地方自治法一五一条の二第三項の規定に基づく職務執行命令裁判請求事件

                原 告   内閣総理大臣
                被 告   沖縄県知事

          第 一 準 備 書 面

平成八年八月一六日

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                右原告指定代理人
                      貝阿彌   誠
                      江 口 とし子
                      篠 原   睦
                      田 村 厚 夫
                      小 澤   毅
                      林     督
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                      地 引 良 幸
                      千 田   彰
                      内 山   孝
                      西 村 和 敏
                      里 吉   勝
                      石 坂 芳 修
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                      河 原   泉
                      小 竹 秀 雄
                      世 利 隆 司
                      高 岡 辰 榮
                      大 石   毅

福岡高等裁判所那覇支部 御中

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      略 語 例
 

日米安保条約     日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約

地位協定       日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約
           第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍
           隊の地位に関する協定
駐留軍用地特措法   日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約
           第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍
           隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する
           特別措置法
本件各土地      訴状別紙物件目録記載の各土地
本件公告縦覧の手続  沖縄県収用委員会が那覇防衛施設局長から受理した本件各土
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           地に係る駐留軍用地特措法一四条一項、土地収用法四○条一
           項の規定による裁決申請書及びその添付書類並びに明渡裁決
           申立書及び駐留軍用地特措法一四条一項、土地収用法四七条
           の三第一項の規定による書類に関する公告縦覧の手続
本件各市町村長    訴状別表の「市町村長名」欄記載の各市町村長
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一 公告縦覧の手続の代行について
 1 都道府県知事の義務であることについて
 (一) 土地収用法四二条一項は、収用委員会は、同法四〇条一項の規定による裁決
   申請書及びその添付書類を受理したときは、市町村別に当該市町村に関係があ
   る部分の写しを当該市町村長に送付しなければならないと規定し、同法四二条
   二項は、市町村長は、同条一項の書類を受け取ったときは、直ちに、裁決の申
   請があった旨及び同法四〇条一項二号イに掲げる事項(収用し、又は使用しよ
   うとする土地の所在、地番及び地目)を公告し、公告の日から二週間その書類
   を公衆の縦覧に供しなければならないと規定している。
    また、同法四七条の四第一項は、収用委員会は、同法四七条の三第一項の書
   類(明渡裁決の申立てに係る書類)を受理したときは、市町村別に当該市町村
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   に関係がある部分の写しを当該市町村長に送付しなければならないと規定し、
   同法四七条の四第二項は、同法四二条二項の規定を準用している。
    これらの規定による公告縦覧の手続の趣旨、目的は、次のとおりである。
  (1) 土地収用法四三条一項(同法四七条の四第二項により、明渡裁決の申立て
    にも準用される。)は、同法四二条二項の規定による公告があったときは、
    土地所有者及び関係人(同法八条三項)は、同法四二条の縦覧期間内に収用
    委員会に意見書を提出することができると規定し、同法四三条二項(同法四
    七条の四第二項により、明渡裁決の申立てにも準用される。)は、同じく、
    準関係人(仮処分をした者その他損失の補償の決定によって権利を害される
    虞のある者)は、収用委員会の審理が終わるまでは、損失の補償に関して収
    用委員会に意見書を提出することができると規定している。
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     このように、公告縦覧の手続は、土地所有者、関係人及び準関係人に対し、
    意見書を提出する機会を付与する。
  (2) 公告縦覧の手続は、裁決の申請や明渡裁決の申立てがあったことを広く一
    般に知らせるから、隠れた真の権利者の発見に資する。
  (3) 同法四五条の二は、収用委員会は、同法四二条二項に規定する縦覧期間経
    過後、遅滞なく、裁決手続の開始を決定してその旨を公告し、申請に係る土
    地を管轄する登記所にその土地及びその土地に関する権利について裁決手続
    開始の登記を嘱託しなければならないと規定している。裁決手続開始の登記
    がされると、その登記後に権利を承継した者、差押え、仮差押え、仮処分の
    執行をした者等は起業者(駐留軍用地特措法の下では防衛施設局長)に対抗
    することができなくなる(同法四五条の三第一項)。
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     したがって、裁決の申請に関する公害縦覧の手続には、このような処分制
    限効を予告する意味がある。
 (二) 右のとおり、裁決の申請及び明渡裁決の申立てに関する各公告縦覧の手続は、
   裁決手続を進める上で重要な意義を有しており、公告縦覧の手続が行われない
   と、収用委員会の審理が開始されない(土地収用法四六条一項)。
    そして、土地収用法は、意見書の提出を促し、隠れた真の権利者を発見する
   ために公告縦覧をするには、地理的にみて当該市町村長にゆだねることが確実
   で効果的であることから、同法四二条二項(同法四七条の四第二項により、明
   渡裁決の申立てにも準用される。)において、「市町村長は、・・・裁決の申
   請があった旨・・・を公告し、・・その書類を公衆の縦覧に供しなければなら
   ない」と規定し、公告縦覧を関係市町村長の義務としている。
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 (三) 土地収用法四二条四項(同法四七条の四第二項により、明渡裁決の申立てに
   も準用される。)は、市町村長が書類を受け取った日から二週間を経過しても
   公告縦覧の手続を行わない場合、同法二四条四項の規定を準用し、都道府県知
   事が、起業者(駐留軍用地特措法の下では防衛施設局長)の申請により、当該
   市町村長に代わって公告縦覧の手続を行うことができるとしている。
    そして、市町村長が公告縦覧の手続を行わないときの公告縦覧の方法として
   は、都道府県知事の公告縦覧の代行のみが規定されており、収用委員会が自ら
   公告縦覧を行うというような他の公告縦覧の方法は規定されていない。なお、
   駐留軍用地特措法の下においても、特段他の公告縦覧の方法は規定されていな
   い。
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    ちなみに、この土地収用法四二条四項、二四条四項の規定が置かれる前は、
   市町村長により公告縦覧の手続が行われない場合には、都道府県知事は市町村
   長に対し職務執行命令訴訟を提起する以外に方法がなかったが、それでは時間
   がかかりすぎるため、昭和三九年法律第一四一号による改正により右の都道府
   県知事の代行の規定が置かれた。
 (四) 以上のような公告縦覧の手続の趣旨、目的、公告縦覧は市町村長にとっては
   義務であること、都道府県知事の代行に代わる公告縦覧の手続はないこと、公
   告縦覧の代行の規定は収用又は使用の手続を促進するために置かれたことから
   すると、都道府県知事が公告縦覧の手続を代行することはその義務である。
    なお、一般に、法令がある機関について「・・・することができる。」とい
   う文言を用いた場合、その法令の趣旨は当該機関の権限を定めることにあるこ
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   とが多く、土地収用法二四条四項の「都道府県知事は、・・・当該市町村長に
   代わってその手続を行なうことができる。」という文言も、単に都道府県知事
   に公告縦覧を代行する権限があることを示すものにほかならない。
 (五) もっとも、公告縦覧が都道府県知事の義務であるとしても、都道府県知事は、
   自ら公告縦覧の手続を代行するほか、市町村長に対し公告縦覧の手続を行うよ
   う指揮監督権を行使する(地方自治法一五〇条)ことも考えられる。
    しかし、市町村長が公告縦覧の手続を行うことを明確に拒否している場合に
   は、都道府県知事が地方自治法一五〇条に基づき指揮監督権を行使したとして
   も市町村長による公告縦覧が行われる可能性はないから、一義的に、都道府県
   知事が自ら公告縦覧の手続を代行すべき義務が生じる。本件は、この場合であ
   る。
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 2 機関委任事務であることについて
 (一) 国の機関委任事務とは、国の事務であって、「法律又はこれに基く政令」の
   定めるところにより普通地方公共団体の長等が管理、執行する事務である(地
   方自治法一四八条)。
    したがって、具体的な事務が国の機関委任事務に該当するか否かは、法律又
   はこれに基づく政令の定めによって決定されるが、その際、当該法令の趣旨、
   文言、当該事務の性質等を総合勘案することになる。
 (二) そもそも、公共の利益を増進するために憲法上保障された財産権を収用する
   源は国の統治権にあるから、収用権は本来国家に専属する。
    土地収用法によれば、土地を収用又は使用するには、起業者が、建設大臣等
   による事業の認定を受けた上で、収用委員会に収用又は使用の裁決を申請し、
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   権利取得裁決及び明渡裁決を得ることとなっている。このうち、事業の認定は、
   国又は都道府県が起業者である事業等については建設大臣が行い、それ以外の
   事業については都道府県知事が行うが、事業の認定は、すべての者に対し公平
   にされなければならないから、統一的、一元的に行われなければならない。し
   たがって、事業の認定の事務は、都道府県知事が行う場合であっても、国の機
   関委任事務であり、このことは、地方自治法一四八条二項、別表第三、一、
   (百八)の明示するところである。また、裁決の最も重要な機能は憲法二九条
   三項にいう「正当な補償」の決定であり、これもすべての者に対し公平にされ
   なければならず、統一的、一元的に処理されなければならない。したがって、
   裁決事務も国の機関委任事務である。
    そして、事業の認定及び裁決以外の事務は、いずれもこれらの事務に付随す
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   る事務であるから、都道府県知事のする収用事務はいずれも国の機関委任事務
   である。
 (三) 駐留軍用地特措法は、駐留軍の用に供する土地等の使用又は収用に関し規定
   する法であり、土地収用法の特別法である。したがって、駐留軍用地特措法に
   ついても右の趣旨が妥当し、駐留軍用地特措法に基づき都道府県知事のする事
   務は、国の機関委任事務である。
    そして、地方自治法一四八条三項、別表第四、二、(一の五)は、「日本国
   とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び
   区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等
   の使用等に関する特別措置法・・・の定めるところにより、・・・裁決申請書
   ・・・を公告し、縦覧に供」することを市町村長が管理、執行しなければなら
   ない機関委任事務としている。
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    そうすると、この手続を都道府県知事が代行する事務も当然国の機関委任事
   務である。
 3 主務大臣が内閣総理大臣であることについて
   地方自治法一五〇条及び同法一五一条の二にいう「主務大臣」とは、国の特定
  の行政事務の遂行について権限を持つ大臣、換言すると、国の特定の行政事務を
  普通地方公共団体の長に委任する法令を所管する大臣である。本件における公告
  縦覧の手続の代行事務は、駐留軍用地特措法一四条一項、土地収用法四二条四項
  (同法四七条の四第二項により準用される場合を含む。)、二四条四項の規定に
  基づく機関委任事務であるから、その「主務大臣」は、駐留軍用地特措法を所管
  する大臣である。
   防衛庁設置法によれば、防衛庁の所掌事務として、駐留軍の使用に供する施設
  及び区域の決定、取得及び提供に関することが掲げられ(五条二五号)、その権
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  限として、駐留軍に対して施設及び区域を提供することが掲げられている(六条
  一四号)し、防衛施設庁の所掌事務及び権限としても同様の事務が掲げられてい
  る(四二条、四三条)。そして、防衛庁は、総理府の外局であり(国家行政組織
  法三条二項ないし四項、別表第一、防衛庁設置法二条)、防衛施設庁は防衛庁に
  置かれている(国家行政組織法三条三項ただし書、四項、別表第一、備考、防衛
  庁設置法三九条)ところ、総理府の長は内閣総理大臣である(国家行政組織法五
  条一項)から、駐留軍用地特措法を所管する大臣は、総理府の長たる内閣総理大
  臣である。このことは、駐留軍用地特措法四条二項において「使用認定申請書及
  び収用認定申請書の様式は、総理府令で定める。」、同法一三条一項において
  「・・・総理府令で定める引渡調書を作成しなければならない。」と規定されて
  いることによっても明らかである。
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   なお、駐留軍用地特措法一四条一項は、同法に特別の定めのある場合を除くほ
  か、「土地収用法の規定・・・を適用する。」と規定している。しかし、これは、
  駐留軍の用に供する土地等の使用又は収用が公共の利益となる事業に必要な土地
  等の使用又は収用と類似することから、立法技術上、土地収用法の規定を適用す
  ることにしたにすぎず、土地収用法の規定が適用される処分又は手続を含めて、
  駐留軍の用に供する土地等の使用又は収用については、駐留軍用地特措法がすべ
  て規定している。したがって、同法一四条一項によって適用される土地収用法の
  規定に基づく事務であるからといって、「主務大臣」が駐留軍用地特措法を所管
  する大臣以外の大臣に変わるものではない。
二 本件訴訟における裁判所の審査の範囲・方法について
 1 本件訴訟は、地方自治法一五一条の二第三項の規定に基づく職務執行命令訴訟
  であり、行政事件訴訟法六条にいう機関訴訟に属する。すなわち、本件訴訟は、
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  国の機関である内閣総理大臣と国の機関である沖縄県知事との間における機関委
  任事務上の権限の行使に関する紛争についての訴訟であって、権利主体間の具体
  的な権利義務ないし法律関係の存否に関する訴訟ではない。
   このように、本件訴訟の特質は、「法律上の争訟」(裁判所法三条一項)に当
  たらない行政権の内部的な行為(職務執行命令)の適否について、裁判所が審理・
  判断をするところにある。このような訴訟における裁判所の審査について、最高
  裁判所昭和三五年六月一七日第二小法廷判決(民第一四巻八号一四二〇ページ)
  は、地方公共団体の長の地位の自主独立性の尊重と国の指揮監督権の実効性の確
  保との調和を図る観点から、「職務執行命令訴訟において、裁判所が国の当該指
  揮命令の内容の適否を実質的に審査することは当然」であるとする一方、「裁判
  所が実質的に審査するについては、司法審査固有の審判権の限界を守ることはい
  うまでもない」と判示する。
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   そこで、右の審査の範囲・方法が問題となる。
 2 本件訴訟において、裁判所は、原告がした本件職務執行命令の適否について審
  査するが、右職務執行命令が適法であるというためには、原告がした本件勧告、
  命令が地方自治法一五一条の二第一項に規定する要件を具備していなければなら
  ない。
   地方自治法一五一条の二第一項は、勧告、命令の要件として、 (1)都道府県知
  事が国の事務の管理若しくは執行について法令の規定若しくは主務大臣の処分に
  違反するか、又はこれを怠ること(以下「法令若しくは処分違反又は職務懈怠の
  要件」という。)、 (2)同条一項から八項までに規定する措置以外の方法によっ
  て右の法令若しくは処分違反又は職務懈怠の是正を図ることが困難であること
  (以下「補充性の要件」という。)、 (3)右の法令若しくは処分違反又は職務懈
  怠を放置することにより著しく公益を害することが明らかであること(以下「公
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  益侵害の要件」という。)、を挙げている。
   そこで、右の各要件について、以下検討する。
 3 「法令若しくは処分違反又は職務懈怠の要件」について
 (一)(1) 本件の場合、「法令違反又は職務懈怠の要件」の存否は、駐留軍用地特
    措法一四条一項、土地収用法四二条四項、二四条四項(以下においては、駐
    留軍用地特措法一四条一項により適用される土地収用法の規定のみを掲げ
    る。)及び土地収用法四七条の四第二項、四二条四項、二四条四項の各規定
    に基づき、被告が本件公告縦覧の手続を代行する義務を負うか否かによって
    決せられる。
     そして、本件訴訟において、裁判所は、被告が本件公告縦覧の手続の代行
    義務を履行するに際して審査権限を有する限度において、被告が右義務を負
    うか否かを審査すれば足りる。なぜならば、本件訴訟は、行政権の内部的な
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    行為である職務執行命令の適否を判断する訴訟であるから、当該職務執行命
    令を受けた被告は、本件訴訟において、公告縦覧の手続の代行義務を履行す
    るに際して有する審査権限の範囲内においてのみ、公告縦覧の手続の代行義
    務の存否を争うことができるにとどまり、自ら審査権限を有しない事項を主
    張して職務執行命令の適否を争うことは許されないからである(東京地裁昭
    和三八年三月二八日判決・行裁例集一四巻三号五六二ページ参照)。
  (2) そこで、被告の右審査権限の範囲について検討する。
     一般的に、「およそ法律が特定の行政機関に一定の職務権限を付与した場
    合には、原則としてその職務権限は当該機関に専属し、その上級行政機関が
    その指揮監督権をもってこれに介入する以外には、他の行政機関はその職務
    権限の行使に介入することができないのである。そして右行政機関がその職
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    務権限を行使するに当つて法律上一定の事項について判断することを要求さ
    れている場合には、その行政機関のみが当該事項についての判断権を有し、
    他の行政棲関は、右の行政接関が法律によつて与えられた権限の行使として
    一定の判断のもとに特定の行為をした場合において、右判断を誤りであると
    し、当該行為を法律に違反するものとすることはできない・・・そうでない
    と、法律がそれぞれの行政機関に対して各別の職務権限を付与し、各行政機
    関をその与えられた事項に関する限り唯一の責任ある決定機関とした趣旨は
    没却されるのであつて、このような権限の相互的尊重は、権限の分属に伴う
    不可欠の要請である」(前掲東京地裁昭和三八年三月二八日判決)からであ
    る。そして、このように解して初めて、行政は、組織全体として統一的に、
    しかも迅速、的確かつ能率的に、その目的を達成することができることとな
    る。
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     さらに、駐留軍用地特措法による土地等の使用又は収用の手続についてみ
    ると、右手続は、内閣総理大臣による土地等の使用又は収用の認定の手続と
    収用委員会による裁決手続とに大別され、市町村長による裁決申請書等に関
    する公告縦覧は、裁決手続の一環をなすが、その意義は、前記一、1、(一)
    記載の趣旨、目的のために収用委員会が一応適式と認めて受理した書類を一
    般に公示することにあり、かつ、これに尽きる。右は、都道府県知事が市町
    村長の公告縦覧の手続を代行する場合においても同様である。
     しかして、「一般に関係人の参加する審理手続を経て、そこにおいて提出
    された資料および意見に基づいて審決がなされるという構造をとる行政手続
    においては、関係人に対する審判の対象たる事項の告知は、それ自体として
    はもとより手続における重要な要素をなす行為であるが、右行為が審判手続
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    全体を主宰し、審決を下す職責と権限を有する行政機関と別個の機関に委ね
    られているときは、後者の機関は、原則として審判手続全体からみれば従た
    る地位を占めるにすぎず、前者すなわち審判機関そのものと同様の比重を有
    するものではない」、「したがって後者が前者から告知手続を求められた場
    合には、後者は、それが権限ある審判機関からの要求であり、かつ、その要
    求行為自体が法規に適合している限り、審判の請求が違法で、ほんらい審判
    手続を開始すべからざる場合であるのにこれを開始した不適法があるかどう
    かとか、その他審判手続自体が適法であるか不適法であるかとかを問うまで
    もなく、要求にかかる告知を行なうべき義務がある」(前掲東京地裁昭和三
    八年三月二八日判決)。
     右の理は、本件の収用委員会と市町村長との関係においても別に解すべき
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    理由はない。土地収用法は、意見書の提出を促し、隠れた真の権利者を発見
    するために公告縦覧をするには、地理的にみて当該市町村長にゆだねること
    が確実で効果的であることから、公告縦覧を関係市町村長の義務としたもの
    であり、公告縦覧の段階において使用の認定の手続や裁決手続の適否ないし
    効力の有無につき関係市町村長に判断をさせようとしたとは解されない。こ
    れは、都道府県知事が公告縦覧の手続を代行する場合でも同様である。
  (3) したがって、被告が本件公告縦覧の手続の代行義務を履行するに際して審
    査することができる範囲は、 (1)沖縄県収用委員会から読谷村長のもとに本
    件各書類が送付されたこと、 (2)本件各書類が土地収用法四〇条一項の規定
    による裁決申請書及びその添付書類並びに同法四七条の三第一項の書類のう
    ち読谷村に関係がある部分の写しであること、 (3)読谷村長が本件各書類を
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    受け取った日から二週間を経過しても公告縦覧の手続を行わなかったこと、
     (4)那覇防衛施設局長が被告に対し本件各書類に係る公告縦覧の手続の代行
    を申請したことに限定され、裁判所の審査の範囲も右の範囲に限定される。
     右の反面として、原告(内閣総理大臣)の土地の使用の認定の適否ないし
    効力の有無は、裁判所の審査の対象とならない。
 (二) なお、被告が地方自治法一五〇条の指揮監督に従わないことをもって「処分
   違反又は職務懈怠の要件」を充足するとみる場合には、被告の審査の範囲は、
   (一)(3)の (1)ないし (4)の各事項のほかに、 (5)公告縦覧の手続の代行事務
   が機関委任事務であること、 (6)内閣総理大臣が被告に対し本件各書類に係る
   公告縦覧の手続の代行を指示したことが加わるにすぎず、裁判所の審査の範囲
   も右の範囲に限定される。
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 4 「補充性の要件」について
   裁判所の審査の範囲・方法がとくに問題となる点はない。
 5 「公益侵害の要件」について
 (一) 我が国は、日米安保条約六条及び地位協定二条一項に基づき、米国に対し、
   我が国の安全及び極東における国際の平和と安全の維持に寄与する駐留軍のた
   めに施設及び区域の使用を許すべき義務を負っており、個々の施設及び区域に
   関する協定は、日米合同委員会を通じて両政府が締結することになっているこ
   と、本件各土地は、日米合同委員会が合意した右施設及び区域に含まれること、
   本件公告縦覧の手続が行われないと裁決手続等が進められず、その結果、国は、
   収用委員会における審理及び裁決を経ないで、本件各土地の使用権原を取得す
   る可能性を奪われることになること、以上は訴状で述べたとおりである。
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 (二) そこで、原告は、右の義務を履行するために本件各土地について使用権原を
   取得し駐留軍用地として提供することが「公益」を実現するし、本件公告縦覧
   の手続が行われないことを「放置することにより著しく公益を害することが明
   らかである」と認定判断して、本件勧告、命令をした。
    原告の右「公益侵害の要件」に関する認定判断は、我が国の外交政策及び防
   衛政策の基本にかかわるものであって、高度の政治性を有するから、原告(内
   閣総理大臣)の広範で政治的な裁量にゆだねざるを得ない。
    したがって、裁判所は、原告の右の認定判断に裁量権の範囲の逸脱、濫用が
   あった場合に限りこれを違法とすることができるにすぎず(行政事件訴訟法三
   〇条参照)、裁判所が、「公益侵害の要件」の存否につき、原告と同一の立場
   から審理を行い、原告に代わって独自に「公益侵害の要件」について認定判断
   することはできない(裁判所が原告に代わって右の認定判断をすることは、前
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   記最高高裁判所昭和三五年六月一七日第二小法廷判決がいう「司法審査固有の
   審判権の限界」を遵守しないことになる。)。しかも、右裁量権の範囲の逸脱、
   濫用の有無を判断するに当たっては、前記のとおり高度の政治性を有するとい
   う事柄の性質上、慎重な配慮が必要である。そうだとすると、原告の「公益侵
   害の要件」に関する認定判断について、政治的な当不当が問題となることはあっ
   ても、裁量権の範囲の逸脱、濫用とされることはほとんどあり得ないというべ
   きである(なお、最高裁昭和三四年一二月一六日大法廷判決・刑集一三巻一三
   号三二二五ぺージ、最高裁昭和三五年六月八日大法廷判決・民第一四巻七号一
   二〇六ぺージ、最高裁昭和四四年四月二日大法廷判決・刑集二三巻五号六八五
   ページ参照)。