとしても、
  その義務違反によって、何ら日本国の安全保障に問題が生じることはない。加え
  て、本件各土地は個人の生存的財貨であるから、政策的に権利制約することは許
  されないものであり、また、その制約の限度は到底必要最小限度とは言えないも
  のである。
   これらのことよりすれば、本件各土地に駐留軍用地特措法を適用することが
  「公共のために用いる」場合に該当しないことは明らかであり、本件各土地への
  同法の適用は憲法二九条に違反するものである。
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七 駐留軍用地特措法を在沖米軍基地の使用のために適用することの憲法一四条、九
 二条及び九五条違反
  駐留軍用地特措法は、日米安保条約、地位協定に基づき、米軍に対して施設・区
 域(基地)を提供することを目的とする法律であるが、本件各土地について基地提
 供法令の運用の一環として同法を適用することは、運用違憲として、憲法一四条、
 九二条、九五条に違反するものである。
 1 原判決は、沖縄への米軍基地の集中の実態について、次の事実を認定した。
   沖縄には、一九九四年三月末現在、県下五三市町村のうち二五市町村にわたっ
  て四二施設、二億四五二六平方メートルの米軍基地が存在し、全県土面積の約一
  〇・八パーセントを占めている。この沖縄の米軍基地面積は全国の約二四・九パー
  セントを占め、米軍が常時使用できる米軍専用施設については全国のそれの約七
  四・六パーセントが国土面積の僅か〇・六パーセントにしか過ぎない沖縄県に集
  中している(三二ないし三四頁)。
   ついで原判決は、狭隘な島嶼県沖縄に極端なまでに米軍基地が集中し、過密化
---------- 改ページ--------56
  しているために生じた沖縄県民に対する基地被害について、次のような事実を認
  定した。
   米軍の演習、訓練は、空域及び陸域において、恒常的に行われている。水域に
  おいては、水対空、水対水、空対空各射撃訓練及び空対水射撃訓練等の演習が行
  われている。陸域においては、キャンプ・シュワブ、キャンプ・ハンセンで一般
  演習、小銃射撃、実弾射撃、廃弾処理、爆破訓練が、北部訓練場、金武レッドビー
  チ訓練場、金武ブルービーチ訓練場、ギンパル訓練場、読谷補助飛行場で一般演
  習が恒常的に行われている。キャンプ・ハンセン演習場において、県道一〇四号
  線越え実弾砲撃演習が多数回実施され、最近の演習においては、三日間で約六〇
  〇発の一五五ミリりゅう砲弾が発射された。キャンプ・ハンセン内では実弾演習
  の着弾地周辺に山肌を剥き出し、射撃訓練により原野火災が発生し、同キャンプ
  内を流れる河川から赤土が流出している。嘉手納飛行場及び普天間飛行場の周辺
  で、航空機による騒音が発生して付近住民の生活環境に影響を与えている。米軍
  航空機事故については、最近でも一九九四年四月一四日のF―一五機墜落炎上事
---------- 改ページ--------57
  故ほか五件の事故が発生している。また嘉手納飛行場において一九八六年にPC
  B漏出事故が発生したと報道されている。読谷補助飛行場においてはパラシュー
  ト降下訓練が多数回実施され、これに関連する事故として、一九四〇年の燃料タ
  ンク落下による少女圧死事故、一九六五年のトレーラーによる少女圧死事故等が
  発生し、その後も施設外の農耕地や民家等に落下する事故が起きている。一九七
  二年五月から一九九五年八月末までの米軍人軍属による刑事事件の検挙件数は全
  刑法犯の約二パーセントを占め、犯罪検挙人数は全刑法犯の約六パーセントを占
  める。復帰後の米兵による民間人殺害事件は一九九五年二月末までに一二件発生
  し、近年では、一九九三年二月の海軍兵による強姦致傷事件、同年四月の金武町
  における海兵隊員による殺人事件、一九九四年七月の海兵隊員による日本人女性
  殺人事件、同年九月の米兵三人による少女拉致暴行事件などがある(三八ないし
  四二頁)。
   また、原判決は、沖縄における広大な米軍基地の存在が、沖縄における地域振
  興開発の重大な阻害要因となり、行政事務の過重負担となっていることについて、
---------- 改ページ--------58
  次の事実を認定した。
   一九九二年に国において策定された第三次沖縄振興開発計画では、沖縄の米軍
  施設及び区域について「そのほんどが人口、産業が集積している沖縄本島に集中
  し、高密度な状況にあり、この広大な米軍施設及び区域は土地利用上に大きな制
  約となっているほか、県民生活に様々な影響を及ぼしている」という認識を示し
  ている。那覇市に所在する那覇港湾施設は、那覇空港、国道五八号、国道三三二
  号と隣接し、県道七号線の起点ともなり、那覇市の都心部に近い。沖縄市には、
  米軍基地として七施設があり、同市の面積の約三七パーセントを占めている。読
  谷村には、米軍基地として五施設があり、同村の面積の約四七パーセントを占め
  ており、道路計画推進の大きな制約要因となっている。基地対策を担当する部署
  として、沖縄県には総務部知事公室基地対策室が置かれ、関係市町村にはそれぞ
  れ主菅の部署が置かれ、事実調査、基地関係事務の処理、関係機関及び米軍当局
  への要請、抗議等に当たっているが、これらの行政事務は、沖縄県及び関係市町
  村の過重な負担となっている(四二ないし四六頁)。
---------- 改ページ--------59
 2 日米安保条約は、日本全土を対象とするものであるから、沖縄県民にのみかか
  る米軍基地の負担を強いることは、法の根本理念たる正義衡平の観念に照らして
  到底容認しうるものではない。仮に、米軍に提供する土地の場所や規模の決定に
  ついて、地理的、歴史的条件などが考慮要素となり、その決定が行政府の裁量事
  項であるとしても、沖縄県への米軍基地の集中の現状は、一般的に合理性を有す
  るとは到底考えられない程度に達しており、行政府の裁量の限界を明らかに超え
  ているものと言わなければならない。そして、原判決も「被告が本件署名等代行
  事務を拒否した背景には背景事実記載のような事実が存在しており、被告は、そ
  の本人尋問において、特に、沖縄の本土復帰後二三年の間に米軍基地は本土では
  六〇パーセントも縮小しているのに沖縄県では一五パーセントしか縮小していな
  いこと、政府は、米軍による事件事故が発生した場合、本土においては素早い対
  応を見せるが、沖縄ではそうではないなど沖縄は本土に比し米軍基地について過
  重な負担を強いられていること、しかし、米軍に対する基地の提供が我が国の安
  全保障上欠かせないものであるというならぱ、全国民が平等にこれを負担すべき
---------- 改ページ--------60
  であることを強調する。そして、沖縄県民の命と暮らしを守ることを使命とする
  沖縄県における行政の首長としての立場からは現状のままでの米軍基地の維持存
  続につながりかねない署名等代行をすることはできないとしてその心情を吐露し
  ている。これらの事情に鑑みると、被告が沖縄における基地の現状、これに係る
  県民感情、沖縄県の将来等を慮って本件署名等代行事務を拒否したことは沖縄県
  における行政の最高責任者としてはやむを得ない選択であるとして理解できない
  ことではない・・・沖縄における米軍基地の問題は、被告の供述にあるとおり、
  設階的にその整理、縮小を推進すること等によって解決されるべきものであり、
  前提事実及び背景事実に照らすと、この点についての国の責任は重いものと思料
  される」(二四一〜二四三頁)と判示して、沖縄への米軍基地の過重負担を解消
  して不平等を是正すべき国の責任を認めている。
   そして、この沖縄にのみ異常なまでに基地が集中する状態は、戦後五〇年以上、
  復帰からでも二三年以上にも及んでいる。復帰当時の米軍専用施設の施設面積は、
  沖縄県二万七八九三ヘクタール、本土一万九七〇〇ヘクタールであり、既に復帰
---------- 改ページ--------61
  時点から沖縄県と本土の間では、著しい不平等が生じていたのであるから、復帰
  時から、国は沖縄県への基地集中を解消し、本土との不平等を是正すべき責務を
  負っていることは明らかであった。ところが、本土の米軍専用施設については、
  復帰時と比べて約六〇パーセントの米軍基地が減少したのに対し、沖縄県では今
  日においても約一五パーセントしか減少しておらず、かえって本土との格差が著
  しく拡大しているのである。復帰以前に沖縄における広大な米軍基地が形成され
  ていたという歴史的事情を考慮するとしても、沖縄への基地偏在の解消に必要な
  合理的期間を遥かに超え、国の怠慢は明らかであると言わねばならない。
   右に述べたとおり、沖縄県民に対する不平等な基地負担のしわ寄せは著しいも
  のであり、駐留軍用地特措法その他の基地提供法令の運用の実態は、沖縄県民の
  平等権を侵害するものとして明らかに違憲状態にあるとの評価を免れず、この運
  用の一環として本件各土地に駐留軍用地特措法を適用することは憲法一四条に違
  反するものである。
   したがって、本件各土地に駐留軍用地特措法を適用して上告人に立会・署名を
---------- 改ページ--------62
  命じた原判決は憲法の解釈を誤ったものであり、かつ、沖縄県民のみが米軍基地
  の過重負担を強いられている事実を認定しながら、それが憲法一四条に違反しな
  い所以を示さない点において、理由不備、理由齟齬の違法があり、原判決は破棄
  を免れない。
 3 また、沖縄県にのみ、長期間にわたって、他の都道府県と比べて著しい米軍基
  地の負担、制約を強いる基地提供法令の運用の実態は、国政全般を直接拘束する
  客観的法原則たる平等原則に反して違憲であり、この運用の一環として本件各土
  地に駐留軍用地特措法を適用することは憲法一四条、九二条、九五条に違反する
  ものである。
   もっとも、人権の共有主体は本来個人であるから、地方公共団体について平等
  原則の適用はないのではないかとの疑問もありえよう。しかし、住民の属する集
  団としての地方公共団体が、国家から他の地方公共団体と比して不平等に扱われ
  る場合には、間接的にせよ住民自身が不利益を被ることになるのである。また、
  国際人権法においては、「人民」という集団自体に自決権が保障されており(国
  際人権A規約・B規約共通一条)、究極的に個人の人権保障に資するものであれ
---------- 改ページ--------63
  ぱ、集団自体に人権享有主体性を認めうるものである。そもそも、憲法が地方自
  治を保障したのは、地域の政治を、住民の意思に基づき、国家から独立した団体
  の意思と責任の下に行うことによって、住民の人権を保障しようとしたものに他
  ならない。すなわち、国家から独立して、住民の自己決定を内包した団体独自の
  自己決定に基づく地方自治を行うことこそが、住民の意思に基づく民主政治を実
  現し、住民の人権保障になるとの趣旨に基づくものである。しかるに、国家が特
  定の地方公共団体のみを不平等に扱い、その結果、当該地方公共団体の自己決定
  権が侵害される場合には、住民の自己決定権が阻害されることになり、ひいては
  憲法の地方自治保障の趣旨、人権尊重の理念に悖ることとなる。そうであればこ
  そ、憲法九五条は、特定の地方公共団体にのみ異なる扱いをする場合には、住民
  の特別投票を要するものとして、地域住民の自己決定によらなければ差別的扱い
  を許容しないものとしたのであり、これは憲法が地方公共団体の平等権を保障し
  たものに他ならない。
   以上述べたことよりすれば、国家が地方公共団体を不平等に取り扱ってはなら
---------- 改ページ--------64
  ないという意昧で、地方公共団体にも平等原則の適用があるものと言うべきであ
  る。
   もとより、国家が各地方の実情に応じた合理的な差別をなしうることは当然で
  あり、その合理性の判断については国家の裁量が認められるものであるが、特定
  の地方公共団体に対する不平等が著しく、国民の正義衡平の観念から到底許容で
  きない限度に至っている場合には、もはや一見明白に平等原則に違反しているも
  のと言え、裁判所は違憲判断をなしうるものと解される。
   そして、沖縄県への長期間にわたる米軍基地の集中によって、沖縄県が他の都
  道府県に例を見ない過度の基地の負担を負わされ、そのために沖縄県の自律的発
  展が著しく阻害されている現状は著しく不平等であり、到底国民の正義衡平の観
  念が許容しうるものではない。
   よって、沖縄県へのかかる基地集中をもたらす駐留軍用地特措法を含む基地提
  供法令の運用は平等原則に反して違憲であり、その運用の一環として本件各土地
  へ駐留軍用地特措法を適用することは、憲法一四条、九二条、九五条に違反する。
---------- 改ページ--------65
   したがって、本件各土地に駐留軍用地特措法を適用して上告人に立会・署名を
  命じた原判決は憲法の解釈を誤ったものであり、かつ、沖縄県のみが米軍基地の
  過重負担を強いられ自立的発展を阻害されている事実を認定しながら、それが憲
  法一四条、九二条、九五条に違反しない所以を示さない点において、理由不備、
  理由齟齬の違法があり、原判決は破棄を免れない。
 4 さらに、駐留軍用地特措法が沖縄県のみを対象として運用されているという点
  からも、その運用は憲法一四条、九二条、九五条に違反するものと言わなけれぱ
  ならない。
   駐留軍用地特措法が日本本土で発動されたのは、ほとんど一九五〇年代で、一
  九六一年の神奈川県相模原住宅地区を最後に、日本本土で発動された例はなく、
  言わば一九六一年の発動を最後として一旦は死んだ法律であった。ところが、死
  法化して二〇年も経過した後、突如として一九八〇年に沖縄県内の土地のみを対
  象として発動されたのである。
---------- 改ページ--------66
   憲法九五条は、特定の地方公共団体にのみ適用される法律(地方自治特別法)
  について住民投票を要求しているが、その趣旨は「一般の法律とは違った特例を、
  特定の地方公共団体だけに適用することによって、住民の不利益を生ずる不平等
  な扱いが、住民の意に反してなされないようにしよう」(小林直樹「憲法講義下」
  東京大学出版会、七九七頁)ということにある。駐留軍用地特措法は、県民にとっ
  ては自らの土地を強制的に取り上げられるという重大な人権制約をもたらすもの
  であり、地方公共団体にはとっては、都市計画等に重大な影響をもたらし、また
  地方公共団体がそのために事務的負担も負うものであるから、特定の地域のみを
  対象として駐留軍用地の強制収用法令を制定するのであれば、地方自治特別法と
  して、住民投票を要するものと言うべきである。これは、国が地方公共団体に財
  政援助を与えることを目的とし、地方公共団体の組織や運営について特別の規定
  をもたない都市建設法についてすら、地方自治特別法として住民投票に付されて
  きたこととの均衡からも明らかであると言える。
   したがって、沖縄県のみを対象として駐留軍用地を強制収用(使用)するので
---------- 改ページ--------67
  あれば、憲法九五条の趣旨よりして、当然に住民投票に付した上で立法を行わな
  ければならなかったのである。このことは、対日平和条約、日米安保条約、地位
  協定、駐留軍用地特措法の制定について、いずれも沖縄県民の意思が全く反映さ
  れていないという歴史的事情よりしても、当然のことと言えた。
   ところが、国は、一九八一年に、死法化していた駐留軍用地特措法を突如とし
  て復活させ、沖縄県内の駐留軍用地を強制使用し、その後も沖縄県内の駐留軍用
  地にのみ駐留軍用地特措法を適用するという運用をしているのであり、この運用
  は憲法九五条を僭脱して地方自治の本旨を害し、平等原則に反する違憲なもので
  ある。
   また、沖縄県という特定地域の土地を所有者のみについて、強制的に財産権を
  制約するという点からも、駐留軍用地特措法の運用は平等原則に反する違憲なも
  のである。
   よって、この違憲な運用の一環として本件へ駐留軍用地特措法を適用すること
  は憲法一四条、九二条、九五条に違反し、本件各土地に駐留軍用地特措法を適用
---------- 改ページ--------68
  して上告人に立会・署名を命じた原判決は憲法の解釈を誤ったものであり、この
  違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄されるべきで
  ある。
八 以上のとおり、駐留軍用地特措法を適用してなされた本件各土地の強制使用を目
 的とした、使用認定処分をはじめとした各手続のいずれもが前述のとおり同法の適
 用上ないし運用上違憲であり、本件調書への立会、署名について、上告人に応じる
 義務は存しない。原審にはこの点の判断を誤った違法がある。また、原審は、これ
 ら主張の根拠となる事実について全く証拠調べをなさなず、上告人の適用違憲の主
 張に対する合違憲の判断さえもなさなかったが、この点には、後述のとおり審理不
 尽の違法が存するというべきである。
---------- 改ページ--------69
第三点 最高裁判所判例違反と判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反―――審理
   の範囲
 原判決は、職務執行命令訴訟における司法審査の範囲について、最高裁判所一九六
〇年六月一七日第二小法廷判決(民集一四巻八号一四二〇頁。以下、単に最高裁判決
という)に違反し、地方自治法一五一条の二の違反あるものであって、この違反は判
決に影響を及ぼすことが明らかである。
 以下、その理由を述べる。
一 原判決の判示
  原判決は、本件審理の範囲について、右最高裁判決を援用し、あたかも同判決に
 依拠しているかのような論旨を展開している(九二頁以下)。
  しかし、本件審理の具体的範囲についての以下の判示になると、原判決と右最高
 裁判決との乖離は明確になる(一九九頁)。
  「裁判所は、本件訴訟において、本件命令の実質的適否、すなわち、都道府県知
 事が法律上本件命令にかかる事項を執行すべき義務を負うか否かを判断する際に、
 右法令により都道府県知事に審査権が付与されていない事項を審査して右義務の有
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 無を論ずることはできないといわなければならない。これに対して、被告の審査権
 の範囲にかかわらずおよそ本件命令一般について裁判所は審査すべきであるとの被
 告の主張は失当を免れない。」
  続いて「法令により都道府県知事に審査権が付与されている事項」とは何かにつ
 いて「少なくとも、 (1)使用認定の告示があったこと、 (2)防衛施設局長が測量、
 調査その他の資料に基づき一応の合理性が認めれられる方法により土地・物件調書
 を作成したこと、 (3)防衛施設局長が土地所有者等を立ち会わせ右調書に署名押印
 する機会を与えたのに、土地所有者等が右署名押印を拒みまたはこれをすることが
 できなかったこと、 (4)防衛施設局長が市町村長に対し立ち会い及び署名押印を求
 めたのに、市町村長がこれを拒んだこと、 (5)防衛施設局長が都道府県知事に対し
 当該都道府県の吏員のうちから立会人を指名し署名押印させることを求めたこと、
 以上の事柄が都道府県知事が署名等代行をするにあたり審査すべき事項であること
 は前記のとおりである。」としている。
  さらに、都道府県知事が使用認定の適否又は効力の有無について審査権限がある
---------- 改ページ--------71
 かについて、原判決は前記最高裁判決によって差戻された後の砂川事件東京地裁判
 決(一九六三年三月二八日)を援用して、次のように判示している(二〇四頁)。
  「特措法に基づく土地の使用手続は、原告による使用・認定手続と収用委員会に
 よる裁決手続の二つの重要な手続に別れており、土地・物件調書の作成は、その間
 にあって、防衛施設局長により使用裁決申請の準備として行われるもので、…被告
 が求められている本件署名等代行は、…土地・物件調書作成手続の一環をなす行為
 であるということができる。」
  「原告による使用認定と都道府県知事による署名等代行の両者を、特措法による
 使用手続における位置づけ、重要性、行為の効果の観点から対比し、さらに、右署
 名等代行の趣旨や署名等代行事務が都道府県知事に委任された趣旨を併せ考えると、
 特措収用法三六条五項が、使用認定に関する事務など元来原告において管理執行す
 べき駐留軍用地の使用に関する事務のうち従たる地位を占める署名等代行事務をこ
 れらから切り離してその管理執行を都道府県知事に委任する当たり、原告が先行行
 為として行う使用認定が適法か違法か、あるいは、有効か無効かについて、改めて
---------- 改ページ--------72
 当該都道府県知事の判断を介入させる余地を与えようとしたものとは到底解されな
 いのであって、都道府県知事は審査権を有しない先行する使用認定について違法ま
 たは無効を理由として署名等代行事務を拒否することは許されないといわざるをえ
 ない。」
二 原判決の特徴
  原判決は、まず第一に、裁判所の審理の範囲を、都道府県知事の審査の範囲と同
 じものであることを前提とする。第二に、都道府県知事の権限を土地使用手続のう
 ちの従的な部分ととらえ、その審査事項も極めて事務的なものだとする。したがっ
 て、原判決も、極めて手続の細部にわたる事務的なものになっている。地方自治法
 一五一条の二が、わざわざ地方裁判所でなく高等裁判所に審理・判決をゆだねた結
 果がこのような次元のものだとはとうてい考えられないのである。
三 最高裁判決の趣旨
  ここで最高裁判決の要旨を確認しておくこととする。
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 (1) 「国の委任を受けてその事務を処理する関係における地方公共団体の長に対す
  る指揮監督につき、いわゆる上命下服の関係にある、国の本来の行政機構の内部
  における指揮監督の方法と同様の方法を採用することは、その本来の地位の自主
  独立性を害し、ひいて、地方自治の本旨に戻る結果となるおそれがある。」
 (2) 「そこで、地方公共団体の長本来の地位の自主独立性の尊重と、国の委任事務
  を処理する地位に対する国の指揮監督権の実効性の確保との間に調和を計る必要
  があり、地方自治法第一四六条は、右調和を計るためいわゆる職務執行命令等訴
  訟の制度を採用したものと解すべきである。」
 (3) 「そして同条が裁判所を関与せしめその裁判を必要としたのは、地方公共団体
  の長に対する国の指揮命令の適法であるか否かを裁判所に判断させ、裁判所が当
  該指揮命令の適法性を是認する場合、初めて代執行権及び罷免権(一九九二年、
  罷免権の規定削除―代理人)を行使できるものとすることによって国の指揮監督
  権の実効性を確保することが、前示の調和を期し得る所以であるとした趣旨と解
  すべきである。」
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 (4) 「この趣旨から考えると、職務執行命令訴訟において、裁判所が国の当該指揮
  命令の内容の適否を実質的に審査することは当然であって、したがってこの点、
  形式的審査でたりるとした原審の判断は正当でない。」
  最高裁判決が「地方公共団体の長本来の地位の自主独立性の尊重」と「国の指揮
 監督権の実効性の確保」を対置していることに注意しなければならない。
  そしてそのどちらが優越するでもなく、その調和を図るのが職務執行命令訴訟の
 制度の趣旨だとする。制度の趣旨をこのように解したうえ、最高裁は、「地方公共
 団体の長に対する国の指揮命令の適法であるか否かを裁判所に判断させて適法性を
 是認する場合、初めて代執行権を行使できる」。
  「地方公共団体の長本来の地位の自主独立性の尊重」については、憲法第九二条
 が規定する「地方自治の本旨」が念頭にあることはいうまでもない。
  なお、この判決の後、一九九一年地方自治法が改正され地方自治体の長が命令を
 拒否した場合の罷免制度などが廃止され、地方自治の本旨が一層生かされるように
 なった。
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四 原判決の判例違反の具体的理由
  最高裁判決の趣旨をふまえて、以下、原判決の判例違反を明らかにすることとす
 る。
 1 司法機関介在の意義
   原判決は、駐留軍用地特措法に基づく土地の使用手続は、被上告人による使用
  認定手続と収用委員会による裁決手続の二つの重要な手続に分かれているが、本
  件署名等代行は、土地・物件調書作成手続の一環で、中間的、従的なものである
  と位置づけている。そしてその位置づけから都道府県知事の審査事項を確定し、
  それと本件訴訟での審理の範囲を同等のものとして結論を出しているわけである。
   しかし、原判決は、手続の段階として、使用認定権限をもつ総理大臣と受命者
  の都道府県知事の間に見解の相違が生じたときに、裁判所という国家機関(司法
  機関)が介入することの意義、立法趣旨ないし理由についてまったく触れていな
  い。漫然と、裁判所の審理事項は、その直前の段階の都道府県知事の審査事項と
  同範囲であることを前提にしている。
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   しかし、なぜ使用手続の中間に行政機関でなく司法機関が介入することになっ
  ているのか、しかも地方自治法一五一条の二では、地方裁判所でなく高等裁判所
  という司法機関の中の高い位置にある機関を介在させたのかについて、何の説明
  もされていない。
   最高裁判決は、この点について前示のとおり「同条が裁判所を関与せしめその
  裁判を必要としたのは、地方公共団体の長に対する国の指揮命令の適法であるか
  否かを裁判所に判断させ、裁判所が当該指揮命令の適法性を是認する場合、初め
  て代執行権及び罷免権を行使できるものとすることによって国の指揮監督権の実
  効性を確保することが、前示の調和を期し得る所以であるとした趣旨と解すべき
  である」としているのである。
   これを敷衍すれぱ、要するに、土地収用法や地方自治法が裁判所を関与せしめ
  その裁判を必要としたのは、「公選による地方公共団体の長に対するものである
  から、本条(地方自治法一五一条の二、八項)所定の国の矯正権の発動を慎重な
  らしめ、少なくとも、中央政府の一方的な意思による恣意的な発動を防止し、地
  方公共団体の自主独立性が侵害されることのないようにするためである」(長野
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  士郎「逐条地方自治法」四二七頁)。
   内閣総理大臣と公選による地方自治体の長とが、原判決が挙示する左のような
  事項で対立することがありうるだろうか。
 (1) 使用認定の告示があったこと
 (2) 防衛施設局長が測量、調査その他の資料に基づき一応の合理性が認めれられる
  方法により土地・物件調書を作成したこと
 (3) 防衛施設局長が土地所有者等を立ち会わせ右調書に署名押印する機会を与えた
  のに、土地所有者等が右署名押印を拒みまたはこれをすることができなかったこ
  と
 (4) 防衛施設局長が市町村長に対し立会及び署名押印を求めたのに、市町村長がこ
  れを拒んだこと
 (5) 防衛施設局長が都道府県知事に対し当該都道府県の吏員のうちから立会人を指
  名し署名押印させることを求めたこと
   このような事項で意見が対立して、訴訟に及ぶなどということがありうるだろ
  うか。「中央政府の一方的な意思による恣意的な発動」や「地方公共団体の自主
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  独立性が侵害」が問題になるだろうか。地方自治法改正前は、総理大臣に知事の
  罷免権もあったが、そんなことで知事の「首を賭けて」争うことなどありうるだ
  ろうか。そんなことを想定して土地収用法や地方自治法の諸規定が立法されたと
  はとうてい考えられない。
   問題は、当該土地の利用・使用について、中央政府と地方自治体の長との間に
  もっと実質的な見解の違いがあったときにどう判断するかにかかっているのであ
  る。最高裁判決が、「国の当該指揮命令の内容の適否を実質的に審査する」といっ
  ている、その「実質的」の意昧は、まさにこの意味でしかありえない。この点を、
  最高裁判決にそって整理すれば以下のとおりとなる。
   「最高裁判決は、地方自治法が職務執行命令という裁判所関与制度を採用した
  理由を、地方自治体の長の地位の自主独立性の尊重という要請と国の指揮監督権
  の実効性の確保の要請とを調和させるため、当該指揮命令が適法であるか否かを
  まず裁判所に判断させ、裁判所が当該指揮命令の適法性を是認した場合に始めて
  代執行権を行使できることにしたものと理解している。すなわち、最高裁は、受
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  命機関の審査権を問題とせずもっぱら指揮命令の客観的適法性を問題としている。
  かかる見地からすれば、職務執行命令訴訟における裁判所の審査権の範囲は、行
  政組織法上の要請から一定の制限を受けると考えられる地方公共団体の長の審査
  権の範囲と合致する必然性はなく、むしろ法判断機関としての裁判所の権限の十
  全性を尊重することこそが、右最高裁判決が述べている二つの要請を調利させる
  ものと考えられる(金子宏「地方自治法一四六条における職務執行命令訴訟の諸
  問題」ジュリスト二〇八号一〇九頁以下、和田秀夫・鈴木俊光・判例研究、法律
  論叢三三巻一号一〇一頁以下)」(佐藤英善・人見剛「意見書」乙四七号証七
  頁)。
 2 都道府県知事の権限
   総理大臣は、国の立場から指揮命令をする。地方公共団体の長は、これに対し、
  その自治体の住民の意を体し、さまざまな事情、状況を考慮して国の指揮命令を
  拒否する。その拒否理由は、法的には地方自治法一五一条の二、一項所定の要件
  にかかわることもあろうし、使用認定の適法要件にかかわることもあろうし、ま
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  たその職務執行の具体的範囲内の事柄にかかわることもあろう。あるいは、これ
  らにまたがつた事項であることもあろう。
   裁判所はこれらの理由を公正な立場で法的に整理して、その上で当該命令の適
  否を審理・判断すれぱよいのである。裁判所は下命者と受命者の法的主張を実質
  的な問題も含めて審理し、判断することを求められており、受命者の主張の中に、
  先行行為の違法性の問題が含まれていても除外するいわれはないのである。
五 破棄された東京地裁判決の内容
 1 上告人は、本項以下において、主として最高裁判決について論じた学説を検討
  することによって、右第四項までの主張を補充する。
   最高裁判決によって破棄された東京地方裁判所一九五八年七月三一日判決(判
  例時報一五九号四六頁。以下、破棄された東京地裁判決という)は、次のように
  判示している。
   「町長は国の機関として処理する行政事務については都知事と上命下服の関係
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  にたち、上級機関である都知事の命令に拘束されると解すべきである。それ故町
  長は都知事の職務執行命令に対してはそれが形式的要件(当該命令が所定の方式
  を具備すること、都知事が当該事項につき命令権を有すること又は命令事項が町
  長の権限内の国の事務に属することその他の要件)を欠き又は不能の事項を命じ
  ている場合等を除き、その命令に服従する義務があり、その命令が実質的に違憲
  又は違法な行為の執行を命じているとの理由でこれを拒否し或は無視することは
  できないものといわなけれぱならない。」
   「職務執行命令訴訟制度の趣旨は・・・・・・町長の権限に属する国の事務を
  矯正する場合には、特に憤重を期して裁判所に関与させようとするものであるか
  ら、いいかえれば、行政部内における上級機関の下級機関に対する監督権の行使
  方法として特別に法律が裁判所に権限を付与した本来行政に属する争訟の制度と
  いうことができる。それ故国の機関である町長が国の事務に関しては都知事の命
  令に拘束されること前叙のとおりであるとすれぱ、この訴訟における審理の対象
  もまた都知事の職務執行命令の前記形式要件に関する事項以上に出ることは許さ
---------- 改ページ--------82
  れず、裁判所は遡って当該命令の実質的な適否につき審査することはできないも
  のと解すべきである。」
 2 宇賀克也助教授は、右地裁判決について、次のように述べている(地方自治判
  例百選(第二版)一二一頁)。
   「原審判決の結論は、以下の三つの前提の結合によって導かれている。
   第一の基本的前提は、職務執行命令を求める訴訟において裁判所が審査すべき
  であるのは、受命機関が下命機関の当該訓令に拘東されるか否かという点である
  ということである。第二に、国の機関委任事務の遂行という局面に関しては、下
  命機関である都知事と受命機関である町長は、上命下服の関係に立ち、したがっ
  て、一般に下級機関が上級機関の訓令に拘束されるのと同程度に、町長は、都知
  事の職務執行命令に拘束されるということが前提とされている。そして、第三の
  前提は、下級機関は、上級機関の訓令が形式的要件を欠き、又は不能の事項を命
  じている場合等を除き、それに拘束され、当該訓令の実質的審査はできないとい
  うことである。」
   まことに的確な指摘であって、何人も異をはさむことはできないであろう。
---------- 改ページ--------83
六 最高裁判決の検討
 1 宇賀助教授は、最高裁判決について、解釈が分かれうるとした上で、次のよう
  に述べている(前掲書同頁)。
   「ひとつには、原審判決の第一の基本的前提自体は是認したうえで、第二の前
  提を否定したとする解釈が成立しうる。換言すれぱ、国の機関委任事務について
  は、下命機関と受命機関の関係は、そもそも、上級機関と下級機関の間の一般的
  関係とは異なり、受命機関は、違法な職務執行命令には拘束されないから、職務
  執行命令を求める訴訟においても、裁判所は、実質的審査をなしうると解するの
  である。いまひとつは、第一の基本的前提自体を否定しているとみる解釈である。
  すなわち、訓令違反であるということと、裁判所が職務執行命令を発することと
  は、論理必然的に結びつくものではなく、国の機関委任事務についても、受命機
  関には下命機関の訓令の実質的審査権はないが、代行権や罷免権を発生させるた
  めには、我判所の判断を経なければならず、その際、司法機関である裁判所を介
---------- 改ページ--------84
  在させた所以は、単なる形式的審査のみならず、職務執行命令の適法性について
  の実質的審査を行わせるためであるという解釈も成立しうるのである。以上のう
  ち、第一の解釈は、国の機関委任事務につき、受命機関にも、適法性についての
  実質的審査権を肯定し、その結果として、職務執行命令訴訟における裁判所の実
  質的審査権が導かれると解するのに対し、第二の解釈は、受命機関の実質的審査
  権を否定しながら、裁判所には、これを肯定するもので、職務執行命令訴訟は、
  受命機関が訓令に拘束されるか否かを審査するものではなく、実質的にも適法な
  職務執行命令についてのみ、代行権や罷免権を発生させるための制度であるとみ
  るものである。」
 2 五の2に述べた宇賀助教授の、破棄された東京地裁判決の分析と、右地裁判決
  を破棄した最高裁判決との関係から言って、最高裁判決は、宇賀助教授の第一の
  解釈または第二の解釈のいずれかに必ず婦着しなければならないのである。
   実際、最高裁判決は、「職務執行命令訴訟において、裁判所が国の当該指揮命
  令の内容の適否を実質的に審査することは当然であって、したがってこの点、形
---------- 改ページ--------85
  式的審査で足りるとした原審の判断は正当でない。」と言っているのであるから、
  指摘命令の内容の適否について、受命機関に実質的審査権を認めるか、そうでな
  ければ裁判所に認めるか、いずれかしかないのである。受命機関の実質的審査権
  を否定し、かつ、裁判所の審査すべき対象は受命機関の審査権の範囲に限られる
  とすることは、明らかに最高裁判決に違反する。
   原判決が、「裁判所は、本件訴訟において、本件命令の実質的適否、すなわち、
  都道府県知事が法律上本件命令に係る事項を執行すべき義務を負うか否かを判断
  する際に、右法令により都道府県知事に審査権が付与されていない事項を審査し
  て右義務の有無を論ずることはできないといわなけれぱならない。これに対して、
  被告の審査権の範囲にかかわらずおよそ本件命令の適法性一般について裁判所は
  審査すべきであるとの被告の主張は失当を免れない。」と判示しながら(一九八
  〜一九九頁。宇賀論文のいう破棄された東京地我判決の第一の基本的前提であ
  る)、「特措収用法三六条五項が、使用認定に関する事務など元来原告において
  管理執行すべき駐留軍用地の使用に関する事務のうち従たる地位を占める署名等
---------- 改ページ--------86
  代行事務をこれから切り離してその管理執行を都道府県知事に委任するに当たり、
  原告が先行行為として行う使用認定が適法か違法か、あるいは、有効か無効かに
  ついて、改めて当該都道府県知事の判断を介入させる余地を与えようとしたもの
  とは到底解されないのであって、都道府県知事は審査権を有しない先行する使用
  認定についての違法又は無効を理由として署名等代行事務を拒否することは許さ
  れないといわざるを得ない。」(二〇九〜二一〇頁)と判示するのは(宇賀論文
  のいう破棄された東京地裁判決の第二、第三の基本的前提である)、明らかに最
  高裁判決に違反する。
   裁判所の審査の対象を受命機関の審査権の範囲に限定した上で、受命機関の実
  質的審査権を否定するのでは、最高裁判決が、「裁判所が国の当該指揮命令の内
  容の適否を実質的に審査することは当然であ(る)」と宣した意味が全く没却さ
  れる。本件の場合、被上告人のした使用認定の適否を審査しないで、署名等代行
  命令の「内容の適否を実質的に審査」したことにならないのは誰の目にも明らか
  である。
---------- 改ページ--------87
   なお、さらに問題なのは、使用認定の違憲無効さえ、司法審査の対象とはなら
  ない、としている点である。上告人は、原審において、駐留軍用地特措法を本件
  各土地に適用した使用認定は違憲無効であることを詳細に主張した。ところが、
  原判決は、「使用認定が有効か無効かについて、改めて当該都道府県知事の判断
  を介入させる余地を与えようとしたものとは到底解されない」、「この理は右無
  効の原因が憲法違反である場合においても同様というべきであ(る)」(二二七
  頁)として、本件使用認定が違憲無効であるかどうかについで何の審査も加えな
  かった。
   本件使用認定が違憲無効であれば、本件署名等代行命令は、その前提を欠いて、
  無効または違法であることは自明の理である。使用認定の違憲無効について審査
  しなかった原判決は、「裁判所が国の当該指揮命令の内容の涛K否を実質的に審査
  することは当然であ(る)」とした最高裁判決に違反すること明白である。
 3 芝池義一教授は、主務大臣と都道府県知事の関係について論述するにあたり、
  最高裁判決に触れて、裁判所の実質的審査権を、命令の拘束力とそれに対する受
---------- 改ページ--------88
  命機関の服従義務の範囲の問題にはね返らせない考え方と、はね返らせる考え方
  とがあることを指摘し、さらに後者を二つの考え方に分けている(地方自治大系
  〔第二巻〕一八六〜一八七頁)。
   はね返らせない考え方が宇賀助教授の第二の解釈に相当する。
   そして、はね返らせる考え方の一つは、地方自治法一五〇条の指揮監督権の行
  使たる命令も、それが実質的にも適法である場合のみ、法的拘束力を有し、受命
  機関に服従義務がある、とするものである。これは、宇賀助教授の言う第一の解
  釈と同じである。芝池教授の言うはね返らせる考え方のもう一つは、一九九一年
  の改正前の地方自治法一四六条に基づく職務執行命令訴訟手続の第一の段階をな
  す主務大臣の職務執行命令と、一五〇条に基づく主務大臣の指揮監督権の行使た
  る命令とを区別し、後者をその本質において行政指導的なものととらえ、その拘
  束力を否定するものである。
   地方自治法一四六条の命令と一五〇条の命令とを区別する解釈も挙げるだけ、
  芝池教授の論述の方が、都道府県知事の自主独立性を尊重する点において、宇賀
  助教授の論述より幅が広いと言えよう。いずれにしろ、芝池説からも、右2に述
---------- 改ページ--------89
  べた主張が強く支持されることは明らかである。
 4 近藤昭三教投は、国の機関委任事務について、「思うに、職務執行命令の適法
  性について関係機関相互に対立があり、その対立の決着について裁判所の介入が
  認められているのであるから、適法な命令にのみ服従義務が生ずるとする方が行
  政の法適合性によりよく合致し、そう考えても右に述べた現実の行政過程におけ
  る不都合は生じないであろう。」と記述して、適法な命令にのみ服従義務が生ず
  るという見解(宇賀助教授のいう最高裁判決の第一の解釈)を支持している。
   そして、最高裁判決との関連で次のように記述している。
   「最高裁は、『裁判所が当該指揮命令の内容の適否を実質的に審査することは
  当然』であるとし、その根拠を職務執行命令訴訟の存在理由に求め、この制度の
  趣旨は職務執行命令の適法性が裁判所により是認されてはじめて、国の代執行権・
  罷免権の発動が正当化される点にあると説いている。
   思うに、原審判決の論旨はそれなりに首尾一貫しており、行政の統一、迅速性
  を重視したものといえる。これに対し最高裁判決は、法律判断機関としての裁判
---------- 改ページ--------90
  所の権限の十全性を尊重すると共に地方自治機関の自主性をよりよく保障するも
  のである。そして最高裁のこの点の判示よりすれば、地方公共団体の長の服従義
  務を通説のように解することは、命令に無効原因に該当しない違法の瑕疵がある
  場合には服従義務がありながら義務違反に対する制裁を欠くことになる。この点
  からいっても、服従義務について前述のように解する方が妥当であり、最高裁の
  判決に論理整合性を与えることになる」(地方自治判例百選〈第一版〉一〇九
  頁)。
   近藤教授が本件の原判決を読まれれば、前記2に引用した知事の審査権の範囲
  についての判示を強く批判されるであろう。
 5 金子宏教授は、最高裁判決について、次のように述べている(ジュリスト二〇
  八号所収「地方自治法一四六条における職務執行命令訴訟の諸問題」一〇九〜一
  一〇頁)。
   「前提の最高裁判決が、その趣旨を、『地方公共団体の長本来の地位の自主独
  立性の尊重と国の委任事務を処理する地位に対する国の指揮・監督権の実行性の
  確保との間に調和を計る』ことにあるとしているのは正当であり、この趣旨を重
---------- 改ページ--------91
  視する場合には、職務執行命令訴訟において求められているのはまさに職務執行
  命令の適法性の確認なのであって、裁判所は法適用機関としての本来の権限の範
  囲を逸脱しない限り、職務執行命令の適法性を実質的に審査しうるし、すべきで
  あると解するのが、地方自治法一四六条の正しい解釈ではないかと思われる。前
  述のように、下級の行政機関は、上級機関への服従義務と国法を遵守する義務と
  性質の異なる二つの義務を負担しているのであるが、一四六条がわざわざ独立の
  法判断機関の判断を経させているのは上下の行政機関の間で法の解釈について対
  立がおこった場合どちらの解釈が正しいかを判断させ、正しい法の執行を保障す
  ること、すなわち組織法的関係から離れて一般国法の見地から命令の適否を判断
  させること、すなわち一般国法の見地からみた場合知事または市町村長は命ぜら
  れたことをなす法律上の義務があるかどうかを審査させることに狙いがあると考
  えられるのである。」
   すなわち、上告人は、組織法的関係から離れて、一般国法の見地から、国土の
  約〇・六パーセントを占めるにすぎない沖縄県に全国の米軍専用施設の約七五パー
---------- 改ページ--------92
  セントを押しつけ、長きは五〇年以上にわたって、土地所有者の意思に反して土
  地の強制使用を継続しようとする国の施策(復帰前のことについても、米国に施
  政権を与えたのは国である)である本件使用認定が「適正かつ合理的」であると
  言えるのか、また本件各土地の個々について同じく「適正かつ合理的」という要
  件が充足されでいるのか、それを吟味し、使用認定が違法であるときは、当然本
  件署名等代行命令も違法なのであるから、その点を判断することができるし、し
  なけれぱならないのである。
   金子教授はまた、次のようにも述べている(前掲書一一一頁)。
   「裁判所の審査権を以上のように考えると、職務執行命令の拘束力およびそれ
  に対する服従義務も、通常の訓令の場合とは甚しく異なってくる。すなわち、地
  方自治法一四六条は、違法な職務執行命令の拘束力とそれに対する地方団体の長
  の服従義務を遮断する意味をもっているということになるであろう。」
 6 最高裁判決は、「裁判所が実質的に審査するについては、司法審査固有の審判
---------- 改ページ--------93
  権の限界を守ることはいうまでもないところであ(る)」と述べている。
   この判示の意味であるが、右最高裁判決が言渡されたのが一九六〇年六月一七
  日であり、いわゆる「伊達判決」を破棄した砂川刑事事件の大法廷判決が言渡さ
  れたのが一九五九年一二月一六日であるという時期的なことと、その大法廷判決
  がいわゆる統治行為論を用いて司法審査の限界を説いたこととをあわせ考えると、
  職務執行命令訴訟最高裁判決の言う「司法審査固有の審判権の限界」というのは、
  大法廷判決の説く司法審査の限界と同じ意味であると考えられる。
   前記近藤教授の職務執行命令訴訟最高裁判決の評釈は、「判旨は、司法審査固
  有の審判権の限界に言及しているが、統治行為が審判に服しないとすれば、安保
  条約・行政協定の違憲無効をいう上告人の主張はとりあげられないことになる。
  しかし、憲法問題一般が職務執行命令訴訟の審査範囲から除外されると解すべき
  でない。」としているのである(前掲書一〇九頁)。
---------- 改ページ--------94
   同様に、成田頼昭教授も最高裁判決を評釈しで、「本件は、職務執行命令の当
  否の判断をしないで、原審に差し戻しているが上告人の主張の中に安保条約が違
  憲であるとの主張が含まれている。しかし、この点については、すでに、最高裁
  大法廷は統治行為論によって裁判所の審査権の範囲外であるとしているので、本
  件の審理に当たっても、右の限度で司法審査権が限定されることになろう」とし
  ているのである(行政判例百選U〈第一版〉三四五頁)。
   そうすると、最高裁判決は、どの点について実質的審理をつくせと言っている
  のであろうか。それは、明らかに、土地収用の必要性であり(その中には、立川
  基地のなりたち、周辺住民の生活とのかかわり、日本および極東の軍事的状況等
  が含まれる)、当該土地を収用することが「適正且つ合理的」であるかどうか、
  である。だからこそ、最高裁判決は、「本件は司法審査の及ぶ限度において本件
  都知事の命令の適否を審査するにつき、なお事実の審理をする必要があることが
  明らかである。」と判示して、東京地裁へ事件を差し戻したのである。
---------- 改ページ--------95
   差戻後の東京地裁判決が、収用認定その他の先行行為の適否や有効性を審査す
  べきでないとし、駐留軍用地特措法および安保条約の効力、ならびに収用委員会
  の権限および土地収用法四四条三項の規定による報告事務の性質しか審査しなかっ
  たのは、明らかに誤りをおかしたのである。そんなことであれば、最高裁は自判
  できたのである。
   そして、原判決は、この東京地裁判決と同じ誤りをおかしたのである。
  以上のとおり、原判決は、司法審査の範囲を極めて狭く解し、なかんづく、使用
 認定を審査の対象としなかった点において、最高裁判決に反し、地方自治法一五一
 条の二に違反するものであり、判決に影響を及ぼすことが明らかである。よって、
 破棄を免れない。
---------- 改ページ--------96
第四点 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反─本案前の抗弁について
一 機関委任事務か否かについて
 1 原判決は、知事が吏員に行なわせる立会・署名事務の性格について、「このよ
  うに署名等代行事務は、事業認定により公用使用・収用権を付与された起業者が
  裁決手続の円滑かつ迅速な進行を図るために義務づけられた土地・物件調書の作
  成について、その手続の適正を保障しつつ、これを完成させて、裁決申請に必要
  な書類の一つを整えさせる補充的事務であり、事業認定手続又は裁決手続に付随
  し、公共の利益となる事業に必要な土地等の使用収用について、公共の利益の増
  進と私有財産との調整を図るために起業者を監督する観点から行なわれる事務と
  解される。」とした上、同事務は、別表、第三、一、(百八)に揚げられている
  事務と同じ性質を有するので、同別表の事務に含まれ、機関委任事務と解される
  と判示する(七四〜七六頁)。
 2 しかし、右解釈は、正しくない。
   原判決が、土地・物件調書の性格として「保障」と「調書を完成させる事務」
---------- 改ページ--------97
  という二つの側面を指摘する点は、基本的に正当であるが、「保障」の内容の理
  解の仕方、「調書を完成させる事務」を「補充的事務」と解する点に誤りがあり、
  知事が吏員に行わせる立会・署名事務を抽象的に「公共の利益の増進と私有財産
  との調整を図るために起業者を監督する観点から行なわれる事務」と解するに至っ
  ている点が問題である。
   「公共の利益の増進と私有財産との調整を図るため」というのは、土地収用法
  一条が定める法の目的を述べただけにすぎない。土地収用法の各手続き及び各事
  務は、すべて「公共の利益の増進と私有財産との調整を図るため」におこなわれ
  るものであるから、この点を指摘するだけでは、各手続及び各事務の性格を解明
  するものとしては不充分であり、さらに、踏み込んだ分析と位置づけを行う必要
  がある。
   まず、原判決が「保障」の内容を「調書の作成手続の適正」の確認に限定し、
  「調書の記載内容の真実性」の確認を除外していること、そのために調書の作成
  を「裁決手続の円滑かつ迅速な進行」を図るためとし、本来の目的である「審理
  の適正」を図ることを除外している点が問題である。
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   第五点において後述するとおり、土地・物件調書は、何よりも収用委員会にお
  ける審理を「適正に行なわせること」をその目的とするものであり、知事が吏員
  に行わせる立会・署名は、調書の記載事項の真否及び作成手続の適正さを確認し
  て、起業者の恣意的な調書作成を抑制し、もって財産権保障のための適正手続を
  保障しようとするものである。
   また確かに、土地・物件調書は、裁決申請手続に必要な書類の一つであり、土
  地・物件調書が完成するためには、署名押印が必要とされているので、立会・署
  名が土地・物件調書を完成させる事務の性格を持つことは、原判決の指摘すると
  おりであるが、しかし、同事務は、前述のとおり起業者の恣意的な調書作成を抑
  制し、調書の記載事項の真否を確認して財産権保障を図るという独立した独自の
  意義を有するものであり、起業者の調書作成事務に従属する付随的事務ではない。
   したがって、立会・署名を原判決のように「補充的事務」と評価するのは誤り
  である。立会・署名は、土地・物件調書を完成するために要求される事務で、起
  業者が行う土地・物件調書作成事務とは別個の知事が行う「独立した事務」と解
---------- 改ページ--------99
  すべきである。
   原判決は、この点についての認識を欠き、知事が吏員に行なわせる立会・署名
  事務を抽象的に「公共の利益の増進と私有財産との調整を図るために起業者を監
  督する観点から行なわれる事務」と解したものである。
   しかし、右に指摘したとおり、土地収用法三六条は、「公共の利益の増進と私
  有財産との調整を図るため」に、起業者に対しては、土地所有者等又は公的立会
  人の署名押印のある土地・物件調書の作成を義務づけ、他方、知事に対しては、
  土地・物件調書への署名押印を義務づけたものであるから、立会・署名は「公共
  の利益の増進と私有財産との調整を図るため」に知事に対し公的第三者の立場か
  ら、前記趣旨の「保障」行為を行なわせるものと解すべきである。
 3 原判決は、立会・署名事務が地方自治法別表第三、一、(百八)に列挙された
  事務と類似性を有するか否かを検討した上、これと同じ性質を有すると認められ
  るとして、同表、一、(百八)の「土地収用法の定めるところにより、・・・す
  る等の事務を行なうこと。」の「等」に含まれると判示する(七五〜七六頁)。
---------- 改ページ--------100
   しかし、右判示は正しくない。
   原判決は、右理由として、右別表三、一(百八)に掲げられている事務は、
  「いずれも事業認定手続及び裁決手続に付随し、公共の利益となる事業に必要な
  土地等の使用収用について、公共の利益の増進と私有財産との調整を図るもので
  あり、それらの中には起業者を監督する観点から行なわれるものも含まれてい
  る。」とし「起業者を監督する観点から行なわれるもの」という点で、立会・署
  名と右別表中の事務とは同じ性質のものと考えられるとする。
   しかし、原判決は、右別表中のどの事務が「起業者を監督する観点から行なわ
  れるもの」と解し、どの様に類似するとするのかという肝心な点については、そ
  の理由を詳述していない。
   右(百八)が掲げる事務は、 (1)事業認定事務、 (2)事業の準備のために他人
  の土地への立入り等を許可する事務、 (3)斡旋に関する事務、 (4)起業者が収用・
  使用手続を保留した起業地についてその手続を開始する旨を告示する事務、 (5)
---------- 改ページ--------101
  代執行事務の五種である。
   右事務の中で、立会・署名事務との類似性が問題となるのは、 (2)の事務のみ
  である(原判決がいう「起業者を監督する規点から行なわれるもの」というのも、
  これを指していると解される)。 
   ところで、事業の準備のために他人の土地への立入り等を許可する事務とは、
  具体的には、土地収用法一一条にいう測量、調査のための他人の土地への立入り
  のための知事の許可、同法一四条にいう測量、調査のための他人の土地における
  試堀等の許可を指すものであるが、同「許可」は、いずれも立入り又は試掘等が
  直接的に他人の財産権を侵害するところから、起業者が同行為を行なうためには、
  知事の許可を要するとしたものである。この場合の「知事の許可」は、起業者に
  対し、立ち入る権利又は試掘等を行なう権利を付与する性質のもので、いわば
  「権利付与」の性格を有する。
   他方、立会・署名は、起業者に対して何らかの「権利付与」を行なうものでは
  なく、むしろ逆に起業者が既に行なった土地・物件調書の「記載事項の真否、作
  成手続の適正さ」(原判決の立場にたつと、「作成手続の適正さ」のみ)を確認
---------- 改ページ--------102
  させるものであり、右「許可」とは全く異なる性質を持っものである。
   以上のように、公的立会人が行なう立会・署名事務は、右 (2)の事務と同種の
  ものとはいえず、別表三、一、(百八)に含まれるものとはいえない。
 4 原判決は、立会・署名事務の性格を「起業者を監督する観点から行なわれるも
  の」と抽象化した上で、「事業の準備のための他人の土地への立入り等の許可」
  も同じく「起業者を監督する観点から行なわれるもの」であるので、両者は同じ
  性質を有するとしたものである。
   しかし、土地収用法は、ある意味ではすべて「公共の利益の増進と私有財産と
  の調整を図るために起業者を監督する観点から行なわれる事務」といいうるもの
  であるから、収用手続を「起業者を監督する観点から行なわれるもの」か否かで
  分類するのは適切でない。
   土地収用法は、基本的に起業者に対して収用・使用権(収用使用する地位)を
  付与する手続と同権限(地位)に基づく収用使用を認めるか否かをチェックする
  手続とから成り立っている。前者は、国の権限とされ、後者は中立性を保障され
---------- 改ページ--------103
  た収用委員会の権限とされている。土地収用法は、本来国家に属するとされる収
  用高権を、公共の利益の増進と私有財産権の保障との調整を図るために、右のよ
  うに、国と収用委員会とにそれぞれの権限を配分しその役割を果たさせようとし
  ているものである。
   しオたがって、「起業者を監督する観点から行われるもの」であっても、その具
  体的目的に沿って、国が指揮監督すべきものであるか否かが別れる。
   ところで、本来土地・物件調書の記載事項の真否、作成手続の適正さの調査確
  認は、国が行うべき収用使用権の付与という性質の事務ではなく、収用委員会が
  行なうべきチエック事務に属するものであるが、土地収用法は、収用委員会にお
  ける審理の円滑かつ迅速な進行を図るために、起業者に対し、裁決申請の際に土
  地及びその土地上の物件に関する事実及び権利の状態を正確に記載した土地・物
  件調書を提出させ、もって、「審理の適正さ」を保障しつつ、審理の円滑かつ迅
  速な進行を図ろうとしたものである。
   したがって、立会・署名事務は、その事務の性格からいうと裁決事務と同様に、
---------- 改ページ--------104
  国の指揮監督を離れて公平中立に行なわれるべき性質をもつものである。
   (ちなみに、原判決は、収用委員会が行う裁決事務について、機関委任事務と
  解しているが、同解釈は、土地収用法五一条二項が「収用委員会は、独立してそ
  の職務を行う」と明記し、裁決事務に対する国の指揮監督を明確に排除する同法
  の趣旨に反するものである。地方自治法別表三、一、(百八)に事業認定事務が
  掲げられながら、裁決事務が記載されていないことからも、裁決事務が機関委任
  事務でないことは明らかである。原判決のこの点の判断には誤りがある。)
   土地収用法の右基本的構造に照らすと、知事が吏員に行わせる立会・署名事務
  は、国の指揮監督が及ばない自治事務であり、知事が公的第三者の立場から、起
  業者の恣意的な調書作成を抑制し、財産権を保障するため、調書の記載事項の真
  否及び調書の作成手続の適法性を確認するものと解するのが相当である。
二 主務大臣について
---------- 改ページ--------105
 1 原判決は、 (1)地位協定に基づき駐留軍の用に供する土地等の国による使用収
  用に関する事務は、総理府に分配された所掌事務であること、 (2)特措法が、総
  理大臣に対し使用収用認定に関する権限を付与したのは、総理大臣が総理府の長
  であり上級行政機関として防衛施設局長を監督する立場にあるためであること、
  の二点を指摘した上、 (3)立会・署名も防衛施設局長を監督する観点で行われる
  事務であることから、右 (1)、 (2)の事務と同様総理大臣の権限に属すると判示
  する(八七〜八九頁)。
 2 しかし、右判示は、誤っている。
  右 (1)は、起業者としての事務であり、駐留軍用地特措法四条により同法に基づ
  く使用収用申請権者は、防衛施設局長と特定されている。
   したがって、事務そのものは、防衛施設局の所掌事務であり、総理府に分配さ
  れた事務と解することができるが、使用収用の申請権者は、総理大臣ではなく、
  防衛施設局長である。
   右 (2)は、防衛施設局長がなした使用収用認定申請を受けて、使用収用認定を
  行う権限を総理大臣とするものである。
---------- 改ページ--------106
   したがって、 (1)と (2)とは、法的性質を異にするものである。ところが、原
  判決は、防衛施設局長を総理大臣が監督するという点では、 (1)と (2)は同一だ
  と短絡して右結論を引出している。そのために、 (2)について、「使用収用認定
  の要件の有無の審査には国の安全保障に係わる政策的かつ技術的な判断を要する
  ことから、その最終的判断を内閣の首長である原告に委ねるのが相当とされた」
  (八八頁)と妥当な指摘をしながら、「原告が、総理府の長でもあり上級行政機
  関として防衛施設局長を監督する立場にあることから、これらの使用収用に関す
  る事務(引用者注、駐留軍用地特措法に定められている事務)に関する事務につ
  いて権限を付与されたこともまた否定できない」(八八頁)として、別の説明を
  付加する。しかし、後の理由付けは、明らかに誤っている。駐留軍用地特措法は、
  防衛施設局長を監督する立場にあるから、総理大臣を使用収用認定権者にしたも
  のではない。総理大臣を認定権者にしたのは、もっばら前者の理由によるもので
  ある。 (1)と (2)を同列視する原判決は、 (2)の本質についての理解を欠くもの
  である。
---------- 改ページ--------107
   原判決の理屈によると、総理大臣は、防衛施設局長が行う使用・収用認定申請
  を監督しながら、自ら申請を受けて使用収用の認定を行うということになり、申
  請者と認定権者を区別して申請を認定権者がチエックするという法の趣旨が完全
  に没却されることになる。到底とりえない見解である。
 3  (3)の理解が誤ったものであることは、第四点、一、4において前述したとお
  りである。
   また、立会・署名事務と認定事務とが異なる性質をもつものであることは、い
  うまでもない。
   したがって、原判決の前記説明は、いずれも理由がない。
 4  (2)の総理大臣の事務は、いずれも認定事務に関するものであり、駐留軍用地
  特措法は、事業認定に関する事務以外の事務の所掌については何ら特別の定めを
  置いていない。右駐留軍用地特措法は、一般法たる土地収用法に対して特別法の
  関係に立つと解されるから、特措法に定めのない限り、土地収用法に立ち戻って
  事務の性質を解釈するのが法解釈の原則である。これは、駐留軍用地特措法施行
  令四条が土地収用法の読み替え規定を置いていることからも明かである。
---------- 改ページ--------108
   また、立会・署名の事務の性格から見ても、同事務が総理大臣でなければ行え
  ないものではなく、建設大臣でもなしうるものであること、むしろ立会・署名の
  もつ財産権保障機能を考慮すると国の内部においても、総理大臣とは別の大臣に
  所掌させるのがその趣旨に最も合致することから、右のように解するのが特措法
  の趣旨に沿うものである。
   ちなみに、原判決は、上告人が認定権者と立会・署名を所掌する主務大臣とを
  分離するのが、もっとも法の予定する財産権保障機能の趣旨に合致すると主張し
  たことに対し、土地収用法において、建設大臣が事業認定権者の場合の説明が困
  難であると批判するが、本件で問題となっているのは、特措法に基づく立会・署
  名であり、同法では総理大臣が認定権者とされているので、この批判は当たらな
  い。
   よって、仮に、知事が吏員に行わせる立会・署名事務が機関委任事務だとして
  も、その主務大臣は総理大臣ではなく、建設大臣と解するのが正しい。
---------- 改ページ--------109
第五点 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反――駐留軍用地特措法一四条一
   項により適用される土地収用法三六条について
一 公的立会人の審査権の内容についての解釈の誤り
 1 土地・物件調書の意義
(一) 原判決は、特措収用法三六条に基づく「防衛施設局長による右調書の作成は、
   収用委員会における審理の際に、事実の調査、確認をすることによる煩雑さを
   避け、審理の円滑かつ迅速な進行を図るために、あらかじめ、使用する土地及
   びその土地上にある物件に関する事実及ぴ権利の状態についての争いの有無を
   整理するために行われるものであ(る)」(一〇五頁、同旨六九〜七〇頁、一
   三六〜一三七頁)と判示する。
(二) しかし、原判決の右解釈は、土地・物件調書の作成を「審理の円滑かつ迅速
   な進行を図るために、あらかじめ・・・・事実及び権利の状態についての争い
   の有無を整理するために行われるもの」とし、調書作成の意義を争点整理に限
   定する点で誤っている。
   特措収用法三六条は、駐留軍用地特措法五条に基づく総理大臣の使用認定を受
---------- 改ページ--------110
  けて(土地収用法三六条は、同法二〇条の事業認定を受けて)、裁決申請の対象
  土地及びその土地上の物件を特定し、収用委員会における審理を適正に行わせる
  ために、総理大臣または起業者に対し、土地・物件調書の作成を義務づけるもの
  である。したがって、土地調書は、裁決申請の対象土地及びその土地上の物件を
  正確に特定するものでなけれぱならず、かつ、土地・物件調書は、土地及びその
  土地上にある物件に関する事実及び権利の状態を正確に反映したものでなければ
  ならない。
   原判決は、この点を正しく理解せず、調書の作成の意義を争点整埋のためと矮
  小化したものである。
   駐留軍用地特措法五条に基づく総理大臣の使用認定は、同法四条に定める使用
  認定申請書に基づいて行われるが、同条二項及び同法施行令一条は、土地等の調
  書及び図面が添付されるものとし、同認定においては、使用認定地が地域として
  認定をされ、個々の土地ごとに使用認定がなされるものとはなっていない。裁決
  申請対象土地の個々の特定は、使用認定後に作成される土地調書により行われ、
  その土地上の物件の特定も使用認定後に作成される物件調書により行われるもの
---------- 改ページ--------111
  とされている。
   また、収用委員会は、権利取得裁決及び明渡裁決を行うが、その際、損失補償
  金の額を定めることを重要な職務としている。そのためには、裁決申請対象土地
  及びその土地上の物件に関する事実及び権利の状態を正確に把握することが不可
  欠である。
   特措収用法が、防衛施設局長に対し土地・物件調書の作成を義務づけ(同法三
  六条一項)、同調書作成のために土地等への立ち入り測量、調査することを認め
  (同法三五条)、同調書に一定の事項の記載を義務づけ、かつ、実測平面図の添
  付を義務づけている(同法三七条)ことは、法が土地・物件調書に土地及びその
  土地上の物件に関する事実又は権利の状態を正確に反映させることを目的として
  いるためと解される。また、特措収用法三八条が、土地所有者等が異議なく署名
  をした場合だけでなく、立会人が署名した場合にも土地・物件調書の記載事項の
  真否について異議を述べることができないと定めて法的推定力を付与しているこ
  とは、土地・物件調書の記載事項が真実であるべきことを前提として、立会人が
---------- 改ページ--------112
  その真否について確認することを予定しているためと解される。
   このように解することにより、収用委員会において、審理が適正に、かつ、円
  滑・迅速に行われるものである。
   原判決のように、土地・物件調書の意義を「争点整理」に限定し、「事実及び
  権利の状態を正確に反映する」という本質を捨象するのは、土地・物件調書が何
  よりも収用委員会の審理が「適正」に行われることに資するものであることを無
  視した独自の見解であり、特措収用法三六条の趣旨を正しく解しない誤ったもの
  と強く批判されなければならない。
 2 立会人の審査権の内容
(一) 原判決は、土地・物件調書についての右特異な見解に立って、特措収用法三
   六条五項の立会人の署名押印義務の意味につき、「立会人は、土地所有者等の
   代理人として当該調書の記載事項の真実であることまで調査した上これを確認
   しなければ署名押印することができないというものではなく、土地・物件調書
   が測量、調査その他の資料に基づき一応の合理性がみとめられる方法により作
   成されたものであることを確認すれば署名押印することができ、また、署名押
---------- 改ページ--------113
   印しなければならない」(七二頁、同旨一〇六〜一〇七頁)と判示する。
(二) しかし、原判決の右解釈は、誤っている。
    特措収用法三六条一項は、前述のとおり、防衛施設局長に対し、裁決申請対
   象土地を正確に特定し、かつ、土地及びその土地上の物件に関する事実又は権
   利の状態を正確に反映した土地・物件調書を作成することを義務づけていると
   解すべきものであるから、土地所有者等が立会・署名の際に同調書の記載事項
   の真実性、作成手続の適法性を点検し得るように、特措収用法三六条四項及び
   五項の立会人も、少なくとも土地・物件調書の記載事項の真実性、作成手続の
   適法性を調査することができ、記載事項が真実に反し、または、作成手続が不
   適法である場合には、署名押印を行わないことができると解すべきである。
    原判決は、前述のとおり、特措収用法三六条一項の解釈を誤り、土地物件調
   書の意義を収用委員会の審理を円滑及び迅速に進めるために「争点整理」を行
   わせるものであると解し、土地・物件調書が事実及び権利の状態を正確に反映
---------- 改ページ--------114
   すべきことを否定したことから、土地所有者等の立会・署名並びに立会人の立
   会・署名押印は、土地・物件調書の記載事項の真実性、作成手続の適法性を碓
   認するものではなく、単に土地・物件調書が「一応の合理性がみとめられる方
   法により作成されたものであることを確認す(る)」だけのものであり、同確
   認を越えて、立会人が土地・物件調書の記載事項の真実性、作成手続の適法性
   を確認することを違法と判示したものである。
    原判決の論理によると、立会人は、土地・物件調書の記載事項が虚偽であり、
   あるいは作成手続が違法であることを確認した場合でも立会・署名を行わなけ
   ればならないことになり、かつ、この場合にも調書に真実性の法的推定力が付
   与されるという結果を帰結することとなる。しかし、これが不当なものであり、
   法的正義に反し容認できないことは、いうまでもない。
    原判決の右論理の最大の誤りは、公的立会人が土地・物件調書の記載事項の
   真実性、作成手続の適法性を調査し、確認する行為を違法とする点にある。こ
---------- 改ページ--------115
   の原判決の論理は、土地所有者等の立会・署名並びに公的立会人の立会・署名
   につき、防衛施設局長(起業者)の恣意的な調書作成を抑制し、土地所有者等
   の財産権保障のために適正手続を保障しようする趣旨が存することを完全に否
   定するものであり、特措収用法三六条の解釈を根本的に誤ったものである。
(三) ところで、原判決は、特措収用法三六条の公的立会人の行う立会・署名につ
   き、「公的立会人をして土地・物件調書を確認させ、もって、調書の作成手続
   の適正さを保障しようとしたものであ(る)」(七二頁)と判示し、あるいは、
   「このように署名等代行事務は、事業認定により公用使用・収用権を付与され
   た起業者が裁決手続の円滑かつ迅速な進行を図るために義務づけられた土地・
   物件調書の作成について、その手続の適正を保障しつつ、これを完成させて、
   裁決申請に必要な書類の一つを整えさせる補充的事務であり、事業認定手続又
   は裁決手続に付随し、公共の利益となる事業に必要な土地等の使用収用につい
   て、公共の利益と私有財産との調整を図るために起業者を監督する観点から行
---------- 改ページ--------116
   われる事務と解される」(七二〜七三頁)と判示する。原判決のこの指摘は、
   確認の対象から土地・物件調書の記載事項の真否の碓認を除いている点で不十
   分であるが、公的立会人の確認が作成手続の適正さを保障するものとする点は
   正当なものである。同指摘に立つと、当然公的立会人は、土地・物件調書が
   「一応の合理性の認められる方法により作成されたものであることを確認」す
   るだけでは足りず、さらに進んで作成手続が「適法か否か」を確認することを
   求められることになる。ところが、原判決は、公的立会人の確認義務を「一応
   の合理性の認められる方法により作成されたものであることを確認」すること
   にとどめるだけでなく、さらに公的立会人が「作成手続の適法性」を確認する
   ことを違法として禁ずるものであり、原判決には、明らかな論理矛盾が存する
   ものである。
 3 本件各土地に対する特措収用法三六条の適用の誤り
(一) 原判決は、公的立会人の審査権の内容を「一応の合理性の認められる方法に
   より作成されたものであることを確認」することに限定して解釈したことによ
   り、上告人が主張する「土地・物件調書の記載事項の虚偽性、作成手続の違法
---------- 改ページ--------117
   性」について判断することなく、「土地・物件調書が、一応の合理性の認めら
   れる方法により作成されたものであるか否か」だけを判断したものである(一
   〇八〜一三〇頁)。
(二) ところで、原判決も判示するとおり、防衛施設局長は、本件1土地、本件2
   土地のうち松田正太郎所有地、本件7土地のうち金城昇、比嘉信子及び喜友名
   朝則各所有地並びに本件8土地(以下、これらの土地を『一九九二年裁決土地』
   という)については、「今回の特措法に基づく使用手続のために改めて現地で
   測量をしなかった。」(九六頁)ものであり、「本件使用認定の後に、那覇防
   衛施設局職員が、現地において平成四年(一九九二年)裁決土地に係る実測平
   面図の原案が本件使用認定後の土地の現況を表すことを確認した上で、これを
   平成四年裁決土地に係る土地調書に添付して、土地調書となるべき図面を作成
   した。」(九六頁)ものである。
    特措収用法三六条一項は、使用認定の告示後に土地調書を作成することを義
   務づけ、同法三七条一項は、土地調書に「実測平面図」の添付を義務づけるも
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   のであるから、同法は使用認定の告示後に作成された実測平面図の添付を義務
   づけているものと解されるところ、右のように、防衛施設局長は、一九九二年
   裁決土地に係る土地調書に一九九二年裁決申請手続において作成された実測平
   面図の原案を基に転写して作成した図面を添付して本件立会・署名を求めたも
   のであるから、同法三七条一項が定める「実測平面図」を添付していないこと
   になり、土地調書そのものが不適法なものとなる。
    原判決は、一九九二年裁決土地についての本件土地調書が、右のとおり、不
   適法なものであるにもかかわらず、公的立会人の審査は、土地調書の作成の適
   法性を判断するものではなく、土地調書が、「一応の合理性の認められる方法
   により作成されたものであるか否かを確認」すれば足りるとして、防衛施設局
   長が作成した同土地調書を「一応合理性の認められる方法により作成されたも
   の」と認めたものであるから、審査権の内容についての法令の解釈の誤りは、
   判決の結果に影響をあたえることが明かである。
---------- 改ページ--------119
(三) また、(以下、原判決も判示するとおり、「本件土地のうち本件6以外の土
   地『本件6以外の土地』という。)については、位置境界の明確化作業により、
   当該土地に係る地図及び簿冊が作成され、これが認証された国土調査の成果と
   同一の効果があるものとして指定され、この地図が登記所備付けの地籍図となっ
   ている。」(一〇九頁)が、「本件6土地は、位置境界明確化法による手続が
   完了しておらず、認証された国土調査の成果と同一の効果があるものとして指
   定された地図及び簿冊の存在しない土地である。」(一二五頁)。
    したがって、本件6土地については、地番、筆界が確定していないため、所
   有者も明確化されていない。
    特措収用法三七条一項一号は、土地調書の記載事項として「土地の所在、地
   番、地目及び地積並びに土地所有者の氏名及び住所」を掲げる。
    原判決は、「地籍が確定しているか否かは土地調書の格別必要的記載事項と
   はされていない」(一二七頁)と判示するが、右のとおり、土地調書には、
   「地番」の記載が必要とされており、「地番」は地籍の中核的概念であること
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   を考えると、土地調書は地籍が確定していることを当然の前提としていると解
   すべきであるから、原判決の同判断は誤っている。
    したがって、土地の位置境界が明確化されていない土地については、強制使
   用・収用がなしえないと解するのが相当である。
    仮に、土地の位置境界が明確化されていない土地について、強制使用・収用
   がなしうるとしたら、その場合の土地調書は、地番、筆界、所有者が不明の土
   地調書として作成されなければならない。
    ところが、本件6土地についての土地調書には、「地番」が明記され、かつ、
   土地所有者として「島袋善祐」が記載されており、記載事項が事実に反すると
   ともに、作成手続そのものも不適法なものとなっている。
(四) 原判決は、本件6土地の位置境界(地籍)が明確化されていないことを認め
   た上で、 (1)本件6土地とその隣接土地との境界は関係土地所有者において確
   認済であること、 (2)本件6土地について、島袋善祐名義で所有権登記がなさ
   れていること、 (3)同一土地について、これまで二回にわたり使用裁決がなさ
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   れていること、 (4)島袋善祐は、裁決に係る補償金を受領し不服を述べていな
   いこと、の四点を理由に本件6土地を島袋菩祐の所有地とし、当人の土地の境
   界を本件6土地の境界と認定して、本件土地調書及び実測平面図を作成したこ
   とにつき、「一応の合理性が認められる」(一二六〜一二七頁)と判示する。
    しかし、右の各点は、いずれも理由にならないものである。
    先ず (1)の点は、島袋善祐自身が否定し、上告人も否認して争っているとこ
   ろであり、位置境界が明碓化されていないことから明らかなように境界が確定
   していないものである。原審は、上告人が争っているにもかかわらず、島袋善
   祐の証人申請を採用せず、右のように事実認定をなしたものであり、証拠に基
   づかない事実判断として違法なものである。
     (2)の点は、「二二九一番」の土地について、島袋善祐名義で所有権登記が
   なされており、本件6土地について、登記がなされているものではない。右判
   断は、二二九一番の土地と本件6土地とが同一との前提にたたなけれぱ導きえ
   ない結論である。しかし、位置境界が明確化されていないものであるから、二
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   二九一番の土地と本件6土地とが同一であると認定しえないものであるから、
   右判断は誤っている。
    地番、筆界は土地所有者が任意に定めうるものでないことは、いうまでもな
   いし、ましてや、本人が同意しないのに、隣接の土地所有者が同意したからと
   いって地籍が確定するものではない。周知のように、位置境界明碓化法は、例
   外的に、土地所有者全員の集団的和解を基礎に、所定の手続を完了することに
   より、地箱を確定する特別法である。同法の手続が完了していないにもかかわ
   らず、地籍が確定していると解することは、同法の制定の趣旨を否定するもの
   であり、到底とりえない見解である。
     (3)は、確かに事実であるが、島袋善祐は、過去二回の裁決手続において、
   土地調書の記載事項が真実に反する旨異議をのべて争っており、かつ、使用裁
   決の違法性を主張して現在那覇地方裁判所において係争中の者である。したがっ
   て、過去に収用委員会が本件6土地を島袋善祐の所有地として使用裁決をなし
   たからといって、これを理由に我判所が本件6土地を島袋善祐所有地と断定す
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   るのは、証拠に基づかない事実認定として違法といわなければならない。
     (4)は、島袋善祐は、使用裁決がおこなわれたため、無理やり那覇防衛施設
   局から補償金を受け取らされたものである。島袋善祐は、右に述べたとおり、
   使用裁決そのものを争っているものであるから、同人が補償金を受け取ってい
   ることを理由に、本件6土地が同人の所有地と認定することはできない。
    よって、本件6土地の土地調書は、いずれも不適法なものであり、また、同
   調書の作成につき「一応の合理性」も認められないものである。

二 立会方法についての解釈の誤り
 1 立会の場所
(一) 原判決は、土地・物件調書が収用委員会の「審理の円滑かつ迅速な進行を図
   ることにより、あらかじめ、使用する土地及びその土地の上にある物件に関す
   る事実及び権利の状態についての争点を整理するために防衛施設局長によりお
   こなわれる裁決申請の準備手続であり、前記のとおり、法は、土地・物件調書
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   の記載内容が客観的事実に合致していることまで要求しているものではなく、
   その作成手続が一応の合理性が認められる方法により適正に行われることを要
   求しているにすぎ(ない)」(一三七頁)として、特措収用法三六条二項の土
   地所有者等の立会は、署名押印を求める場所で足り、現地での立会を要するも
   のではない(一三六〜一三八頁)と判示する。
(二) しかし、原判決の右解釈は、誤っている。
    原判決が、土地・物件調書の意義を収用委員会の審理の「円滑かつ迅速な進
   行」のために「争点整理」を行うものと解することが誤ったものであることは、
   すでに指摘したとおりである。土地・物件調書は、なによりも収用委員会の審
   理の「適正さ」を実現することに奉仕するものであり、その上で審理の「円滑
   かつ迅速な進行」に資するものである。
    また、土地・物件調書が裁決申請の対象土地を特定し、対象土地及びその土
   地上の物件に関する事実及び権利の状況を正確に反映することを求められてい
   ることも、すでに指摘したとおりである。
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    特措収用法三六条二項が、土地所有者等を立ち会わせることを義務づけたの
   は、まさに上地・物件調書の記載事項の真否、とりわけ調書に添付される実測
   平面図の正確性、作成方法を土地所有者等に確認させるためである。土地・物
   件調書に添付される実測平面図は、調書の記載事項を補充し、その内容の正確
   性を担保するものであるところ、実測平面図の内容の正確性、作成手続の適正
   さは、図面を見せられて説明されるだけでは確認しえないものであり、現地で
   説明されて初めて確認しうるものである。したがって、土地所有者等が土地・
   物件調書及び添付の実測平面図を確認する場所は、現地でなければならない。
   このように解しないと、法がわざわざ「立会」を保障した積極的意義を没却す
   ることになる。
    原判決は、署名押印を求める場所において、土地所有者等を立ち会わせて、
   調書の記載内容を説明すれば十分その目的を遂げるとするが、それは、原判決
   が確認の内容を前述のように矮小化し、誤った解釈に立っているからである。
   右のように、土地所有者等の確認の内容が、土地・物件調書の記載事項の真否、
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   作成手続の適法性だとすると、現地以外の場所で立会・署名を求めるのでは、
   その目的を十分に遂げることはできない。
    よって、原判決の右解釈は、誤りである。
    以上のとおり、防衛施設局長は、土地所有者等、市町村長、県知事に対して、
   各々現地以外の場所で本件立会・署名を求めたものであるから、同行為は、不
   適法なものである。
 2 実質的な立会機会の保障
(一) 特措収用法三六条二項は、土地所有者等に対し、形式的な立会機会をあたえ
   るだけでなく、実質的な立会いの機会を保障するものである。
    特に、本件のように、戦後五〇年余という長期間にわたって米軍基地に強制
   使用され、基地内への立ち入りが禁止されてきたという特殊な経緯を有する本
   件各土地については、実質的な立会機会を保障することは、土地所有者等の財
   産権を保障する上で掻めて重要である。
(二) 仮に、法が一般的に現地立会いを求めていないとしても、本件各土地のよう
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   に、土地所有者等が長期間にわたって基地内の自己所有地の現況を知りえない
   という特殊な状況の下では、土地所有者等から事前に基地内に立ち入って所有
   地を確認したいとの申し出があった場合は、防衛施設局長は、同立ち入りを認
   めた上で立会・署名を求めるべきである。
    ところが、防衛施設局長は、本件各土地の所有者等の右基地内立ち入りを拒
   否したまま、形式的に現地以外の場所における立会・署名を求めたものであり、
   同行為は、実質的な立会・署名の機会を保障しなかったという意味で、不適法
   である。

三 地方自治の本旨に反する機関委任事務の執行を拒否する権能
 1 執行義務の憲法上の限界
(一) 原判決は、「憲法九二条は、地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、
   地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定めると規定しており、法律に基づ
   き国の事務の処理を都道府県知事に委任する場合にも地方自治の本旨に基づく
   ことが要請されることは明らかである。したがって、都道府県知事は、法令に
   基づき委任された国の事務を執行することが当該法令により義務づけられてい
---------- 改ページ--------128
   る場合でも、これを執行することが地方自治の本旨に反するときには、右事務
   の執行を拒否することができると解するのが相当である。」(二三六頁)と判
   示する。
    これは、正当である。
    地方公共団体の長は、憲法第八章において、その地位の自主独立性を保障さ
   れ、地方自治の本旨にしたがって職務を執行する憲法上の責務を負い、かつ、
   地方公共団体の長に国の事務の執行を委任する法律も、憲法上「地方自治の本
   旨に基づいて」定められることを要請されているものであるから、特措収用法
   三六条五項が、仮に、国の事務の執行を知事に機関委任する規定だとしても、
   知事は、同事務の執行が地方自治の本旨に反する場合にはこれを執行しないこ
   とが許されるのは、当然のことである。
    原判決が、右指摘に続いて「しかしながら、右の場合を除き、法令に基づき
   都道府県知事に対し国の事務の処理を委任するに当たり、当該都道府県知事に
   被告の主張する一定の裁量権ないし自主的判断権を付与するか否か、付与する
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   場合にどの程度付与するかは、もっばら立法政策に係る事柄であ(る)」(二
   三六〜二三七頁)と述べていることから明らかなように、原判決は、個々の法
   令が機関委任事務の執行を委任する際に、知事に自主的判断権を付与したか否
   かとは別個に、憲法上、知事が地方自治の本旨に反する機関委任事務の執行を
   拒否する権能を有することを認めたものである。
(二) ところが、原判決は、右の点について正しい解釈を示したにもかかわらず、
   上告人である沖縄県知事が本件立会・署名を行うことが、地方自治の本旨に反
   するとは認められないと判示する(二三八〜二三九頁)。
    すなわち、都道府県知事の署名等代行の効果は
    (1) 防衛施設局長が、収用委員会に対し使用裁決の申請をする際に要する書
     類の一つを、整えさせること
    (2) 土地・物件調書の記載事項について、一応真実であるとする推定力を付
     与すること
    (3) 右法的推定力も、土地所有者等が異議を付記して署名することにより、
     排除しうること
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   にすぎないので、本件立会・署名を知事に義務づけたとしても、そのことをもっ
   て地方自治の本旨に反するとはいえないと判示する。
    しかし、右判示は、誤っている。
    右三点は、いずれも署名押印の直接の法的効果を示すものであるが、署名押
   印の重要な法的効果である「防衛施設局長の恣意的な調書作成が抑制され、財
   産権保障のために適正手続が保障される」という点が欠落しており、不十分な
   ものである。
    しかし、何よりも原判決の誤りは、 (1)の効果を形式的にとらえ、実質的に
   理解していないところにある。
    確かに、立会・署名は、土地・物件調書を整えるところに、その形式的意義
   が存するが、実質的には、防衛施設局長が行う強制使用手続を進めさせるとこ
   ろにその意義が存する。原判決は、この点についての洞察を欠いており、実質
   的判断を回避し、形式的判断に終始した原審の姿勢を最もよく示すところであ
   る。
---------- 改ページ--------131
    上告人たる沖縄県知事は、本件立会・署名が実質的に防衛施設局長が行う強
   制使用手続に必要な土地・物件調書を整えさせ、強制使用手続を進めることと
   なることから、同強制使用手続がもたらす結果が地方自治の本旨に反すること
   になると判断して、本件立会・署名を行わなかったものであるから、原審は、
   証拠調べを行った上、本件立会・署名がもたらす実質的効果が地方自治の本旨
   に反することとなるか否かを、証拠に基づいて判断すべきであった。
    都道府県知事は、憲法により、自主独立した地位を認められ、地方自治の本
   旨に基づいて自治行政を執行する憲法上の権能を有するものであるから、機関
   委任事務の執行によりもたらされる実質的法的効果、結果を考慮して、機関委
   任事務の執行が地方自治の本旨に反することとなるか否かを自主的に判断する
   権能を有するものである。
    地方自治法一五一条の二が、機関委任事務の執行に法令違反がある場合又は
   怠りがある場合に、ただちに職務執行命令を発しうるとせずに、これを放置す
   ることにより「著しく公益を害することが明らかであるとき」としたのは、地
---------- 改ページ--------132
   方自治の本旨に反するか否かの判断が地方公共団体の長の自主的判断に委ねら
   れていることを前提とした上で、その自主的判断に著しい誤りが存する場合に
   職務執行命令を発しうるとしたものと解される。
    原判決は、地方自治の本旨に反するか否かの判断が憲法により保障された知
   事の自主独立した地位に基づくものであること、及び、地方自治の本旨に反す
   るか否かが自治行政上の実質的かつ行政的判断であることを見失ったものであ
   り、原判決の右形式的判断は到底支持しえないものである。
    よって、原判決には、沖縄県知事の自主的判断権について、それが「自治行
   政上の実質的かつ行政的判断」であることを見失った点で、法令解釈の誤りが
   あり、かつ、本件立会・署名を行わなかったことが地方自治の本旨に反してい
   ないとした点で、判断に誤りがある。

四 自主的法令解釈権
 1 行政機関内部における自主的法令解釈権
---------- 改ページ--------133
   法令を執行する機関は、当該法令を執行するに際し、当該法令に基づき執行権
  限を有するのか、執行義務を負うのかを判断(自主的法令解釈権)して、当該事
  務を行うか否かを決めるものである。この意味での自主的法令解釈権は、法令を
  執行する者に当然に認められるものであり、行政法学の通説である。
   もちろん、行政機関内部においては、下位の行政執行者の判断は上位の自主的
  法令解釈権により統一されるが、上位の機関が行政機関における最終的自主的法
  令解釈権を有することが、下位の行政機関又は執行者が自主的解釈権を有するこ
  とを否定することにはならない。
   右の意味での自主的法令解釈権は、ある意味では、当然のことであるが、学説
  が「自主的な法令解釈判断」としないで自主的法令解釈「権」と位置づけている
  のは、近代の法治国家の下では、何人も違法な法令に基づく権限を有せず、また、
  執行義務を負わないからであり、そして、何人も自主的に同判断を行いうる権能
  を有する国民主権の基本思想が存するためと解される。
---------- 改ページ--------134
 2 知事の自主的法令解釈権
   機関委任事務を委任された都道府県知事も、右の意味における自主的法令解釈
  権を有する。
   知事は、国の事務の執行を委任されているものではあるが、その地位が憲法に
  より自主独立性を保障されたものであるから、知事の自主的法令解釈権は、主務
  大臣の自主的法令解釈権の下位にあるものとして同解釈権に統一されるものでは
  なく、主務大臣の自主的法令解釈権と対等のものとして、司法の場においてどち
  らが正しい解釈なのか最終的に判断される性質のものである。
   本件において、上告人たる沖縄県知事は、自主的法令解釈権に基づき駐留軍用
  地特措法が憲法に違反し、同法に基づく本件強制使用認定が憲法に違反するので、
  本件立会・署名を行うべき義務は存しないと主張しているものであるから、裁判
  所は、憲法により付与された司法審査権を行使して、同義務が存するか否かを判
  断すべきである。
   原判決は、駐留軍用地特措法の違憲性については、判断を示しながら本件強制
---------- 改ページ--------135
  使用認定の違憲性については、独自の見解に基づき判断を行わなかったものであ
  り、判断脱漏がある。
---------- 改ページ--------136
第六点 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反―地方自治法一五一条の二につ
   いて
  原判決は、以下に述べるように、地方自治法一五一条の二の解釈につき、判決に
 影響を及ぼすべき重大な誤りを犯したものであり、又この点につき理由不備ないし
 理由齟齬の違法があって、到底破棄を免れない。

一 職務執行命令制度について
 1 地方自治法一五一条の二は、いわゆる機関委任事務について職務執行命令訴訟
  制度を定めたものである。
   この制度は、英米法のマンディマス・プロシーティングの制度を我が国行政法
  体系に取り入れたものといわれているが、英米法における制度をそのまま取り入
  れたものではなく、日本国憲法の地方自治の制度的保障との関係で、相当程度に
  変容した上取り入れられたものである。
   すなわち、英米法におけるマンディス・プロシーディングは、主としてアメリ
  カ各州の判例法により形成された制度で、一般的には私人が行政機関を相手とし
  て職務の執行を求めるコモン・ロー上の司法令状であり、行政機関相互の争訟制
---------- 改ページ--------137
  度として機能する場合も上級庁から下級庁への命令と訴追に限らず、並列した行
  政機関相互においても認められ、また、その内容は「行政庁の負担する羈束的義
  務の履行を命ずるものであり、それに委ねられている裁量権の行使の過誤を審査
  するものではない」とされている。
   これに反して、我が国地方自治法一五一条の二の職務執行命令は、憲法上の地
  方自治の制度的保障、これを裏づける地方自治の本旨の中身である住民自治と団
  体自治の保障の観点から、機関委任事務について、国の事務の必要性と地方公共
  団体の長の自主独立性の尊重の要請とを調和させるものとして制度化されたもの
  と解されている。それゆえに、審判者としての裁判所は、職務執行命令の適法性
  を「実質的に」審査するべき(最高裁一九六〇年六月一七日判決)義務を負うも
  のである。
 2 一般的な行政法上の観念では、下級行政庁は上級監督庁の命令には、それに
  「重大かつ明白な」瑕疵がある場合を除いて、命令の適法性の推定の下に服従す
  る義務があり、自ら命令の適法性の判断をする余地がないと理解されているが、
  地方自治法一五一条の二の職務執行命令は、この例外を定めるものである。
---------- 改ページ--------138
   職務執行命令を審理する裁判所は、係争中の具体的な機関委任事務の執行につ
  いて、そもそも主務大臣の命ずる職務執行が適法なのか否か、仮に適法だとして
  も、他に是正措置がないのか、職務の執行を放置することによって、著しい公益
  侵害が明らかに認められるのか等の地方自治法一五一条の二、一項、二項及び三
  項が定める要件の有無を、地方公共団体の長の本来的独立性を十分尊重しながら、
  実質的に判断しなければならない。
   原判決が、「裁判所は、本件訴訟において、本件命令の実質的適否、すなわち、
  都道府県知事が、法律上、本件命令に係る事項を執行すべき義務を負うか否かを
  判断する際に、右法令により都道府県知事に審査権が付与されていない事項を審
  査して右義務の有無を論ずることはできない」(一九八〜一九九頁、同旨二二六
  頁)と判示したことは、上告理由の第三点で詳述したとおり、誤ったものである。
   したがって、知事の審査権の範囲にとらわれず、裁判所は地方自治法一五一条
  の二、一項の「法令違反」又は「怠り」の有無について、実質的判断を行うべき
---------- 改ページ--------139
  であるが、それだけでなく、「著しく公益を侵害することが明らか」であるか否
  か及び「他の是正措置」があったか否かについても、判断をすべきである。
   原判決は、「法令違反」又は「怠り」の要件の有無については、知事の審査権
  の限度でしか判断をなしえないとしたが、右「公益侵害」の要件及び「他の是正
  措置」の要件については、右制約にとらわれず、裁判所が判断しうるとの前提に
  立って、内閣総理大臣の職務執行命令の実質的違法性の判断をなすにあたって、
  右「公益侵害」要件及び「他の是正措置」要件の判断を行っている。
   そこで、以下、右二要件について、解釈・判断の誤りを詳述する。

二 地方自治法一五一条の二の「他の是正措置」要件についての誤り
 1 原判決は、地方自治法一五一条の二第一項から八項までに規定する措置以外の
  方法によって是正することが困難であるかどうかの要件については、上告人と国
  との一九九五年八月二一日以降の交渉の事実経過を列挙した上で、上告人が地方
  自治法一五〇条の指揮監督や同法二四六条の二による措置要求に従う見込みがな
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  いので、同要件に該当するとする。
   そして、上告人の地位協定二条二項の取極再検討、同条三項の施設および区域
  の返還の規定に触れた主張に対しては、「被告が本件署名等代行事務の管理執行
  の義務を負うことを前提としてその法令違反又は怠りを是正すべき他の方法とは
  なり得ない」とか、あるいは「被告が本件署名等代行に応ずる余地のあるような
  基地の整理縮小、返還に係る合意がされる可能性は高いとはいえない」などとし
  て、上告人の主張を否定する。
   しかし、原判決の右判断は、上告人の長年にわたる基地整理縮小、返還の要求
  これに対する国の怠慢の事実を正当に理解したものとはいえず、地方自治法一五
  一条の二の要件判断を誤ったものである。
   地方自治法が職務執行命令訴訟の制度を設けた趣旨は、国の正当な機関委任事
  務について、都道府県知事が、何らの理由なく身勝手にその職務を拒否したり怠
  る場合を想定したのではないことは当然である。
   都道府県知事という地方自治体の最高責任者が国の機関委任事務を拒否したり
  怠ったりする場合には、必ずその自治体固有の強い公益が背後に存在し、その公
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  益と職務執行勧告、命令が抵触することが想定されており、それがゆえに裁判所
  が審判者として「実質的審理」を行い「職務執行命令の適法性」判断を行うので
  ある。
   したがって、本件職務執行命令に直接つながる一九九五年八月二一日からの交
  渉経過だけから「他の是正措置」を判断したり、国の怠慢により、ほとんど行わ
  れてこなかった過去の基地縮小、返還交渉経過からその可能性を論じたりする原
  判決の判断は、国の二三年余にわたる怠慢を免罪するものであり、職務執行命令
  訴訟制度に期待した法の趣旨を全く踏みにじるものと言わなければならない。
   上告人が原審において、基地縮小、返還に向けた努力、外交交渉が国が行うべ
  きであったこと、地位協定二条、三条の活用によって本件職務執行命令に代替す
  る措置があったことを指摘したのは、右復婦後二三年余の国の怠慢の経緯を踏ま
  えたものであり、正当なものであった。
   原判決は上告人の主張に対し、それを基礎づける事実が存するか否かについて
  全く証拠調ぺを行わないまま、右判断をなしたものであり、それが原判決の誤り
  なのである。
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三 「公益侵害」要件についての誤り
 1 地方自治法一五一条の二、一項にいう「公益」の位置づけ
(一) 原判決は、地方自治法一五一条の二第一項の「公益」について、
   「同条項は、国の機関としての都道府県知事の権限に属する国の事務が一定の
   公益を保護、実現するために管理執行されるものであり、右事務の管理執行に
   法令違反があり又怠りがある場合に右公益が害されることを当然の前提として、
   都道府県知事の地位の自主独立性に配慮し、著しく右の公益を害することが明
   らかであるときに限って主務大臣による職務執行命令手続の発動を可能ならし
   めたものである」
   としたうえで、
   「同条条項にいう公益とは、当該国の事務の管理執行を都道府県知事に委任し
   ている当該法令が右事務の管理執行により保護、実現しようとしている公的な
   利益であると解される」
   と判示する(二六〇頁)。
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    しかしながら、右判示は、地方自治法の定める「公益」に関する判断を誤っ
   たものである。
    地方自治法一五一条の二、一項の勧告、命令の要件として「それを放置する
   ことにより、著しく公益を害することが明らかであるとき」と明記しており、
   右規定の文言上も、機関委任事務の執行を放置することにより失われる当該法
   令の保護法益と対比される「公益」が予定されていると解される。原判決のよ
   うに右公益を「当該機関委任事務に係る公益」と狭く、限定的に解釈すべき合
   理的根拠はない。
    原判決のように、地方自治法一五一条の二、一項にいう「公益」を「当該事
   務の管理執行による保護、実現しようとする公的な利益」と解することになれ
   ぱ、機関委任事務はその性質上すべて公的な利益にかかわるものであることか
   らして、事務の不履行は、ただちに公益侵害に当るとの評価を受けることにな
   り、残るのは公益侵害が「著しく」「明らか」か否かという要件のみが司法審
   査の対象となるにすぎないということになる。これでは、「法令違反ないし職
   務懈怠」とは別個に「公益侵害」を独立の要件として定めた法の趣旨を没却す
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   ることになる。
(二) 原判決は、「公益」要件の司法審査について、一応「都道府県知事による当
   該事務の管理執行における法令違反又は怠りの具体的態様や影響等を考慮して、
   それを放置することが著しく右の公益を害することが明らかであるかを判断す
   べきである」と判示したが(二五九〜二六一頁)、原判決のとる前記「公益」
   判断からは、結局のところ、司法審査の対象は、「公益侵害の有無」ではなく
   「公益侵害の程度」すなわち、「公益侵害の顕著性」および「明白性」に限定
   されることにならざるを得ない。
    地方自治法は、地方自治体の長本来の地位の自主独立性と国の指揮監督権と
   の調和を司法による同法一五一条の二、一項の要件判断によって行わしめるた
   めに、職務執行命令訴訟制度を設けていると解されるのであり、いわぱ両者の
   対立の調整基準として「著しく公益を害することが明らか」という要件が設定
   されているものと把えなけれぱならない。
    「公益侵害」の要件についての立法趣旨は、「物の考え方としては、代行に
   ついてはできるだけ憤重であるべきである、こういう見地に立って、代行でき
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   る場合を限定しようとするもの」(第一二〇国会衆議院地方行政委員会での政
   府要員答弁、乙三三号証「地方行政委員会議録第六号六頁」)とされているが、
   原判決の「公益」判断はこのような立法趣旨にも反するものである。なぜなら、
   原判決の「公益」判断からすれば、「代行できる場合を限定しようとする」法
   の趣旨が生かせる余地は、全くないと考えられるからである。
    現行地方自治法一五一条の二の規定は、旧地方自治法一四六条の改正による
   ものであるが、右改正は地方自治の尊重を推進するためのものであるこへはい
   うまでもないところであり、地方分権推進法(一九九五年法律九六号)の制定
   など地方自治尊重の立法動向なども考慮するならば、砂川町長事件に関する最
   高裁判決(旧地方自治法時代のもの)が判示した職務執行命令訴訟の一方の要
   請である地方公共団体の長の本来の独立性の尊重という意義は今日一層強調さ
   れるべきである。
(三) このように考えるならば、「公益」概念は、地方自治の本旨をも十分に踏ま
   えて把える必要があり、地方公共団体の長が代表する当該地方公共団体及び住
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   民の観点からする公益を考慮の内に入れることは必要不可欠の要請であるとい
   うべきであり、このような公益を考慮のらち外におく原判決の「公益」概念は、
   法の趣旨に明らかに反するものといわなければならない。
    上告人は、原審において、右のような基本的立場に立って、米軍基地の実態
   に係わる諸事実を「公益」を基礎づける事実として指摘し、上告人が求める公
   益を述ベ、少なくとも被上告人主張の「公益」との比較衡量により公益侵害の
   有無及びその程度を判断すべきであると主張した。
    ところが、原判決は、本件の事実関係について、「前提事実」(六〜三一頁)
   と「被告が本件署名等代行事務を拒否した背景にある事実」(三〇〜四七頁)
   とに書き分け、「背景事実」として不十分ながら認定した (1)米軍基地の概況、
    (2)米軍の演習訓練、事件・事故、 (3)米軍基地が環境に与える影響、 (4)米
   軍基地が沖縄県の振典開発に与える影響、 (5)行政事務の加重負担等々の事実
   (三一〜四七頁)については、本件争点に関わる法的判断とは関わりのないも
   のと把え、「著しく公益を侵害することが明らか」か否かの判断において、同
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   認定事実を一切考慮していない。
    原判決がこのように、米軍基地にかかわる事実関係を法的判断の枠組みから
   完全に排除したのは、原判決の右のような誤った「公益」理解によるものであ
   り、その結果、本件における「公益侵害」の判断を誤ったものである。
    本件における公益侵害の有無、公益侵害の顕著性及び明白性の存否は、前述
   したとおり、本件立会・署名により得ようとする公益のみではなく、立会・署
   名拒否によって上告人がもたらそうとした公益(それは米軍基地の実態にかか
   わる様々な事実関係とかかわる)と比較衡量した上で、憲法的評価を加え、地
   方自治の本旨を踏まえて判断されるべきでものであった。
(四) 以上のとおり、原判決の「公益」解釈は、法の明文に反することはもとより、
   重要な法の趣旨である地方自治の本旨に則った地方公共団体の長の本来の自主
   独立性の尊重の要請を無視するものであって、地方自治法一五一条の二、一項
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   の「公益」に関する判断をその基本において誤ったものというべきである。
 2 特措収用法三六条五項の保護法益について
(一) 原判決の理解
 (1) 原判決は、本件における公益の具体的内容について、つぎのように判示し
    ている。
     「都道府県知事に対し署名等代行事務の管理執行を委任している特措収用
    法三六条五項が保護・実現しようとしている公的な利益とは、前記のとおり、
    使用認定告示後における裁決申請の準備手続である同条による防衛施設局長
    の土地・物件調書作成に当たり土地所有者等及び市町村長の署名押印が得ら
    れない場合に、右調書の作成手続の適正を保障しつつ右調書を完成させて同
    局長による裁決申請に必要な書類の一つを整えさせることである。」(二六
    一頁)
     そして、上告人が右「義務」の履行を拒否することは、
    「那擬防衛施設局長は、・・特措収用法三九条一項に基づく使用裁決申請及
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    び同法四七条の三に基づく明け渡し裁決の申立を適式にすることができなく
    なり、収用委員会における審理及び判断を待たずして、その前段階において
    本件各土地の使用権の取得の可能性を完全に奪われるものであって、既にそ
    れだけで、特措収用法三六条五項が保護実現しようとしている公益を著しく
    害することが明らかである。」(二六二頁)
     つまり、原判決は、起業者である那覇防衛施設局長が使用裁決申請に必要
    な書類が整わないため、本件各土地の使用権取得の可能性が奪われることが
    直ちに公益の侵害であるとしている。
 (2) 原判決はさらに、「のみならず」として、つぎのように判示している。
     「のみならず、本件各土地がどのような状況にあるかをみるに、前提事実
    のとおり、我が国は、安保条約六条に基づく地位協定二条に基づき、米軍に
    日本国内の施設及び区域の使用を許さなければならず、沖縄返還協定、前記
    了解覚書、施設及び区域の提供等に関する協定により、米国に対し、沖縄復
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    帰の日以来、本件各土地を現在に至るまで米軍の用に供しており、所定の手
    続を経ないうちはこれをなお米軍の用に供することを義務づけられているの
    である。」
     「したがって、本件各土地が右のような状況にあるものであることをも併
    せ考慮すると、被告の本件署名等代行の管理執行における前記の法令違反は、
    このような状況にある本件各土地について、防衛施設局長による裁決申請の
    機会を失わせ、収用委員会における審理および判断さえ経させることなく、
    その前段において国による本件各土地の使用権の取得及び前記の条約上の義
    務の履行の可能性を完全に奪うものであって、公益浸害の要件の充足を否定
    することはできないというべきである。(二六四頁)
     これは、いわゆる安保公益論ともいうべきものである。
     これらの原判決の判断が誤っていることは、以下のとおり明らかである。
(二) 上告人の本件立会・署名の拒否と公益
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 (1) 本件職務執行命令拒否の理由
     上告人は、「公益」に関連していうと、つぎの理由から本件の「立会・署
    名」を拒否した。
    (1) 沖縄は、戦後五〇年余、米軍基地のため、強制的に土地を奪われ現在に
     至っている。
    (2) 米軍基地の存在は、沖縄県民の生活・人権・教育・平和などに大きな被
     害を与えているばかりでなく、関係地方公共団体の発展を大きく阻害し、
     地域におけるシビルミニマムの実現を困難にしている。
    (3) 米軍基地は本土に較べ沖縄に集中化され、その整理・縮小も本土に較ぺ
     著しく立ち遅れている。
    (4) 国は、復婦以降たびたび基地の整理・縮小を明言し、一九九○年には上
     告人に対し「必ず整理・縮小を進めるから、公告・縦覧手続きを行って欲
     しい」と約束しておきながら、その約束は履行されていない。
    (5) 本件における使用認定および、それに基づく職務執行命令は基地の整理・
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     縮小とは逆行するいわば基地の固定化の手続きといえるもので、県民を代
     表する知事としては到底協力できない。
     つまり、上告人は、国の機関としての立場と同時に県民の代表としての立
    場を併せもつものとして、地方自治の本旨に従い、本件職務執行命令を拒否
    したのである。
     以下、これをより具体的に述べる。
 (2) 基地被害の内容
     基地被害は、通常の軍事演習のもたらす被害、爆音や軍事車両通行などの
    被害、土地利用が制約されることの被害、米軍人による犯罪など県民個人が
    受ける被害等を指して使われているが、碓かに、その被害は本土国民に較べ
    て異常に大きいものであることは間違いない。
     その上、忘れてはならないのは、住民の生活に対しシビルミニアムといわ
    れる行政サービスを提供する義務を負っている地方公共団体が基地によって
    大きな制約を受けている事実である。シビルミニアムは国民生活の基礎をな
    すもので基地の存在のため必要最低限の実現さえ制限されていることはもう
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    一つの基地被害として重要視されなければならない。沖縄の関係地方公共団
    体の議会および長はすべて基地存在が自治体にとって大きな障害となってい
    ることを訴えているのはそのためである。
     沖縄の米軍基地の広大かつ過密な存在は、沖縄を憲法前文、九条、一三条、
    一四条、二九条および九二条に反する違憲状態に置いている。
 (3) 沖縄の米軍基地の存在自体の違法性
     沖縄に米軍基地が集中化され、多くの被害と過重な負担を県民に与えてい
    ることは、だれしも(原判決も)認めるところであるが、それは安保条約・
    地位協定上の義務履行の責任を国が負っている以上やむをえないとの議論が
    あるが、これは大きな誤りを犯している。
     安保条約・地位協定にもとづく履行義務が仮に国にあるとして、それは沖
    縄に米軍基地を置くこととは直接結びつくことにはならない。条約上の義務
    は、いわば、抽象的な義務であり、対象となる日本の全国土の中から特に沖
    縄にだけ米軍基地を集中化させ、その用地を提供すべき条約上の義務ではな
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    い。沖縄でなければならない理由はないのである。
     国が公益を実現するため国や地方公共団体に義務を負担させる場合、まず
    第一に負担をなるべく少なくすることと同時に、負担の公平性を配慮しなけ
    ればならない。これは国の基本的義務であり、不公平な負担の押しつけは、
    権力行使は公平・公正でなければならないという法の大原則に明らかに反す
    る。公平性に反する負担の強制は、到底合法化されるものではない。
     このような観点から、沖縄の米軍基地の存在をみると、それは明らかに大
    多数の県民、国民が認めるとおり、不当で過重な負担を沖縄に強いているこ
    とになり、違法状態を押し付けているものといわざるをえない。
     上告人は、このような違法状態の解消を求めているのであるが、それは決
    して原判決のいうように法の判断の枠外での国による政治的又は行政的努力
    に期待すればよいという問題ではなく、本件における「公益」判断など法的
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    判断の前提となるぺきものとして把握されなくてはならない。
 (4) 基地の整理・縮小と国の義務
     前述したとおり、米軍基地が沖縄に集中化されること自体は条約上の義務
    でなく、どこの施設、区域を基地に提供するかは国が主体的に選定すること
    であり、その上で外交交渉による合意を得るべきことである。
     ところで、沖縄の米軍基地は、戦後米軍によって一方的に「強奪」された
    上で設けられたものであるにもかかわらず、国は復婦時に、既成の基地の大
    部分の存続を認め、これを「合法化」した。
     また、国は、一方では沖縄の米軍基地が沖縄県民に与える負担の過重性を
    認め、ことあるごとに基地の整理・縮小を言明し、県民に約束をしてきた。
     しかし、基地の整理・縮小は、実質的には殆ど進展しなかった。
     さらに、一九九〇年、上告人が知事に就任間もなく、使用裁決申請にとも
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    なう「公告・縦覧」について上告人は代理執行すべきかどうか悩んだが、そ
    のとき、国は基地の整理・縮小を誠意をもって実行するからと約束したので、
    心ならずも公告・縦覧手続をとった経過がある。
     このように、国は沖縄における米軍基地の存在が不公平で不公正な状態で
    あることを認めた上で、再三整理・縮小を唱えてきたが、現実には「目に見
    える」形での整理・縮小は実現しなかった。客職的にみれば、国は、「口先」
    だけで、整理・縮小の真剣な努力をしなかったということであり、復婦後二
    三年という時間はそのための時間としては決して短い時間ではない。
     その上、本件手続に係わる基地の来世紀にもわたる固定化は、国が整理・
    縮小の努力を怠った上、さらに安易に基地の継続提供をはかるもので、決し
    て公平かつ公正な行政権の行使とはいえず、仮に本件立会・署名の拒否によっ
    て不都合か生じたとしても、それは自ら招いた結果であるといえよう。
 (5) 米軍基地が沖縄になければならない理由の不存在
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     念のため、米軍基地を沖縄に集中しなければならないという合理的理由は
    まったくないことを明らかにしておく。
     被上告人の原審の主張をみると、その中で、米軍基地を沖縄に置くことの
    理由と思われるものは、つぎの三点である。
    (1) 従来から沖縄に基地が存在してきていること
    (2) 継続使用させることが安上がりであること
    (3) 沖縄は地理的条件を備えていること
     このうち、 (1) (2)はまったく理由にならないことは明らかである。沖縄
    の基地問題はまさに人権と正義と公平の問題であって、継続させることが安
    直であり、安上りであるというようなことはまったく理由にはなりえない。
     このようなことを主張することは、不遜きわまりない。
     また、 (3)の論拠は、冷戦時代にいわれた軍事的「キーストン論」そのも
    のであって、現在到底通用するものではない。沖縄の米軍基地の機能につい
    て現在いわれているのは、インド洋以西をにらんでのアメリカの世界戦略上
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    の前方展開基地であるとか、あるいは日本の軍備増強を押さえるための役割
    を果たしているとか、いずれも安保条約の枠外の機能である。
     その他検討してみても、沖縄に米軍基地を集中することの地理的合理性を
    裏付けるものはない。
 (6) 本件個別土地と公益性
     本件土地調書記載の各土地は、その利用実態は大きく異なっている。中に
    はまったく必要性がない土地もあり、使用目的・必要性の程度は著しい差異
    がある。
     駐留軍用地特措法は、各個別の土地について、それぞれ使用することが適
    正であり、合理的であるかどうかを個別に判断することを求めている。
     そこで、上告人は、本件各土地の使用実態を明らかにし、それらの土地を
    米軍に提供することの不必要性・不合理性を主張した。つまり「適正かつ合
    理性」のないことを主張した。そして、そのための使用実態の審理を強く求
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    めた。そうでなけれぱ、本件における公益性が正しく判断できないからであ
    る。
 (7) 小括
     以上述べたとおり、上告人の本件立会・署名の拒否は、米軍基地がもたら
    す様々な基地被害と過重な負担とを解消し、法的正義を実現するという真の
    意味での高度の公益性をもつものである。
     そして、これに対し、被上告人が主張する公益性とは違法不当な権利侵害
    の上に立つ「安保条約上の義務履行」であり、法的正義に悖り公益の名に値
    しないものである。
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第七点 判決に影響を及ぼすことが明らかな審理不尽
一 上告理由としての「審理不尽」の意義
  裁判所が一定の判断を行うにあたっては、紛争の争点を明確にして、必要にして
 十分な審理を尽くして、事実を認定し、法を適用すべきである。事案の解決のため
 の審理が尽くされないまま審理が終結して判決が下された場合は、裁判所がその本
 来の職務を怠ったと非難されるべきであり、かかる職務怠慢によって下された判決
 がそのまま維持されるのは正義に反するものである。したがって、必要にして充分
 な審理を尽くされないまま判決が下された場合は、訴訟法規違反として民事訴訟法
 三九四条の上告理由となる。この法理は判例上も確立している。
  そして審理不尽による判決の破棄は、原判決の誤りを指摘するだけでなく、最高
 裁判所から差戻しを受けた裁判所の将来の審理を指導する実質的破棄事由として重
 要である(小室直人・小山昇先生還暦記念・裁判と上訴・中巻・審理不尽の存在理
 由・新堂幸司二七二頁以下参照)。
二 本件で審理されるべき事項
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  それでは、本件では、どのような害理が行われれば審理が尽くされたといえるの
 か。逆にどの点について審理がなされなければ審理が尽くされたとはいえないのか。
 これは、本件における審理の範囲と密接に関係する。上告理由第三点で述べたよう
 に、本件において、裁判所は被上告人の当該職務執行命令の内容の適否を実質的に
 審査すべきことは当然である。そうでなければ沖縄県及び沖縄県民が、いかに基地
 の過重負担によるさまざまな被害、不利益を被り、それがもはや到底許容されない
 状況にあるのかという点について、裁判所が何ら判サ断することはないということに
 なってしまう。したがって、原審は人権保障の砦として、上告人をして本件職務執
 行命令に従わせ、なお沖縄県に米軍基地を固定化することが許されるのかどうかと
 いう本件訴訟の本質にまで踏み込んで審理すべきであった。
  上告人本人も第一回口頭弁論期日に出廷し、「裁判所におかれまして沖縄の基地
 の実情を踏まえ、県の立場に十分に耳を傾けていただき憤重な審理をしていただく
 ことに期待しています。裁判所が、憲法、地方自治法の趣旨を踏まえ、司法の独立
 の原則のうえに立って、歴史の審判に耐えうる判決をしていただきますよう心から
---------- 改ページ--------162
 要請申し上げます。」と述べて、裁判所の実質審理を強く要望した。
  しかし、原審は本件で審理すべき前記事項について、何ら実質的な審理を行わな
 かったのである。これは明らかに判決に影讐を及ぼす重大な審理不尽を犯している
 ものである。後に述べる原審の態度に鑑みれば、原審は当初から実質審理をする意
 図はなく、単に実質審理を装うという極めて欺瞞的な審理をしていたものと評され
 ても止むを得ないものであったのである。
三 訴訟指揮及び証拠決定における原審の偏頗かつ不公正な態度
 1 第二回口頭弁論期日(一九九六年二月九日)における審理について
   第一回口頭弁論期日(一九九五年一二月二二日)は、被上告人(原告)の訴状
  陳述、上告人(被告)の答弁書及び上告人の主張の骨子をまとめた第一準備書面
  の陳述が行なわれ、併せて上告人から被上告人の請求原因に対する求釈明が行な
  われた。
   第二回口頭弁論期日において、上告人は第一回口頭弁論で陳述した主張の骨子
  をさらに詳細に展開するとともに、被上告人の主張に対する反論を七〇〇頁余に
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  およぶ第二、第三準備書面で用意して、その要点を口頭陳述し、さらに、乙四六
  号証までの書証の提出及び二三人の証人申請並びに上告人の本人尋問の申請を行っ
  た。くわえて、上告人は被上告人に対し八項目三四点に及ぶ詳細な求釈明を行なっ
  た。
   これに対して、被上告人代埋人は「被告の準備書面については末だ検討してい
  ない。」と発言し、上告人の求釈明に対しては「次回に必要なものは釈明する。」
  との態度であった。
   この時点においては末だ十分な争点整理が行なわれているとは言えない状況に
  あったことは明らかであるから、裁判所としては、準備書面の内容、膨大な乙号
  証の整理、上告人申請にかかる人証についての検討を加えて、争点整理を行なっ
  た上で、証人の採否について慎重な合議を行なうことが求められていた。
   ところが、原審は同期日の閉廷直前に至って、いきなり二月二三日午前一〇時
  の第三回期日において上告人本人尋問を行なうとの決定をし、法廷において告知
  した。
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   十分な争点整理をしない段階での証拠調決定自体も通常の訴訟手続きとしては
  異例であるが、本人尋問をいきなり行なうというのは異例のことである。しかも、
  原審は、証拠調べの順序について上告人代理人の意見を全く聞くことなく、また、
  突如として上告人本人尋問を決定した理由についても、何ら説明をなし得なかった。
   上告人代理人及び県の政策調整監である高山朝光指定代埋人が、原審が指定し
  た「二月二三日は沖縄県議会の会期中であり、代表質問が行なわれ知事が答弁す
  るという県政上重要な日程と重なるものであるので知事の出廷は不可能である」
  と指摘し、期日の変更を強く求めた。
   このような上告人代理人らの要求に対し、原審は二度の合議を繰り返したが、
  当初の期日指定を改めず、あくまでも期日を強行する態度を示した。その理由に
  ついて大塚裁判長は「普通の訴訟ではいろいろ証人の都合も聞くが、知事と総理
  大臣が争う国内でも重要な事件で、国際的な関わりもある。もともとの発端は知
  事の署名拒否にあるから、議会に差し支えがあってもやりくりして下さい。県議
  会に出るか、裁判所に来るかは知事の判断に委ねます。」と発言した。
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   大塚裁判長の右発言に示される原審の態度は、ともかく早期に審理を終わらせ、
  そのためには知事の尋間の機会が失われても止むを得ないという姿勢に基づくも
  のである。さらに政治的・国際的理由にまで言及するその態度は、行政権から独
  立する司法を担う裁判所としてあるまじき態度であって、訴提起以来ひたすら早
  期結審を求める被上告人に追随し、本件訴訟の争点について十分な事実審理を行
  なわないまま判決する姿勢を如実に示したものである。
   その後、原審は、世論の批判を考慮してか、上告人のした二月一四日付の被告
  本人尋問期日の変更申立を受けて、上告人の本人尋問を三月一一日午後一時に変
  更する旨の決定を行なわざるを得なくなったが、これは第二回期日における訴訟
  指揮及び証拠決定がいかに不当なものかを顕著に示すものである。
 2 上告人申請の証人につき尋問事項を制限する証拠決定
   上告人は既に第二回口頭弁論期日において、甲一号証陳述書の作成者である那
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  覇防衛施設局長を証人申請していた。これに対して被上告人は一切の証人取調べ
  は不要である旨意見を述べていたが、大塚裁判長は第二回口頭弁論期日において、
  被上告人に対し、被上告人が提出していた甲四○号証、四一号証の陳述書の作成
  者である那覇防衛施設局施設部長佐伯恵通について、証人申請するよう勧告した。
   右勧告を受けて、被上告人は二月一六日付で本件土地調書が・物件調書が適正
  に作成されたことを立証するために、右佐伯恵通を証人申請するとともに、二月
  二〇日には同人作成の甲第五八号証の陳述書を提出した。
   そこで、上告人も二月一九日付で右佐伯恵通の証人申出書を提出した。上告人
  は証すべき事実として「本件各土地及びその土地が存在する各施設の提供合意の
  有無、及びその内容、本件各土地を強制使用することがその『必要性』もなく、
  『適正かつ合理的』でもなく、ひいては上告人が本件立会・署名に応じないこと
  が『著しく公益を害することが明らか』でもないこと、本件各土地所有者等に対
  する土地・物件調書作成への立会・署名の機会を十分に与えなかったこと」を挙
  げた。
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   原審は、被上告人の申請については、その申請どおりの採用をしたが、上告人
  の申請については二月一九日付で「各土地所有者等に土地・物件調書作成の立会・
  署名の機会を十分に与えなかった」ことを証すべき事実とする旨の決定を行ない、
  上告人の尋問事項についてもそれに沿った制限をした。
   上告人は、反対尋問事項を超える事実について立証するために証人申請したと
  ころ、原審は、上告人の右証人申請は採用しておきながら、その尋問事項を被上
  告人の尋問事項に対する反対尋問の範囲内にとどめる決定をしたのは一方的であ
  り、不公平極まりない偏頗な証拠決定であった。
 3 第三回口頭弁論期日(一九九六年二月二三日)における審理について
   当日の午前中は、前述した証拠決定に基づいて佐伯証人に対する被上告人側の
  主尋問が行なわれた。
   そして、反対尋問に入る前に、上告人代理人は、裁判所が佐伯証人の尋問事項
  を制限する決定を行なった理由を明らかにするよう求めたところ、大塚裁判長は、
  「原告側の証人申請の趣旨が土地・物件調書の作成の適正にかかわるものであり、
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  それ以外では申請する意思がないということだから」等と発言して、あたかも上
  告人の証人申請が被上告人の申請によって制約されるかの如き発言を行なったの
  である。そこで上告人代理人は、第二回口頭弁論期日に引き続き、その申請にか
  かる二三人の証人の採用を強く求めた。しかし、これに対し原審は明確な態度を
  示さなかった。
   原審裁判所のこのような審理態度は試実さに欠け、本件における問題点につい
  て審理を尽くす態度を放棄するものであった。
 4 第四回口頭弁論期日(一九九六年三月一一日)の審理について
   上告人本人に対する尋間が終了した後、上告人代理人はその申請にかかる証人
  について証拠調べの必要性を指摘し、少なくとも那覇市長、島袋善祐、新垣昇一
  の三人の証人を採用し、証人調べを行なうよう原審に強く求めたところ、同裁判
  所は全ての証人について採用せず、審理を強引に終結し、判決言渡期日を指定し
  て、法廷を去った。
 5 釈明権の不行使
   上告人は被上告人に対し、第一回口頭弁論期日において、本件の争点に関する
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  重要な事項について求釈明をした。これに対する被上告人の対応は全く上告人の
  求釈明に答えるものではなかった。その後も被上告人は強く釈明を求めたが、被
  上告人は何ら釈明をしなかった。
   原審も、釈明権を行使しないばかりか、むしろ「答えられるものは答えて下さ
  い。」等と述べ、まるで被上告を助けるかのような態度を示し、適正な釈明権の
  行使を怠ったのである。
 6 上告人申請にかかる証人の不採用
   前述したように原審は、上告人申請にかかる二三人の証人を誰一人として採用
  しなかった。
   右各証人は、沖縄県における米軍基地の実態、沖縄県への基地の過重負担基地
  のもたらす被害、沖縄の米軍基地形成の違法、不当等々、本件訴訟の実質につい
  て審理するためにはいずれも不可欠の証人であるにもかかわらずである。
   このような異常な訴訟指揮と審理の進めかたは、国民の司法に対する信頼を損
  ねるものであり、到底審理を尽くしたとは言い難い。
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   加えて、上告人が申請した強制使用予定地の検証の申出も、文書送付嘱託申出
  もいずれも採用することはなかった。
四 原審の訴訟遂行態度に対する県民世論
  以上、概略した原審の審理経過から、原審が審理不尽の違法を犯したことは明ら
 かになった。
  県民世論は、この原審の審理不尽について原審が被上告人の主張におもねり、司
 法としてあるまじき不公平不公正な態度に出でたものとして厳しい批判をしている。
  県民は、審理不尽の原判決に到底納得していない。裁判所はこの県民世論に誠実
 に耳を傾け、憲法の番人としての職責を全うすべきである。