公告縦覧拒否訴訟(楚辺通信所)

被告(沖縄県)   第四準備書面



平成八年(行ケ)第一号
職務執行命令裁判請求事件

    被 告 第 四 準 備 書 面

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平成八年(行ケ)第一号
職務執行命令裁判請求事件

                    原 告   内 閣 総 理 大 臣
                          橋  本  龍 太 郎

                    被 告   沖 縄 県 知 事
                          大  田  昌   秀


    被 告 第 四 準 備 書 面


一九九六年九月九日
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                        右被告訴訟代理人
                         弁護士  中 野 清 光
                          同   池宮城 紀 夫
                          同   新 垣   勉
                          同   大 城 純 市
                          同   加 藤   裕
                          同   金 城   睦
                          同   島 袋 秀 勝
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                          同   仲 山 忠 克
                          同   前 田 朝 福
                          同   松 永 和 宏
                          同   宮 國 英 男
                          同   榎 本 信 行
                          同   鎌 形 寛 之
                          同   佐 井 孝 和
                          同   中 野   新
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                          同   宮 里 邦 雄

                    右被告指定代理人  又 吉 辰 雄
                          同   粟 国 正 昭
                          同   宮 城 悦二郎
                          同   大 浜 高 伸
                          同   垣 花 忠 芳
                          同   山 田 義 人
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                          同   比 嘉   博
                          同   兼 島   規
                          同   比 嘉   靖
                          同   謝 花 喜一郎

福岡高等裁判所那覇支部 御中

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   目   次

第一 代理署名訴訟に関する最高裁判決批判 ・・・・・・・・・・・・・・・・一
 一 最高裁判決の基本的問題点 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一
 二 最高裁判決の判示した各論点の問題点 ・・・・・・・・・・・・・・・一一
  1 駐留軍用地特措法の法令違憲について ・・・・・・・・・・・・・・一一
  2 駐留軍用地特措法の適用違憲について ・・・・・・・・・・・・・・一三
  3 使用認定の適否の審査について ・・・・・・・・・・・・・・・・・一六
  4 駐留軍用地特措法、土地収用法の定める手続の適法な履践 ・・・・・二〇
 三 最高裁判決が直接触れなかった上告理由 ・・・・・・・・・・・・・・二三
  1 原審福岡高等裁判所那覇支部判決の判示 ・・・・・・・・・・・・・二三
  2 最高裁判決の理解 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二四
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  3 具体的事実判断の誤り ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二六
 四 最高裁判決のいう「公益」批判 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・二八
  1 日米安保条約優先の論理 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二八
  2 署名等代行の制度趣旨 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三一
第二 使用認定の有効性と本件審理の範囲 ・・・・・・・・・・・・・・・・三四
 一 最高裁判決と使用認定に関する審理の必要性 ・・・・・・・・・・・・三四
  1 審理の範囲に関する二つの見解 ・・・・・・・・・・・・・・・・・三四
  2 最高裁判決の内容 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三五
  3 重大かつ明白な瑕疵の存否についての判断要素 ・・・・・・・・・・三八
  4 使用認定の有効性を認めた最高裁判決の誤りとその原因 ・・・・・・四〇
 二 本件使用認定の重大かつ明白な瑕疵の存在 ・・・・・・・・・・・・・四一
  1 最高裁判決にみる使用認定の効力と審理の範囲 ・・・・・・・・・・四一
  2 重大かつ明白な瑕疵と有機的一体性 ・・・・・・・・・・・・・・・四三
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  3 在沖米軍基地における有機的一体性の検討 ・・・・・・・・・・・・四四
  4 有機的一体性の欠如による本件使用認定の無効性 ・・・・・・・・・四六
  5 証拠調べの必要不可欠性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・四七
第三 訴権濫用論等について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・四八
 一 最高裁判決と訴権の濫用 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・四八
 二 具体的に必要な審査・証拠調べ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・五〇
 三 原告第三準備書面三項の1について ・・・・・・・・・・・・・・・・五四

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第一 代理署名訴訟に関する最高裁判決批判
 一 最高裁判決の基本的問題点
  1 最高裁判決平成八年(行ツ)第九〇号地方自治法一五一条の二第三項の規定
   に基づく職務執行命令裁判請求事件(以下、同訴訟を「代理署名訴訟」と略称
   する。なお原審は福岡高等裁判所那覇支部平成七年(行ケ)第三号事件であ
   る。)について、去る八月二八日に判決が言い渡された(以下、同判決を単に
   「最高裁判決」という)。
    本件における今後の審理のあり方に影響することになると考えられるので、
   以下において、まず最高裁判決の問題点について総括的に述べることとする。
    最高裁判決は知事の上告理由を斥けて上告を棄却した。最高裁判決の個々の
   論点についての判断の内容と批判、本件審理との関係については後にふれるが、
   最高裁判決のもつ基本的問題点として二つの点を指摘しなければならない。
  2 第一に、最高裁判決は沖縄の米軍基地についていかなる認識をもっていたの
   かという点である。
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  (一)最高裁判決を一読して気づくことは、最高裁判決が沖縄の米軍基地の形成
    過程と現状、米軍基地のもたらす被害の実態、沖縄県の行政や振興開発に対
    する阻害等々の具体的事実についてふれるところがないということである。
     上告人知事は、自ら大法廷に臨んで、沖縄基地の実態を十分にふまえて最
    高裁判所として判断して欲しいということを切々と訴えたが、最高裁判決は
    基地の実態をめぐる事実関係、とりわけその深刻さについて述べていない。
     最高裁判決は、これを「沖縄県に駐留軍の基地が集中していることによっ
    て生じている種々の問題」という、たった一行の表現ですませている。
     最高裁判決は、そのいうところの「種々の問題」の深刻さ、重大さを一体
    どのように認識し、法的問題点の検討にあたってどのように考慮したのであ
    ろうか。
     最高裁判決を読む限り、判決文には沖縄基地のもつ深刻性、重大性につい
    て考慮した形跡はみられないといっていい。
     このことは、六裁判官の補足意見を読むとより明らかとなる。
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     補足意見は「駐留軍基地が沖縄県に集中していることにより同県及びその
    住民に課せられている負担が大きいことが認められる」(四四頁)という一
    方、「しかし他面、駐留軍基地の存在は、沖縄返還協定三条一項、日米安保
    条約六条、日米地位協定二条に基づくものであって、国際的合意によるもの
    であるから、同基地の沖縄県への集中による負担を軽減するためには、日米
    政府間の合意、さらに、日本国内における様々な行政的措置が必要であり、
    外交上、行政上の権限の適切な行使が不可欠である。それらをどのように行
    使するかは、沖縄県及びその住民に対する負担の是正と駐留軍基地の必要性
    等の権衡の下に、行政府の裁量と責任においてなされるべき事柄である。こ
    の権衡を考慮する余地もないほど極端な場合は格別…」(四四ないし四五頁)
    として、駐留軍用地特措法の沖縄への適用は、違憲・違法とはいえないとす
    るのである。右意見で示されているのは、「沖縄の基地負担は、極端ではな
    い」という認識であることは明らかである。
     日本国土面積の約〇・六パーセントにすぎない狭隘な沖縄県に米軍専用基
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    地が約七五%も集中するという事実があってもなお「極端ではない」という
    のは一体どういう感覚なのか、到底理解し難いものである。
     「沖縄が基地をもっと負担し、被害がもっと大きくなってから、違憲や違
    法の主張をすべきである」といわんばかりの右意見には驚きを禁じ得ない。
    あまりにも沖縄の県民感情を逆なでするものである。
  (二)また、沖縄基地の問題を、現時点における状況だけでとらえるのもあまり
    にも皮相な見方であり、沖縄の基地問題を正しくとらえるためには沖縄の基
    地が米軍支配下のもと、「銃剣とブルドーザー」によって強権的に形成され
    てきたという歴史的経緯をふまえることが不可欠であり、そうでなければ、
    沖縄の基地問題の本質にかかわる重要な事実を見失うこととなるのである
    (それ故に、本件においても被告は、この点を主張し、立証しようとしてい
    るのである)。
     ところが、最高裁判決はこの点についても全く思い及ばない。
     最高裁判決は、「使用認定の有効性」にかかわる判断の部分において、米
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    軍の沖縄基地の使用の経過について述べているが、それは一九七二年の復帰
    に際しての合意からにすぎないのであって、それ以前の米軍の沖縄基地の使
    用という重要な歴史的経緯は全く無視されている。
     復帰時の合意は、それまでの米軍による土地強奪ともいうべき沖縄基地の
    強権による取得をいわば追認したものであり、それ以前の長年にわたる基地
    の負担・重圧があたかもなかったの如き事実認定を前提とする最高裁判決は、
    沖縄基地問題の本質から目をそらすものといわなければならない。
     最高裁判決は、その法理論ないし法解釈の妥当性を検討する以前において、
    判断に必要不可欠な沖縄の米軍基地に関する実態認識を甚しく欠いていると
    いう意味で、判決として基本的欠陥があると指摘せざるを得ない。
  (三)最高裁判所は、上告人知事の意見陳述を聞きながら、何故にこのような対
    応をしたのであろうか。
     最高裁判決が沖縄基地の実態からあえて目をそらしたのは、実態に踏みこ
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    めば、そこには憲法上許容し得ないことがあり、それ故にその判断をさける
    ためではなかったのか、との疑念を抱かざるを得ない。
     このような姿勢からなされる判決は、事実抜きの形式的な法律判断に終始
    せざるを得ないものとなるが、事実を無視する「法解釈」は何らの説得力を
    もち得ない。
     本件において被告は、米軍基地の実態にかかわる事実調べを行うよう求め、
    証人の申請をしているが、裁判所が、事実をふまえて判断するという本来の
    司法のあり方を本件審理において採られるよう強く要望する。
  3 第二に指摘したいことは、最高裁判決が日米安保条約優先の論理に貫かれて
   いるということについてである。
  (一)最高裁判決のこのような姿勢は、機関委任事務論、職務執行命令の司法審
    査の範囲、使用認定の適法性、公益侵害の解釈適用等々随所にみられる。
     最高裁判決の思考を貫く基礎にあるのは、「安保」であり、いわばそれは
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    最高裁判決が述べる法理解釈の展開にあたってのライトモチーフともいうべ
    きものである。
     なるほど、最高裁判決は一般論・原則論としてはそれなりに評価すべき点
    を含んでおり、たとえば司法審査の範囲についてのそれは原判決より職務執
    行命令訴訟制度をより生かそうとするものであると考えられる。
     しかし、その一般論・原則論は、日米安保条約・日米地位協定・駐留軍用
    地特措法の適用という場面になると一転して腰くだけになり、一般論・原則
    論はその適用を貫徹しなくなるのである。
     「そこのけそこのけ安保が通る」「安保通れば法理ひっこむ」の姿勢を最
    高裁判決から強く感じさせられるのである。
     例えば、最高裁判決は、職務執行命令訴訟制度の意義について、「都道府
    県知事本来の地位の自主独立性の尊重と国の指揮監督権の実効性の確保との
    調和を図るための制度」であるというが、日米安保条約の前ではこの「調和」
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    はまったく機能しなくなっている。この点は、地方自治法一五一条の二の
    「著しく公益を侵害することが明らか」の要件の「公益」概念のとらえ方に
    おいて、さらには右「公益侵害要件」の解釈適用において露骨にあらわれて
    いる。
     最高裁判決はもっぱら日米安保条約にもとづく基地提供という側面からの
    み「公益」をとらえ、地方自治の本旨にかかわる公益との比較較量を完全に
    否定する立場を採っている。
     安保のもとでは、他のすべての公益は、安保に劣位するものとして、比較
    較量の対象から排除されているのである。
  (二)周知のとおり、最高裁判所の近年の判決における判断手法の大きな特徴は、
    対立する法益が存在する場合、それを合理的かつ妥当な基準で調整するとい
    うものであった。
     例えば、最近の判決でいえば、集会の自由と公の施設の使用許可との関係
    にかかわる判決において(一九九五年三月七日判決、民集四九巻三号六八七
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    頁)、職場規律にかかわる就業規則上の規制とビラ配布という組合活動権と
    の関係についての判決において(一九九四年二月二〇日判決、民集四八巻八
    号一四九六頁)、そのような判断がとられていることは明らかである。
     これらの判決は、いわば最高裁判所が対立する法益の合理的調整を図ると
    いう点で、いわば健全な法常識を働かせたものといえよう。
     しかしながら、本最高裁判決にはそのような法常識は全くみられない。
     日米安保条約が最高裁判所の健全な法常識の働きをにぶらせたのか、最高
    裁判所自らが安保の前で自己抑制を試みたのか、いずれにせよ、日米安保条
    約に対し、最高裁判所は憲法の番人としての目をふさいだと言わざるを得な
    い。
  (三)知事は行政の立場から、日米安保条約、日米地位協定それ自体の違憲性を
    主張することはしなかったが、だからといって、安保の故にすべて受忍しな
    ければならないという理由はない。かえって、知事が強調したとおり、日米
    安保条約の必要をいい、それが国益だというならば、その負担は国民が公平
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    に負うべきであり、何故に沖縄県及び沖縄県民だけが基地の過重な負担を強
    いられるのか、それは差別であり、法の公正・平等な適用とはいえないので
    はないかという問題が鋭く突きつけられることになる。
     知事は、この差別性、不平等性についてこそ司法の判断と救済を求めたの
    である。
     最高裁判決は、基地問題の解決について、外交的、行政的努力の必要をい
    うが、復帰後今日に至るまでの外交的、行政的努力がなされなかったからこ
    そ、今日の事態があることについての知事の指摘に全く答えていない。
     日米安保条約、日米地位協定それ自体が合憲だとしても、沖縄基地の実態
    をふまえて、具体的事実をもとに、駐留軍用地特措法の適用、使用認定の違
    法性、公益侵害の有無等を厳正に判断することは可能であり、また判断され
    なければならない。最高裁判決には、沖縄基地の実態をふまえて、憲法上の
    評価や法的判断を加えるという視点がみられない。ここでもまた、安保の故
    に、実態を避けるという姿勢が顕著に示されているのである。
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  (四)いうまでもなく、裁判所はそれぞれが独立している。                最高裁判決に誤りがあれば、それを正すのも下級審裁判所の任務である。
     当審が代理署名訴訟の原審および最高裁判所と同じ誤ちを繰り返すことの
    ないよう強く要請する。
     当審の審理は沖縄基地の実態について十分に証拠調べを行うというところ
    から出発しなければならない。
 二 最高裁判決の判示した各論点の問題点
  1 駐留軍用地特措法の法令違憲について
  (一)最高裁判決は、駐留軍用地特措法が違憲であるとの上告人の主張を斥けた
    その理由の中で、国は「必要な土地等をすべて所有者との合意に基づき取得
    することができるとは限らない。これができない場合に、当該土地等を駐留
    軍の用に供することが適正かつ合理的であることを要件として(駐留軍用地
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    特措法三条)、これを強制的に使用し、又は収用することは、条約上の義務
    を履行するために必要であり、かつその合理性も認められるのであ(る)」
    (一六頁)と判示している。そして、「国が条約に基づく国家としての義務
    を履行するために必要かつ合理的な行為を行うことが憲法前文、九条、一三
    条に違反するというのであれば、それは当該条約自体の違憲をいうに等しい」
    (一六頁)としている。
  (二)しかし、米軍に基地を提供することが条約上の国の義務であるとしても、
    そのために私人の土地を強制使用または収用(以下、「強制使用等」という)
    することが必要かつ合理的であると言うことはできない。
     現に、自衛隊基地に土地収用法は適用されていないのである。また、自衛
    隊基地のために私人の土地を強制使用等することを許す特別法は存在しない
    のである。駐留軍用地特措法は、ひとり米軍基地のためにのみ、私人の土地
    を強制使用等することを許す法律なのである。
     日本国憲法の下、改正前の土地収用法にあった「国防ソノ他軍事ニ関スル
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    事業」が、憲法に適合しないとして、土地を収用等することが許される公共
    事業の中から削除されたのである。自衛隊基地のために土地を強制使用等す
    ることが憲法に反するとすれば、米軍基地のために強制使用等することも憲
    法違反である。
  (三)原告も自認するように(第二準備書面五九頁)、駐留軍用地特措法は、一
    九六二(昭和三七)年を最後に、本土では適用されたことがない。それが、
    沖縄にだけ、繰返し繰返し適用されているのである。
     米軍基地のために、私人の土地を強制使用等することは、決して必要でも
    合理的でもないのである。
  2 駐留軍用地特措法の適用違憲について
  (一)最高裁判決は、上告人の適用違憲の主張を斥けるにあたって、「沖縄県に
    おける駐留軍基地の実情及びそれによって生じているとされる種々の問題を
    考慮しても、同県内の土地を駐留軍の用に供することがすべて不適切で不合
    理であることが明白であって、被上告人の適法な裁量判断の下に同県内の土
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    地に駐留軍用地特措法を適用することがすべて許されないとまでいうことは
    できないから、同法の同県内での適用が憲法前文、九条、一三条、一四条、
    二九条三項、九二条に違反するというに帰する論旨は採用することができな
    い。」(二一頁)と判示した。
  (二)被告は、右事件においても、本件においても、沖縄に少しでも米軍基地が
    あることが違憲である、と主張しているのではない。駐留軍用地特措法が、
    法律それ自体は違憲でないとしても、同法の、沖縄に過度に基地を集中させ
    ている適用・運用が違憲であると主張しているのである。沖縄に過度に基地
    が集中し、県民の人権を蹂躙しているのに、所有者の意思に反して土地を強
    制使用し、米軍に提供しようとする国の行為が憲法に違反する、と言ってい
    るのである。
     沖縄に基地が過度に集中して違憲状態を生ぜしめていると言うとき、それ
    は沖縄の基地を全体として考察しているものである。したがって、A基地は
    違憲であるが、B基地は違憲でない、というようなことは言えない。しかし、
    被告の主張はたとえ僅かであっても沖縄に基地があってはならない、という
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    ものではない。我が国の各都道府県が、それぞれの県土の広さに応じて米軍
    基地を引き受けるとすれば、沖縄は我が国に駐留する米軍の基地の約〇・六
    パーセントを負担すればよいのである。それが、現実には約七五パーセント
    もの米軍専用基地を押しつけられているのである。被告は、このような差別
    的な沖縄県民の人権を蹂躙する駐留軍用地特措法の適用・運用が違憲である、
    と主張しているのである。
     右に引用した最高裁判所の判示は、論理のごまかしをしている。
  (三)最高裁判決が、「沖縄県における米軍基地の実情及びそれによって生じて
    いるとされる種々の問題を考慮しても」と述べているところに、最高裁判決
    の弱点が露呈されている。最高裁判所は、基地の実情やそれによってもたら
    されている沖縄県民の人権侵害の状況を「考慮」していないのである。それ
    だけの事実を踏まえていないのである。
     原審が右の点について真摯に証拠調べをし、基地と人権侵害の実態に踏み
    込んでいれば、当然異なった結論に達していたであろう。そして、最高裁判
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    所も、右のような薄っぺらな認識ではあり得なかったであろう。
     最高裁判決は、原審の福岡高等裁判所那覇支部の審理の弱点を、そのまま
    引きずっているのである。 
  3 使用認定の適否の審査について
  (一)最高裁判決は、内閣総理大臣のした使用認定に、これを当然に無効とする
    ような瑕疵があるかないかは審理判断の対象となるが、それ以外の瑕疵は審
    理判断の対象とならないとした。その理由とするところは次のとおりである。
     「使用認定に何らかの瑕疵があったとしても、その瑕疵が使用認定を当然
    に無効とするようなものでない限り、これが別途取り消されるまでは、何人
    も、使用認定の有効を前提として、これに引き続く一連の手続を構成する事
    務を執行すべきものである。したがって、仮に、本件各土地の使用認定に取
    り消し得べき瑕疵があるとしても、上告人において署名等代行事務の執行を
    拒否することは許されないし、被上告人においても、有効な使用認定が存在
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    することを前提として、上告人に対して署名等代行事務の執行を命ずるかど
    うかを決すれば足りると解される。そうであれば、本件各土地の使用認定に
    取り消し得べき瑕疵のないことが、被上告人が上告人に対して署名等代行事
    務の執行を命ずるための要件をなすものとはいえない。そして、機関委任事
    務の執行を命ずることの適否を問う職務執行命令訴訟において、当該事務に
    先行する手続ないし処分に何らかの瑕疵があればその程度にかかわらず職務
    執行命令も当然に違法となるとして、これらの手続ないし処分の適否を全面
    的に審理判断することは、法の予定するところとは解し難い。」(二三ない
    し二四頁)
  (二)右は行政行為の公定力の理論である。これを職務執行命令訴訟の裁判所の
    審査の問題に持ち込むのは誤りである。
     例えば、原田尚彦教授は、その著「地方自治の法としくみ(全訂二版)」
    (学陽書房)一五六、一五七頁において、一九六〇年の砂川事件職務執行命
    令最高裁判決について、次のように述べている。
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     「この事件で、かりに裁判所が、中央の法解釈に地方公共団体を拘束する
    力があると考えたとすれば、裁判所は、中央からの職務命令に公定力類似の
    力を認め、これに重大かつ明白な違法がない限り、簡単な形式審査だけで、
    職務の執行を命ずる判決を下したはずである。事実、原審の裁判所は、こう
    した扱いをしていた。
     ところが、最高裁は、機関委任事務の執行にあたる地方公共団体の長に対
    する国の指揮監督を、国の行政機関の内部における通常の指揮監督と同視す
    るのは、地方公共団体の長の地位の自主独立性を害し、ひいては地方自治の
    本旨に悖る結果となると述べ、『地方自治法一四六条が裁判所を関与せしめ
    その裁判を必要としたのは、地方公共団体の長に対する国の当該指揮命令の
    適法であるか否かを裁判所に判断させ、裁判所が当該指揮命令の適法性を是
    認する場合、はじめて代執行権及び罷免権を行使できるものとする・・・趣
    旨と解すべきである。この趣旨から考えると、職務執行命令訴訟において、
    裁判所が国の当該指揮命令の内容の適否を実質的に審査することは当然であっ
    て、この点、形式的審査で足りるとした原審の判断は正当でない』(昭和三
---------- 改ページ--------19
    五年六月一七日民集一四巻八号一四二〇頁)と判示した。最高裁は、中央省
    庁の法解釈と地方公共団体の長のそれとが異なる場合には、裁判所がいずれ
    が正当な解釈であるかを決定し、裁判所が中央の法解釈を正当と認めたとき、
    はじめて職務執行命令判決を下すとしたのである。中央の法解釈の優越性を
    否認し、中央と地方の法解釈の対等性を承認した判決と評してよいであろ
    う。」
     原田教授は、中央からの職務命令に公定力類似の力を認めることは誤りで
    あって、砂川事件最高裁判決の論旨に反するとしているのである。この理は
    使用認定にも及ぶ。
     芝池義一教授は、代理署名訴訟についての福岡高等裁判所那覇支部判決に
    ついて「都道府県知事の署名等代行の義務づけの基底要因になっているのは、
    内閣総理大臣の使用認定の存在であるということがここでは重要であろう
    (一般に、土地収用法上、収用の手続の進行の原動力は、使用認定に対応す
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    る事業認定である。)換言すると、本件訴訟において直接に審査の対象にな
    るのは、主務大臣の命令であるが、それが実質的に適法であるためには、署
    名押印義務が生じていなければならず、この義務が適法に生ずるためには、
    内閣総理大臣の使用認定が適法に行われていなければならないのである。こ
    のように考えると、職務執行命令訴訟において裁判所は、内閣総理大臣の使
    用認定の実質的適法性をも審査できるし、またしなければならないと考えら
    れる。」と述べている(ジュリスト一〇九〇号七九頁)。
     この使用認定に公定力を認めてしまうと、職務執行命令訴訟の意義が失わ
    れるのである。
     使用認定は、その有効性ばかりでなく、適法性も裁判所によって実質的に
    審査されなければならない。
  4 駐留軍用地特措法、土地収用法の定める手続の適法な履践
  (一)最高裁判決は、「被上告人が上告人に対し、署名等代行事務の執行を命ず
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    るためには、駐留軍用地特措法一四条、土地収用法三六条の定めるところに
    従い上告人に対して適法に署名等の代行の申請がされ、かつ、土地調書及び
    物件調書が適正に作成されていることを要する」(三〇頁)と判示した後、
    当該署名等の代行申請が適法に行われたか否か、土地調書及び物件調書が適
    正に作成されたか否かの判断を行っている。
  (二)最高裁判決が、使用認定の有効性について、「有効な使用認定がされてい
    ることは、被上告人が上告人に対して署名等の代行事務の執行を命ずるため
    の適法要件をなすものであって、使用認定にこれを当然に無効とするような
    瑕疵がある場合には、本件職務執行命令も違法というべきことになる。」
    (二二頁)と判示していること(他方で最高裁判決は「職務執行命令訴訟に
    おいて、当該事務に先行する手続ないし処分に何らかの瑕疵があればその程
    度にかかわらず職務執行命令も当然に違法となるとして、これらの手続ない
    し処分の適否を全面的に審理することは、法の予定するところとは解し難
    い。」(二三ないし二四頁)と判示している)、また、園部逸夫補足意見が
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    「職務執行命令訴訟は抗告訴訟ではないから、適法性判断の基準について、
    抗告訴訟の形式との関連において議論されるいわゆる取り消し得べき瑕疵と
    無効の瑕疵との区別を前提とする基準は適用されないと解する。」(四〇頁)
    と述べ、法廷意見が「抗告訴訟の形式との関連において議論されるいわゆる
    取り消し得べき瑕疵と無効の瑕疵」という概念を使用していることに反対す
    る意見を述べていることから解すると、最高裁判決の法廷意見は、職務執行
    命令に先行する手続が「有効」であることを職務執行命令の適法要件である
    と判示しているものと解される。
  (三)最高裁判決は、職務執行命令に先行する署名等の代行申請が適法になされ、
    土地調書及び物件調書の作成が適正に行われていることを要すると判示した。
     使用認定の有効性を判断するについて、「当然に無効とすべき重大かつ明
    白な瑕疵」が存するか否かを基準にした最高裁判決が、署名等の代行申請、
    土地調書及び物件調書の「適法性」について、瑕疵の重大性、明白性を基準
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    とせず、「適法」に署名等の代行申請が行われたか否か、土地調書及び物件
    調書の作成が「適正」に行われたか否かを問題にしたのは、代行申請の「適
    法性」及び調書の作成の「適正さ」が職務執行命令の適法要件となっている
    と解したためである。
  (四)よって、本件公告縦覧の代行申請が適法に行われること、公告縦覧書類が
    適正に作成されていることは、職務執行命令の適法要件と解すべきものであ
    る。
     したがって、本件においては、右要件の有無につき証拠調べをすべきであ
    る。
 三 最高裁判決が直接触れなかった上告理由
  1 原審福岡高等裁判所那覇支部判決の判示
    原審たる福岡高裁那覇支部判決は、「憲法九二条は、地方公共団体の組織及
   び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定めると規
   定しており、法律に基づき国の事務の処理を都道府県知事に委任する場合にも
   地方自治の本旨に基づくことが要請されることは明らかである。したがって、
   都道府県知事は、法令に基づき委任された国の事務を執行することが当該法令
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   により義務づけられている場合でも、これを執行することが地方自治の本旨に
   反するときには、右事務の執行を拒否することができる。」(二三六頁)とし、
   職務執行命令が地方自治の本旨に反するときには、職務執行命令は違法となる
   と判示した。
    都道府県知事は、地方公共団体の長として「地方自治の本旨」に基づいて地
   方公共団体の「財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有
   し」、この権能は、憲法により保障された(憲法第九二条ないし第九四条)も
   のであるから、都道府県知事が地方自治の本旨に反する事態を招来する機関委
   任事務の執行を拒否し得るのは、法理論上は当然のことであり、福岡高等裁判
   所那覇支部の右判示は正当なものであった。
  2 最高裁判決の理解
    上告人は、福岡高等裁判所那覇支部の右判示部分については正当なものと評
   価して、そのことを前提に、署名等代行事務の執行が地方自治の本旨に反する
   事態を招来するとして原審判決の「事実判断の誤り」を上告理由の一つに掲げ
   た。
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    最高裁判決は、判示中において「都道府県知事が、地方自治の本旨に反する
   機関委任事務の執行を拒否しうるか否か」について、直接言及せず、単に「上
   告人が署名等代行事務を執行することによって、直ちに地方自治の本旨に反す
   る事態が招来されるものとは解し難い」(三四頁)として、上告人の右上告理
   由を事実判断の問題として退けた。
    しかし、最高裁判決が福岡高等裁判所那覇支部の右判示部分を否定していな
   いこと、最高裁判決が「いわゆる上命下服の関係にある国の本来の行政機構内
   部における指揮監督の方法と同様の方法を採用することは、都道府県知事本来
   の地位の自主独立性を害し、ひいては地方自治の本旨にもとる結果となるおそ
   れがある。そこで、地方自治法一五一条の二は、都道府県知事本来の地位の自
   主独立性の尊重と国の委任事務を処理する地位に対する国の指揮監督権の実効
   性の確保との調和を図るために職務執行命令訴訟の制度を採用しているのであ
   る。」(一一ないし一二頁)と判示していることから、最高裁判決も、地方自
   治の本旨に反する機関委任事務の執行を命ずる職務執行命令は違法となると解
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   していると認められる。
  3 具体的事実判断の誤り
    最高裁判決は、「上告人が署名等代行事務を執行することによって、直ちに
   地方自治の本旨に反する事態が招来されるものとは解し難い」(三四頁)と判
   断したが、最高裁判決がどの様な事実認定を前提に右判断をなしたのか、判決
   からは明らかでない。原審の福岡高等裁判所那覇支部判決が上告人本人のみを
   調べ、その余の上告人申請の証人を一切調べていないことを考えると、右事実
   判断は、原審の不十分な事実認定を前提にして行われたと解さざるを得ない。
    署名等代行事務が、最高裁判決が判示するように、「土地所有者及び関係人
   の立会い及び署名押印を得ることができない場合において、裁決申請に必要な
   土地調書及び物件調書を完成させ、土地等の使用または収用の事業の円滑な遂
   行を図るとともに、土地調書及び物件調書の作成が適正に行われたことを公的
   に確認することにより、調書の作成の適正を担保し、ひいては私有財産の保障
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   を手続的に担保することにある」としても、署名等の代行により、手続が進行
   し、土地等の使用または収用という事態が生じることは否定し得ない事実であ
   る。
    署名等の代行は、直接的には収用手続の一つである土地調書及び物件調書を
   完成させるものであり、直ちに土地等の使用または収用の効果を生ずるもので
   はないが、土地等の使用または収用を帰結するものである。
    したがって、当該使用または収用が地方自治体の行政を阻害し、それが地方
   自治の本旨に反する事態を生じる場合には、受任者たる都道府県知事は、当該
   機関委任事務を執行するか、それとも都道府県知事本来の責務、地方自治の本
   旨に基づいた地方行政をすすめるかの選択をせまられることになる。この場合、
   都道府県知事の責務が憲法上のものであり、国の事務を委任する根拠が法令で
   あることから、都道府県知事は、憲法上の責務を優先させることを要するので、
   地方自治の本旨に反する事態を招来する署名等の代行を命ずる職務執行命令は
   違法となると解すべきである。
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    最高裁判決が、署名等の代行が直接的に地方自治の本旨に反するか否かとい
   う視点で事実判断をなし、署名等の代行の結果生ずる土地等の使用または収用
   という事態を視野において署名等の代行が地方自治の本旨に反するか否かを判
   断しなかったのは、都道府県知事の地位、すなわち、憲法が保障した自主独立
   した地位についての洞察を欠いたものであり、判断を誤ったものと言わなけれ
   ばならない。
    したがって、本件においても、本件公告縦覧代行は土地等の使用を帰結する
   ので、土地等の使用という事態が地方自治の本旨に反するか否かを証拠調べを
   行った上、慎重に判断すべきである。
 四 最高裁判決のいう「公益」批判
  1 日米安保条約優先の論理
  (一)最高裁判決は、「上告人の署名等代行事務の執行の懈怠を放置するときは、
    被上告人が本件各土地を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であると
    判断して使用認定をしているにもかかわらず、那覇防衛施設局長は、収用委
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    員会に対する裁決申請をすることができないことになり、その結果、日米安
    全保障条約六条、日米地位協定二条に基づく我が国の国家としての義務の履
    行にも支障を生ずることになることが明らかであるから、上告人の署名等代
    行事務の執行の懈怠を放置することにより、著しく公益が害されることが明
    らかであるといわざるを得ない。」(三五ないし三六頁)と判示する。
     最高裁判決は、右公益概念・内容を「国家としての義務の履行」を中心に
    構成し理解したものである。
  (二)しかし、近代の国民主権の下では、「公益」概念・内容は、国民の人権及
    び利益を中心に構成され、理解されなければならない。確かに、「国家とし
    ての義務の履行」が公益の内容の一つを構成するものではあるが、それは
    「国家としての義務の履行」が国民の人権ないし利益に結びつくからであり、
    国民の人権及び利益を離れて公益の内容をなすものではない。
     本件では、条約上の義務の履行、すなわち「国家としての義務の履行」が
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    国民の人権及び利益を侵害していると主張されているものであるから、裁判
    所は、(1) 署名等代行の拒否が条約上の義務の履行に支障が生ずるのか否か、
    (2) 署名等の代行が国民の人権及び利益を害するものか否か、(3) 両事実が
    認められる場合には、どちらの利益を優先させるのか否かの判断を行わなけ
    ればならない。公益概念・内容が国民の人権及び利益を中心とするものであ
    る限り、右(1) ないし(3) の判断は避け得ないものと言わなければならない。
     ところが、最高裁判決は、右(1) の判断のみを行い、(2) 及び(3) の判断
    を行っていない。これは、最高裁判決が日米安保条約の履行を最優先させる
    べき「国家としての義務」と考え、同条約の国内における履行により国民の
    人権及び利益が侵害されるか否かを判断の枠外に放追したものであり、「公
    益」概念・内容を歪曲したものとして強く批判されなければならない。
     日米安保条約が「日本国及びアメリカ合衆国により各自の憲法上の手続に
    従って批准されなければならない。」(八条)ものとされ、日米地位協定二
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    条が「個個の施設及び区域に関する協定は、第二五条に定める合同委員会を
    通じて両政府が締結しなければならない。」と規定し(一項)、かつ、「日
    本国政府及び合衆国政府は、いずれか一方の要請があるときは、前記の取極
    (一項の取極)を再検討しなければならず、また、前記の施設及び区域を日
    本国に返還すべきこと又は新たに施設及び区域を提供することを合意するこ
    とができる。」(二項)と定めていることから解すると、日米安保条約及び
    日米地位協定は、同条約上の義務は日本国憲法に反しない形で国内で実施さ
    れ、国民の人権及び利益を害する場合には、両国の合意により、違法な状態
    が是正されることを当然のこととして予定していると解される。
     したがって、条約の国内での履行が国民の人権及び利益を侵害しているか
    否かを判断しないまま、日米安保条約の履行を優先させることは、日米安保
    条約の理解としても誤ったものといわなければならない。
  2 署名等代行の制度趣旨
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  (一)最高裁判決は、上告人が「署名等代行事務の執行の拒否は、駐留軍の基地
    が沖縄県に集中していることによる様々な問題を解決するという地方自治の
    本旨にかなった公益の実現を目指すものであるから、これをもって著しく公
    益を害するということはできない」と主張したことに対し、「しかし、駐留
    軍用地特措法一四条、土地収用法三六条五項が都道府県知事による署名等の
    代行の制度を定めた前記の趣旨からすると、上告人において署名等代行事務
    の執行をしないことを通じて右の問題の解決を図ろうとすることは、右制度
    の予定しているところとは解し難い。」(三六頁)と判示する。
  (二)しかし、都道府県知事の機関委任事務の執行の拒否は、機関委任事務を定
    める当該法令の具体的制度趣旨から導かれるものではなく、都道府県知事の
    憲法上の自主独立性、地方自治の本旨から導きだされるものであるから、機
    関委任事務を定める当該法令を根拠に、都道府県知事の機関委任事務の執行
    の拒否の正当性を論ずるのは正しくない。また、公益は、機関委任事務を定
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    める当該法令の制度趣旨で定まるものではなく、地方自治の本旨を含む憲法
    上の価値体系、評価の中で総合的に行われるものであるから、機関委任事務
    を定める当該法令の制度趣旨から、地方自治の本旨にかなった公益の実現を
    目指す都道府県知事の行為を評価するのは、誤ったものと強く批判せざるを
    得ない。
     以上のように、最高裁判決には、重大な判断の誤りが存する。

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第二 使用認定の有効性と本件審理の範囲
 一 最高裁判決と使用認定に関する審理の必要性
   本項は、最高裁判決によって示された、職務執行命令訴訟の審理の範囲、およ
  び審理の対象となることが明らかにされた使用認定の有効性、ことに本件土地に
  関する使用認定手続にその重大かつ明白な瑕疵が存在することについて述べるも
  のである。
  1 審理の範囲に関する二つの見解
    裁判所においても承知されているとおり、また被告がすでに提出した準備書
   面において詳細に述べたとおり、右の最高裁判決前には、地方自治法上の職務
   執行命令訴訟において裁判所の審理はいかなる範囲に及ぶべきかについて、異
   なる二つの見解が存在した。
    その一つは、砂川町長職務執行命令訴訟についての最高裁判決であり、他の
   一つは同訴訟の差し戻し後の東京地裁判決及びこれと論理を同じくする代理署
   名訴訟の原審・福岡高等裁判所那覇支部判決であった。
---------- 改ページ--------35
    福岡高等裁判所那覇支部判決は、審理を急ごうとするあまり、署名等代行命
   令の先行行為である、総理大臣の使用認定について、それが適正かつ合理的で
   あるか否か、使用認定手続に重大かつ明白な瑕疵があるか否かについては、裁
   判所の審理は及ばず、裁判所の審査権は、受命者である知事が法令によって職
   務執行を義務づけられているかどうかの範囲に限られるとしたのである。
    被告は、先の代理署名訴訟について、この福岡高等裁判所那覇支部の判決は
   決定的に誤っていること、法が職務執行命令訴訟によって裁判所の判断を介在
   させて、下命者たる国と受命者たる地方自治体の長の判断の食い違いをどちら
   が正しいか調整させようとした制度趣旨を歪曲するものであること、を主張し
   て上告をしたのである。
    この点を、最高裁判決はどのように判断しているであろうか。
  2 最高裁判決の内容
    最高裁判決は、審理の範囲について次のように判示している。
---------- 改ページ--------36
    「地方自治法一五一条の二は、都道府県知事本来の自主独立性の尊重と国の
   委任事務を処理する地位に対する国の指揮監督権の実効性の確保との間の調和
   を図るために職務執行命令訴訟の制度を採用しているのである。そして同条が
   裁判所を関与させることとしたのは、主務大臣が都道府県知事に対して発した
   職務執行命令の適法性を裁判所に判断させ、裁判所がその適法性を認めた場合
   初めて主務大臣において代執行権を行使し得るものとすることが、右の調和を
   図るゆえんであるとの趣旨に出たものと解される。
    この趣旨から考えると、職務執行命令訴訟においては、下命者である主務大
   臣の判断の優越性を前提に都道府県知事が職務執行命令に拘束されるか否かを
   判断すべきものと解するのは相当でなく、主務大臣が発した職務執行命令がそ
   の適法要件を充足しているか否かを客観的に審理判断すべきものと解するのが
   相当である」(一二頁)。
    「都道府県知事の行うべき事務の根拠法令が仮に憲法に違反するものである
---------- 改ページ--------37
   場合を想定してみると、都道府県知事が、右法令の合憲性を審査し、これが違
   憲であることを理由に当該事務の執行を拒否することは、行政組織上は原則と
   して許されないが、他面、都道府県知事に当該事務の執行を命ずる職務執行命
   令は、法令上の根拠を欠き違法ということができるのである。そうであれば、
   都道府県知事が当該事務を執行する義務を負うからといって、当該事務の執行
   を命ずることが直ちに適法となるわけではないから、職務執行命令の適法性の
   審査とは都道府県知事が法令上当該国の事務を執行する義務を負うか否かの審
   査を意味すると解した上、裁判所も都道府県知事に審査権が付与されていない
   事項を審査することは許されないとした原審の判断は相当でない。」(一三な
   いし一四頁)。
    このように、最高裁判決は、審査の範囲を形式的な違法性の審査に限定し、
   それゆえに署名等代行職務執行命令の先行行為となっている内閣総理大臣の使
   用認定の違法性に関する県知事の主張を審査の対象外とした福岡高等裁判所那
   覇支部の判断を、法令の解釈適用を誤るものとして否定したのである。
---------- 改ページ--------38
    最高裁判決は、右のように審査範囲を明らかにしたうえで、使用認定の有効
   性の問題をとり上げ、使用認定に重大かつ明白な瑕疵があって、これが当然に
   無効とされる場合には、主務大臣は都道府県知事に署名等代行事務の執行を命
   ずることは許されないとして、裁判所はこの点を審査すべきであると明言して
   いる。
    これは換言すれば、内閣総理大臣の使用認定が、「適正且つ合理的」である
   という駐留軍用地特措法三条所定の要件を欠くことが明らかである場合は、署
   名等代行命令であれ、公告縦覧の代行命令であれ、許されないことを意味する
   のである。
    問題は、いかなる場合に使用認定について重大かつ明白な瑕疵があるといえ
   るかである。
  3 重大かつ明白な瑕疵の存否についての判断要素
    最高裁判決は、内閣総理大臣の強制使用認定の重大かつ明白な瑕疵の存否を
   判断するに際して、次の(1) ないし(5) の事実や事実経過を認定している。
    (1) 使用認定対象土地が、沖縄返還協定三条一項と一九七一年六月一七日交
---------- 改ページ--------39
     わされた日米の了解覚書により、駐留軍が使用する施設区域として日米合
     同委員会で合意する用意のある施設区域に区分された土地であること
    (2) 一九七二年五月一五日日米合同委員会の合意に使用認定対象地が、提供
     に係る施設区域に含まれていること
    (3) 沖縄復帰の際の日米首脳会議で、沖縄の駐留軍施設、区域が復帰後でき
     る限り整理縮小される必要があることについて日米両首脳の意見の一致が
     あったこと
    (4) 復帰後の日米の交渉によっても本件使用認定対象地は返還の合意に至ら
     ず、各土地は駐留軍用地の他の土地と一体となって有機的に機能している
     こと
    (5) 一九七九年からは米軍基地から派生する問題の軽減のため対策協議が行
     われて、軍用機の夜間飛行規制、エンジンテストの時間規制、住宅等防音
     助成対策が講ぜられてきたこと
    そして、最高裁判決は、これらの事実と事実経過を、沖縄県に駐留軍基地が
---------- 改ページ--------40
   集中している現状、各土地の状況など、又これらから発生する基地被害や人権
   侵害、地域振興阻害などの事情とを比較考慮して、重大かつ明白な瑕疵の存否
   を論ずるべきことを指摘しているのである。
  4 使用認定の有効性を認めた最高裁判決の誤りとその原因
    右の最高裁判決の論理に従ったとしても、本件使用認定に重大かつ明白な瑕
   疵は存しないとした最高裁判決の結論は誤っている。
    右最高裁判決の誤りは、最高裁判所が法律審であって事実審ではないことに
   由来しているものと思われる。
    事実審理を十分になすべき原審の福岡高等裁判所那覇支部は、被告申請の証
   人を全て採用せず、きわめて不十分な事実調べのまま、しかも使用認定につい
   ては審理の対象外であるとの誤った見解の下に短期間で審理を打ち切ったので
   あった。
    もし、事実審たる福岡高等裁判所裁那覇支部が使用認定の適法性も審理の対
   象となると判示した最高裁判決と同一の見解を採ったのであれば、短期間で被
---------- 改ページ--------41
   告の反対を押し切って事実調べを打ち切ることはなく、したがって使用認定に
   重大かつ明白な瑕疵が存すること、比較考慮の対象である沖縄県や県民が受け
   続けてきた、きわめて広範かつ甚大な被害の数々が当該使用認定を無効たらし
   めるレベルにあることが、事実調べを通じて明らかとなった筈である。
    その意味で、本来最高裁判決は、原審の福岡高等裁判所那覇支部判決を破棄
   し、これを差し戻すべきであった。にもかかわらずほとんど事実調べをしなかっ
   た原審の乏しい認定事実を基に、軽率にも、当該使用認定には重大かつ明白な
   瑕疵はないなどと判示してしまったのである。
    そこで、本件公告縦覧代行の職務執行命令訴訟では、本件使用認定にみられ
   る重大かつ明白な瑕疵の存在の有無について、十分な事実調べを行うべきであ
   る。
 二 本件使用認定の重大かつ明白な瑕疵の存在
  1 最高裁判決にみる使用認定の効力と審理の範囲
    最高裁判決は、「本件各土地につき、有効な使用認定がされていることは、
---------- 改ページ--------42
   被上告人が上告人に対して署名等代行事務の執行を命ずるための適法要件をな
   すものであって、使用認定にこれを当然に無効とするような瑕疵がある場合に
   は、本件職務執行命令も違法というべきことになる。」(二二頁)と判示し、
   使用認定の効力が職務執行命令訴訟における審理の対象であるとの見解を示し
   たうえで、「本件各土地の使用認定にこれを当然に無効とすべき重大かつ明白
   な瑕疵が認められるか否かについて検討」(二四頁)を進めている。そして、
   その重大かつ明白な瑕疵の存否の判断にあたっては、使用認定の対象となって
   いる個別の土地を判断の対象とし、当該土地が駐留軍用地として提供されるに
   至った経緯及びその具体的使用状況等を踏まえたうえでの判断がなされており、
   その結果、当該土地が「駐留軍施設内の他の多くの土地と一体となって有機的
   に機能している」(二六頁)ことが、当該土地に係る使用認定について重大か
   つ明白な瑕疵が存在しないことの重要な理由とされているのである。
    右判決によれば、「有機的一体性」が欠如しておれば、使用認定にそれを当
---------- 改ページ--------43
   然に無効とすべき重大かつ明白な瑕疵が認められる、と解することができる。
  2 重大かつ明白な瑕疵と有機的一体性
    最高裁判決は、署名等代行事務に係る職務執行命令について判示したもので
   あるが、その判示は、公告縦覧代行事務に係る本件訴訟においても、それと別
   異に解すべき理由はなく、そのまま妥当する。したがって、本件使用認定の対
   象となっている本件土地の使用状況等を明らかにし、本件土地が施設内の他の
   土地と有機的一体となって、駐留軍施設を形成しているか否かを審理すること
   は、本件訴訟において不可避であり不可欠だといわざるを得ない。
    しからば、「有機的一体」とは何か。その内容について、最高裁判決は何ら
   言及していない。広辞苑によれば、「有機的」とは、「有機体のように、多く
   の部分が集まって、一個の物をつくり、その各部分の間に緊密な統一があって、
   部分と全体とが必然的関係を有しているさま」を言い、「一体」とは「一つの
   からだ。ひとつの関係」を言うとされている。これらの定義を本件について当
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   てはめれば、多くの土地から構成されている駐留軍施設について、それを構成
   している個別の土地の間に緊密な統一性があり、かつ、個別の土地と施設全体
   とが必然的な関係を有すること、を意味することになる。換言すれば、施設を
   構成している当該土地が失われれば、施設全体の機能が必然的に喪失状態に陥
   ることである。したがって、施設内の個別の土地が返還されたとしても、その
   施設の軍事基地としての機能を必然的に喪失せしめるものでなければ、当該土
   地は有機的一体性を有していないというべきである。
    したがって、かかる土地に対する使用認定は違法であり、その違法は重大か
   つ明白な瑕疵だといわざるを得ない。
  3 在沖米軍基地における有機的一体性の検討
    有機的一体性の存否の判断にあたっては、沖縄県内の米軍基地の特性を等閑
   視することはできない。沖縄県内の米軍基地は、日本国憲法の適用が及ばない
   米軍占領下で強権的に何らの権限もなく欲しいままに構築されたものであり、
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   必要以上に軍用地として囲い込まれた歴史的経緯が存することは客観的に明白
   であり、被告第一準備書面「第三 沖縄における基地形成史」において詳述し
   たところである。したがって、基地の機能、規模、それを構成する個別の土地
   の所在位置、具体的使用状況等を厳しく点検することによって、有機的一体性
   の存否は判断されなければならないのである。
    代理署名訴訟の原審・福岡高等裁判所那覇支部において、証人佐伯惠通(那
   覇防衛施設局施設部長)は、在沖米軍基地内の個々の土地について、「施設の
   運用上、支障がないと判断される場合には、個々の所有者から返還要請があり
   ましたら、内容を検討して、結果的に返還した例」があること、その例は一〇
   〇件は越えないが、数件というわずかな数ではない旨を証言している。このこ
   とは、米軍施設内には有機的一体性を欠如している個別の土地が多数存在して
   いたことを物語るだけでなく、本件使用認定時においてもその可能性は否定さ
   れ得ないことを示唆するものである。
    したがって、本件訴訟においても、使用認定の対象となっている本件土地の
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   具体的使用状況、施設内における所在位置等を検討して、果たして施設全体と
   有機的一体性が認められるか否かが厳しく検討されなければならないのである。
  4 有機的一体性の欠如による本件使用認定の無効性
    本件土地は、通信電子諜報活動を任務とする楚辺通信所内に所在すること、
   同施設には二重スクリーン型のウレン・ウェバー・アンテナ配列からなるいわ
   ゆる「象のオリ」といわれる工作物が存すること、一番外側の棒状アンテナの
   鉄塔の一部の敷地となっていること、本件土地上のアンテナ鉄塔が撤去された
   としても、楚辺通信所施設の電子工学的、軍事作戦的機能のいずれにも基本的
   支障は生起しないこと、したがって本件土地を強制使用する客観的必要性は存
   在しないことは、被告第二準備書面「第四 本件強制使用認定の違法性」にお
   いて詳述したところである。
    そうだとすれば、本件土地は、それが返還されたとしても、楚辺通信所の軍
   事的機能を必然的に喪失せしめるものではないのであるから、有機的一体性を
   欠如するものというべきである。したがって本件使用認定には、それを当然に
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   無効ならしめる程の重大かつ明白な瑕疵が存在するといわざるを得ないのであ
   る。
  5 証拠調べの必要不可欠性
    代理署名訴訟において、原審の福岡高等裁判所那覇支部は、使用認定の効力
   は職務執行命令訴訟の審理の範囲外であるとの前提のもとに、その対象となっ
   た個別の土地の使用状況等について、何ら事実審理を行わなかった。しかし、
   原審の右判断が誤りであったことは最高裁判決によって指摘されたところであ
   る。
    したがって、本件訴訟においては、本件土地の具体的使用状況及び楚辺通信
   所の施設全体の機能との関連性に係る事実審理が必要不可欠となる。そのため
   には、本件土地についての検証及び被告申請の関係証人、とりわけ楚辺通信所
   及び本件土地の軍事的機能及び役割に関しての証言を予定している軍事評論家・
   西沢優の証人尋問が是非とも必要であることを強調するものである。

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第三 訴権濫用論等について
 一 最高裁判決と訴権の濫用
  1 本件訴訟で被告が主張していることは、原告による本件土地の公告縦覧代行
   の命令そのもの、または、この命令を求める裁判の提訴そのものがクリーンハ
   ンドの原則に違反する違法なものであるということである。本論点は、最高裁
   判決での判断には含まれていない新しい論点であり、当裁判所が初めて判断を
   しなければならないのものであり、当審において十分な審理をする必要がある
   のはいうまでもない。
  2 さらに、最高裁判決の趣旨に照らしてみても、次のとおり、本論点について
   は、十分な審理を行わなければならない。
    最高裁判決は、職務執行命令訴訟における審理の範囲について、「職務執行
   命令訴訟においては、下命者である主務大臣の判断の優越性を前提に都道府県
   知事が職務執行命令に拘束されるか否かを判断すべきものと解するのは相当で
   なく、主務大臣が発した職務執行命令がその適法要件を充足しているか否かを
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   客観的に審理判断すべきものと解するのが相当である。」(一二頁)と判示し
   た。
    そして、当該職務執行命令訴訟において争われた署名等代行事務の先行行為
   である原告による使用認定についても、「重大かつ明白な瑕疵があってこれが
   当然に無効とされる場合には、…署名等代行事務の執行を命ずることは許され
   ない」(二二頁)として、使用認定に右瑕疵が存するか否かについては審理判
   断を要するとされた。
    これは、直接職務執行命令の対象となっている「署名等の代行申請手続並び
   に土地調書及び物件調書の作成の適法性」については、「重大かつ明白な瑕疵」
   などという絞りの要件を設定することなく、端的にその適法性を客観的に審査
   の対象としたのである。
    してみると、本論点は、まさに本件職務執行命令そのものないしはその命令
   を求める訴訟行為そのものの適法性を問うものであり、先行行為でさえ「重大
   かつ明白な瑕疵」の存否が審理の対象となっているものであり、本論点はその
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   ような留保無しに全面的に適法性が審査されなければならない。
 二 具体的に必要な審査・証拠調べ
  1 本件命令ないし訴訟提起が不法占拠による本件土地の返還義務を免れるため
   になされていることを審理する必要があること
    被告は、本件命令ないし訴訟提起が、不法占拠による本件土地の返還義務を
   免れるためになされている、との主張をしている。これに対して、原告は、本
   件土地の使用権原を取得する手続の「進行が遅れたというにすぎない」と主張
   しており、不法占拠による返還義務を免れるために本手続をなしていることに
   ついては争っている。
    したがって、このような目的の下に手続がなされようとしているかどうかを
   審査する必要がある。この点、被告第三準備書面四頁で引用した前那覇防衛施
   設局長の陳述書(甲第一号証)の記載のとおり、同前局長は、被告主張を裏付
   ける陳述をなしており、この点についての原告の主張とも食い違うものであり、
   これらを十分審理する必要がある。
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  2 不法占拠を継続することによる公益侵害要件や使用認定の有効要件を不当に
   作出したか否かについて事実調べをする必要があること
    最高裁判決は、使用認定の有効性、公益侵害要件についての司法審査の範囲
   を狭く絞っているが、それにもかかわらず、本件不法占拠の継続の事実は、そ
   の狭い司法審査の範囲内においても要件充足の判断に当たって、重大な影響を
   もたらすものである。
    例えば、最高裁判決は、使用認定に重大かつ明白な瑕疵があるかどうかとい
   う判断をなすために認定した事実中に、「本件各土地は、いずれも駐留軍基地
   の各種施設の敷地、保安用地、電磁障害除去地などとして使用され、駐留軍施
   設内の他の多くの土地と一体となって有機的に機能して」(二六頁)いること
   を挙げている。しかし、本件土地を返還していれば、有機的一体として機能し
   ているという事実は失われるのである。そのような利用状況の変化について十
   分な事実審理を行う必要が ある。
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    また、公益侵害要件において、最高裁判決は、日米安保条約の義務の履行に
   支障を生ずることを公益侵害の内容としている。しかし、仮に、本件土地がそ
   の使用権原の喪失によって本年四月一日に返還され、知花昌一氏が何らかの私
   的な利用を開始し、他方で楚辺通信所が残存施設のみにて従前通りの運用を継
   続していたとすれば、その強制使用手続がなされないとしても、日米安保条約
   の義務の履行への支障は問題とならないはずである。そして、実際に、本件土
   地を知花昌一氏に返還していたとしても、基地機能に障害は発生せず、日米安
   保条約上の日米両政府の関係に何ら支障は生じないことを被告は主張している
   のであるから、係る事実の存否についても十分な証拠調べをなすべきである。
  3 本件土地の現状が不法占拠であるかどうかについて
    以上のとおり、本件土地の不法占拠は、本件命令ないし訴訟提起の適法性に
   対して重大な影響を及ぼすものである。しかしながら、国及び原告は、これま
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   で本件土地の現在の占有が不法であることについてこれまで一度も認めたこと
   がない。そうであるならば、いかなる権原に基づいて占有しているか否かも審
   査して確定することがどうしても不可欠である。この点について原告は、占有
   権原の法的主張だけでなく、占有権原を基礎づける事実さえも全く主張してい
   ない。したがって、不法占拠であるか否かについても、それを基礎づける事実
   を審査する必要がある。
    なお、原告がこの点について全く主張をなさない背景には、日米安保条約に
   基づいて使用継続中の土地については、たとえ法的な占有権原が失われたとし
   ても、その使用の必要性、公益性が高い、という判断があると見受けられる。
   しかし、日米安保条約による継続使用という事実さえあれば、それぞれの具体
   的土地についての審査もすることなく不法占拠にはならない、というのであれ
   ば、まさに強制使用手続など全く必要でなくなる。これでは、法治国家の自殺
   行為であるのみならず、原告が強制使用手続を進行させるために本件職務執行
   命令訴訟を提起していることとの重大な矛盾が生じることになる。
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    よって、右不法占拠か否かの判断を基礎づける本件土地に関する具体的な事
   実関係、賃貸借契約終了後の国及び知花昌一氏との間の交渉経過、本件土地の
   利用状況、知花昌一氏における本件土地の必要性その他を証拠調べしなければ
   ならない。
 三 原告第三準備書面三項の1について
   訴権濫用を認めた最高裁一九七八年七月一〇日第一小法廷判決は、当該事件が
  有限会社の社員総会決議不存在確認請求の訴えの提起であったため、その事件の
  特質に応じて対世効を訴権濫用を認定した一つの理論的根拠として示したに過ぎ
  ない。原告は、このことを不当に拡大解釈して、本件訴訟に対世効がないことを
  理由に、土地所有者知花昌一氏と国の間に生じる事由は本件と無関係と主張する。
   しかし、信義則やクリーンハンドの原則、または訴権の濫用といった一般的法
  原則は、具体的事案に応じて多様な適用がなされるところに一般的法原則たるゆ
  えんが存するのであり、原告の主張するような、第三者に対する信義則違反と判
  決の対世効という要件が訴権濫用の一般的要件となるものではないのである。
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   本件に即してみると、これまで被告が主張してきたとおり、本件職務執行命令
  及び本訴訟の提起は、本件土地の強制使用手続の必要不可欠な部分をなす行為で
  あり、強制使用手続が奏功するということは、不法占拠中の本件土地の返還義務
  を直接免れさせる効果をもたらすものである。対世効などの議論を持ち出すまで
  もなく、知花昌一氏に対して直接不利益な法的結果をもたらすことになるのであ
  る。
   また、そもそも、知花昌一氏に対する信義則違反という事実の媒介を抜きにし
  ても、原告の本件職務執行命令及び同訴訟の提起は、直接被告との関係でもクリー
  ンハンドの原則に違反して違法であるというべきである。本件命令をその一部と
  する強制使用手続自体が国の違法行為を免れさせる直接的な効果をもたらすこと
  や、国による不法占拠の事実自体が直接本件命令の要件にも重大な影響を及ぼし
  ていることは、まさに被告との関係で問題にされるべき事柄なのである。
   裁判所におかれては、クリーンハンドの原則等の法原則が、法の機械的形式的
  適用が国民の法的正義の観念から乖離してしまうことを防止するための修正原理
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  として機能するべきであることを十分踏まえ、国民の法的正義観念に即した判断
  をされたい。
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