上告人弁論要旨


平成八年(行ツ)第九〇号
地方自治法一五一条の二第三項の規定に基づく職務執行命令裁判請求上告事件

              上 告 人     沖縄県知事
              被上告人     内閣総理大臣

   上 告 人 弁 論 要 旨

一九九六年七月一〇日

                 右上告人訴訟代理人
                  弁護士  中 野 清 光
                   同    池宮城 紀 夫
                   同   新 垣   勉
                   同    大 城 純 市
                   同    加 藤   裕
                   同   金 城   睦
                   同   島 袋 秀 勝
                   同    仲 山 忠 克
                   同    前 田 朝 福
                   同  松 永 和 宏
                   同    宮 國 英 男
                   同    榎 本 信 行
                   同    鎌 形 寛 之
                   同   佐 井 孝 和
                   同    中 野   新
                   同    宮 里 邦 雄

最高裁判所大法廷 御中



  目   次

第一 口頭弁論のはじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一
第二 原審の審理不尽・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三
第三 沖縄における米軍基地の実態と違憲状態について・・・・・・・・九
 一 基地形成史・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九
 二 過度の基地集中とその被害・・・・・・・・・・・・・・・・・一四
第四 砂川事件最高裁判決の本旨と原判決批判・・・・・・・・・・・二二
 一 砂川事件最高裁判決とその意義・・・・・・・・・・・・・・・二二
 二 原判決と砂川事件差後東京地裁判決・・・・・・・・・・・・・二四
 三 原判決の最高裁判例違反・・・・・・・・・・・・・・・・・・二六
 四 被上告人の主張について・・・・・・・・・・・・・・・・・・三三
第五 強制使用認定の違法性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三五
第六 駐留軍用地特措法の違憲性・・・・・・・・・・・・・・・・・三九
 一 法令違憲性について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三九
 二 適用・運用違憲論について・・・・・・・・・・・・・・・・・四二
第七 機関委任事務と地方自治の本旨・・・・・・・・・・・・・・・四六
 一 行政の本質と責任・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・四六
 二 地方自治の本旨・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・四七
 三 知事の権能・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・四九
 四 収用手続きにおける地方自治の役割・・・・・・・・・・・・・五一
第八 「公益侵害」要件の解釈と適用について・・・・・・・・・・・五三
第九 弁論を終えるにあたって・・・・・・・・・・・・・・・・・・六〇

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第一 口頭弁論のはじめに
 最高裁判所大法廷における本件口頭弁論は、沖縄県民にとっては県内の米軍基地の
あり様を問う、世紀の裁判として大変な注目を集めています。その帰趨が沖縄と沖縄
県民の将来を左右するほど重要な意味をもっているからです。
 沖縄は歴史的にも国から様々な差別を受けてきましたが、現在でいう差別の最たる
ものが米軍基地の過重負担の問題であります。しかも、これが深刻なことは何時にな
れば整理・縮小されるのかという見通しが全くないということであります。被上告人
は一貫して日米安保条約は日本の平和と繁栄にとって不可欠である旨主張し続けてお
ります。これに対し上告人はその平和と繁栄の配当を沖縄県にも平等にして下さいと
訴えております。どうして沖縄県だけが基地被害とその重圧に何時までも苦しまなけ
ればならないのでしようか。
 沖縄県の県民所得は、全国平均の七○%台で、全国最下位であることは周知のとお
りでありますが、これも米軍基地の存在と無関係ではありません。しかもその基地が
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一部私有地を強制使用するという方法で提供されてきており、このような措置が五〇
年余りにわたって続いてきました。もう、これが限界であります。沖縄県民は諸悪の
根源である米軍基地が、将来にわたって固定化されることを大変恐れております。そ
れ故に基地の整理縮小は、県政の重要な課題であり、上告人は勿論のこと県議会にお
いても過去幾度となくその解決を日米両政府に訴えて来ました。
 原判決は、過重な基地負担や基地被害などを考えると知事の立会・署名拒否は理解
できないこともない旨一定の理解を示したものの、結局は実質審理を避けた結果多く
の誤りを犯しております。その詳細については上告理由書で述べたとおりであります
が、本件の重大性にかんがみ、上告人本人からの意見陳述、更には上告理由を敷衍す
るために、それぞれ担当の訴訟代理人から弁論要旨を陳述させますのでよろしくお願
いする次第であります。
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第二 原審の審理不尽
 一 本件職務執行命令訴訟は、昨年一二月七日に提起されました。同時に、那覇防
  衛施設局長の陳述書が甲第一号証として裁判所に提出されました。その中で、那
  覇防衛施設局長は、楚辺通信所、通称「象のオリ」の中の一筆の土地の賃貸借契
  約期間が本年三月三一日で満了することと、本年五月九日までに強制使用裁決の
  申請ができないときは内閣総理大臣のした使用認定が効力を失うこととを取りあ
  げて、迅速な審理を要請しています。原審は、この要請のみを配慮し、審理の充
  実を儀牲にして、ひたすら審理を急ぎました。
   上告人は、第二回口頭弁論期日(本年二月九日)において、合計六五四頁に及
  ぶ第二、第三準備書面を陳述し、乙第四六号証までを提出し、二三名の証人と知
  事本人の尋問を申請しました。同時に、第一回口頭弁論期日に引き続いて、被上
  告人に多数の釈明を求め、裁判所にも釈明権の行使を強く要請しました。被上告
  人は、上告人の準備書面はまだ検討していないと言い、求釈明については必要な
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  ものは次回に釈明すると述べました。原審はそれを容認し、自らは釈明権を行使
  しませんでした。誰が見ても、主張整理の段階であり、準備期日や第三回口頭弁
  論期日において争点整理をはかり、その上で人証の採否を決すべきものでした。
  ところが、原審は、第二回口頭弁論期日の終わり近くなって、いきなり、次回の
  二月二三日に知事の本人尋問を行うと宣したのです。私たちは、これに強く反対
  し、さらに、二月二三日には県議会で代表質問が行なわれ、知事が答弁するので、
  知事は裁判所に出頭できないと述べました。ところが、裁判長は、「普通の訴訟
  では色々証人の都合も聞くが、知事と総理大臣が争う国内でも重要な事件で、国
  際的な関わりもある。もともとの発端は知事の署名拒否にあるのだから、差し障
  りがあってもやりくりして出廷して下さい。」という驚くべき政治的発言をした
  のであります。そして最後には、「県議会に出るか、裁判所に来るかは知事の判
  断にまかせます。」と言って退廷したのであります。
   言うまでもなく、地方自治の本旨は本件の大切なテーマの一つであります。ま
  た、平和で人間らしい生活を取り戻そうという県民の立場に立つことは、選挙で
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  選ばれた知事の当然の責務であります。その責務を果たすために立会・署名を拒
  否することは、まさに公益にかなうのではないか、知事はそれを裁判所に問うた
  のであります。原審の右態度は、知事に県議会の代表質問という県政の重要な日
  程を変えろと言い、それができなけば裁判所に来なくてよいとの趣旨であり、地
  方自治の本旨と知事の懸命の問いかけに対する無理解をまざまざと露呈したもの
  であります。これでは、職務執行命令訴訟の適正な審理と正しい判断はなされよ
  うがありません。
   その後変更があり、第三回口頭弁論期日には那覇防衛施設局施設部長の証人尋
  問が行なわれました。私たちは、上告人申請の証人を採用すべきこと、特に二人
  の土地所有者と那覇市長は是非採用されたいことを強く訴えましたが、原審は採
  否を明らかにしませんでした。第四回口頭弁論期日において、大田知事の本人尋
  問がなされました。その後、再び、証人の採用を訴えましたが、原審は、一人の
  証人も採用することなく、結審を宣してしまいました。
 二 証拠申出書で詳しく述べたとおり、二三名全員、本件審理に欠くべからざる証
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  人でした。仮に、時間の関係で全員を調べるのは無理だとしても、何名かの枢要
  な証人については、その尋問を欠いては本件の審理はなりたちえません。原審の
  審理不尽は明らかであります。
   例えば、上告人が申請した証人の中に島袋善祐という契約拒否地主がいます。
  島袋さんは、キャンプシールズ内に土地を所有していますが、その土地を含むブ
  ロック内の一団の土地は、いわゆる地籍普@  その他の土地所有者の証言を聞けば
、本件穫ノg「  か、その使用は適正でも合理的でもないことが明らかになるのでありま
す。使用
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  認定の要件が欠けていることが明らかになるのであります。那覇市長が証人とし
  て採用されることによって、二〇年以上も前に返還が約束された那覇軍港がなぜ
  いまだに返ってこないのか、那覇市長がなぜ立会・署名を拒否したのか、知事の
  行為はどう評価されるべきなのか等について、貴重な証言が得られるのでありま
  す。基地被害の現場にいる証人によって、基地の被害がいかに学童や女性に押し
  つけられているか、それがいかに人間の発達や尊厳を傷つけているか等が明らか
  になるのであります。
   そして裁判所は、そのような審理を行って初めて、過重な基地の負担を沖縄に
  押し付け続けることが我が国のあり方として正しいのか、そのような沖縄県民の
  人権を侵害する政策を続けることが公益に合致すると言えるのか、そのような基
  地の固定化を何としてもふせぎ、若い人が希望の持てる沖縄を築きたいとの念願
  から発した知事の行動こそが公益にかなうのではないのか、真に判断できるので
  あります。
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第三 沖縄における米軍基地の実態と違憲状態について
 一 基地形成史
  1 「基地の中に沖縄がある」と言われるように、沖縄には全国の米軍専用施設
   の約七五%が集中していますが、この広大な基地は、軍事占領下で形成された
   ものです。
    沖縄戦が終結し、生き残った住民が米軍の収容所に入れられている間に、米
   軍は広大な土地を軍用地として囲い込んでいきましたが、その大部分は、住居
   や農地として使用されていた土地でした。例えば、嘉手納飛行場の建設のため
   大部分の土地を取り上げられた北谷村―現在の北谷町と嘉手納町―では、一五
   もの集落が基地の中に消えていったのです。かつての生活と生産の場を基地に
   奪われた住民は、基地周辺に残された僅かな土地に密集して生活せざるを得ま
   せんでした。現在でも、嘉手納町では町面積の八二・六%を、北谷町では五六・
   五%を基地が占め、町民は、言わば基地にへばりつくようにして生活すること
   を強いられているのです。
  2 一九五二年四月二八日、平和条約が日米安保条約とともに発効し、日本は独
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   立を回復しました。しかし、平和憲法を持つ日本への復帰を求める沖縄の願い
   は踏みにじられ、平和条約三条によって、沖縄は日本から切り離され、米国の
   施政下に置かれました。日本が主権を回復する代償として、沖縄が米軍の自由
   使用基地に供されたのです。
    そして、平和条約・日米安保条約の発効後、日本本土の米軍基地は大幅に削
   減され、一九五〇年代初頭に約一二万九〇〇〇へクタールあった本土の米軍基
   地は、一九六〇年には約三万へクタールにまで激減しましたが、日本本土から
   の米軍の移転のために、沖縄の米軍基地はさらに拡大されていきました。海兵
   隊を例にとって述べますと、沖縄に駐留する海兵隊は、もともと富士山麓に駐
   屯していました。現在キャンプ・ハンセンで実弾砲撃演習を行っている砲兵部
   隊も、かつては富士演習場で砲撃訓練を行っていたのです。ところが、一九五
   四年に海兵隊の本土から沖縄への移転が発表され、僅か三年の間に本土の海兵
   隊の沖縄移転が完了しました。現在、沖縄の米軍基地の七五%以上を占めてい
   る海兵隊基地は、「本土撤兵の沖縄へのしわ寄せ」に他ならないのです。
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    そして、沖縄の基地拡大のため、米軍による文字どおりの土地強奪が行われ
   ました。平和条約・日米安保条約の発効した一九五二年には、小禄村具志で、
   完全武装した米兵が住民を排除し、ブルドーザーで田畑を敷きならして土地を
   奪い取りました。海兵隊の沖縄移転が発表された翌年の三月には、伊江島で、
   米兵が家屋に火を放ち、武装兵に守られたブルドーザーが家屋を次々と破壊し
   て土地強制接収を行いました。土地を奪われた農民の中には栄養失調で死ぬ者
   もあらわれ、生きるために村をあげて乞食となって沖縄本島を乞食行進しまし
   た。同年七月に土地を取り上げられた宜野湾村伊佐浜部落の住民は、大部分の
   人が生計を立てる道を失い、南米へと移住して行きました。基地の建設のため、
   生存の場さえ奪われたのです。
  3 軍事支配下において、基地の重圧に苦しむ沖縄県民から日本への復帰を願う
   声が高まる中、一九七二年五月一五日、沖縄は日本に復帰しましたが、沖縄返
   還協定によって沖縄の米軍基地は存続することとなり、基地のない平和な島に
   戻りたいという沖縄県民の悲願は裏切られたのでした。
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    ところで、復帰時の本土の米軍専用施設は一万九七〇〇へクタールであるの
   に対し、沖縄は二万七八九三へクタールでした。本土との基地密度の格差は甚
   だしく、沖縄県民は復帰によって少なくともかかる極端な不均衡は解消されて
   いくものと期待していました。
    しかし、沖縄に対する差別は続きました。国は、復帰後も沖縄の米軍基地を
   維持するため、沖縄にのみ本土とは異なる法適用を行ったのです。
    日本政府は、復帰直前にいわゆる公用地法の制定準備にとりかかりましたが、
   その内容は、沖縄の軍用地等について、地主の意見を聞く機会すら与えること
   なく、復帰前の本土の官報に告示するだけで、自動的に施行時から五年間の使
   用権原を取得するというものでした。当時の琉球政府は、日本政府に対し、私
   有財産である土地を正当な手続きを経ずして五年間もの長期にわたって一方的
   かつ強制的に使用することは憲法二九条に違反し、かつ、沖縄県民に対して差
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   別を強いるもので憲法一四条に違反する等と指摘して強く撤回を求めましたが、
   公用地法は強行採決され、復帰と同時に施行されました。
    公用地法による五年間の期限が迫ると、政府はいわゆる地籍明確化法の立法
   準備に入りました。この法案は、沖縄における位置境界が不明確な地域の地籍
   の明確化に必要な措置を定めることと抱合せに、法案の附則で公用地法を五年
   間延長することが定められていたため、全国的な反対運動が起こりました。沖
   縄県は、地籍明確化法は憲法一四条、二九条及び三一条に違反するとして制定
   に反対するとともに、制定を強行するならば憲法九五条による住民投票でもっ
   て住民の同意を得るべきであると主張しましたが、沖縄県民の意思が問われる
   ことなく、公用地法の期限切れから四日遅れた一九七七年五月一八日、強行採
   決されました。一旦失効した公用地法が、四日間の空白をおいて生き返ったと
   言うのです。一度失われた使用権原が、地主に対する何の手続きもなしに復活
   したというのです。法論理上あり得ない筈のことが、沖縄のみを対象にして行
   われたのでした。
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    地籍明確化法の附則で復活した公用地法の期限切れを控え、一九八〇年一一
   月一八日、政府は駐留軍用地特措法を発動しました。国民的な議論も沖縄県民
   の意思を問うことも回避して沖縄の軍用地を強制使用を継続するため、日本本
   土では二〇年近くもの間適用されず事実上死んでいた法律が突如として沖縄の
   地で蘇り、今日まで沖縄にのみ適用されているのです。
    これらの法律によって、沖縄の米軍基地は維持され続けてきました。復帰か
   ら僅か二、三年の間に本土の米軍基地は約六〇%も減少したのに対し、沖縄の
   米軍基地は復帰後現在までに約一五%しか基地が減少していません。復帰後二
   四年経った今なお沖縄への基地のしわ寄せが続いているのです。
 二 過度の基地集中とその被害
  1 昨年九月の米兵による少女暴行事件は、米軍基地の存在によって戦後五〇年
   余にわたって沖縄県民が被ってきたあまたの被害を象徴する出来事でした。こ
   の事件後も米軍人によると思われる暴行事件が発生するなど、基地被害がたっ
   た今も継続していることは、上告理由書でも触れているとおりであります。
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    では、何故にこれだけの基地被害が恒常的に発生しているのでしようか。
    それは、これらの基地被害は、偶発的な事件事故の積み重ねではなく、在沖
   米軍基地が、基地としても大変な欠陥基地であるがゆえの構造的なものなので
   す。すなわち、金武のキャンプ・ハンセンのように、狭い沖縄で実弾砲撃演習
   をするという基地そのものの欠陥と、居住地域と基地が隣り合わせにあるとい
   う基地の立地のあり方についての欠陥という二重の欠陥に由来するものである
   ということです。
    このことは、何よりも、在沖米軍基地が、約一一五万の人口が密集する沖縄
   本島地域の約二〇パーセントをも占めているという数字のみによっても明らか
   なことです。
  2 これをもっと具体的に見てみますと、例えば、沖縄観光のために那覇空港に
   降り立ち、県内有数のリゾート地である本島西海岸の思納村まで、国道五八号
   を北上したとします。この国道は県内随一の幹線道路です。那覇空港を出発す
   ると、まず左手に那覇軍港を目の当たりにし、続いて狭い那覇市街を越えると
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   直ちに左手に牧港補給基地を見ることになります。そして、恩納村に至るまで
   の間、「キヤンブ瑞慶覧」や、「嘉手納飛行場」、「嘉手納弾薬庫」など、ほ
   ぼ途切れることのない米軍基地のフェンスを見ながら走ることになるのです。
   約三六キロメートルにわたるこの行程のうち、なんと約三分の二の沿道に米軍
   基地があるのです。しかも、これは国道五八号から約数百メートル後退した位
   置に横たわる普天間飛行場を除外した割合です。
    これだけでも、まさに住民が生活する中心の場に米軍基地が居座っており、
   沖縄県民が基地のフェンスと隣り合わせで生活せざるを得ないという状況が十
   分に理解できるはずであります。このような住民の居住地域に隣接して存在す
   る米軍基地が、度重なる事件事故などの基地被害をもたらしているのです。
  3 これに対して、アメリカ合衆国本土の基地は、まったく対照的てす。
   沖縄県内の全部の米軍基地の面積に相当する基地が、砂漠地帯の中に一つの基
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   地として設置され、人里離れたその基地内でおよそあらゆる演習を行うことが
   できるようになっています。基地被害を未然に防止するよう努めているのであ
   ります。
    また、アメリカ合衆国の西海岸の空軍基地は、ロスアンジェルスから約八〇
   キロメートルしか離れていないため、民間空港の航空機の離発着に対して危険
   であるという理由から基地を閉鎖することが決定されました。
  4 では、沖縄の嘉手納飛行場を見るとどうでしょうか。我が国第三の離着陸回
   数の那覇空港とはわずか約二〇キロメートルほどしか離れておりません。那覇
   空港から八〇キロメートル離れれば、本島最北部の国頭村にまで至ります。先
   程紹介しましたアメリカ本国における基地の配置の考えからすると沖縄本島内
   に米軍の航空基地を設置することは不可能なはずです。このことから、米軍が
   県民の安全を無視して、無理に基地を設置していることは明らかであります。
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    そこで、さらに、沖縄における米軍基地が構造的に欠陥基地であるが故に生
   ずる被害の具体例を二つばかり紹介します。
    まず、第一に、普天間飛行場に隣り合わせにある普天間第二小字校における
   基地被害の実態を見てみましょう。普天間第二小字校は、普天間飛行場と文字
   通り金網ひとつで隣接する市立の小学校です。
    この普天間飛行場は、嘉手納飛行場の補助的役割を果たし、軍用機、ヘリコ
   プターの離発着回数が、一九九一年には年間三万三九六二回、一日平均にする
   と九三回に及んでいるのです(情報公開法でとらえた沖縄の米軍・梅林宏道著・
   高文研)。一九九二年一〇月には、普天間飛行場内の普天間第二小字校からも
   見えるところにヘリコプターが墜落するという事故が発生し、子供達は危険に
   されされました。
    飛行機、ヘリコプターの離発着にともなう騒音、轟音から子供達を守るため
   に一九九五年から約一年半かけて校舎の全面的な防音工事が行われました。そ
   の改修工事の間、普天間基地の一部を切り取るように囲って、プレハブの校舎
   が作られ、防音工事も施されていない仮設校舎で子供達は学習させられたので
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   す。
    五〇分の授業で、二〇分も授業が中断することも頻繁にあり、空中輸送のた
   めと思われる訓練や演習のある場合は、午前八時一五分から一日中騒音のため
   ほとんど授業にならないというのです(沖縄基地調査報告書・日本弁護士連合
   会沖縄調査団・一九九五年)。市内の中心部を軍事基地にとられた宜野湾市内
   では、他に学校敷地を確保する余裕がないのです。
    このように、子供達は、ただでさえ深刻な基地被害を受けさせられながら、
   この一年半の期間は、一層基地に接した劣悪な環境にさらされたのです。成長
   過程にある子供達にとって、十分に整った教育の施設を用意されなかった一年
   半の期間はとりかえしがつかないのです。これは明らかに児童憲章六条、児童
   の権利に関する条約二八条にも違反し、憲法の保障する子供の教育を受ける権
   利、学習する権利を侵害する違憲違法な事態でありました。
    二番目の具体例として、県道一〇四号線を封鎖しての実弾射撃演習による基
   地被害を紹介します。
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    米軍海兵隊は、キャンプハンセン訓練場から県道一〇四号線を越えて一五五
   ミリりゆう弾砲等の実弾演習を実施しており、一九九二年には年間一三回、実
   日数にして三四日、着弾数は六四六八回を数えています。この一五五ミリりゆ
   う弾砲は、二四キロメートルも飛ぶことができますが、火薬の量を調整して飛
   距離を六キロメートルにおさえています。従って、砲座の向きを誤ったり、火
   薬の量を少し計り間違えると隣合わせの金武町伊芸地区、沖縄自動車道サービ
   スエリア等人々の集まる場所に着弾する危険性があります。実際にも、伊芸地
   区に砲弾の破片が落下したり、ライフル銃が直撃された等という被害も多数発
   生しています。
    この射撃演習場は明らかに、着弾地点に隣り合わせに居住する住民らの生命、
   財産を侵害する危険性を構造的に備えた欠陥基地と言えるのです。狭い住民地
   域に射程距離の長い実弾を県道を封鎖して射撃演習するというのは沖縄の米軍
   基地以外には聞いたことがありません。
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    この実弾演習の間、県民の生活道路である県道一〇四号線を封鎖して県民生
   活を侵害しています。さらに、予定された着弾地点である恩納岳連山は草木の
   ないはげ山になり、その赤土が海に流出して漁業関係者に深刻な被害を与えて
   いますし、住民の水源地にも悪影響を及ぼしています。
  5 この二例は沖縄における米軍基地による被害のごく一部ですが、これだけで
   も、明らかに沖縄県民が米軍基地により財産権だけでなく、教育を受ける権利、
   子供の学習権、環境権、人格権、平和的生存権等が、同時にかつ恒常的に深刻
   に侵害されていることが理解できます。
    原判決は、この沖縄における米軍基地による深刻な被害を本訴訟とは無関係
   と誤った判断をしてこれらの基地被害の実態を調べようとはしませんでした。
    最高裁判所におかれましては、これらの沖縄における米軍基地による違憲違
   法な被害の実態をまずしっかり見据えて頂きたい。この基地被害を無視しては、
   いかなる憲法的判断も空虚に終わるのであります。
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第四 砂川事件最高裁判決の本旨と原判決批判
 一 砂川事件最高裁判決とその意義
  1 地方自治法上の機関委任事務にかかわる職務執行命令については、最高裁判
   決(一九六〇年六月一七日第二小法廷判決)が本件の先例としてあります。
    この最高裁判決は、原審の東京地方裁判所一九五八年七月三一日判決が、職
   務執行命令訴訟における裁判所の審査権は、職務執行命令の形式的審査にとど
   まるべきものであって、命令が違憲・無効であるかどうかの点について裁判所
   は審査権を有しないと判断したものを破棄して差戻したものであります。
    最高裁判決は、当時の地方自治法一四六条が職務執行命令訴訟を設けた趣旨
   を、地方自治の本旨とこれによる地方公共団体の長の本来的地位の自主独立性
   の尊重の要請と、機関委任事務を処理する地位に対する国の指揮監督権の実効
   性の確保との調和をはかるため、裁判所に国の当該指揮命令が適法であるか否
   かを判断させようとしたものであるから、裁判所が当該国の指揮命令の適否を
   実質的に審査することは当然であるとしました。
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    この最高裁判決は、単に本件事件に先行する唯一の先例であるということだ
   けでなく、行政法学会においても、司法や行政の実務家の間でもその解釈と先
   例的価値について、ほとんど異論をみることなく高い評価を受けています。
    従って、この砂川事件最高裁判決はすでに定着確定した判例として今後も維
   持されなけれはなりません。
  2 一九九一年の地方自治法の改正により同法一四六条が現行の一五一条の二と
   なり、内閣総理大臣による都道府県知事や市町村長の罷免の措置を撤廃すると
   ともに、職務執行勧告の制度を創設し、職務執行勧告・命令の要件として (1)
   他の是正措置による是正の困難性、 (2)(職務懈怠等を)放置することが「著
   しく公益を害する」ことが「明らかである」とき、という要件を新たに付け加
   えたのであります。
    右改正は、職務執行命令訴訟制度における地方公共団体の長本来の地位の自
   主独立性をより尊重し、職務執行命令を発する要件をより厳格に定めたもので
   あります。
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    同改正やその後の地方分権推進法(平成七年法律第九六号)の成立といった
   砂川事件最高裁判決後の地方自治の前進や強化の状況を考えれば、砂川事件最
   高裁判決が確立した、職務執行命令における地方公共団体の長本来の地位の自
   主独立性の尊重は、その後三六年を経過した本件事件について、より強調、前
   進させられなければならないのであります。
 二 原判決と砂川事件差戻後東京地裁判決
  1 原判決は、その理由の第四、本件命令の実質的適否と題する部分で、砂川事
   件最高裁判決を援用し、裁判所は主務大臣の都道府県知事に対する命令の内容
   の適否を実質的に審査するのだとして、あたかも原判決が砂川事件最高裁判決
   に従うものであるかのような言辞をしています。
    ところが原判決は砂川事件差戻後東京地裁判決(一九六三年三月二八日)と
   同様最高裁判決のいう「実質的審理」の解釈を誤り、最高裁判決の論理を歪曲
   してしまったと全く同じ論理を採用し、最高裁判決に対して、面従腹背の態度
   をとって、最高裁判決に従うならば当然導かれるのと反対の結論をとっている
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   のであります。
    これは最高裁判決によって示された法令解釈を脱法的に潜脱したものと評価
   せざるを得ません。
    最高裁判決の本旨は、職務執行命令訴訟における審査の対象は、主務大臣の
   指揮命令そのものの適法性の有無であり、受命機関の審査権の有無やその程度
   などを全く問題にしていません。
    ところが、原判決やそれが依拠している砂川事件差戻後東京地裁判決はこの
   肝心な点で論理をすり替え、最高裁判決を換骨奪胎しようとするのです。
  2 原判決は、その目次の「事実及び理由」の第四、本件命令の実質的適否の項
   で括弧書きして、(本件署名等代行義務の存否)と表題をふっています。
    ここに原判決の認識や意図が端的にあらわれているのです。原判決は先ず第
   一に、職務執行命令の適否を全般的に審理しようとするのではなく、受命機関
   たる都道府県知事の義務を問題にするのです。
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    そして、「都道府県知事が右義務を負うか否かは、当該国の事務を都道府県
   知事の権限に属せしめている法令が行為規範として都道府県知事に対し、どの
   ような事項について審査させた上で右事務の執行をさせようとしているかに係
   るものである」という、何ら論証されていない命題をここに持ち込むのです。
    そして第二に、この都道府県知事の命令審査権と、裁判所の審査権が、その
   範囲を同じくするのだというこれ又論証されていない命題を持ち出します。
    さらに原判決は、右の都道府県知事の義務や審査権を考えるのにあたって、
   問題となっている当該機関委任事務を、土地強制使用手続全体の中で、きわめ
   て重要性の低い、微細な手続と位置づけ、その結果、法令が都道府県知事に与
   えた審査権の範囲を狭く解釈し、結果的に裁判所の審査権の範囲をも局限しよ
   うとするのです。
 三 原判決の最高裁判例違反
  1 このような原判決の論理構成は、最高裁判決が裁判所の審査の対象として主
   務大臣の指揮命令の適法性の実質的審査を行うのであるとする、職務執行命令
   訴訟の制度趣旨の解釈に明確に反するものです。
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    この点を最高裁判決の解説をした白石健三最高裁調査宮の判例解説から検討
   してみましょう。
    同調査官は、最高裁判決が職務執行命令の適法性の実質的審査を行うとした
   趣旨について、「内閣総理大臣の収用認定は、収用目的地を『駐留軍の用に供
   することが適正且つ合理的である』と認められる場合にかぎって適法視される
   ものであり、適正かつ合理的の要件の存否についても、裁判所は実質的審査を
   なし得るわけである。」と判例解説をしているのです。
    右の解説からも、本件でも問題となる職務執行命令の前提である内閣総理大
   臣による強制収用(又は使用)の認定が、駐留軍用地侍措法の要件を満たした
   適法なものであるかどうかが裁判所の実質審査の対象とされることを、最高裁
   判決は「実質的審査」の対象と考えていたことは明らかです。
    これに対して、原判決は先にも述べたように、機関委任事務を定めた法令が
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   受命者たる地方公共団体の長に、どのような範囲のどの程度の義務を負担させ
   ているかを考察の第一の出発点として、その上で職務執行命令訴訟における裁
   判所の実質的審査権の範囲を地方公共団体の長の審査権の範囲に局限しようと
   するのです。
    ここにおいて、原判決の考える職務執行命令訴訟の地方自治法における位置
   づけと、最高裁判決の位置づけとは全く異なることが判明するのです。
    つまり原判決は、国の機関委任事務の処理における国の指揮監督の実効性を
   確保するために、知事の機関委任事務処理義務を定めている法令が行為規範と
   して都道府県知事に対してどのような事項について審査させた上で右事務の執
   行をさせようとしているかについてのみを裁判所が審査するとしているもので
   あり、これは基本的に国の事務の執行確保に重点を置くもので、最高裁判決が
   地方自治の本旨とこれによる地方公共団体の長の独立性との調和をはかるため
   に、裁判所が国と地方の間に入って意見対立を全面的に判断しようとしている
   のと全く異なる思考方法をとるものです。
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    然し、最高裁判決が職務執行命令訴訟制度の意義として指摘した、地方公共
   団体の長本来の地位の独立性の観点、これに基づく首長の判断と主務大臣の命
   令の対立、衝突、それを裁判所が調和させる、いわゆるマンディマス・プロシー
   デングの制度の観点からは、地方公共団体の長は地方自治の本旨という、国の
   観点とは異なる観点から命令の広範囲な審査権を有すると最高裁判決が考えて
   いることをうかがうことができます。
  2 職務執行命令訴訟も行政事件訴訟法七条によって、原則的に民事訴訟法の適
   用がなされます。
    この職務執行命令訴訟の訴訟物は、職務執行命令の適法性の有無ですが、そ
   の要件事実は、職務執行命令の前提である使用認定の手続的・内容的適法性、
   その後の手続の適法を前提として、地方自治法一五一条の二によって、 (1)知
   事の法令違反や怠る行為があるか (2)他の代替措置によることが困難か (3)職
   務懈怠等により「著しい」「公益侵害」が「明らか」であるか否かとされてい
   ます。
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    裁判所は右の要件事実について、訴訟当事者に主張立証をさせ、この要件事
   実の存否を確定するのに必要な事項について広く司法審査を行う職責と義務を
   有するのであります。
    この司法審査における要件事実の審理と、職務執行命令の受命者である地方
   自治体の長の命令審査権が一致しなければならない必要性はありません。
    裁判所は当事者の主張があり、それが要件事実にかかわるものである以上、
   例え原判決がいうように、都道府県知事が職務執行命令に先立つ内閣総理大臣
   の使用認定の適否(具体的には駐留軍用地特措法三条の適正、合理的要件)に
   ついて独自の審査権を有しようが有しまいが、使用認定の適法性について審査
   しなけれはならないのです。
    この点について、原判決が強調している内閣総理大臣の専決権や知事の行う
   職務の手続全体における地位の軽重などは、問題の本質である裁判所の審査権
   の範囲を決定する理由にはならないのです。
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    従って、本件上告人の立会・署名の拒否の違法性の存否を左右する (1)立会・
   署名に先行する強制使用認定手続の違法性 (2)地方自治の本旨に基づく立会・
   署名拒否の二点について、実質的な審査をしなければならず、知事の審査権論
   などに逃げ込んではならないのであります。
    これは司法権における司法審査権の問題であると同時に、職務執行命令訴訟
   についての最高裁判決の本旨でもあるのです。
    なお、万一原判決の論旨をとっても、次の点は指摘できます。職務執行命令
   に関する限りは(例え一般論として都道府県知事に広範囲の法令審査権が与え
   られていないとしても)、受命者たる都道府県知事は主務大臣の命令に対して、
   一般の行政組織内における受命者とは異なり、大幅な審査権を有するものであ
   ると考えられる点であります。
    原判決は、特措収用法三六条五項によって知事に命ぜられる立会・署名の代
   行は、防衛施設局長による使用裁決申請の準備手続の一つで、土地物件調書の
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   作成手続の一環をなす行為であるとか、本来使用認定権限を有する総理大臣に
   おいて管理執行すべき事務であるのを、地理的関係等から知事に委任するのが
   有効であるという行政事務の便宜の考慮から機関委任事務にされたにすぎない
   とか、立会・署名代行の手続中における位置をことさら低く評価します。
    その理由は、原判決が採用する知事の審査権の範囲と裁判所の審査権の範囲
   が一致するという誤った論理を媒介として、上告人の本件職務執行命令の違法
   性に関する様々な主張を封じ込めようとするところにあるのは明らかです。
    職務執行命令を受けて、国の機関委任事務の処理に、地方自治の本旨の観点
   から、地方住民や自治体の意思を反映させる権限と職責を与えられた都道府県
   知事は、少なくともこの場面では、およそその職務執行の適法性に関する全て
   の点(憲法違反はもとより、駐留軍用地特措法三条の要件事実たる適正且つ合
   理的の要件についても)について審査権を有し、最終的に司法裁判所がその是
   非を判断するものと解するべきなのです。
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 四 被上告人の主張について
  1 被上告人は上告審答弁書第三において、砂川事件最高裁判決が、裁判所がい
   わゆる先行行為の適法性・有効性について審査する権限ないし義務をもつかど
   うかについては触れていないとして、上告人の本件使用認定の適法違法、有効
   無効を裁判所の審査の範囲外とした原判決非難を失当であるとしています。
    然しながらこの被上告人の主張は最高裁判決について、きわめて表面的な解
   釈をしたものであり、先に最高裁白石調査官の判例解説を引用した箇所で述べ
   たように、最高裁判決の本旨は、職務執行命令の適法性を実質的に審査するの
   が裁判所の審査権であるとしたものであり、そこでいう実質審理とは旧地方自
   治法一四六条の要件事実とそれを理由づける全ての事実を審査することを意味
   し、立会・署名代行命令の基礎となった強制使用認定が違法無効であれば、そ
   のための手続の一環である立会・署名代行命令も違法無効となると考えられる
   限り、強制使用認定の違法無効も審査の対象となることを前提としているので
   あります。
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  2 次に被上告人は、駐留軍用地特措法五条、三条にいう強制使用の必要性や、
   適正且つ合理的の要件についての判断を、高度の政治的判断を要するもので、
   内閣総理大臣の広範な裁量にゆだねられており、無効、違法の問題が生じる余
   地がない、などと主張して、行政事件訴訟法三〇条を引用しています。
    然し右の条文は、処分又は裁判の取消を求める案件についてであって、本件
   機関訴訟には無関係であり、引用が誤っています。
    また、内閣総理大臣の広範な裁量権論は、司法判断を予め排除しようとする
   問答無用の政治行為論とも評価すべき主張であり、本件で上告人が具体的に主
   張している個々の土地の基地としての必要性や使用現況の審査とは無縁な論理
   であり、これまた見当道いな論理であるといわなければなりません。
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第五 強制使用認定の違法性
 駐留軍用地特措法に基づく強制使用認定が、本件訴訟の審理の対象となることは、
既に述べたとおりです。すなわち、裁判所は、本件各土地に対する使用認定が駐留軍
用地特措法三条の駐留軍の用に供する「必要性」及び「適正且つ合理的」の各要件を
充たすかどうかを審理しなければなりません。
 原審において、被上告人は、本件各土地は他の土地と「有機的一体として機能」し、
それを強制使用しないと基地機能に支障が生じるとして、使用認定要件が充足される
と主張しています。しかし、果たして、使用認定要件は充足されているのでしようか。
 ここでは、瀬名波通信施設の事務所用地として強制使用認定された新垣昇一氏所有
地の一例を取り上げ、考察することにします。
 具体的に、図面(甲第二号証の七の1の図面を基に作成)を用いて説明します。
 ギザギザの線を結んだ部分がフェンスです。新垣さんの所有地A(約七五坪)は、
今回、強制使用認定されたもので、フェンスに接しています。国は、土地Aは、事務
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所用地として使用されていると主張します。しかし、実際には、土地Aの上には、事
務所と称する建物Cは建っておらず、土地Aと建物Cは約一〇メートル程離れていま
す。その建物Cについても、現在、ほとんど人の出入りがなく、使用されている様子
は全くありません。
 実は、土地Aは、土地B(約二三〇坪)と一体として、ひし形の約三〇〇坪の一筆
の土地を形成していました。新垣さんは、A・Bの土地全体の返還を請求しましたが、
国は、一九九二年五月一四日、強制使用期間の満了により、フェンス外用地として、
土地Bのみを細切れにして返還しました。
 土地A上には、実際に建物は建っておらず、フェンスと隣接しているのですから、
土地Aを返還するためには、フェンスをア・エ・イの各点を結ぶ線からア・イ点を結
ぶ線ヘ、数メートル程移動しさえすればよいのです。フェンスを移動したからといっ
て、津名波通信施設の基地機能に何ら支障は生じません。国は、土地Aは津名波通信
施設全体として有機的一体として機能しているから、返還に応ずることはできない、
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強制使用せざるを得ない旨主張します。しかし、その「有機的一体として機能」の実
態は、瀬名波通信施設の基地機能を明らかにしないまま、フェンスを移動するのが面
倒で、そのために費用がかかるから強制使用するというものです。
 すなわち、国の「有機的一体として機能」の考え方は、各基地の実態・機能を明ら
かにせず、また、「必要性」、「適正且つ合理的」の要件を充たすかどうか厳密に審
理することなく、裁判所に要件事実を認定させようとするもので、裁判所の証拠に基
づく事実認定を省略する機能を果たしているのです。実際、原審では、新垣さんの証
人申請、土地Aの検証、いずれの証拠調べの請求も却下されました。
 土地Bは、県道六号線の延長線上の道路に面した部分が約五メートル(エ点付近)、
イ点、ウ点を結ぶ底辺部分が約三〇メートルの歪な三角形をしています。これでは、
到底、土地を有効利用することができません。新垣さんは、現在その土地をさとうき
び畑として利用していますが、将来、二人の子のために、住宅を建てたいという強い
希望を持っています。その願いを実現し、土地を有効利用するためには、土地Aの返
還が是非とも必要なのです。
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 以上まとめると、土地A上には、実際、建物Cは建っておらず、フェンスを数メー
トル移動しさえすれば、土地Aを返還することができます。返還したとしても、瀬名
波通信施設の基地機能に何ら支障はありません。これらの事実を基礎とすると、土地
Aの強制使用認定が、「必要性」、「適正且つ合理的」の要件を充たしていないこと
は明らかです。
 その他、本件各土地には、遊休化した施設内のもの、代替性の存する施設内のもの、
黙認耕作地、施設内外を区分するフェンスの内部に存するがそれに近接して所在する
もの等、それが返還されても基地機能に全く支障のない土地が多々存在しています。
それらの土地が使用認定要件を充たさないことが明白であることを付け加えます。
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第六 駐留軍用地特措法の違憲性
 一 法令違憲性について
  1 上告人は、本件訴訟において、駐留軍用地特措法は、平和的生存権を侵害す
   るものとして違憲であると主張しています。これに対し、原判決は「平和は抽
   象的概念」であって平和的生存権は具体力権利とはいえず、裁判規範性を有し
   ない旨判示し、被上告人も、同旨の反論をしています。
    確かに権利が裁判規範性を有するためには、その内容が特定され、具体性が
   なければならないことは当然です。しからば、「平和は抽象的概念」であって、
   平和的生存権は具体性を有していないといえるのでしようか。
    戦後五〇年余、日本国憲法が適用されてからでも二四年余の沖縄の歴史は、
   米軍基地という軍事力によって、県民の基本的人権が侵害され続けてきた歴史
   とでもいいうるものです。沖縄県民にとって、米軍基地の存在からくる生命や
   身体の危険性に脅えることなく、平穏に生活していくことは、生存の不可欠の
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   前提であり、具体的な要求であり、現実的な課題であります。平和は、決して
   抽象的な理念や目標ではないのです。
    日本国憲法の保障する平和的生存権は、軍事力によって、国民の生命が脅か
   されることのないようにするための具体的保障として、国民に付与された人権
   であり、例えば沖縄で発生しているような軍事基地被害を、生起せしめないよ
   うにするために定立された基本的人権だといえるのではないでしようか。その
   侵害に対しては、救済を求めることのできる裁判規範として規定されたものと
   解すべきであります。 平和的生存権は、「前文において平和の問題を理念だ
   けでなく人権としてとらえたこと自体によって、政策的に対抗できる何らかの
   人権の存在を承認している。さらに、その人権が、九条と結合することによっ
   て、平和的生存権の内容は特定化、具体化している。その平和的生存権は、九
   条違反の国家行為による三章の人権の直接的侵害行為に対抗する権利」として、
   その裁判的救済は当然に肯定すべきことである(樋口陽一編「講座憲法学2・
   主権と国際社会」所収の浦田一郎「平和的生存権」)、とする学説の指摘は、
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   まことに正当だと言えましょう。
  2 駐留軍用地特措法は憲法二九条三項の財産権の制約法理に違反するとの上告
   人の主張に対し、原判決は、日米安保条約が合憲であることを理由に、駐留軍
   用地特措法は違憲であるということはできないと判示しました。
    しかし、日米安保条約の合憲性が直ちに駐留軍用地特措法の合憲性を導くも
   のではないのです。
    憲法九条の非軍事による平和主義は、憲法体系の中核をなす基本原理であり、
   憲法上の他のすべての価値体系の基礎をなすものであるから、憲法二九条二項
   の「公共性」は非軍事による平和主義に抵触してはならないのです。
    日本国憲法制定にともなって改正された土地収用法において、旧法の筆頭に
   掲げられていた「国防ソノ他軍事ニ関スル事業」が「公共の利益」とは認めら
   れないとして削除されたことは、それを意味しています。その結果、自衛隊用
   地について強制使用するための根拠法令は存在しないのです。航空自衛隊那覇
   基地内に契約拒否地が強制使用されずに虫食い状態で点在していること、航空
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   自衛隊百里基地(茨城県所在)において、誘導路の中央付近に存在する契約拒
   否地のために、誘導路が「く」の字に曲がっていることは、その証左です。
    米軍が世界一の軍隊として、自衛隊をはるかに凌駕する軍事力を有している
   ことは明白です。そうであるならば、自衛隊用地に対する強制使用が公共性を
   もちえないこと以上により一層の強い理由をもって、米軍用地に対する強制使
   用は公共性をもちえず、憲法二九条三項に違反することは明らかだといわざる
   をえないのです。
 二 適用・運用違憲論について
  1 駐留軍用地特措法の適用・運用違憲の主張は、米軍基地重圧下によって苦悩
   や犠牲を強いられている沖縄の悲痛の叫びであり、実感であり、抵抗の表明で
   あります。
    しかるに原判決は、真正面からこの主張に答えることなく、判断を回避しま
   した。沖縄の「痛み」に思いを致さない原判決の本性が、はからずも露呈した
   ものと言えましょう。
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  2 復帰後、沖縄の米軍基地は、全土基地方式を採用したといわれる日米安保条
   約の下に組み込まれました。これにより、在沖米軍基地と本土の米軍基地とは、
   それらが存在する法的根拠において何ら異なるのもではありません。しかるに、
   依然として、沖縄に一極集中している状態は何ら解消されていないのです。
    戦後五〇年余に及び、県民の生存と生活の基盤を根底から破壊して存続して
   きた米軍基地による被害は、それが半世紀という長期問に及んでいるというだ
   けではありません。住宅地域に近接し、過度に集中して設置されている米軍基
   地の存在そのものが、必然的に基地被害を発生させているのです。沖縄の米軍
   基地被害は、それが制度的・構造的なものであるところに特徴があります。ま
   さに米軍基地は、沖縄における人権侵害、生活破壊の諸悪の根源なのでありま
   す。
    沖縄県民は、復帰後も依然として、米軍基地によって日常的に生命や身体の
   危険にさらされ、平穏な生活を破壊される等、平和のうちに生存し生活するこ
   とを著しく侵害されているのです。復帰後二三年間で刑法犯罪だけでも四七一
   六件も発生し、特別法犯罪を加えるとその数は激増します。さらに爆音被害、
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   自然環境の破壊、地域振興の阻害要因ともなっているのです。
    また、米軍用地のために所有地を強制使用された県民は、五〇年余が経過し
   た現在もなお、自らの意思に反して財産権を侵害されたままであります。財産
   権の侵奪にも等しい五〇年余の強制使用が、私有財産権を保障している日本国
   憲法のもとで許されるはずはないのです。
  3 駐留軍用地特措法に基づく本件立会・署名は、沖縄に、今後とも米軍基地を
   存続せしめ、固定せしめるための手続きの一環としてなされています。なぜ、
   半世紀以上も苦悩と犠牲を強いられた沖縄だけが、今後とも諸悪の根源たる米
   軍基地を背負い続けなければならないのでしょうか。沖縄における基地被害を
   防止するには、もはや発生源を断つ以外に方途はないのです。
    日本国憲法は、すべての国民に対し、平和的生存権、人格権、財産権等の基
   本的人権を保障し、平等原則をうたっておりますが、かかる沖縄の現状は断じ
   て憲法の容認しないところといわざるをえません。沖縄は決して憲法空白地帯
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   ではないのであります。
    最高裁判所が、憲法原則と沖縄の実情に立脚して、駐留軍用地特措法を沖縄
   に適用することは違憲である、と明解に判断されるよう要望します。
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第七 機関委任事務と地方自治の本旨
 一 行政の本質と責任
   昨年一〇月二一日の沖縄県民総決起大会において、上告人は、「行政の長とし
  て、一番大事な、幼い子供の人間としての尊厳を守ことができなかったことを、
  心からお詫び申し上げます」と謝罪致しました。この言葉は、参加者の胸を強く
  打ちました。これこそ、私たち県民の命と暮らしをあずかる知事だ、と感じまし
  た。この言葉の中に、行政の本質、責任を深く自覚する上告人の、真摯な姿勢を
  見ることができます。
   昨年九月、米兵による少女暴行事件が起きたとき、アメリカ政府がすみやかに
  謝罪の意を表したにも関わらず、日本政府は、被害者に対して、謝罪をしません
  でした。はじめて、日本政府が謝罪をしたのは、事件から六〇日も経った後でし
  た。
   いたいけな一人の少女の犠牲の上に、沖縄の米軍基地問題の深刻さが、全国民
  に知れ渡ったのです。そのかげに、少女の勇気があったことを忘れることが出来
  ません。現場検証の際、少女は次のように語ったとの事です。「私が話すことに
  より、二度と同じような事件が、起きないというのであれば、私は話します」と。
---------- 改ページ--------47
   ここには、他人の事を思いやる温かい心と告訴する勇気があります。被害者の
  その心情を思うと心が痛みます。
   事件から一〇か月がたちましたが、政府は、いまだに、被害者への補償も、被
  害者が立ち直るための援助も一切行っていません。被害者とその家族は、放置さ
  れたままなのです。
   いったい、これでいいのでしようか。言葉だけの謝罪で済まされるものなので
  しようか。上告人のとった行動と対比したとき、日本政府の対応に、ハッキリと
  した無責任さを見ない訳にはいきません。
 二 地方自治の本旨
   上告人は、苦渋の決断の末、本件立会・署名を拒否しました。これは、立会・
  署名を行うことが、米軍基地の維持・存続に繋がると判断したからであります。
   沖縄の米軍基地の現状は、耐えがたい程深刻なものとなっています。しかも、
---------- 改ページ--------48
  この現状は、「日本の平和と安全」の名の下に、さらに長期にわたり固定化され
  ようとしているのです。沖縄県知事として、県民の人権を守り、福祉を増進させ
  る責務を負う上告人が、これを許容できないことは、言うまでもないことです。
  上告人は、各面にわたって可能な限り、米軍基地被害を無くし、米軍基地の負担
  を軽減する諸策を講ずる責務を負っています。この事は、異論がないと思います。
   問題は、上告人が、どのような手段、方法を用いて、この責務を実現すべきか
  にあります。被上告人は、米軍基地の整理縮小・撤去は「政治」によるべきだと
  し、「立会・署名」拒否によるべきではない、と主張しております。果して、そ
  うなのでしょうか。
   上告人は、米軍基地が日米安保条約に根ざすものであり、米軍基地問題の解決
  が基本的に政治に委ねられるものであることを、十分認識しています。上告人は、
  その上で、沖縄の米軍基地問題を、すべて「政治の問題」と突き放してはいけな
  いと自覚しているのです。上告人は、地方公共団体の長として、自己の権限と責
  任により、解決しうる分野があること、本件立会・署名の問題こそ、まさに知事
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  の責任に属することと認識しているのです。この姿勢は、正しいと思います。
 三 知事の権能
   上告人は、機関委任事務の受任者である前に、地方公共団体の長であります。
  従って、憲法により、地方自治の本旨に従って自治行政を行う権能を有しており
  ます。この憲法上の権能を、下位の法規範である法律により制約することは、許
  されません。機関委任事務は、地方公共団体の長の憲法上の権能と調和するよう
  に執行されなければなりません。原判決が「地方自治の本旨に反するときには、
  機関委任事務の執行を拒否することができる」と判示したのは、極めて当然のこ
  とです。
   そこで、本件立会・署名が地方自治の本旨に反するか否かが問題となります。
   原判決は、上告人が立会・署名を行ったからと言って、「地方自治の本旨に反
  することは無い」と判断してしまいました。しかし、この判断には、重大な誤り
  があります。それは、立会・署名が強制使用手続の重要な一環であり、米軍基地
  を維持・存続させる役割を担っていると言う、動かし難い事実を無視した点にあ
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  ります。
   原判決は、立会・署名の持つ収用・使用手続上の直接的な効果にだけ、目を向
  けてしまいました。しかし、ここで良く考えて頂きたいのです。地方自治の本旨
  に反するか否かは、地方公共団体の長が行う総合的、行政的判断であり、立会・
  署名がもたらす結果を視野に入れた実質的判断だということであります。
   上告人が、立会・署名の直接的な法的効果に囚われることなく、立会・署名の
  結果生ずる強制使用という事態を視野において、立会・署名が地方自治の本旨に
  反すると判断したことは、法的に当然のことでありました。原判決が、立会・署
  名の結果生ずる強制使用という事態を視野に入れないで、地方自治の本旨に反し
  ないと判断したのは、法的判断を誤ったものと批判されなければなりません。
   本件各土地の強制使用という事態が、地方自治の本旨に反するか否かは、米軍
  基地の実態についての事実調べを行わなければ、到底判断しえない事柄なのです。
  上告人が主張するように、事実調べを行えば必ず、沖縄県民が抱える基地被害・
  負担が制度的・構造的なものであること、それ故に、米軍に基地を提供する政府
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  の行為が県民の人権と生活を侵害・破壊し地方自治の本旨を損なうものであるこ
  とが明らかになります。原判決には、この点で、明白な審理不尽の違法がありま
  す。
 四 収用手続きにおける地方自治の役割
   現行の土地収用法及び駐留軍用地特措法は、収用手続の一部を機関委任事務と
  し、地方公共団体の長の判断を介在させています。これは、強制収用・使用が当
  該地方公共団体に様々な影響を及ぼすものであることから、法が、収用手続に地
  方自治体の判断を介在させたものであり、十分合理的理由を有するものです。沖
  縄の今日の事態は、まさに、強制収用・使用を行う際に、地方公共団体の意向を
  汲むことが如何に重要であるかを教えるものです。
   強制収用・使用は、公共の利益に合致して初めて認められるものです。地方自
  治の本旨に反する強制使用は、もともと、許容されないものなのです。「公共の
  利益」あるいは「日本の平和と安全」の名の下に、国民の基本的人権を侵害した
  り、地方自治の本旨を侵害してはなりません。被上告人の主張する「公共の利益」
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  あるいは「日本の本旨を侵害してはなりません。被上告人の主張する「公共の利
  益」あるいは「日本の平和と安全」は、多数のために少数の者を犠牲にする「多
  数決の論理」そのものです。しかし、私たちは、知っています。どんなに多数決
  であっても、奪えないものがあること、それが国民の人権であり地方自治の本旨
  であることを。人類は、長い歴史の歩みの中で人権と地方自治の本旨が多数決で
  も奪えない普遍的、根源的価値を有することを証明してきました。
   地方公共団体の長が、収用・使用手続に関与するのは、憲法の精神に沿うもの
  であり、法的にも正しいことを指摘しておきます。
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第八 「公益侵害」要件の解釈と適用について
 一 地方自治法一五一条の二、一項の「放置することにより著しく公益を害するこ
  とが明らかである」という「公益侵害」要件は、旧地方自治法一四六条の職務執
  行命令訴訟の規定にはなく、一九九一年改正の際に付け加えられたものでありま
  す。その立法趣旨が地方自治体の長本来の自主独立性を尊重し、代行できる場合
  を限定しようとするものであることはいうまでもありません。
   地方自治の尊重とその推進は、一九九五年の地方分権推進法の制定にも見られ
  るように、近時の我が国立法の流れでありまして、職務執行命令訴訟制度の重要
  な柱のひとつとされる地方自治体の長本来の自主独立性の要請は、従前にも増し
  て強調される必要があります。
   「公益侵害」要件の解釈及び適用にあたっては、このことが十分に考慮されな
  ければなりません。
 二 上告人は、原審において、このような基本的な立場から、法のいう「公益」概
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  念は、地方自治の本旨を十分に踏まえて把握すべきであり、地方公共団体及び住
  民の利益、住民の基本的人権の保障という観点からする公益性も考慮の内に入れ
  ることが必要不可欠であり、その上で、「公益」性の有無、「公益侵害」の有無
  及び程度を、被上告人の主張する「公益」の内容と比較較量したうえで総合的に
  判断すべきであると主張してきました。
   そしてまた、このような比較較量判断もしくは総合考慮判断を正しく行うため
  には、米軍基地の実態にかかわる様々な事実関係の審理及び判断が必要不可欠で
  あることも強調してきたところであります。
   しかしながら、原判決は、「公益」について、「当該国の事務の管理執行を都
  道府県知事に委任している当該法令が右事務の管理執行により、保護実現しよう
  としている公的な利益」(二六〇頁)と狭く解した上で、立会・署名の拒否が、
  結局は「条約上の義務を履行する可能性を完全に奪う」ことになるとして、知事
  の立会・署名拒否をもって直ちに「公益侵害」要件を充たすとしたのであります。
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   立会・署名拒否が、その後における駐留軍用地特措法の手続に支障をもたらす
  ことは当然であります。もし、原判決のように「公益」を理解するならば、「公
  益侵害」要件は実質上無意味となることは明らかであります。
   原判決のとる「公益」の解釈によれば、機関委任事務の執行における知事の義
  務違反は全て職務執行命令の対象となってしまいます。これでは代行の趣旨を限
  定するために設けられた「公益侵害」要件の存在意義は完全に失われることにな
  るのは自明の理であります。
   また、「公益侵害」要件の該当性についての司法審査自体もその必要がなくなっ
  てしまいます。
   「公益侵害」要件は、原判決の言うように、「当該事務の管理執行により、保
  護、実現しようとする利益」が実現できないことそれ自体を指すものでなく、そ
  のことによって客観的かつ現実に公益に対する著しい障害が生じていることを指
  すものと解すべきであります。このように解してこそ、「公益侵害」要件は、要
  件としての独自の意義が承認されるのであります。
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   裁判所としては、「公益侵害」要件を充たすか否かにかかわって、上告人によ
  る立会・署名拒否の結果、どのような公益侵害が生じたか、それが著しくかつ明
  らかであるかについて、本件で対象となっている駐留軍用地との関係において、
  個別的・具体的に審理・判断すべきであります。
   しかしながら、原審は、「公益侵害」要件の法的内容を誤って理解した結果、
  法的に求められる必要な判断を行わなかったばかりか、一件記録に明らかなとお
  り、この点に関する審理を一切拒絶したのであります。
 三 「公益」概念は、地方自治体及びその住民の利益さらには住民の基本的人権の
  保障を内容とし、ひろく国民の公共利益の実現という立場から判断されるべきで
  あります。
   「公益」をこのようにとらえるならば、米軍基地の重圧に苦しむ「沖縄の痛み」
  を軽減することこそ、国民的合意として形成されつつある「公益」の重要な内容
  であるといえるのではないでしょうか。
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 四 「公益侵害」要件の適用にあたっては、被上告人の主張する公益内容と米軍基
  地のもたらしている被害実態等々との比較較量判断が必要であるとの原審以来の
  上告人の主張に対して、被上告人は、比較較重論は、何ら明文の根拠のない独自
  の見解であるといいます。
   しかし、比較較量論という法解釈の手法は必ずしも明文の根拠を必要とするも
  のではありません。
   法解釈における比較較量論は、一般条項あるいは不確定概念の解釈適用にあたっ
  て、実質的ないし具体的妥当性あるいは具体的公平性といった法の理念を具体的
  事案において実現するためにとられる解釈手法のひとつであり、法の明文の根拠
  を要するものとはいえません。
   「公益」とは、すなわち統治主体たる国の利益としての「国益」のみを指すも
  のであると解するならば、比較較量は必要ないとする被上告人の主張もあたって
  いましょう。しかし、「地方自治の本旨」に基づいて、「地方公共団体における
  民主的にして能率的な行政の確保を図るとともに、地方公共団体の健全な発達を
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  保障すること」を目的(地方自治法一条)とする地方自治法の「公益」概念が、
  いわゆる「国益」のみを意味するものとは到底考えられません。
   比較較量論は誤りとする被上告人の主張は、結局のところ、「公益」を「国益」
  にすりかえた国益絶対優越論を唱えるものにほかならないのでありまして、日米
  安保条約の故に沖縄県民の人権や利益は犠牲にされても当然であるということを
  言いかえたにすぎません。
 五 重要なことは比較較量ないしは総合考慮にあたっての基本的視点です。
   「公益」概念をひろく前述のようにとらえるならば、この場合の比較較量が
  「国益」と地方自治体及びその住民の利益のどちらが優越的価値を有するかとい
  う表面的な較量(フェイシャル・バランシング)であってはならないことは当然
  であります。
   「公益侵害」要件の適用に際して求められる比較較量は、あくまでも沖縄基地
  が生み出している諸事実を踏まえて具体的になされるべきであります。長期にわ
  たる基地被害、基地被害の深刻さ、このことによる基本的人権の侵害等々につい
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  ての具体的検討がどうしても必要であります。法が、「公益侵害」のみならず、
  侵害の顕著性、明白性を必要としていることからもこのことは当然であります。
   原判決は「公益侵害」要件の解釈適用にあたって、沖縄の基地の実態を法的な
  判断枠組みから排除したものであるが、このような原判決の判断は、基地の現状
  の維持と固定化を図る論理そのものであるとして強く批判されなければならない
  のであります。
   最高裁判所が、上告人の主張する右に述べたような立場にたって、「公益侵害」
  要件について、改めて正しい解釈基準を定立し、本件における妥当な適用を行う
  よう求めるものであります。
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第九 弁論を終えるにあたって
 一 これまで上告理由の要点について、こもごも開陳致しました。これで先に提出
  した上告理由書とあわせて、上告理由の正当性が十分明らかになり、原判決は直
  ちに破棄されなけれはならないことが、あますところなく論証されたことと思料
  致します。
   最後に、最高裁判所への要望をかいつまんで申し述べたいと思います。
 二 沖縄は、日本のなかにおいて、これまでずっと日本であって日本で無きが如く、
  特殊の取扱いを受けてきました。はっきり言えば、一貫して差別と抑圧のもとに
  おかれてきたといって過言ではありません。
   かつて琉球王国であった沖縄が、日本の版図に組み込まれ、日本の一員として
  近代日本の歩みをはじめた明治一二年(一八七九年)の琉球処分以来、日本政府
  の沖縄政策は、強権的であり、差別的であり、非民主的・非人道的なものであり
  ました。
   第二次世界大戦末期の沖縄戦において、本土防衛・国体護持のための捨て石作
  戦により、日本軍による住民虐殺、「集団自決」等この世のこととも思えない阿
  鼻叫喚の地獄絵図が現出したのは、その集約された結末というべきものでありま
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  した。
   戦後、日本が占領状態から脱して独立した際、その独立をもたらした当の平和
  条約(三条)によって、沖縄は日本から切り離され、アメリカ合衆国の占領状態
  が継続され、引き続き軍事植民地的支配下におかれたのですが、これは、戦後の
  民主的・平和的な新しい歩みをはじめたはずの、日本政府による極めて顕著な沖
  縄差別政策といわなければなりません。
   一九七二年に実現をみた施政権返還も、沖縄県民の「核も基地もない平和な沖
  縄」という願いとは裏腹に、巨大な米軍基地の存続とこれが必然的にもたらすさ
  まざまな基地被害、基地の重圧を、一方的に県民に押し付けるという措置であり
  ました。
   ですから、沖縄ではしばしば、明治の琉球処分から数えて、平和条約三条によ
  る分断措置を第二の琉球処分、一九七二年の施政権返還を第三の琉球処分といい、
  日本政府の沖縄への差別的取扱いを非難、弾劾しています。
   原審裁判所が、法の趣旨をねじ曲げ、従来の最高裁判例に反してまで、沖縄の
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  実態に目もくれず、事実と道理にもとづく真撃な上告人の主張をしりぞけた形式
  的判断で上告人敗訴の判決を下したとき、期せずして、激しい非難の声が上がり
  ました。
 三 この原判決の誤った判断を正すために、この最高裁判所大法廷が存在し、今日
  の弁論が行われています。いま、司法は正義を実現するもの、人々の人権を擁護
  するもの、少なくとも日本国憲法の適用される日本国内では、そして日本人同士
  の間では、あまねく法の精神、憲法の恩恵、自由の恵沢を等しく行きわたらせる
  ものであることを、はっきりと示すべきだと思います。
   戦後五〇年以上にもわたって、差別と忍従・屈辱のもとに呻吟させられてきて
  いる沖縄県民の状態を、正義を旨とする法の名において、平然としているような
  ことは、あまりにも異常であり、直ちに改められるべきであります。
   日本の司法に対しては、従来内外から二つの相異なる評価が加えられています。
  一つは、清廉潔自で緻密な司法というプラスの評価です。しかし、もう一つは、
  司法の独立がない、とくに行政権力への追随が目にあまり、法の支配が徹底され
  ず、司法の自主性・自立性・独立性が放棄されているというマイナスの批判的評
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  価です。
   三好達裁判長以下、この国の司法の窮極の担い手であられる一五名の権威ある
  最高裁判所裁判官が、世にある司法への批判に対し、それが誤りであることを、
  この際、明確に表示していただくことを念願しています。
 四 沖縄は、どんな困難な事態に立至ろうとも、「命どぅ宝」「イチャリバチョー
  デー」(行き逢えば皆兄弟)の精神をもって、非人道的措置には絶対に与するこ
  となく、人間の道、自主・自立の道、全人類的価値を体現する道を目指して歩み
  続けるでありましよう。
   最高裁判所が、長い人類の歩みのなかから形成されてきた普遍的価値、この国
  の最高法規である日本国憲法の原理・原則、とくに司法に課されたその時々の政
  治行政権力の動向に左右されない長期的視野に立った理念や任務を忠実に遂行し
  て、上告人の主張に理解を示し、原判決破棄の明解な判決を下されるよう、心か
  ら要望するものであります。

runner@jca.or.jp