公告縦覧拒否拒否訴訟(楚辺通信所)

被告(沖縄県)  第二準備書面



平成八年(行ケ)第一号
職務執行命令裁判請求事件

    被 告 第 二 準 備 書 面

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平成八年(行ケ)第一号
職務執行命令裁判請求事件

                    原 告   内 閣 総 理 大 臣
                          橋  本  龍 太 郎

                    被 告   沖 縄 県 知 事
                          大  田  昌   秀


    被 告 第 二 準 備 書 面


一九九六年七月二九日
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                        右被告訴訟代理人
                         弁護士  中 野 清 光
                          同   池宮城 紀 夫
                          同   新 垣   勉
                          同   大 城 純 市
                          同   加 藤   裕
                          同   金 城   睦
                          同   島 袋 秀 勝
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                          同   仲 山 忠 克
                          同   前 田 朝 福
                          同   松 永 和 宏
                          同   宮 國 英 男
                          同   榎 本 信 行
                          同   鎌 形 寛 之
                          同   佐 井 孝 和
                          同   中 野   新
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                          同   宮 里 邦 雄

                        右被告指定代理人
                          同   又 吉 辰 雄
                          同   粟 国 正 昭
                          同   宮 城 悦二郎
                          同   大 浜 高 伸
                          同   垣 花 忠 芳
                          同   山 田 義 人
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                          同   比 嘉   博
                          同   兼 島   規
                          同   比 嘉   靖
                          同   謝 花 喜一郎

福岡高等裁判所那覇支部 御中

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   目   次

第一 本件訴訟の審埋の範囲 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一
 一 砂川事件の概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一
 二 破棄された東京地裁判決の内容 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二
 三 最高裁判決の検討と高裁判決批判 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・五
 四 最高裁判決の述べる司法審査固有の審判権の限界の意味 ・・・・・・・二二
 五 高裁判決に対する判例評釈 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二四
第二 駐留軍用地特措法の法令違憲性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・三四
 一 憲法前文、九条、一三条の平和主義―平和的生存権の侵害 ・・・・・・三四
  1 平和的生存権誕生の歴史的背景 ・・・・・・・・・・・・・・・・・三四
  2 国際社会と平和的生存権 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三八
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  3 日本国憲法と平和的生存権 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・四〇
  4 平和的生存権の具体的権利性、裁判規範性 ・・・・・・・・・・・・四八
  5 平和的生存権の展開 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・五七
  6 平和的生存権の直接的侵害 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・六〇
  7 まとめ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・六二
 二 憲法二九条違反 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・六三
  1 財産権保障の意義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・六三
  2 駐留軍用地特措法の財産権制約目的 ・・・・・・・・・・・・・・・六五
  3 制約が必要最小限度か ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・六九
  4 米軍の駐留目的と米軍基地の実態―立法事実論 ・・・・・・・・・・八四
  5 結論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・八九
 三 憲法三一条違反 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九〇
  1 土地収用法一八条について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九一
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  2 土地収用法二四条、二五条について ・・・・・・・・・・・・・・・九二
  3 土地収用法二三条について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九三
  4 結論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九四
第三 駐留軍用地特措法を本件土地の使用のために適用することの違憲性 ・・九五
 一 適用違憲、運用違憲 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九五
  1 適用違憲の意義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九五
  2 運用違憲について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九七
 二 安保条約目的条項を逸脱する米軍の駐留の憲法九条、前文への違反 ・一〇一
  1 砂川刑特法事件最高裁判決 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・一〇一
  2 憲法九条及び平和的生存権に基づく外国軍隊の駐留に対する制約 ・一〇二
  3 憲法九条及び平和的生存権に基づく日米安保条約目的条項の制約
   の存在 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一〇四
  4 日米安保条約目的条項を逸脱する米軍駐留の実態 ・・・・・・・・一〇五
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  5 安保「再定義」による日米安保条約目的条項逸脱の固定化 ・・・・一〇九
 三 様々な基地被害ないしその危険をもたらしている在沖米軍基地の使用
  のために駐留軍用地特措法を適用することによる平和的生存権侵害 ・・一一八
 四 憲法一四条、九二条、九五条違反 ・・・・・・・・・・・・・・・・一二一
  1 沖縄への基地集中の差別的実態 ・・・・・・・・・・・・・・・・一二一
  2 沖縄県民への差別的処遇の違憲性 ・・・・・・・・・・・・・・・一三四
  3 沖縄県に対する差別的処遇の違憲性 ・・・・・・・・・・・・・・一三六
  4 沖縄県にのみ駐留軍用地特措法を適用することの違憲性 ・・・・・一三九
 五 憲法二九条違反 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一四二
  1 公共性概念について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一四三
  2 原告の主張する公共性の不存在 ・・・・・・・・・・・・・・・・一四九
  3 本件土地を提供することの反公共性 ・・・・・・・・・・・・・・一五九
  4 小括 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一六五
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第四 本件強制使用認定の違法性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一六七
 一 はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一六七
 二 強制使用認定の要件について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・一六八
  1 使用認定の二つの要件 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一六九
  2 二要件に共通する「駐留軍の用に供する」ことの意義 ・・・・・・一七〇
  3 「必要性」の要件 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一八一
  4 「適正且つ合理的」要件 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一八九
 三 楚辺通信所における本件強制使用認定の違法性 ・・・・・・・・・・一九九
  1 施設の目的と概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一九九
  2 使用認定の要件の欠如について ・・・・・・・・・・・・・・・・二〇一
第五 公告縦覧代行と地方自治 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二〇八
 一 問題の所在 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二〇八
  1 公告縦覧代行義務の不存在 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・二〇八
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  2 主務大臣の処分違反の不存在 ・・・・・・・・・・・・・・・・・二〇九
 二 公告縦覧代行の法的性格 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二一一
  1 公告縦覧の法的性格 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二一一
  2 公告縦覧代行の法的性格 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二一二
 三 「機関委任事務」における主務大臣の指揮監督の性格 ・・・・・・・二一九
  1 「機関委任事務」についての従来の説明 ・・・・・・・・・・・・二一九
  2 国・主務大臣と地方公共団体の長との関係 ・・・・・・・・・・・二二一
 四 地方自治の本旨に反する「機関委任事務」の執行拒否―地方自治の
  保障と知事の職務 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二三〇
  1 憲法による地方自治の保障 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・二三〇
  2 地方自治の本旨 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二三一
  3 自治行政権と法令審査権 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二三三
 五 本件公告縦覧代行と違憲状態ー具体的内容 ・・・・・・・・・・・・二四二
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  1 住民の意思に反する本件公告縦覧代行 ・・・・・・・・・・・・・二四二
  2 住民の生活、人権、財産権、福祉(地域振興)を侵害する
   本件公告縦覧代行 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二四四
 六 違法な公告縦覧申請及び代行申請 ・・・・・・・・・・・・・・・・二四六
第六 職務執行命令訴訟の意義と地方自治法一五一条の二の要件欠缺
  について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二四七
 一 職務執行命令訴訟の意義と裁判所の審査権 ・・・・・・・・・・・・二四七
 二 審査権についての原告主張に対する反論 ・・・・・・・・・・・・・二五二
 三 公益侵害の不存在 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二六七
第七 財産権を侵害し、クリーンハンドの原則に反する違憲違法な
  強制使用手続 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二八二

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第一 本件訴訟の審理の範囲
 一 砂川事件の概要
   沖縄の米軍基地をめぐる職務執行命令訴訟にたずさわる者にとって今や周知と
  なった、貴重な先例として砂川事件がある。
   その事件の概要は、次のとおりである。
   米軍立川基地(当時)を拡張するため、東京都北多摩郡砂川町(現立川市)の
  土地を収用する目的で、東京調達局長(現防衛施設局長)が駐留軍用地特措法と
  土地収用法による所定の手続を経た後、東京都収用委員会に対して裁決の申請を
  した。
   そこで同収用委員会は、土地収用法の規定に基づいて裁決申請書や添付書類の
  写を砂川町長に送付した。
   土地収用法によると、市町村長はこれらの書類を受け取った時はただちに、裁
  決の申請があった旨及び収用の対象となる土地の所在・地籍・地目などを公告し、
  公告の日から二週間その書類を縦覧に供するとともに、公告の日を収用委員会に
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  報告しなければならないことになっていた。しかし、砂川町長は、基地拡張反対
  の立場からこうした手続を拒否したのである。
   そこで東京都知事は地方自治法一四六条(現在削除、現一五一条の二に相当)
  各項に基づいて、指定期限内に右の手続を履行するよう文書で命令したが、町長
  は履行しなかったので、東京地裁に職務執行を命令する裁判を請求する訴えを提
  起したのである。
 二 破棄された東京地裁判決の内容
  1 周知のとおり、砂川事件の一審の東京地裁判決は東京都知事を勝たせ、砂川
   町長に職務執行を命じた。町長は最高裁判所に上告し、最高裁はこの上告を容
   れ、右東京地裁判決を破棄し、事件を東京地裁に差し戻した(一九六〇年六月
   一七日第二小法廷判決。民集一四巻八号一四二〇頁。判例時報二二七号七頁。
   以下、「最高裁」判決という)。
    そこで、右東京地裁判決の構造を検討し、それと最高裁判決とを対比するこ
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   とによって、最高裁判決の論理を明らかにし、いわゆる代理署名訴訟について
   言渡された福岡高等裁判所那覇支部一九九六年三月二五日判決(以下、「高裁
   判決」という)が最高裁判決の論理に反するものであることを明らかにする。
    なお、最高裁判決による差戻後の東京地裁判決は、再び都知事を勝たせた。
   この判決は確定したが、それには、「差戻審中における宮崎町長の死去、新町
   長による不上告、という経緯となった。」(兼子仁「自治体法学」学陽書房一
   一五頁)という事情がある。
  2 最高裁判決によって破棄された東京地方裁判所昭和三三年七月三一日判決
   (判例時報一五九号四六頁。以下、「破棄された東京地裁判決」という)は、
   次のように判示している。
    「町長は国の機関として処理する行政事務については都知事と上命下服の関
   係にたち、上級機関である都知事の命令に拘束されると解すべきである。それ
   故町長は都知事の職務執行命令に対してはそれが形式的要件(当該命令が所定
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   の方式を具備すること、都知事が当該事項につき命令権を有すること又は命令
   事項が町長の権限内の国の事務に属することその他の要件)を欠き又は不能の
   事項を命じている場合等を除き、その命令に服従する義務があり、その命令が
   実質的に違憲又は違法な行為の執行を命じているとの理由でこれを拒否し或は
   無視することはできないものといわなければならない。」
    「職務執行命令訴訟制度の趣旨は・・・・・町長の権限に属する国の事務を
   強制する場合には、特に慎重を期して裁判所に関与させようとするものである
   から、いいかえれば、行政部内における上級機関の下級機関に対する監督権の
   行使方法として特別に法律が裁判所に権限を付与した本来行政に属する争訟の
   制度ということができる。それ故国の機関である町長が国の事務に関しては都
   知事の命令に拘束されること前叙のとおりであるとすれば、この訴訟における
   審理の対象もまた都知事の職務執行命令の前記形式要件に関する事項以上に出
   ることは許されず、裁判所は遡って当該命令の実質的な適否につき審査するこ
   とはできないものと解すべきである。」
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  3 宇賀克也助教授は、右地裁判決について、次のように述べている(地方自治
   判例百選(第二版)一二一頁)。
    「原審判決の結論は、以下の三つの前提の結合によって導かれている。第一
   の基本的前提は、職務執行命令を求める訴訟において裁判所が審査すべきであ
   るのは、受命機関が下命機関の当該訓令に拘束されるか否かという点であると
   いうことである。第二に、国の機関委任事務の遂行という局面に関しては、下
   命機関である都知事と受命機関である町長は、上命下服の関係に立ち、したがっ
   て、一般に下級機関が上級機関の訓令に拘束されるのと同程度に、町長は、都
   知事の職務執行命令に拘束されるということが前提とされている。そして、第
   三の前提は、下級機関は、上級機関の訓令が形式的要件を欠き、又は不能の事
   項を命じている場合等を除き、それに拘束され、当該訓令の実質的審査はでき
   ないということである。」
 三 最高裁判決の検討と高裁判決批判
  1 宇賀助教授は、最高裁判決について、解釈が分かれうるとした上で、次のよ
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   うに述べている(前掲書同頁)。
    ひとつには、原審判決の第一の基本的前提自体は是認したうえで、第二の前
   提を否定したとする解釈が成立しうる。換言すれば、国の機関委任事務につい
   ては、下命機関と受命機関の関係は、そもそも、上級機関と下級機関の間の一
   般的関係とは異なり、受命機関は、違法な職務執行命令には拘束されないから、
   職務執行命令を求める訴訟においても、裁判所は、実質的審査をなしうると解
   するのである。いまひとつは、第一の基本的前提自体を否定しているとみる解
   釈である。すなわち、訓令違反であるということと、裁判所が職務執行命令を
   発することとは、論理必然的に結びつくものではなく、国の機関委任事務につ
   いても、受命機関には下命機関の訓令の実質的審査権はないが、代行権や罷免
   権を発生させるためには、裁判所の判断を経なければならず、その際、司法機
   関である裁判所を介在させた所以は、単なる形式的審査のみならず、職務執行
   命令の適法性についての実質的審査を行わせるためであるという解釈も成立し
   うるのである。以上のうち、第一の解釈は、国の機関委任事務につき、受命機
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   関にも、適法性についての実質的審査権を肯定し、その結果として、職務執行
   命令訴訟における裁判所の実質的審査権が導かれると解するのに対し、第二の
   解釈は、受命機関の実質的審査権を否定しながら、裁判所には、これを肯定す
   るもので、職務執行命令訴訟は、受命機関が訓令に拘束されるか否かを審査す
   るものではなく、実質的にも適法な職務執行命令についてのみ、代行権や罷免
   権を発生させるための制度であるとみるものである。」
  2 二の3に述べた宇賀助教授の、破棄された東京地裁判決の分析と、右地裁判
   決を破棄した最高裁判決との関係から言って、最高裁判決は、宇賀助教授の第
   一の解釈または第二の解釈のいずれかに必ず帰着しなければならないのである。
   実際、最高裁判決は、「職務執行命令訴訟において、裁判所が国の当該指揮命
   令の内容の適否を実質的に審査することは当然であって、したがってこの点、
   形式的審査で足りるとした原審の判断は正当でない。」と言っているのである
   から、指摘命令の内容の適否について、受命機関に実質的審査権を認めるか、
   そうでなければ裁判所に認めるか、しかないのである。受命機関に実質的審査
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   権を否定し、かつ、裁判所の審査すべき対象は受命機関の審査権の範囲に限ら
   れるとすることは、明らかに最高裁判決に違背するのである。
    高裁判決が、「裁判所は、本件訴訟において、本件命令の実質的適否、すな
   わち、都道府県知事が法律上本件命令に係る事項を執行すべき義務を負うか否
   かを判断する際に、右法令により都道府県知事に審査権が付与されていない事
   項を審査して右義務の有無を論ずることはできないといわなければならない。
   これに対して、被告の審査権の範囲にかかわらずおよそ本件命令の適法性一般
   について裁判所は審査すべきであるとの被告の主張は失当を免れない。」と判
   示しながら(一九八、一九九頁。宇賀論文のいう破棄された東京地裁判決の第
   一の基本的前提である)、「特措収用法三六条五項が、使用認定に関する事務
   など元来原告において管理執行すべき駐留軍用地の使用に関する事務のうち従
   たる地位を占める署名等代行事務をこれから切り離してその管理執行を都道府
   県知事に委任するに当たり、原告が先行行為として行う使用認定が適法か違法
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   か、あるいは、有効か無効かについて、改めて当該都道府県知事の判断を介入
   させる余地を与えようとしたものとは到底解されないのであって、都道府県知
   事は審査権を有しない先行する使用認定についての違法又は無効を理由として
   署名等代行事務を拒否することは許されないといわざるを得ない。」と判示す
   るのは(二〇九、二一〇頁。宇賀論文のいう破棄された東京地裁判決の第二の
   基本的前提である)、明らかに最高裁判決に違背するのである。
    裁判所の審査の対象を受命機関の審査権の範囲に限定した上で、受命機関の
   実質的審査権を否定するのでは、最高裁判決が、「裁判所が国の当該指揮命令
   の内容の適否を実質的に審査することは当然であ」る、と宣した意味が全く没
   却される。本件の場合、総理大臣のした使用認定の適否を審査しないで、署名
   等代行や公告縦覧代行を命じる命令の「内容の適否を実質的に審査」したこと
   にならないのは誰の目にも明らかである。
    なお、さらに問題なのは、使用認定の違憲無効さえ、司法審査の対象とはな
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   らない、としている点である。被告は、右福岡高裁那覇支部の審理において、
   駐留軍用地特措法を各土地に適用してした使用認定は違憲無効であることを詳
   細に主張した。ところが、高裁判決は、「使用認定が有効か無効かについて、
   改めて当該都道府県被告の判断を介入させる余地を与えようとしたものとは到
   底解されない」、「この理は右無効の原因が憲法違反である場合においても同
   様というべきである」、として(二二七頁)、本件使用認定が違憲無効である
   かどうかについて何の審査も加えなかった。
    本件使用認定が違憲無効であれば、署名等代行や公告縦覧代行を命じる命令
   は、その前提を欠いて、無効または違法であることは自明の理である。使用認
   定の違憲無効について審査しなかった高裁判決は、「裁判所が国の当該指揮命
   令の内容の適否を実質的に審査することは当然である」とした最高裁判決に違
   背すること明白である。
  3 芝池義一教授は、主務大臣と都道府県知事の関係について論述するにあたり、
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   最高裁判決に触れて、裁判所の実質的審査権を、命令の拘束力とそれに対する
   受命機関の服従義務の範囲の問題にはね返らせない考え方と、はね返らせる考
   え方とがあることを指摘し、さらに後者を二つの考え方に分けている(地方自
   治大系〔第二巻〕一八六、一八七頁)。
    はね返らせない考え方が宇賀助教授の第二の解釈に相当する。
    そして、はね返らせる考え方の一つは、地方自治法一五〇条の指揮監督権の
   行使たる命令も、それが実質的にも適法である場合のみ、法的拘束力を有し、
   受命機関に服従義務がある、とするものである。これは、宇賀助教授の言う第
   一の解釈と同じである。芝池教授の言うはね返らせる考え方のもう一つは、一
   九九一年の改正前の地方自治法一四六条に基づく職務執行命令訴訟手続の第一
   の段階をなす主務大臣の職務執行命令と、一五〇条に基づく主務大臣の指揮監
   督権の行使たる命令とを区別し、後者をその本質において行政指導的なものと
   とらえ、その拘束力を否定するものである。
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    地方自治法一四六条の命令と一五〇条の命令とを区別する解釈も挙げるだけ、
   芝池教授の論述の方が、都道府県知事の自主独立性を尊重する点において、宇
   賀助教授の論述より幅が広いと言えよう。いずれにしろ、芝池説からも、右2
   に述べた主張が強く支持されることは明らかである(現に、芝池教授は、後に
   紹介する判例批評において、この点、強く高裁判決を批判している)。
  4 近藤昭三教授は、国の機関委任事務について、「思うに、職務執行命令の適
   法性について関係機関相互に対立があり、その対立の決着について裁判所の介
   入が認められているのであるから、適法な命令にのみ服従義務が生ずるとする
   方が行政の法適合性によりよく合致し、そう考えても右に述べた現実の行政過
   程における不都合は生じないであろう。」と記述して、適法な命令にのみ服従
   義務が生ずるという見解(宇賀助教授のいう最高裁判決の第一の解釈)を支持
   している。
    そして、最高裁判決との関連で次のように記述している。
    「最高裁は、『裁判所が当該指揮命令の内容の適否を実質的に審査すること
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   は当然』であるとし、その根拠を職務執行命令訴訟の存在理由に求め、この制
   度の趣旨は職務執行命令の適法性が裁判所により是認されてはじめて、国の代
   執行権・罷免権の発動が正当化される点にあると説いている。
    思うに、原審判決の論旨はそれなりに首尾一貫しており、行政の統一、迅速
   性を重視したものといえる。これに対し最高裁判決は、法律判断機関としての
   裁判所の権限の十全性を尊重すると共に地方自治機関の自主性をよりよく保障
   するものである。そして最高裁のこの点の判示よりすれば、地方公共団体の長
   の服従義務を通説のように解することは、命令に無効原因に該当しない違法の
   瑕疵がある場合には服従義務がありながら義務違反に対する制裁を欠くことに
   なる。この点からいっても、服従義務について前述のように解する方が妥当で
   あり、最高裁の判決に論理整合性を与えることになる。」(地方自治判例百選
   (第一版)一〇九頁)
    近藤教授が高裁判決を読まれれば、前記2に引用した知事の審査権の範囲に
   いての判示を強く批判されるであろう。
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  5 金子宏教授は、最高裁判決について、次のように述べている(ジュリスト二
   〇八号所収「地方自治法一四六条における職務執行命令訴訟の諸問題」一〇九、
   一一〇頁)。
    「前提の最高裁判決が、その趣旨を、『地方公共団体の長本来の地位の自主
   独立性の尊重と国の委任事務を処理する地位に対する国の指揮・監督権の実行
   性の確保との間に調和を計る』ことにあるとしているのは正当であり、この趣
   旨を重視する場合には、職務執行命令訴訟において求められているのはまさに
   職務執行命令の適法性の確認なのであって、裁判所は法適用機関としての本来
   の権限の範囲を逸脱しない限り、職務執行命令の適法性を実質的に審査しうる
   し、すべきであると解するのが、地方自治法一四六条の正しい解釈ではないか
   と思われる。前述のように、下級の行政機関は、上級機関への服従義務と国法
   を遵守する義務と性質の異なる二つの義務を負担しているのであるが、一四六
   条がわざわざ独立の法判断機関の判断を経させているのは上下の行政機関の間
   で法の解釈について対立がおこった場合どちらの解釈が正しいかを判断させ、
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   正しい法の執行を保障すること、すなわち組織法的関係から離れて一般国法の
   見地から命令の適否を判断させること、すなわち一般国法の見地からみた場合
   知事または市町村長は命ぜられたことをなす法律上の義務があるかどうかを審
   査させることに狙いがあると考えられるのである。」
    すなわち、知事は、組織法的関係から離れて、一般国法の見地から、国土の
   〇・六パーセントを占めるにすぎない沖縄県に全国の米軍基地の七五パーセン
   トを押しつけ、長きは五〇年以上にわたって、土地所有者の意思に反して土地
   の強制使用を継続しようとする国の施策(復帰前のことについても、米国に施
   政権を与えたのは国である)である本件使用認定が「適正かつ合理的」である
   と言えるのか、また各土地の個々について同じく「適正かつ合理的」という要
   件が充足されているのか、それを吟味し、使用認定が違法であるときは、当然
   署名等代行や公告縦覧代行を命じる命令も違法なのであるから、その点を判断
   することができるし、しなければならないのである。また、県民の身体、生命、
   財産を守り、平和のうちに生きる権利を保障する見地から、本件署名等代行命
---------- 改ページ--------16
   令に従うのと拒否するのと、どちらが公益に合致し、地方自治の本旨にかなう
   のかを、判断することができるし、しなければならないのである。
    金子教授はまた、次のようにも述べている(前掲書一一一頁)。
    「裁判所の審査権を以上のように考えると、職務執行命令の拘束力およびそ
   れに対する服従義務も、通常の訓令の場合とは甚しく異なってくる。すなわち、
   地方自治法一四六条は、違法な職務執行命令の拘束力とそれに対する地方公共
   団体の長の服従義務を遮断する意味をもっているということになるであろう。」
  6 磯野弥生教授は、最高裁判決について、次のように述べている(行政判例百
   選T(第三版)八五頁)。
    「本判決は、この制度の趣旨から、『裁判所が国の当該指揮監督命令の内容
   の適否を実質的に審査することは当然』であると裁判所の実質審査権を認めて
   いる。そのことは、国の機関と地方自治体の長の法令解釈、権限行使に対立が
   あったときには、適法な命令にのみ服従義務を生じるのであって、職務執行命
---------- 改ページ--------17
   令訴訟で長の主張が退けられるまでは、長は法令について独自の解釈をなしう
   る権利を有していることを認めた。いいかえれば、先述のように地方自治体の
   長に国の事務を委任したことは、その地方の特殊性に応じた裁量権を行使する
   範囲を認めることであるということを、この判決は明確にした。」
  7 原田尚彦教授は、その著書「地方自治の法としくみ(全訂二版)」(学陽書
   房)において、次のように述べている(一五六頁)。
    「法の執行権には法解釈権が当然に内包されているとみる本稿の視点からす
   ると、機関委任事務の執行に際しても、地方公共団体の機関が無批判に中央の
   解釈に従うべきいわれはない。国が機関委任事務の執行権を地方公共団体の機
   関に移譲した以上はこれに付随して法律の解釈権も移譲されたと解すべきだか
   らである。最高裁の判例もこれを承認した。」
    もちろん、原田教授があげているのは、砂川職務執行命令訴訟の最高裁判決
---------- 改ページ--------18
   である。原田教授は、最高裁判決を解説した上で、次のように述べている(一
   五七頁)。
    「最高裁は、中央省庁の法解釈と地方公共団体の長のそれとが異なる場合に
   は、裁判所がいずれが正当な解釈であるかを決定し、裁判所が中央の法解釈を
   正当と認めたとき、はじめて職務執行命令判決を下すとしたのである。中央の
   法解釈の優越性を否認し、中央と地方の法解釈の対等性を承認した判決と評し
   てよいであろう。」
    「右の最高裁判決は地方自治の実現にとって、きわめて重要な意味をもって
   いる。この判決の趣旨にそえば、地方公共団体の長は、機関委任事務について
   も国の職務命令に盲従する必要はなく、職務命令を違法と考える場合には、自
   己の所信を貫いていったん服従を拒否し、国からの職務執行命令訴訟の提起を
   まって裁判所の判断を仰ぎ、職務命令の適法性が裁判上で確認されたとき、は
   じめてこれに従えばよいという強い立場が認められることになるからである。」
  8 兼子仁教授は、その著書「自治体法学」(学陽書房)の一一三、一一四頁に
   おいて、次のように述べている。
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    「右の『職務執行命令訴訟』制度は、戦後当初に、一九四七(昭和二二年)
   年末の地方自治法の第一次改正で導入されたもので、戦後も存続を法認された
   『国の機関委任事務』制度における自治体の長の自主的地位を保障しようとす
   る趣旨であった。
    それが憲法上の『地方自治の本旨』に沿うと解されることは、その後一九六
   〇年の砂川基地事件の最高裁判決(昭和三五・六・一七)において、つぎのと
   おり公認されている。
    『国の委任を受けてその事務を処理する関係における地方公共団体の長に対
   する指揮監督につき、いわゆる上命下服の関係にある、国の本来の行政機構の
   内部における指揮監督の方法と同様の方法を採用することは、その本来の地位
   の自主独立性を害し、ひいて、地方自治の本旨に戻る結果となるおそれがある。
   そこで‥‥地方自治法第一四六条は、右の調和を計るためいわゆる職務執行命
   令訴訟の制度を採用したものと解すべきである』。(傍点筆者)
    また元来、地方自治法一三八条の二は、『普通地方公共団体の執行機関は‥‥
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   法令に基づく‥‥国の事務を、自らの判断と責任において、誠実に管理し及び
   執行する義務を負う』と書いてきたのである。同じく同法九九条一項も、『普
   通地方公共団体の議会は、‥‥長に委任された国の事務に関し、長の説明を求
   め、又はこれに対し意見を述べることができる』と書いてきた。
    これらの趣旨を解釈するとき、国の行政が各省の『地方支分部局』を通じて
   直営されるのでなく、各地域における自治体の長に委任されて執行される際に、
   それ相当に地元自治体の意向を反映せしめることが、法制上予定されている趣
   旨だと解される。」
  9 最高裁判決を論理的に分析するならば、三の1に宇賀助教授の論述を紹介し
   たとおり、「国の機関委任事務については、下命機関と受命機関の関係は、そ
   もそも、上級機関と下級機関の間の一般的関係とは異なり、受命機関は、違法
   な職務執行命令には拘束されないから、職務執行命令を求める訴訟においても、
   裁判所は、実質的審査をなしうると解する」か、「国の機関委任事務について
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   も、受命機関には下命機関の訓令の実質的審査権はないが、代行権・・・・を
   発生させるためには、裁判所の判断を経なければならず、その際、司法機関で
   ある裁判所を介在させる所以は、単なる形式的審査のみならず、職務執行命令
   の適法性についての実質的審査を行わせるためである」と解するか、いずれか
   ということになる。
    高裁判決は、受命機関に実質的審査権を否定し、かつ、裁判所の審査すべき
   対象は受命機関の審査権の範囲に限られる、とするものであって、最高裁判決
   に違背することは明白である。
    右のとおり、高裁判決の誤りは明らかであるが、右4から8に見たとおり、
   圧倒的多数の学説は、右の二つの解釈のうち、受命機関に下命機関の訓令の実
   質的審査権を認めているのである。それは、知事や市町村長に、「組織法的関
   係から離れて一般国法の見地から命令の適否を判断させる」(金子)ことであ
   り、「地方の特殊性に応じた裁量権を行使する範囲を認める」(磯野)ことで
   あり、「国が機関委任事務の執行権を地方公共団体の機関に移譲した以上は、
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   これに付随して法律の解釈権も移譲されたと解すべき」 (原田)であり、
   「それ相当に地元自治体の意向を反映せしめることが、法制上予定されている
   趣旨」(兼子)なのである。
    これらは、まさに地方分権の時代にふさわしい、正しい考え方なのであって、
   この点、高裁判決は、時代錯誤とのそしりを免れないものである。
 四 最高裁判決の述べる司法審査固有の審判権の限界の意味
  1 最高裁判決は、「裁判所が実質的に審査するについては、司法審査固有の審
   判権の限界を守ることはいうまでもないところであ」る、と述べている。
    この判示の意味であるが、右最高裁判決が言渡されたのが一九六〇年六月一
   七日であり、例の伊達判決を破棄した砂川刑事事件の大法廷判決が言渡された
   のが一九五九年一二月一六日であるという時期的なことと、その大法廷判決が
   いわゆる統治行為論を用いて司法審査の限界を説いたこととをあわせ考えると、
   職務執行命令訴訟最高裁判決の言う「司法審査固有の審判権の限界」というの
   は、大法廷判決の説く司法審査の限界と同じ意味であると考えられる。
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    前記近藤教授の職務執行命令訴訟最高裁判決の評釈は、「判旨は、司法審査
   固有の審判権の限界に言及しているが、統治行為が審判に服しないとすれば、
   安保条約・行政協定の違憲無効をいう被告の主張は採りあげられないことにな
   る。しかし、憲法問題一般が職務執行命令訴訟の審査範囲から除外されると解
   すべきでない。」としているのである(前掲書一〇九頁)。
    同様に、成田頼昭教授も最高裁判決を評釈して、「本件は、職務執行命令の
   当否の判断をしないで、原審に差し戻しているが被告の主張の中に安保条約が
   違憲であるとの主張が含まれている。しかし、この点については、すでに、最
   高裁大法廷は統治行為論によって裁判所の審査権の範囲外であるとしているの
   で、本件の審理に当たっても、右の限度で司法審査権が限定されることになろ
   う。」としているのである(行政判例百選U(第一版)三四五頁)
  2 そうすると、最高裁判決は、どの点について実質的審理をつくせと言ってい
   るのであろうか。それは、明らかに、土地収用の必要性であり(その中には、
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   立川基地のなりたち、周辺住民の生活とのかかわり、日本および極東の軍事的
   状況等が含まれる)、当該土地を収用することが「適正且つ合理的」であるか
   どうか、である。だからこそ、最高裁判決は、「本件は司法審査の及ぶ限度に
   おいて本件都知事の命令の適否を審査するにつき、なお事実の審理をする必要
   があることが明らかである。」と判示して、東京地裁へ事件を差し戻したので
   ある。
    差戻後の東京地裁判決が、収用認定その他の先行行為の適否や有効性を審査
   すべきでないとし、駐留軍用地特措法および安保条約の効力、ならびに収用委
   員会の権限および土地収用法四四条三項の規定による報告事務の性質しか審査
   しなかったのは、明らかに誤りをおかしたのである。そんなことであれば、最
   高裁は自判できたのである。
    そして、高裁判決は、この東京地裁判決と同じ誤りをおかしたのである。
 五 高裁判決に対する判例評釈
  1 被告が、多数の学説を引用しながら考察し、右に主張してきたことの正しさ
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   が、高裁判決に対する二名の学者の判例評釈によって、さらに裏付けられた。
    一つは、ジュリスト一〇九〇号七三頁以下の、芝池義一教授による「沖縄県
   知事による米軍基地用地強制使用の代理署名の拒否と職務執行命令訴訟」であ
   り、もう一つは、法律時報一九九六年六八巻七号二七頁以下の、人見剛助教授
   による「職務執行命令訴訟における裁判所の命令審査権の範囲について」であ
   る。
  2 芝池教授は、使用認定の適否の審査について、次のように述べている。
    「本件使用認定の違法性に関する判示は、判旨5で示したところであるが、
   ここでも、都道府県知事の審理権に裁判所の審理権をあわせるという思考が明
   白に現れている。」
    「指揮監督権の行使に対する下級行政機関の適法性審査権については、様々
   な学説があるが、機関委任事務制度において特徴的なことは、都道府県知事が
   主務大臣の指揮監督権の行使(命令)に従わない場合に裁判所の関与すなわち
   職務執行命令訴訟制度が設けられていることである。このことによって、主務
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   大臣の命令に対する都道府県知事の適法性審査権という組織法上の問題と並ん
   で、主務大臣の命令に対する裁判所の審査権という訴訟法上の問題が生まれる
   ことになった。
    この都道府県知事の審査権と裁判所の審査権を同一に解する説もあるが(砂
   川事件・差戻し前東京地裁判決)、砂川事件・最高裁判決は主務大臣の命令に
   ついて裁判所の実質的適法性審査権を認めたのであり、このため、裁判所の審
   査権と都道府県知事の審査権について様々な議論が展開されているのである。」
    芝池教授は、右の最後の「裁判所の審査権と都道府県知事の審査権について
   様々な議論が展開されているのである。」という記述の注に、被告が二の3や
   三の1において引用した宇賀助教授の論述をあげているのである。そして、芝
   池教授の論述は次のように続くのである。
    「このように見てくると、本件裁判所が砂川事件・最高裁判決を踏襲するの
   であれば、まず、組織法上の原則から離れて、訴訟法上、主務大臣の命令につ
   いて裁判所に認められる実質的適法性審査権に着目する必要があったのであり、
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   この審査権の行使との関係で内閣総理大臣の本件使用認定をも審査できるかど
   うかを検討する必要があったのである。
    それでは、まず主務大臣の命令についての裁判所の実質的適法性審査権の範
   囲はどのように考えるべきであろうか。
    この問題に対する直接の解答は簡単である。すなわち、裁判所は、主務大臣
   の命令が形式的要件(命令を発した機関が上級行政機関であること、命令が下
   級行政機関の所掌事務に関するものであることなど)のみならず実質的要件を
   も充足しているかどうかを審査できるのである。」
    「そこで、裁判所の審査権が内閣総理大臣の使用認定の適法性にまで及ぶか
   否かという問題に戻ると、内閣総理大臣の使用認定と内閣総理大臣の命令およ
   びそれに基づく都道府県知事の署名等代行義務との間には、起業者(本件の場
   合は防衛施設局長)による土地・物件調書の作成という手続が介在しているが、
   都道府県知事の署名等代行の義務づけの基底要因になっているのは、内閣総理
---------- 改ページ--------28
   大臣の使用認定の存在であるということがここでは重要であろう(一般に、土
   地収用法上、収用の手続の進行の原動力は、使用認定に対応する事業認定であ
   る)。換言すると、本件訴訟において直接に審査の対象になるのは、主務大臣
   の命令であるが、それが実質的に適法であるためには、署名押印義務が生じて
   いなければならず、この義務が適法に生じるためには、内閣総理大臣の使用認
   定が適法に行われていなければならないのである。このように考えると、職務
   執行命令訴訟において裁判所は、内閣総理大臣の使用認定の実質的適法性を審
   査できるし、またしなければならないと考えられる。」
    「前述のように、本件判決は、権限分配の原則を援用することによって、内
   閣総理大臣の使用認定に対する裁判所の審査権を否定しているが、これは、前
   述のように、組織法上の原則と訴訟法上の原則の次元の違いを明確に区別せず、
   前者から後者のあり方を導くという思考である。」
  3(一)人見助教授は、砂川事件差戻審判決と高裁判決について、「両判決は、
---------- 改ページ--------29
    受命機関による下命機関の指揮命令の審査権の範囲と職務執行命令訴訟にお
    ける裁判所の審査権の範囲とが、一致するという前提に立脚している。」と
    述べた上で、次のように論を進めている。
     「しかし、このような前提は、職務執行命令訴訟において当然のものであ
    ろうか。最高裁判決は、地方自治法が職務執行命令訴訟という裁判所関与制
    度を採用した理由を、地方公共団体の長の地位の自主独立性の尊重という要
    請と国の指揮監督権の実効性の確保の要請とを調和させることに求め、当該
    命令が適法であるか否かをまず裁判所に判断させ、裁判所がその適法性を是
    認した場合にはじめて主務大臣等が代執行権を行使できることにしたものと
    理解している。すなわち、最高裁は、職務執行命令訴訟における審査対象は、
    受命機関の義務違反の存否ではなく、指揮命令の適法性の有無であるとし、
    受命機関の審査権の有無を問題としてはいないのである。かかる見地からす
    れば、職務執行命令訴訟における裁判所の審査権の範囲は、行政組織法上の
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    要請から一定の制限を受けると考えられる受命機関たる地方公共団体の長の
    審査権の範囲と合致する必然性はなく、むしろ法判断機関としての裁判所の
    権限の十全性を尊重することこそが、右最高裁判決が述べている二つの要請
    を調和させるものと考えられる。そして、最高裁判決自身も『職務執行命令
    ・・・訴訟において、裁判所が国の当該指揮命令の内容の適否を実質的に審
    査することは当然』(傍点筆者)であるとして、命令の内容たる職務の当否
    の実質的審査を当然に必要とし、さらに『いやしくも、裁判所の審査権の限
    界内にあると認められる限りにおいては、裁判所はこれが実質的な審査を回
    避しもしくは拒否し得べきものではない』とも述べているのである。」
   (二)被告は、四の2において、差戻後の東京地裁判決が誤っている理由の一
    つとして、 同判決のような理解であれば、最高裁は、「本件は司法審査の
    及ぶ限度において本件都知事の命令の適否を審査するにつき、なお事実の審
    理をする必要があることが明らかである」として事件を差戻す必要はなく、
    自判することができたではないか、と主張した。
---------- 改ページ--------31
     人見助教授は、右の点について、次のように述べている。
     「同事件差戻審の述べるように『裁決申請書が東京都収用委員会から送付
    されたものであるかどうか、それが土地収用法第四四条第一項にいう裁決申
    請とその添付書類中の砂川町に関係ある部分の写しであるかどうか』、そし
    て指揮命令にかかる直接の根拠法である特別措置法の合憲性のみが当該職務
    執行命令訴訟の審理対象であると最高裁が考えていたとすれば、同裁は事件
    を差し戻すことなく、自判したであろうからである。前者の問題は、既に原
    審において充分に事実認定されており、後者の問題は純粋の法律問題であっ
    て事実認定とは関係がないのである。」
     その上で、人見助教授は、当時最高裁調査官であった白石健三氏の解説の
    次の部分を引用している。
     「たとえば、目的地を駐留軍の用に供することが明白に不適正・不合理と
---------- 改ページ--------32
    認められるような場合には、裁判所は内閣総理大臣の認定を違法と判断し得
    るわけであるから、右要件の存否につき裁判所は最小限度の実質的審査を辞
    するわけにはゆかない。
     ところで、原審は実質的審査は許されないとの見解をとったため、実質的
    審査の見地から必要とされる最小限度の事実についてすら、まったく、審理・
    確定していない。たとえば、土地収用の要件である土地所有者との協議が果
    たして行われたかどうかというような事実(この事実は当事者間に争があ
    る。)すら、原審は確定していない(もっとも、原審のような見解をとって
    も、協議の有無の如きは、形式的審査の範囲に属するとすら解する余地がな
    いではなかろう)。また『適正かつ合理的』の要件の存否の判断に必要とさ
    れる最小限度の事実すら原審は確定していない。そうすると、違憲の主張を
    含む法律的主張につき、仮に最高裁が直接判断を下すとしても、なお、右述
    のような点で、事実の審理のために、本件を原審に差し戻さねばならないこ
    ととなるわけである。そこで、今回の判決では、違憲の主張等にはまったく
---------- 改ページ--------33
    触れず、単に職務執行命令訴訟においては、裁判所は命令の適否を実質的に
    審査すべきものであり、実質的に審査するについては、なお事実の審理を要
    するという理由だけで、破棄差戻となった。」
     以上詳述したとおり、高裁判決の誤りは明らかである。

---------- 改ページ--------34
第二 駐留軍用地特措法の法令違憲性
   本件公告縦覧手続の根拠法たる駐留軍用地特措法は、違憲・無効な法律である
  から、原告が知事に本件公告縦覧手続を求めることは許されない。
   駐留軍用地特措法は、国が、「駐留軍の用に供する」という軍事目的を実現す
  るために国民の私有財産を、強制的に使用または収用することを内容とするもの
  である。したがって、憲法前文、九条及び一三条によって宣言・保障された平和
  主義、平和的生存権を侵すものである。のみならず、軍事目的の強制収用は、私
  有財産を「公共のために用いる」場合に当らないから、憲法二九条三項に違反す
  るものである。さらに、駐留軍用地特措法は、土地収用法に比較し、著しく収用
  手続が簡略されており、適正手続を保障しているものとは言えないから、憲法三
  一条にも違反するものである。
 一 憲法前文、九条、一三条の平和主義―平和的生存権の侵害
  1 平和的生存権誕生の歴史的背景
    平和的生存権は、想像上生み出された抽象的観念的な権利ではなく、人類の
---------- 改ページ--------35
   幾多の戦争、特に二〇世紀における戦争の経験を通して具体的な形で存在する
   権利として誕生したものである。
    平和的生存権を生み出すに至った背景としてまず挙げられるのは、二〇世紀
   における戦争が、これまでの戦争観・平和観を一変させてしまったことである。
   諸国の人々が二度にわたる世界大戦の経験から認識したことは、戦争が戦勝国、
   敗戦国に関係なく、ただ双方ともに甚大な被害をもたらすだけだということで
   ある。これによって、国家間の問題解決のために戦争に訴えるということは違
   法であるという一般的な考え方が形作られていった。例えば、一九二八年の不
   戦条約は国際紛争解決のための戦争を違法視し、国策の手段としての戦争の放
   棄を宣言している。また一九四五年の国連憲章も平和的手段による国際紛争の
   解決を国連の目的の一つとし、武力行使を原則的に禁止して、戦争を違法なも
   のとして捉えるというものである。このように、戦争に対する基本的な考え方
   の変化が平和的生存権誕生の大きな歴史的背景となったのである。
---------- 改ページ--------36
    また、戦争が国家そのものにもたらした被害は小さくなかったが、一般国民
   にもたらされた被害の方は、それをはるかに凌ぐものであったことも、平和的
   生存権の確立を求める原因であった。二〇世紀の戦争の特徴はいわゆる総力戦
   にあり、一般国民を直接巻き込んで行われてきた。従って、その被害の甚大さ
   は、これまでの戦争の場合の比ではないことは明らかである。ちなみに世紀ご
   との戦死者数を挙げれば、一八世紀は四四〇万人、一九世紀は八三〇万人と倍
   近くに増えているが、二〇世紀に入ると一挙に前世紀の一〇倍をはるかに超え
   る九、八八〇万人にも達する(World Military and Social Expenditures,1986.
   p26 .山内俊弘・古川純一「憲法の現状と展望」)。特に、広島、長崎の例に
   示されるように、核戦争という状況の下では、戦争の口実が何であれ、最も悲
   惨な被害者は一般国民であることが明白である。このようなことから、国民自
   らが戦争を拒否し、平和のうちに生存することを誠実に希求するのは、極めて
   自然な姿であった。
    さらに、平和と人権の不可分一体性が一般的に承認されてきたことも、その
---------- 改ページ--------37
   名の示すとおり「平和的生存権」の登場を促した必然的要因として挙げられる。
   平和のない戦争状態においては、軍事優先の国策がとられ、国民の人権が侵害
   されることは、戦前のわが国やナチスドイツの状態の例がよく証明している。
   したがって、平和を維持することが、人権保障の必須の前提であるといってよ
   い。たとえば、一九七五年の欧州安全保障協力会議の「ヘルシンキ宣言」は、
   「人権と基本的自由の尊重は、・・・平和、正義ならびに福祉にとって基本的
   な要素である」としている。
    また、逆に思想・良心の自由、言論・出版などを通してなされる政府批判の
   自由、国民意思の反映を図る参政権などの人権を保障することが独善的な政府
   の行為による戦争を防止し、平和を維持する有効な手段となる。このように平
   和と人権が密接に関連しており、両者は不可分一体であることは、たとえば一
   九七八年の「平和と人権=人権と平和」会議(オスロ会議)の最終文書が、
   「平和への権利は、基本的人権の一つである。いかなる国民も、いかなる人間
   も、人種、信条、言語、性によって差別されることなく平和のうちに生存する
   固有の権利を有する。」、「基本的人権と平和は、いずれか一方に対するいか
---------- 改ページ--------38
   なる脅威も、他方に対する脅威になるという意味で、不可分である」としてい
   ることにも強く示されている。これらの背景によって、平和が人権保障に不可
   欠のものであることが確認され、そこから、戦争のない平和な状態で生存する
   こと自体が、人権であると考えられてきた。
  2 国際社会と平和的生存権
    戦争や軍隊のない状態で平和のうちに生存する人間の権利を擁護する考え方
   は、国際社会においてもすでに採用されてきた経緯がある。一九〇七年の陸戦
   の法規慣例に関する条約や一九二二年の空戦に関する規則には、いわゆる軍事
   目標主義が定められており、一切の戦争と武力保持・行使を放棄した状態にあ
   る都市・住民は、武力攻撃を受けることなく、平和のうちに生存し得ることを
   保障したと考えられる。
    また第二次大戦後の一九七七年に署名されたジュネーブ条約追加議定書も、
   非武装地帯への攻撃禁止を定めており、非武装地帯の住民は、外部からの武力
   攻撃を受けることなく、平和のうちに生存しうることが国際社会でも保障され
   るに至ったのである。
---------- 改ページ--------39
    また、最近の国連決議の中にも、明示的に平和的生存権の保障をうたったも
   のが登場してきた。一九七六年の国連人権委員会決議は「すべての者は国際の
   平和と安全の条件のもとに生きる権利」を有する旨をうたい、一九七八年の国
   連総会決議「平和的生存の社会的準備に関する宣言」は「すべての国とすべて
   の人間は人種、信条、言語または性のいかんにかかわらず、平和的生存の固有
   の権利を有する」と定めている。また、同年の総会決議「軍縮のための国際協
   力に関する宣言」の前文も「すべての国とすべての人間が有する、戦争の脅威
   なく自由と独立のうちに平和に生きる不可譲の権利」を強調しており、さらに、
   一九八四年の総会決議「人民の平和への権利についての宣言」でも「地球上の
   人民は平和への神聖な権利を有することを厳粛に宣言する」と述べている。
    「平和に生きる権利」、「平和への権利(right to peace)」に示されるよ
   うに、戦争のない状態で平和に生きること自体が、基本的な権利、すなわち平
---------- 改ページ--------40
   和的生存権として、今日では国際社会、国連の場でも確認されるに至っている。
   このことは、日本国憲法の平和的生存権が、世界的な人権思想を受けて我が国
   の戦争体験の上に築かれたものであることを示している。この点、九条の戦争
   放棄条項をはじめとして徹底した平和主義を使用した日本国憲法は、国際社会
   における平和をめざす流れの先端を行く考え方を取り込んだものといえる。
  3 日本国憲法と平和的生存権
  (一)ポツダム宣言と平和的生存権
     五一年前の一九四五年八月一四日、ポツダム宣言の受諾に伴い日本の敗戦
    が確定した。ポツダム宣言の具体的内容は、戦争遂行能力の破壊、平和安全
    と正義の新秩序の確立、軍国主義権力の除去、軍隊の武装解除及び撤退、民
    主主義の復活強化および基本的人権の尊重、平和産業維持と軍需産業の廃止、
    国民の自発的意志による民主的政府の樹立などであった。同宣言のほとんど
    の項目が、日本国憲法の三つの柱となる原理である国民主権、基本的人権の
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    尊重、平和主義に関するものであった。すなわち、実質的にはポツダム宣言
    の受諾により、民主、人権、平和の問題について新国家建設のための方向性
    が示されていたということである。ポツダム宣言の特徴は、特に平和主義に
    関する項目が多く、「戦争遂行能力の破壊」、「平和安全及び正義の新秩序」
    など、戦争放棄を定める憲法九条に同宣言の趣旨が反映されていることであ
    る。世論調査によれば、平和に生きたいことを望む国民の気持ちは、この九
    条の戦争放棄条項に対する支持率に表れており、七割が必要と考えていた
    (毎日新聞、一九四六、五、二七)。
     このように、ポツダム宣言は、日本国憲法誕生と深く関わっているが、こ
    のポツダム宣言と重要な関連性を持つものがもう一つある。それは原爆であ
    る。当時の日本政府は、ポツダム宣言に対し、「政府としては何ら重大な価
    値あるものとは思わない。ただ黙殺するだけである。我々は断固戦争に邁進
    するのみである」という談話を発表したため、米国はポツダム宣言の拒否と
    断定し、広島、長崎に原爆を投下するという重大な結果をもたらした。ここ
    にポツダム宣言黙殺→原爆投下→ポツダム宣言受諾→日本国憲法制定、とい
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    う構図が浮かび上がってくる。ポツダム宣言九項は、軍の武装解除・撤退に
    ついて「平和的かつ生産的な生活を営む機会を与えられる」という平和的生
    存権の生成に関する規定があり、さらに政府についても一二項において、
    「平和的傾向を有し、かつ責任ある政府」の樹立を求めている。
     日本国憲法制定の背景には、おびただしい戦争の惨禍、特に原爆投下によ
    る惨禍を受けた経験と反省及び平和への渇望があり、その結果、日本国憲法
    は「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する
    権利を有すること」(前文)を強く確認したのである。
  (二)憲法前文と平和的生存権の保障
     日本国憲法の前文は、戦争を忌む並々ならぬ決意と憲法制定に至った経緯
    を切々とうたっている。日本国憲法前文における「諸国民との協和」、「人
    類普遍の原理」、「人間相互の関係を支配する崇高な理想」、「専制と隷従、
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    圧迫と偏狭を地上から永遠に除去」、「国際社会において名誉ある地位」、
    「全世界の国民」などの文言は、この憲法の究極的対象が人類であり、その
    究極的目標は地上(全世界)に民主的で平和な社会を建設することであるこ
    とを示している。このように、憲法制定の動機の奧には、人類共通の願いが
    滔々と流れている。これは、すでに述べたように、日本国憲法の先進性を示
    すものといえる。
     広島・長崎に投下された原爆による一般国民の被害が甚大であることを身
    を以て体験した日本国民は、これからの戦争が核兵器によってむごたらしい
    ものになること、今度戦争が起これば、人類の滅亡・地球の破壊の危機に陥
    ること、戦勝国・敗戦国の無意味なことなどを訴え、全世界の国民に向けて
    憲法前文第二段において「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏
    から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」としたの
    である。
     この「平和のうちに生存する権利」の源は、米国のF・ルーズベルト大統
    領の「四つの自由」宣言(一九四一年一月)及び大西洋憲章(一九四一年八
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    月)であることはよく知られている。前者は、言論の自由、信教の自由、欠
    乏からの自由、恐怖からの自由をその内容とするが、特に欠乏及び恐怖から
    の自由はそれぞれ「すべての国家がその国民に健康で平和な生活を保障でき
    るように、経済的結びつきを深めること」、「世界的な規模で徹底的な軍備
    縮小を行い、いかなる国も武力行使による侵略ができないようにすること」
    などの文言と組み合わされており、「平和のうちに生存する権利」と関係が
    深い。
     また、これをふまえて後者は「すべての国民が、自国の領土内で安全な生
    活を営むための、及びこの地上のすべての人類が、恐怖と欠乏からの自由の
    うちにその生命を全うするための保障を与える平和を確立することを希望す
    る」と宣言し、日本国憲法前文の平和的生存権の直接の原型を示している。
     日本国憲法は、この国際的人権保障の潮流、および我が国の戦争体験を踏
    まえて、平和を確立する「希望」を「権利」にまで高めたのである。
  (三)憲法の基本原理
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     日本国憲法は前文において、基本原理として国民主権主義、基本的人権尊
    重主義、平和主義を採用している。
     すなわち、前文第一段は「日本国民は、正当に選挙された国会における代
    表者を通じて行動し、・・・ここに主権が国民に存することを宣言し、この
    憲法を確定する。」と規定して、国民主権主義は国家の基本原理であること
    を明らかにしている。
     また、同じく第一段において「そもそも国政は、国民の厳粛な信託による
    ものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを
    行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、
    この憲法はかかる原理に基づくものである。」と規定して、基本的人権尊重
    主義を前提に、国民主権主義の目的が基本的人権の尊重にもあることを明ら
    かにしている。
     さらに、第二段は「日本国民は、恒久の平和を念願し、人類相互の関係を
    支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正
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    と信義に信頼して、われらの生存と安全を保持しようと決意した。われらは、
    平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努め
    ている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世
    界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を
    有することを確認する。」として、平和主義を定めている。日本国憲法前文
    は、この平和主義が国民主権主義、基本的人権尊重主義と相互に融和し、密
    接不可分に結びついていることを説示している。
     まず、前文第一段は「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることの
    ないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し」て、
    平和主義を守るために国民主権主義が必要であることを明らかにしている。
    すなわち、過去の歴史上、戦争が、国民とは遊離した政府の独善と偏狭によっ
    て起こされてきたという事実に鑑み、そのような過ちを二度と繰り返さない
    ために、国民の民主的統制の下、政府の独善的行為を抑制排除することによ
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    り戦争の原因を取り除き、平和を確立する必要があることを示しているので
    ある。一方、国民主権主義は平和主義が万全に確保されて初めて、真に国民
    のために確立され、保証されるのである。
     また、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平
    和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と規定して、平和主義
    と基本的人権尊重主義が密接不可分の関係にあることを明らかにするととも
    に、平和的生存権が、これまでの国家の政策としての平和主義の反射的利益
    にとどまることなく、積極的に全世界の国民に共通する基本的人権であるこ
    とを宣言し、これを保障している。
     日本国憲法は、この前文における基本原理を美辞麗句に終わらせることな
    く、これらを本文において具体的に保障している。まず、国民主権主義は、
    本文の一条「国民主権」、一五条一項「公務員の選定罷免権」、四一条「国
    会の地位」などにおいて具体化されている。
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     また、基本的人権尊重主義は、第三章において豊富な基本的人権規定を設
    けて、具体的に保障されており、さらに、平和主義についても、九条におい
    て、戦争放棄、戦力不保持、交戦権否認などを定めて、永久平和主義、戦争
    放棄主義として具体的に保障されている。
  4 平和的生存権の具体的権利性、裁判規範性
  (一)前文第二段にいう「ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存す
    る権利」としての平和的生存権は、国民の具体的権利として保障されている
    か。
     この点について、これを否定する立場の者は、(1) 憲法前文は理念ないし
    目的を抽象的に表明するにすぎず、裁判規範となるものではなく、裁判規範
    となり得るのは本文の各条項であること、また、「平和」とは理念ないし目
    的としての抽象的概念であって平和的生存権の具体的権利性、裁判規範性を
    基礎づける根拠とならないこと、(2) 憲法九条は戦争の放棄、戦力の不保持
    を定めた国の統治機構に関する規定であって国民の人権規定でないこと、
    (3) 憲法一三条後段は、基本的人権に関する一般的・包括的規定であること、
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    また、仮に、人権保障の根拠を求める余地があるとしても、権利の性質、内
    容、効果が具体的に特定されない限り、平和的生存権は憲法一三条によって
    保障された基本的人権と解することはできないことを理由に平和的生存権の
    具体的権利性、裁判規範性を否定している。
     しかし、いずれも平和的生存権の具体的権利性、裁判規範性を否定する理
    由にはならない。以下、この点について論証する。 
  (二)憲法前文は裁判規範となるものではなく、本文の各条項のみが裁判規範と
    なり得る旨を主張する説もあるが、本文にも前文と同様の抽象的な内容を持
    つ条項は多く、その意味で前文と本文の抽象性は相対的なものであり、抽象
    的であることを理由に前文を特に区別する合理的理由はない。また、前文の
    内容がすべて本文に具体化されているわけではないので、前文の裁判規範性
    を否定する説にあっても、憲法の根本規範に関し、本文の規定に欠けつがあ
    るときには直接前文が適用されることを承認している点に注意すべきである。
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     憲法前文は、憲法の基本理念、目的を規定しているが、それにとどまるも
    のではなく、前文第一段が「人類普遍の原理」に「反する一切の憲法、法令
    および詔勅を排除する。」と規定して、前文が本文とともに最高法規として
    の性格を有することを明らかにしている。
     日本国憲法制定の審議の際にも「唯前文であるから法規的なものでないと
    いうことは決定できない。それは個々の内容に従って決定すべきものと思い
    ます。」(金森国務大臣)と述べているように、前文の裁判規範性について
    は、それぞれの規定の内容の特定性・具体性に応じて個別に検討すべきもの
    で、一様に前文だから裁判規範性がないということにはならないのである。
    最高裁判所も、「憲法第三七条および前文は陪審による裁判を保障するもの
    ではない」(一九五〇年一〇月二五日大法廷判決)、「地方税の賦課徴収権
    が納税者訴訟の対象となるべき財産に含まれないと解しても、主権在民を宣
    言した憲法前文に違反しない」(一九六三年三月一二日判決)と判示して、
    前文の裁判規範性を認めている。
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     平和的生存権についても、前文に文言上の根拠があるというだけで、その
    裁判規範性を否定されるということはできない。
  (三)平和的生存権は、憲法前文の「恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存
    する権利」を指すのであるが、その具体的保障を憲法九条に求めるというこ
    とである。確かに、九条を人権規定の根拠と考える場合、憲法第三章の人権
    規定として構成されているのではなく、独立して第二章を形成していること
    が問題とされるが、およそ現代国家の憲法は、国民の人権保障の法典として
    存在しているのであり、憲法のすべての条項は人権保障との関連で把握され
    ねばならない、従って、九条が国民にどのような人権を保障しているかとい
    う点が、規定の法典上の位置付けよりもむしろ重要なのである。
     戦争法規と戦力不保持を定める九条は、消極的側面では、日本国民を一切
    の戦争協力から解放したのであるが、それだけでなく、積極的には、財産や
    人的な力を戦争と軍備のない自由で平和な国家建設にのみ用いる権利、例え
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    ば自分の所有する土地を軍事基地のためには収用されない権利など、をも保
    障したといいうる。むろん九条がストレートに憲法前文の平和的生存権を保
    障するのではなく、第三章の基本的人権を制度的に保障するという媒介方法
    によって、平和的生存権を保障するのである。すなわち、この場合九条は、
    第三章(一〇条―四〇条)の前に置かれたことに意味があり、人権規定を全
    体として制度的に保障するものである(この意味では人権保障そのものに近
    い)ので、むしろ九条の存在そのものとその立法趣旨から、第三章以下に平
    和的生存権が含まれていることが裏付けられる。
     「個人の尊重」の意味は、人間の尊厳を根底においたうえで、国政におい
    て、個人を尊重するという基本原理を述べたもので、この「個人の尊重」原
    理と結びついて、「生命、自由および幸福追求に対する国民の権利」は、人
    間的生存に不可欠の権利・自由を包摂する意味で包括的な権利であり、裁判
    での救済を受けられる具体的な権利である。判例も一三条に基づくプライバ
    シーの権利などは早くから認めており(東京地裁判決一九六四年九月二八
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    日)、また、いわゆる包括的幸福追求権についても、その具体的権利性を認
    めるに至っている(最高裁大法廷判決一九六九年一二月二四日)。従って、
    憲法一三条後段は、基本的人権に関する一般的・包括的規定であるがゆえに、
    平和的生存権の根拠とすることができないとするのは、誤りである。
     そもそも、憲法典のなかに「平和のうちに生存する権利」として、明確に
    「権利」という文言を使用しながら、これを憲法上の権利ではないとするの
    は、憲法そのもののいう権利の意義を軽視するものであり、プライバシーの
    権利や知る権利など憲法典に文言上明記されていないものも権利として保障
    されているのであるから、原告が平和的生存権を否定しようとする主張は、
    法的根拠が薄く、政策的な主張にすぎない(小林武「平和的生存権の歴史的
    意義と法的構造(三)」南山法学一九巻二五三一頁)。
     また、人権保障の根拠を求める余地があるとしても、権利の性質、内容、
    効果が具体的に特定されない限り、平和的生存権は憲法一三条によって保障
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    された基本的人権と解することはできない旨主張する見解もあるがが、この
    点については次項で論ずる。
  (四)憲法一三条と平和的生存権
     前述したように、憲法九条は平和的生存権を制度的に保障するものである
    が、本文の人権規定の根拠としては、第三章以下の各条項、特に憲法一三条
    にこれを見い出すことができる。憲法一三条前段は「すべて国民は個人とし
    て尊重される」としているが、核兵器によって、人類滅亡までをも予想され
    うる現代においては、この個人の尊重は、個人が人間として尊厳を有するも
    のであるがゆえに尊重されるべき存在であるということであり、人間社会を
    支える基盤としての重要な意義を有している。すなわち、個人の尊厳を何よ
    りも重視することが、戦争を起こさないための大前提であり、戦争はいかな
    る形であれ個人の尊厳を、最も無残な形で侵してきたのである。それは、戦
    場に無頓着に放置された人間の死体を映した一枚の写真を見るだけで十分で
    ある。
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     世界人権宣言(一九四八年)は、「人類社会のすべての構成員の固有の尊
    厳と平等で譲ることのできない権利とを保障することは、世界における自由、
    正義及び平和の基礎である」と述べて、個人の尊厳が「平和の基礎」である
    ことを宣言している。また、これを受けて国際人権規約は、A規約・B規約
    ともその前文で「人類社会のすべての構成員の尊厳及び平等でかつ奪い得な
    い権利を認めることが世界における自由、正義および平和の基礎をなすもの
    である」と述べて、「これらの権利が人間の固有の尊厳に由来することを認
    め」ている。
     次に憲法一三条後段は「生命、自由、幸福追求に対する国民の権利につい
    ては、・・・立法その他国政の上で最大の尊重を必要とする」と定める。こ
    こで「生命、自由、幸福追求に関する国民の権利」とは、一三条前段の人間
    が「個人として尊重」されるがゆえに当然保障されるべき権利の内容であっ
    て、個々の国民が例外なく享有している人間としての生存と尊厳を維持し、
    生命の危険に脅かされることなく、自由と幸福を享有することができるよう
    にするために、その社会的、経済的諸条件・環境を整備することを求めるも
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    のであり、その一つが平穏な生活を営む権利である。これを憲法の基本原理
    である平和主義から考えると、平和的生存権は、戦争行為(広く戦争類似行
    為、戦争準備行為、戦争訓練、基地の設置管理などを含む、以下同趣旨)に
    よって、生命の危険に脅かされることなく、平穏な社会生活を営むことを阻
    害されない権利を重要な内容とするものである。
     生命に対する国民の権利は、明確な権利であって、人間が尊厳的存在であ
    るがゆえに、「立法その他国政の上で最大の尊重を必要とする」ことを国の
    責務として定めている。したがって、「政府の行為によつてふたたび戦争の
    惨禍の起こることのないやうにすることを決意し」て制定された日本国憲法
    は、政府に対し、国民が尊厳的存在であるがゆえに、戦争行為によって、生
    命の危険に脅かされることなく、平穏な社会生活を営むことを阻害されない
    権利、すなわち国民の平和的生存権を守ることが最優先されなければならな
    いことを要求している(久保栄正「平和的生存権」ジュリスト六〇六号三一
    頁)。
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     この点、長沼訴訟第一審判決が、憲法前文第二段にいう平和的生存権は
    「全世界の国民に共通する基本的人権そのものである」が、それは一方で国
    民主権の原理と他方で基本的人権尊重の原理と密接不可分に融合していると
    強調し、「国家自らが平和主義を国家基本原理の一つとして掲げ、そしてま
    た、平和主義を採ること以外に、全世界の諸国民の平和的生存権を保障する
    道はない、とする根本思想に由来するもの」であるとしたこと、そして、
    「社会において国民一人一人が平和のうちに生存し、かつ、その幸福を追求
    することのできる権利を持つことは、さらに、憲法第三章の各条項によって、
    個別的な基本的人権の形で具体化され、規定されている。」として、前文の
    裁判規範性および平和的生存権の具体的権利性を認めたことは正当である。
  5 平和的生存権の展開
    平和的生存権は、基本的人権として捉えられるのであるから、その権利主体
   が国民(個人または集団)であることは明らかである。平和的生存権は、前述
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   の戦争行為によって、生命の危険性を脅かされることなく、平穏な社会生活を
   営む権利を中核的内容としながら、さらに次のような側面、内容を有するもの
   と解される。(浦田賢治「憲法裁判における平和的生存権」、『現代憲法の基
   本問題』早稲田大学出版部所収四一頁)。
    公権力の軍事目的追求によって平和的経済関係が圧迫されたり、侵害された
   りしないこと。この例として、自己の土地・財産を軍事目的のたに使用されな
   い権利などが挙げられるが、戦後、軍用地負担関係法令の廃止により財産権を
   軍事目的のために制限・侵害することを認めていない土地収用法の存在は、こ
   の権利を具体的に保障している。
    公権力による軍事的性質を持つ政治的・社会的関係の形成が許されないこと。
   例えば、徴兵制の採用、軍事的秘密保護法の制定などは、国民の平和的社会関
   係、信頼関係を破壊し、人間としての尊厳を侵すもので許されない。また、軍
   事施設を設けることにより、軍事的危害を誘発することや国民の健康または生
   活環境に被害を及ぼすことなどは具体的な平和的生存権の侵害となる。
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    公権力によって軍事的イデオロギーを鼓舞したり、軍事研究を行うことは許
   されないこと。例えば、軍事教育政策をとったり、マスコミを政策的に軍事利
   用したり、戦争または戦争準備のための科学技術の研究などは、国民を戦争へ
   導き、平和の精神的・科学的な基礎を揺るがすものとして許されない。
    また、平和的生存権は、単に消極的ないし受動的に戦争行為による人権侵害
   を排除しうる国からの自由という自由権的側面を有するにとどまるものではな
   く、戦争行為に反対し、あるいはこれを阻止・廃止し軍事力の削減・撤廃をも
   たらすためや、平和な世界を創造するために能動的に国政などに参加する参政
   権、また積極的に国や地方公共団体等の公権力によって、よりよい平和を確保・
   拡充せしめることができる社会権(国務請求権)的側面をも有する権利である
   (深瀬忠一『戦争放棄と平和的生存権』(岩波書店)二二四頁以下)。
    このように、平和的生存権は、具体的な内容を有する権利である。
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  6 平和的生存権の直接的侵害
  (一)憲法九条と統治行為論
     これまでの裁判では平和的生存権の根拠を憲法前文ないし九条に求め、在
    日米軍、あるいは自衛隊が憲法九条二項にいう「戦力」に該当するか否かと
    いうかたちで議論されてきた。
     すなわち、在日米軍が駐留する根拠が日米安保条約であることから、日米
    安保条約に対する違憲審査の問題として議論され、裁判所は日米安保条約は
    高度の政治性を有し、一見極めて明白に違憲無効と認められない限り、裁判
    所の違憲審査権は及ばないとして、実質的には統治行為論を採用した(砂川
    事件最高裁判決一九五九年一二月一六日判決・那覇地裁一九九二年五月二九
    日判決)。また、在日米軍については、憲法九条二項が保持を禁止した戦力
    とは我が国自体の戦力を指し、我が国に駐留する外国の軍隊はそれに該当し
    ないとした(前掲砂川事件最高裁判決)。
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     さらに、自衛隊の存在等が憲法九条に違反するか否かについても、統治行
    為に関する判断であり、国会、内閣の統治行為として究極的には国民全体の
    政治的批判にゆだねられるべきもので、違憲性が一見極めて明白でない限り、
    裁判所が判断すべきものではない(長沼訴訟控訴審判決一九七六年八月五日)
    等と判断している。全体的には、下級審のわずかな例を除き、統治行為の問
    題であるとして、憲法判断を回避する消極姿勢を示している。このように在
    日米軍や自衛隊の存在を憲法九条違反の問題とし、それに平和的生存権の主
    張を絡めた場合、憲法九条二項の「戦力」にあたるかは一見極めて明白でな
    いがゆえに、憲法判断を回避することと、平和的生存権が認められないこと
    とは結果的に同じ帰結になっている(長沼訴訟控訴審判決、百里基地訴訟判
    決等参照)。
     しかし、この論理的組合わせは誤っており、憲法九条の「戦力」該当性や
    統治行為論は、平和的生存権侵害を否定する根拠にはなりえない。 
  (二)すでに論証したように、平和的生存権は、憲法前文に理念的・文言的な基
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    礎をおき、憲法九条によって制度的に保障され、直接的には憲法一三条前段
    の個人の尊厳に不可欠の具体的な人権として保障されていると解すべきであ
    る。
     すなわち、個々の国民が人間としての生存と尊厳を維持し、自由と幸福を
    求めて生命の危険に脅かされることなく平穏な社会生活を営むことを、戦争
    行為によって実質的に阻害されない権利ということができる。
     そこで、仮に、砂川事件最高裁判決が示すように、「同条がその保持を禁
    止した戦力とは、我が国がその主体となってこれに指揮権、管理権を行使し
    得る戦力をいうものであり、結局我が国自体の戦力」を指すとしても、世界
    一の軍事力を誇る米軍およびその部分を構成する在日米軍が、平和的生存権
    を侵害する典型的主体である一般的意味での「戦力」に該当することは明ら
    かである。
  7 まとめ
    以上憲法は国民に具体的な権利として平和的生存権を保障したものであるに
   もかかわらず、駐留軍用地特措法は、「戦力」である駐留軍に軍事基地を提供
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   することを目的とする法律であり、そのために国民の私有財産を、強制的に使
   用または収用することを内容とするものであるから、平和主義・平和的生存権
   を侵すものとして、憲法前文、九条及び一三条に明白に違反するものである。

 二 憲法二九条違反
  1 財産権保障の意義
    日本国憲法二九条は、「財産権は、これを侵してはならない」として、財産
   権を不可侵の人権として保障する。
    歴史的にも、市民革命以降、財産権は、国家権力によって侵すことのできな
   い個人の不可侵の人権とされてきた。史上最初の人権宣言と言われる一七七六
   年のヴァージニア権利章典は、「すべて人は、生来ひとしく自由かつ独立して
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   おり、一定の生来の権利を有するものである。これらの権利は、人民が社会を
   組織するにあたり、いかなる契約によっても、その子孫から奪うことのできな
   いものである。かかる権利とは、すなわち財産を所有取得し、幸福と安全とを
   追求獲得する手段を伴って、生命と自由とを享受する権利である」(一条)と
   謳い、所有権が人権として保障されることを確認した。一七八九年のフランス
   人権宣言は、あらゆる政治団結(国家)の目的は、「人の自然の、時効にかか
   ることのない権利を保全することにある。これらの権利とは、自由、所有権、
   安全および圧政への抵抗である」(二条)と述べて所有権を自然権と位置づけ、
   所有権を「侵すことのできない神聖な権利」(一七条)としてその重要性を強
   調し、一八〇四年のフランス民法典(ナポレオン法典)は、「所有権は、法律
   または規則によって禁じられる使用を行わない限り、最も絶対的な仕方で物を
   収益し、かつ、処分する権利である」として、所有権の絶対性を規定した。こ
   のように所有権が天賦不可侵の人権、絶対権とされたのは、それが、本来自由
   で平等な各人の生存を確保するためのものであり、かつ、各人が生存のために
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   労働をして得た成果は、その者に属するという思想に基づくものであった。
    日本国憲法は、この沿革に鑑み、自律的な個人の自由な生存を確保するため
   に、財産権を基本的人権として保障したのである。
  2 駐留軍用地特措法の財産権制約目的
    駐留軍用地取得の必要性は財産権制約の根拠となりえない外国軍隊の日本国
   内への駐留を認めることが、日本国憲法の下で許容されているか否かの議論を
   さておくとしても、外国軍隊を駐留させるために個人の意思を制圧して人権を
   制約することは許されない。
    日本国憲法は、立憲民主主義に立脚し、多数者による圧政を否定する。すな
   わち、憲法制定時に、憲法制定権力によって、多数者の意思によっても侵しえ
   ない個人の自由・権利を確認し、これを人権として保障したのである。したがっ
   て、日本国憲法で保障された人権の制約は、憲法で認められた範囲、即ち、憲
   法上人権制約について明記されている場合か、憲法上保障されている他の人権
   との調整の限度でしか認められず、それ以外には、たとえ国会の多数決による
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   立法をもってしても、人権制約をすることは断じて許されないのである。
    したがって、例えば、仮に自衛隊が存在すること自体は日本国憲法が禁止し
   ていないとしても、憲法には、軍事目的のための人権制約を許容する条項が存
   在しない以上、国会の多数決をもってしても、徴兵制度を設けることは許され
   ない。また、後に詳論するとおり、自衛隊基地用地取得のために、個人の財産
   権を制約して公用収用することは認められていないのである。
    したがって、日本国憲法に外国軍隊の駐留目的のための人権制約を認める条
   項が一切存しない以上、仮に外国軍隊の駐留自体が憲法によって禁止されてい
   ないとしても、少なくとも、外国軍隊の駐留という目的のために、基本的人権
   を制約することは許されない。
    したがって、外国軍隊駐留のための軍用地取得という財産権制約の目的には、
   正当性を認めることはできない。このように、軍事目的を実現するために、国
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   民の私有財産を強制的に使用または収用することが、「公共性」をもちえない
   ことは、旧土地収用法(明治三三年三月七日法律第二九号)と現行土地収用法
   (昭和二六年六月九日法律第二一九号)の規定を対比してみても明らかである。
   旧土地収用法二条は、「土地ヲ収用又ハ使用スルコトヲ得ル事業」の筆頭に
   「国防ソノ他軍事ニ関スル事業」を掲げていたが、平和主義に基づき「戦争の
   放棄」「戦力の不保持」を国の義務とする現行憲法制定の必然的結果として、
   それは削除されている。
    この点について、当時の建設省渋江管理局長は、その提案理由を、国会にお
   いて、「なお、実質的に事業の種類につきまして若干申し上げますと、従来の
   規定におきましては、国防・その他軍事に関する事業、それに皇室陵の建造な
   いし神社の建設に関する事業が、公益事業の一つとしてあがっておりましたが、
   新憲法の下におきましては、当然適当である考えられますので、これを廃止す
   ることにいたしております。」(「第一〇回国会衆議院建設委員会議録第一七
   号」)と説明し、更に、参議院建設委員会においても、「こういったような新
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   憲法の下におきましては(旧土地収用法には)非常に妥当性を欠いております
   公共事業が掲げてある次第でございますので、これらを廃止・削除することに
   いたしたのであります。」と、同様の説明がなされている。
    このような提案理由をみれば、現行土地収用法に、「国防その他軍事に関す
   る事業」が掲げられていないのは、単なる立法の不備とか脱漏とかいうもので
   はなく、それが憲法違反の事業として、立法者意思によってに廃止または削除
   されたことは明らかである。
    さらに、一九六四年に、第四六回国会の衆議院・建設委員会の審議において、
   「公共の利害に特に重要な関係があり、かつ、緊急に施行することを要する事
   業に必要な土地等の取得に関し」、土地収用法の特例を定めた「公共用地の取
   得に関する特別措置法」が国会で審議された際、この「公共の」範囲に軍事施
   設が入るかという質問がされたのに対し、当時の河野建設大臣は、「軍施設を
   「公共の」範囲に入れるということは適当でない。これはもう社会通念じゃな
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   かろうかと私は思います。そういったことに反したものについてこれをやるこ
   とは適当でない。こういうふうに私は解釈しております。」(「衆議院建設委
   員会議録第三一号、一三〜一四頁」)と答弁し、先の政府見解が再度確認され
   ている。
    これらにより、現行憲法・土地収用法の下において、国防・軍事に関する事
   業が「公共性」をもちえないこと、すなわち、軍事施設を設けるために、国民
   の所有する土地を強制的に使用または収用することができないことは明らかで
   ある。
    以上述べてきたことから、国民の所有する土地を強制的に収用または使用し
   て、米国軍隊に提供することを内容とする駐留軍用地特措法の目的は、「公共
   性」をもちえず不正であり、駐留軍用地特措法が、憲法二九条三項に反するこ
   とは明らかである。
  3 制約が必要最小限度か
  (一)国は、日米安保条約上の義務を履行するために、駐留軍用地特措法に基づ
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    いて強制的手段を用いてでも土地の使用権原を取得した上で、米軍に土地を
    使用させなけれはならないものであろうか。
     日米安保条約及び地位協定の解釈にあたっては、次の点留意する必要があ
    る。
   (1)現在の国際法は、領域主権国家を構成単位とする国際社会を基盤として、
     発生し発展してきたものである。それゆえ、国際法においては、一国が、
     自国内で立法、司法、行政権限を行使することについて、他国の干渉を受
     けないという領域主権の原則が基本原理とされ、すべての解釈の出発点と
     されているのである。したがって、外国軍隊の駐留のように駐留国の主権
     に重大な影響を及ぼす可能性がある問題を扱う条約の解釈にあたっては、
     一国の主権に対する制約はできるだけ制限的に解釈されなければならず、
     条約規定の用語が、いくつかの許容しうる解釈のどれを選ぶかについて明
     確でない場合には、当事国に課される義務を最低限とする解釈が選ばれな
     ければならない。
   (2)日米安保条約には、「日本国において施設及び区域を使用することを許
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     される。」(六条)とのみ規定され、日本国が米国に対して、土地・施設
     の使用権限を取得して、実際に使用させなければならない義務は、文言上、
     何ら規定されていない。すなわち、「条文の文言通りに解釈するかぎり、
     米軍が在日米軍基地を設置することを『許す』も『許さない』も、日本国
     の自由」(本間浩「在日米軍基地と日本国内法令)駿河台法学第七巻第二
     号・一七頁)のであるから、日米安保条約には、日本国が米国に対して、
     日本国内に軍事基地を設置することの許可を与えることが出来るというこ
     とが定められているに過ぎないと解釈すべきである。
      対等な独立した国家の間で、自国の軍事基地を他国に設置することがで
     きないことは、領域主権の原則上、当然のことである。したがって、米国
     が、日本国内の土地を取得や賃借しても、条約に基づいて日本国の許可を
     得なければ、その土地を軍事基地として使用することはできないのである。
     日米安保条約は、日本国が米国に対して軍事基地を設置することについて
     許可を与えることができる旨を定めているに過ぎない。
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      地位協定にも、日本国が土地の使用権原を取得して米軍に提供しなけれ
     ばならないという義務を定めた条項は存在しない。地位協定で定めている
     のは、日本国は米軍に対して、日本国内の地域について施設・区域として
     使用を許可することができること(日米安保条約六条、地位協定二条一項
     a)、個々の施設・区域の設定は、日米合同委員会で取り決めること(地
     位協定二五条)、日本国が経費を負担すること(地位協定二四条)に過ぎ
     ず、日本政府が施設・区域として使用される地域の使用権限を取得して、
     現実に米軍に使用させなければならない義務はどこにも定められていない。
     したがって、日米合同委員会において、ある土地を施設・区域とする旨の
     合意がなされた場合には、それは、当該土地について軍事基地として使用
     してもよいという許可を与えたこと及びその施設・区域について日本国が
     経費を負担することを定めたものに過ぎず、日本国が当該土地の使用権原
     を取得して、米軍に使用させなければならない義務を負担したことを意味
     するものではない。
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      日米安保条約及び地位協定について、日本国が強制的手段を用いて土地
     の使用権原を取得する義務を負わないと解釈すべきことは、国際社会おい
     て確立している基本的人権尊重と平和主義の理念からも裏付けられるもの
     である。
      第二次世界大戦後の国際社会は、大戦がドイツ、日本、そしてイタリア
     といった全体主義国家によって引き起こされた教訓のうえに成り立つもの
     である。すなわち、これら枢軸国では、多かれ少なかれ反民主主義的で人
     権抑圧的な体制がしかれ、この戦争を阻止しようとする国民の声は押さえ
     つけられ、戦争の惨禍をもたらした。第二次大戦は、反民主的で国民の人
     権を抑圧する国家が、国際的にはこの戦争へとつき進むものであることを
     具体的に例証したのである。これを踏まえて、戦争を阻止し、平和を確保・
     実現するためには、国内的にも国際的にも人権の保障がなされることこそ
     が必要であるという共通認識が国際社会において確立されたのである。
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      この人権の保障が平和の条件であるという考え方は、第二次大戦後、国
     際法規などによって繰り返し確認されてきた。
      一九四五年の国際連合憲章は、一条三項で「経済的、社会的、文化的又
     は人道的性質を有する国際問題を解決するについて、並びに人種、性、言
     語又は宗教的による差別なくすべての者のために人権及び基本的自由を尊
     重するように助長奨励することについて、国際協力を達成すること」を国
     連の目的の一つとして規定し、五五条に「人種、性、言語又は宗教による
     差別のないすべての者のための人権及び基本的自由の尊重及び遵守」を協
     力の目標として掲げ、五六条で「加盟国は、第五十五条に掲げる目的を達
     成するために、この機構と協力して、協同及び個別の行動をとることを誓
     約」し、人権の国際的保護を国際社会の普遍的課題とした。そして、国連
     憲章一〇三条には「国際連合加盟国のこの憲章に基づく義務と他のいずれ
     かの国際協定に基づく義務とが抵触するときには、この憲章に基づく義務
     が優先する」として憲章義務の優先が定められていることから、自国ない
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     し他国の国民の人権の制約をもたらす条約の義務の履行は許されなくなっ
     たのである。
      さらに、一九四八年に国連総会で採択された世界人権宣言は、前文にお
     いて「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできな
     い権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎であ
     る」との認識を示した。
      「世界人権宣言は、一八世紀以来、今日まで、世界中の各人権宣言が進
     化発展を続けてきた成果の国際的集大成として、人権の歴史において、き
     わめて重大な地位を占める」(宮沢俊義「憲法〔新版〕」有斐閣・七二頁)
     ものであるが、この世界人権宣言は、人権の尊重こそが国際平和の基礎条
     件をなすもので、人権擁護が国際社会の共通の目的であることが、国際社
     会における普遍的な認識であることを確認したのである。そして、人権保
     障に関する国際的な条約の中で最も重要なものとして一九六六年に採択さ
     れた国際人権規約は、A規約、B規約共に、その前文で「この規約の当事
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     国は、国際連合憲章において宣言された原則に従い、人類社会のすべての
     構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することが、
     世界における自由、正義及び平和の基礎である」と規定し、あらためて平
     和の基礎としての人権の重要性を確認し、人権を国際的に保障したのであ
     る。
      また、一九四七年に締結された、連合国とイタリア、ルーマニア、ブル
     ガリア、ハンガリー、そしてフィンランドとの平和条約は「(五カ国は)
     人種、性、言語又は宗教の相違に関わらず、その管轄下にあるすべての人
     に対して、表現、出版刊行の自由、信教の自由、政治的意見及び公の集会
     の自由を含む、人権と基本的自由の享有を保障するために必要なあらゆる
     措置を講ずるものとする。」と規定し、一九五二年に発効した対日平和条
     約の前文は「日本国としては、国際連合への加盟を申請し且つあらゆる場
     合に国際連合憲章の原則を遵守し、世界人権宣言の目的を実現するために
     努力し、国際連合憲章第五十五条及び第五十六条に定められ且つ現に降伏
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     後の日本国の法制によつて作られはじめた安定及び福祉の条件を日本国内
     に創造するために努力」する意思を宣言している。このように、旧枢軸国
     との平和条約で人権の保障が謳われたということは、人権の保障が平和を
     実現し、戦争の再発を防止するうえで極めて重要であるとの認識を表明し
     たものに他ならない。
      さらに、一九七五年に、東西ヨーロッパ諸国(米ソを含めて)三五カ国
     が集まって開かれた欧州安全保障協力会議の最終文書として発表されたヘ
     ルシンキ宣言では、例えば「参加国は、人権と基本的自由の普遍的意義を
     確認する。これら人権と基本的自由の尊重は、参加国間並びにすべての国
     家間における友好的関係及び協力の促進を確保するために必要な平和、正
     義並びに福利にとって基本的な要素である。参加国は、つねにこれらの権
     利と自由を、その相互関係において尊重し、協同してあるいは個別に、国
     連との協力をも含めて、これらの権利と自由への普遍的並びに効果的な尊
     重を促進することを努力するものとする。」として、基本的人権の尊重が
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     安全保障のために重要な役割を果たすことを明らかにしている。また、一
     九七八年の「平和と人権=人権と平和」会議(オスロ会議)の最終文書は
     「平和への権利は、基本的人権の一つである。いかなる国民も、いかなる
     人間も、人種、信条、言語、性によって差別されることなく、平和のうち
     に生存する固有の権利を有する。この権利の尊重は、他の人権の尊重と同
     様に、人類の共通の利益にかなうものであり、かつすべての地域における、
     大小を問わずあらゆる国民の発展にとって不可欠の条件をなす。基本的人
     権と平和は、いずれか一方に対するいかなる脅威も、他方に対する脅威と
     なるという意味で、不可分である。人権と平和は、人権を促進する行動は、
     平和の促進と維持と結合されなければならないという意味で、国内的にも
     国際的にも相互依存的である。平和と基本的人権は、いついかなる場所に
     おいても、不可譲かつ絶対的なものであり、人類の共通の財産である。上
     記の諸権利の完全な実施は、各個人の政治生活への積極的かつ自由な参加
     に依存するので、この基本的な権利は承認され、かつ、確保されなければ
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     ならない」と述べて、平和と基本的人権の保障の必要性が確認されている。
      このように、第二次大戦後の国際社会では、平和を保障するために基本
     的人権が尊重されなければならないということが共通目標とされているの
     でのある。したがって、条約の解釈は、基本的人権尊重と平和主義の理念
     に適合的になされねばならず、日米安保条約、地位協定の解釈についても、
     日本国が国民の基本的人権たる財産権を強制的に制約してまで土地使用権
     限を取得し、米軍に実際に使用させなければならない義務を負っているも
     のと解釈することは許されないと言うべきである。
      日本国憲法九八条二項は、「日本国が締結した条約・・・は、これを誠
     実に遵守することを必要とする。」と規定しているが、軍事基地用地取得
     のために個人の意思を制圧して基本的人権たる財産権を制約することを拒
     否することこそが、国際連合憲章、世界人権宣言、国際人権規約、対日平
     和条約等を遵守することになり、平和主義と国際協調の理念に合致するも
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     のである。しかも、基本的人権保障を確認した前記諸条約や宣言は、国際
     社会の構成員によって一般的に承認され、普遍性を持つ「確立された国際
     法規」であり、強国によって事実上弱小国に押しつけられる可能性のある
     単なる個別の条約に優越するものであるから、米軍用地のために個人の意
     思に反して財産権を強制剥奪することこそが、憲法九八条二項に反するも
     のというべきである。
      日米合同委員会においては、当該土地について施設・区域として使用し
     てもよいという許可を与えること及びその施設・区域について日本国が経
     費を負担することを定めうるに過ぎず、日本国が当該土地の使用権原を取
     得して、米軍に使用させなければならない義務を定めることができないこ
     とは、地位協定の実施のための国内法である「日本国とアメリカ合衆国と
     の間の相互協力及び安全保障条約六条に基づく施設及び区域並びに日本国
     における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う国有の財産の管理に
     関する法律に照らしても、明らかである。
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      すなわち、同法七条は「合衆国に対して政令で定める国有の財産の使用
     を許そうとするときは、内閣総理大臣は、あらかじめ、関係行政機関の長、
     関係のある都道府県及び市町村の長並びに学識経験を有する者の意見を聞
     かなけれならない」と定め、政令で定める財産とは「第二条〔無償使用〕
     の規定により合衆国に使用を許そうとする財産のうち、その使用を許すこ
     とが産業、教育若しくは学術研究又は関係住民の生活に及ぼす影響その他
     公共の福祉に及ぼす影響が軽微であると認められるもの以外のもの」とさ
     れている。これは、米軍に対して国有財産の使用を許すことが産業、教育
     若しくは学術研究又は関係住民の生活に及ぼす影響その他公共の福祉に及
     ぼす影響が軽微でなく、使用を許すことが不適当である場合には、米軍に
     対して使用を許さないことを前提とする規定である。このような規定を設
     けているのは、日米合同委員会で施設・区域とする旨の合意がなされた場
     合でも、それは直ちに日本国が米軍に土地を実際に使用させなければなら
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     ないことを意味するのではなく、別途、米軍に土地を実際に使用させるか
     否かを判断して、取り決めることを示しているものに他ならない。
      日本国が、強制的に国民の財産権を制約しても施設・区域の使用権原を
     取得し、実際に米軍に施設・区域を使用させなければならないという合意
     を、日米合同委員会で取り決めることができないことは、日米合同委員会
     における合意手続から考えても当然のことと言える。
      基本的人権は何よりも尊重されねばならず、基本的人権の制約は、国民
     の国政への積極参加と公開が実質的に保障された民主制の過程でしかなし
     えない。また、国民の基本的人権に対する制約については、当該人権の享
     有主体、さらにはそれによる利害関係を受けるものについて、その手続に
     参加して防御をなしうる機会を保障し、手続的正義が確保されなければな
     らない。この民主主義、手続保障を欠く手続で、国民の人権を制約するこ
     とが許されないことは、現代の国際社会では自明のこととされている。
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      ところが、日米合同委員会の合意は、日本国外務省北米局長と在日米軍
     参謀長との間でなされ、そこに国会のコントロールはなく、しかも、日米
     合同委員会における合意事項は原則的に公表されておらず、国会、国民が
     合意事項を検証する手段、機会も保障されていない。さらに、施設・区域
     の設置について合意する場合にも、地主、当該土地の所在する地方公共団
     体等が、意見を述べる機会すらないのである。このように、民主的手続も
     なく、利害関係人の権利保障のための適正手続も用意されていない日米合
     同委員会において、国民の財産権を強制剥奪してまで日本国が土地使用権
     原を取得することを合意することは許されない。
      したがって、国は、米軍用地の使用権原を取得する義務を負うものでは
     なく、米軍用地の取得のためのという目的は、財産権制約の正当な目的と
     はなりえない。
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      以上のとおり、日米安保条約上、日本国は、所有者の意思に反してまで
     土地の使用権原を取得して、米軍に施設・区域として現実に使用させなけ
     ればならない義務を負っているものではない。
      したがって、そもそも日本国は、強制的に土地の使用権限を取得する義
     務はないのであるから、米軍に施設・区域を使用させるという目的で、国
     民の財産を強制的に取上げることは、右目的達成に必要な最小限度の範囲
     をはるかに越えるものであり、およそこの法律によって財産権を制約する
     ことは認められない。
  4 米軍の駐留目的と米軍基地の実態―立法事実論
    法律は、一定の事実状態を前提として存在するものである。従って、基本的
   人権を規制する法律の合憲性を判断するためには、規制目的の正当性、規制の
   必要性、規制方法・手段の相当性を、それを裏付ける事実状況(立法事実)が
   存するか否かと関連付け、検討・評価する必要がある。そして、法律の制定時
---------- 改ページ--------85
   のみならず裁判時において、かかる法律による規制を裏付ける状況が存しない
   場合は、当該法律は、基本的人権を不必要に制約するものとして、違憲・無効
   となる(佐藤幸治「憲法(第三版)」青林書院三七二頁)。
    駐留軍用地特措法は、国民の所有する土地を強制的に使用・収用するもので
   あるが、このような財産権制約を裏付ける事実状況が存するかどうかが検討さ
   れなければならない。
    駐留軍用地特措法は、日米安保条約六条及び地位協定に基づいて、米国軍隊
   に軍用地を提供することを目的とするが、その在日米軍の目的は「日本の安全」
   と「極東の安全」に寄与することにある。
    しかし、在日米軍特に沖縄の米軍基地の実態は、「日本の安全」と「極東の
   安全」に寄与するという、駐留軍の目的の範囲に止まっているか、その目的の
   範囲を越えて、存しているのではないか。
    日米安保条約六条は、「日本の安全」のみならず「極東の安全」のためにも、
---------- 改ページ--------86
   在日米軍の出動を認めている。これは、わが国が、「日本の安全」とは無関係
   な戦争に否応なく巻き込まれる危険が常にあることを意味する。しかも、近時
   の日米安保再定義により、日本及び米国政府が、この「極東の安全」を拡大解
   釈し、在日米軍基地を米国の世界戦略の一環として位置づけ、米国のアジア・
   西太平洋地域における国益の擁護を主たる目的とし、在日米軍の自由な行動を
   最大限保障しようとの合意が形成されつつある以上、この危険はいよいよ現実
   的かつ客観的に増大しているといわなければならない。
    今日の在日米軍は、「日本の安全」「日本の防衛」のためにあるのではなく、
   アジアにおける米国の韓国、台湾、フィリピンとの各軍事条約やSEATO
   (東南アジア条約機構)の義務を果たすため、いいかえれば、朝鮮半島から東
   南アジアにいたる西太平洋地域でのアメリカの世界戦略を遂行するために、こ
   れを第一次的な任務として日本にその軍事力を展開しているのである。
    その具体的な状況について、「軍事化される日本」(「世界」編集部三七〜
   三八頁)は次のように述べている。
---------- 改ページ--------87
    「このように、米国は日本を守り、日本は基地を提供する―というのがこの
   条約の表向きの構造だが、結局のところ、日本はこの条約を締結することによっ
   て、米国の戦後の世界戦略、とりわけ対中国、対ベトナムを中心とするアジア
   戦略の中で、米国の軍事力をさらに遠くに投入することを可能にするための
   『世界基地』に自らを位置づけることを選んだのである。
    実際、沖縄を含めた米軍基地は、絶大な力を発揮してきた。日本の基地なし
   には、米軍は朝鮮戦争もベトナム戦争も戦うことはできなかったし、今後もア
   ジア、インド洋での戦争を行うことはできないだろうといわれている。
    日本を守るためではない―。米国にとって日本の位置が重要であり、そこに
   軍事力を展開することが、米国の利益になるからこそ、米軍は日本にその最新
   鋭の部隊を駐留させているのである。これは、米国防省報告がくりかえし認め
   ているところである。」
---------- 改ページ--------88
    例えば、米国防省は、一九九五年二月、米国議会に、「日米間の安全保障に
   ついての報告」を提出したが、それによると、「わが国の陸軍、空軍、海軍、
   海兵隊の在日基地は、アジア太平洋における米国の最前線の防衛線を支えてい
   る。これらの軍隊は、遠くペルシャ湾にも達する広範囲の局地的、地域的、さ
   らに超地域的な緊急事態に対処する用意がある。」という。 すなわち、在日
   米軍と米軍基地は、日本の防衛のためだけではなく、遠くペルシャ湾にも展開
   して、米国を防衛する役割をもっていることが報告されているのである(梅林
   宏道「情報公開法でとらえた在日米軍」高文研三〇〇頁参照)。
    このように、在日米軍特に沖縄の米軍基地は、「日本の安全」「極東の安全」
   を確保するために存するのではなく、米本土をはじめ米国の国益を守るために
   存し、米国本土防衛の最前線基地の機能を果たしているのが実態なのである。
    このような米軍基地特に沖縄の米軍基地の実態を直視すると、「日本の安全」
   「極東の安全」のために、国民の所有する土地を強制的に収用して、米国軍隊
---------- 改ページ--------89
   に軍用地として提供するという駐留軍用地特措法を適用する前提事実(立法事
   実)を欠くというべきである。
    従って、駐留軍用地特措法は、その適用による規制を裏付ける事実状況が存
   しない以上、国民の財産権を不必要に規制するものであり、憲法二九条三項に
   違反し、違憲・無効であることは明らかである。
  5 結論
    以上述べたように、仮に日米安保条約が合憲であり、米国軍隊の日本国内へ
   の駐留が憲法上許容されるとしても、憲法に、米国軍隊の駐留目的実現のため
   の国民の人権制約を認める条項が存在しない以上、人権を制約することはでき
   ない。これは、仮に、自衛隊の存在が憲法九条に違反しないとしても、憲法に、
   自衛隊の存在目的実現のために、人権を制約しうる条項が存在しない以上、例
   えば、自衛隊への徴兵制度を設けることは許されないこと、自衛隊用地取得の
   ために、個人の所有地を公用収用することは認められていないこと等と比較す
   れば明らかである。
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    従って、駐留軍用地特措法の財産権制約の目的の正当性を欠くものであって、
   憲法二九条に違反することは明らかである。
    さらに国の安保条約上の義務は、国民と賃貸借契約を締結し、任意に使用権
   を取得して、米国へ提供するというのが限度である。従って、国は、国民の所
   有地を強制的に取得して、米国に提供する義務を負わないのであるから、国民
   の所有地の強制収用を内容とする駐留軍用地特措法は必要以上に国民の財産権
   を制約するものであり、この点からも、憲法二九条に違反することは明らかで
   ある。
    また立法事実論の点からも駐留軍用地特措法は、憲法二九条に違反し、違憲・
   無効であることは明らかである。
 三 憲法三一条違反
   駐留軍用地特措法は、以下に述べるとおり、土地収用法に比してその手続を著
  しく簡略化しており、使用及び収用される土地所有者等の権利保護に欠けるから、
  適正手続を保障した憲法三一条に違反するものである。
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  1 土地収用法一八条について
    土地収用法においては、起業者が建設大臣または都道府県知事に事業認定申
   請書を提出する際の添付書類として事業計画書の添付を義務づけている(土地
   収用法一八条)。この事業計画書には、事業計画の概要、事業の開始及び完成
   の時期、事業に要する経費及びその財源、事業の施行を必要とする公益上の理
   由、収用または使用の別を明らかにした事業に必要な土地等の面積、数量など
   の概要並びにこれらを必要とする理由、起業地等を当該事業に用いることが相
   当であり、かつ土地等の適正かつ合理的な利用に寄与することになる理由が記
   載されるようになっている(規則三条一項)この記載内容をみればわかるとお
   り、事業計画書は申請に係る事業の内容を具体的に説明するものであり、事業
   の認定機関は、この事業計画書に記載された事項をもとにして、事業が三条各
   号の一に掲げるものに関するものであること、起業者が当該事業を遂行する充
   分な意思と能力を有するものであること、事業計画が土地の適正かつ合理的な
   利用に寄与するものであること、土地を収用し、又は、使用する公益上の必要
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   があるものであることの四つの認定要件に該当するか否かを判断するものであ
   る。
    ところが、駐留軍用地特措法では、使用または収用の認定の申請に、このよ
   うな「事業計画書」もしくはそれに相当する使用・収益の内容を具体的に説明
   した書類の添付は要求されていない。
  2 土地収用法二四条、二五条について
    土地収用法においては、建設大臣または都道府県知事は、事業の認定を行お
   うとするとき、起業地が所在する市町村の長に対して、事業認定申請書及びそ
   の添付書類のうち、当該市町村に関係のある部分の写しを送付しなければなら
   ず(二四条一項)、右書類を受け取った市町村長は公告の日から二週間右書類
   を公衆の縦覧に供しなければならず(同条二項)、また、事業の認定に利害関
   係を有する者は、右二週間の縦覧期間内に、都道府県知事に意見書を提出する
   ことができる(二五条一項)。
    これに対し、駐留軍用地特措法では、この事業認定申請書、添付書類の送付
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   及び縦覧の手続はなく、利害関係人の意見書の提出についての定めもない。国
   民の権利保護手続として不十分である。
    また、前述したように、土地収用法においては、利害関係人は、事業認定書
   及び事業計画書の添付書類を閲覧することができるから、具体的な事業の内容
   を充分に検討したうえで、有効・適切な意見書を作成して提出することが可能
   であるが、駐留軍用地特措法の場合、同じく「意見書」の提出が認められてい
   るとはいえ、その使用・収用の内容については、ほとんど何も知らされない状
   態で意見書を提出しなければならず、現実的、実質的な権利保護の程度と内容
   は、両者間で著しい相違があるといわなければならない。
  3 土地収用法二三条について
    土地収用法は、事業の認定を行おうとする場合において、必要があるときは、
   公聴会を開いて一般の意見を求めなければならない(二三条)と規定している。
    公聴会は、必ず開かなければならないものとはされていないけれども、「必
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   要があるときは開かなければならない」ものであり、憲法三一条の適正手続の
   保障の一環として、事業認定の公正・妥当さを保障するために法が認めている
   重要な制度である(例えば、公害の発生が予測される事業や、あるいは本件の
   ごとき事例を考えれば、その重要性は明確であろう)。
    ところが、駐留軍用地特措法は、土地収用法二三条の適用を除外し、公聴会
   の制度を廃止している。
  4 結論
    駐留軍用地特措法において、この使用・収用の認定に至る事前手続における
   権利保護の手続きが、土地収用法に比較して、形式化・形骸化されていること
   は明白であり、適正手続を保障した憲法三一条に違反するものである。

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第三 駐留軍用地特措法を本件土地の使用のために適用することの違憲性
 一 適用違憲、運用違憲
   被告は、第二で駐留軍用地特措法の法令違憲を主張したが、仮に同法自体が違
  憲でないとしても、同法を本件土地に適用して強制使用をなすことはその適用に
  おいて違憲無効であり、従って、強制使用手続の一連の過程をなす本件公告縦覧
  の手続も違憲無効というべきである。
  1 適用違憲の意義
    被告が主張している駐留軍用地特措法の適用違憲とは、使用認定の違憲性に
   とどまらず、後続の各手続きそれ自体の適用において違憲性をもたらすことは
   当然である。
    駐留軍用地特措法による土地等の強制使用手続は、おおまかに言えば、起業
   者による事業のための準備手続、内閣総理大臣による使用認定手続、土地・物
   件調書作成など防衛施設局長による使用裁決申請の準備手続、収用委員会によ
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   る使用裁決手続といった一連の処分や事実行為の過程を経なければならない。
   それらの手続全てが、対象となる土地等の強制使用を目的とするものであり、
   それらの一つでも欠ければ土地等の強制使用はなされえないものである。使用
   認定は、その過程での重要な一つの処分であるということはできるとしても、
   その処分のみから直ちに土地等の強制使用権原の発生という法的効果が発生す
   るものではない。その後の各手続要件も充足して初めて強制使用ができるので
   ある。従って、各手続それ自体の適用が違憲か否かを検討しなければならない。
    これを本件に即して言うと、本件土地に対して駐留軍用地特措法を適用する
   ことによって、本件土地が駐留軍に提供される結果、被告の主張している適用
   違憲を基礎づける基地被害などの様々な事実がもたらされるのである。すなわ
   ち、それらの事実は、使用認定処分の違憲無効をもたらすのみならず、この一
   連の手続の全ての処分ないし事実行為について違憲状態を招来させるものであ
   る。
    この点に関して、例えば本件公告縦覧手続の効果は、収用委員会による使用
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   裁決に必要な手続要件の一つが整うことにすぎないのであって、本件公告縦覧
   の代行事務の執行が直ちに被告主張のような不利益を招来するものではないと
   して駐留軍用地特措法適用の各段階の効果を局限してとらえて矮小化してはな
   らない。なぜなら、同法適用の各段階の手続はそれ自体のみをもって完結的に
   強制使用の効果をもたらすものではないから、それら個別の手続きの違憲性を
   争えないとした場合、一連の行為は違憲であるのに、その一部をなす各個の行
   為が合憲とされることになり、違憲性を争う手段を著しく奪われることになる
   からである。また、公告縦覧の手続もその最終的な目的は当該土地の強制使用
   にあるのであって、その強制使用が違憲というのであれば、その準備手続であ
   る署名等代行手続も全く無意味であるばかりかその手続の一環である本件公告
   縦覧も違憲無効であり、これを法律上命令することは、結果として違憲な法的
   効果に向けられた準備行為への加担を命ずるという不当な結果になるからであ
   る。
  2 運用違憲について
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    被告による駐留軍用地特措法の適用違憲の主張は、本件強制使用手続そのも
   のの違憲性を明らかにするものではあるが、それにとどまるものではない。
    駐留軍用地特措法は、その他の関連法令の運用とあいまって、在沖米軍基地
   の存在について、憲法違反の状態をもたらしているのであるから、駐留軍用地
   特措法の運用自体が違憲であるというべきである。
    すなわち、運用違憲とは、法令それ自体を合憲としつつ、法令の運用の実態
   を審査し、そこに違憲の運用が認められるとき、その一環としての運用である
   当該事件の措置を違憲・無効とするものである(伊藤正巳「憲法第三版」弘文
   堂六四二頁)。
    もっとも、運用違憲という違憲審査方法について、当該行為への適用とは全
   く無関係に法令の運用を問題にする場合には事件性を欠くものとして裁判所の
   司法審査の対象外となるものではないかとの疑問が或いは生じうるかもしれな
   いが、問題となる行為が、違憲の結果をもたらす運用の一環として、現実に違
   憲の結果の一因となっている場合には、事件性に欠けるところはなく、その運
   用全般を司法審査の対象とすることに何ら問題は存しない。
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    この運用違憲という違憲審査の手法は、多数の行為が密接に関連、作用して、
   一連の行為の集積として憲法に適合しない状態を生じさせているが、この一連
   の行為をことさらに格別の行為に分断し、個々の行為の効果のみを取り上げた
   場合には、個別の行為の効果自体は直ちに憲法違反とまでは言い難い事案につ
   いて、事柄の本質に即して、正義衡平に適った結論を導くことのできる優れた
   手法である。そして、ここに言う法令の運用とは、必ずしも単一の法令の運用
   を指すものではなく、同一の目的のために、複数の法令が密接に関連して運用
   され、その全体の集積として一定の結果を生じさせている場合には、いわば複
   合体をなす一連の法令の運用全体が審査の対象となるものというべきである。
    そして、駐留軍用地特措法は、日米安保条約、地位協定に基づき、米軍に対
   して施設・区域(基地)を提供することを目的とする法律であり、また「日本
   国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及
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   び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う国有
   財産の管理に関する法律」などの米軍基地提供を目的とする一連の法令と密接
   に関連しているものであるから、かかる一連の法令の運用の実態、すなわち、
   米軍基地提供の実態について、その運用全体が憲法に適合するか否かを検討し
   なければならない。つまり、前述したとおり本件土地に対する強制使用手続そ
   れ自体の違憲性も問われなければならないのは当然として、本件土地の強制使
   用の経過と、それが直接もたらす効果、権利侵害のみを検討すれば足りるとい
   うものではなく、本件土地の存する施設、ひいては在沖米軍基地全体の米軍基
   地としての運用とそのもたらす被害の実態、これらに対する駐留軍用地特措法
   など関連法令適用の実態を踏まえた違憲性の判断をすべきなのである。本件土
   地の強制使用の効果を分断してとらえ、その一筆一筆の強制使用が直接もたら
   す効果のみに目を奪われれば、各施設の基地提供行為の集積による沖縄県民に
   対する重大な権利侵害の事実が、見過ごされことになるといわざるを得ない。
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    以上を前提に、本件土地に対する駐留軍用地特措法の適用が憲法の各条項に
   違反することを順次明らかにする。
 二 安保条約目的条項を逸脱する米軍の駐留の憲法九条、前文への違反
  1 砂川刑特法事件最高裁判決
    旧日米安保条約の合憲性について争われた砂川刑特法事件において、最高裁
   大法廷一九五九年一二月一六日判決は、次のとおり判示した。まず、憲法九条
   二項前段の規定の一般的意義について、「同条項がその保持を禁止した戦力と
   は、我が国がその主体となってこれに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいう
   ものであり、結局我が国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれが我が
   国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しないと解すべきである。」
   とした。次に、米国軍隊の駐留が憲法九条、九八条二項及び前文の趣旨に反す
   るかどうかについて、「(同軍隊の駐留の)目的は、もっぱら我が国および我
   が国を含めた極東の平和と安全を維持し、再び戦争の惨禍が起こらないように
   することに存し、我が国がその駐留を許容したのは、我が国の防衛力の不足を、
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   平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼して補おうとしたものに外ならない
   ことが窺えるのである。果たしてしからば、かようなアメリカ合衆国軍隊の駐
   留は、憲法九条、九八条および前文の趣旨に適合こそすれ、これらの条章に反
   して違憲無効であることが一見極めて明白であるとは、到底認められない。」
   とした。
  2 憲法九条及び平和的生存権に基づく外国軍隊の駐留に対する制約
    日米安保条約自体の憲法適合性はさておき、仮に外国軍隊の駐留の合憲性を
   肯定する立場に立とうとも、「いかなる目的のいかなる軍隊であったとしても
   外国軍隊の駐留自体がおよそ憲法上禁じられていない。」とまで認める見解は
   成り立ちえない。なぜならば、憲法は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に
   信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意し」(前文)、更に九条に
   よって、国際紛争の平和的解決を選択するという徹底した平和主義を採用し、
   かつ「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存す
   る権利を有する」(前文)ことを確認しているからである。
---------- 改ページ--------103
    すなわち、憲法九条や平和的生存権の規定があるにもかわらず外国軍隊の駐
   留が違憲ではないとしても、それは、憲法九条も主権国家に固有の自衛権の保
   持を否定しているわけでないとした上で、その権利を行使するための自国の防
   衛力の不保持ないし不足を補う目的の限りにおいて存在する外国軍隊の駐留で
   あるからとしか説明できないのである。現在の政府見解をもってしても、集団
   的自衛権の行使は憲法上否定されていると解され、日米安保条約上の共同防衛
   の範囲が「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力
   攻撃」の場合に限定されており(同条一項)、我が国の側からすれば集団的自
   衛権の行使を認めたものではないと説明されるのは、このことと同じ文脈でと
   らえられるものである。
    右最高裁判決も、旧日米安保条約が、我が国と我が国を含む極東の平和の維
   持を目的としており、憲法九条にもかかわらず当然我が国が有している「固有
   の自衛権」というものを前提として、その防衛力の不足を補うものであるとい
---------- 改ページ--------104
   うことを根拠に、それが一見明白に違憲無効とは認められないとしているので
   あり、そうでない外国軍隊の駐留は違憲と判断される余地を十分に残している
   のである。
  3 憲法九条及び平和的生存権に基づく日米安保条約目的条項の制約の存在
    現行日米安保条約六条は、米軍による施設及び区域使用の目的を「日本国の
   安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」
   と定めており、その限りにおいて旧日米安保条約の有していた目的を継承して
   いる。先に述べたとおり、仮にこの日米安保条約を合憲とする見解に立ったと
   しても、外国軍隊の駐留に対して全く憲法上の規制がないということではなく、
   それが「日本国」の安全に寄与し、並びに「極東」における国際平和等に寄与
   する目的に限定されることによって初めて合憲といいうるのである。なお、我
   が国の自衛権行使の不足を補うという観点からすれば、この範囲を「極東」に
   拡大することに疑問無しとはしないが、一九六〇年二月二六日日本政府統一解
   釈によれば、「極東の平和と安全に寄与するということが、日本の平和と安全
   とうらはらになっている」とされており(「安保条約ーその批判的検討」)、
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   極東という日本に近接した地域の平和が日本の平和と安全に密接に結びついて
   いること、すなわち日本の自衛権の行使に関わることがその正当化の根拠とさ
   れているのである。
    右のことを裏返して言えば、日米安保条約の運用が右目的を逸脱した場合に
   は、日米安保条約の合憲性についていかなる見解に立とうとも、その運用は憲
   法九条と平和的生存権の規定に反する違憲状態と判断されるのは疑問の余地が
   ない。
    駐留軍用地特措法も、日米安保条約の右目的の範囲内の運用のための米軍用
   地を提供することを目的とした法律である以上、日米安保条約の目的条項を逸
   脱した運用のための米軍用地の使用に関し同法を適用することは、同法による
   「駐留軍の用に供する」との要件を欠き、ひいては憲法九条及び平和的生存権
   に違反することになるのである。 
  4 日米安保条約目的条項を逸脱する米軍駐留の実態
  (一)「極東」の意義について、前記日本政府統一解釈によれば、「極東の区域
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    は…大体においてフィリピン以北、ならびに日本及びその周辺地域で韓国及
    び中華民国の支配下にある地域もこれに含まれている」とされている。しか
    し、在日米軍基地、ことに在沖米軍基地の活動の実態は、日本および極東地
    域に限定されてきたものでなく、むしろアメリカの世界戦略に従ってアジア
    太平洋地域全般のアメリカの国益を擁護することにその中心が存するのであ
    る。
  (二)ヴェトナム戦争、湾岸戦争などにおける在日米軍基地からの出動の実態を
    在日米軍基地の現実の利用の実態から具体的にみてみよう。
     ヴェトナム戦争において、在沖米軍基地は後方支援基地としてフルにその
    機能を発揮したことは周知の事実である。嘉手納飛行場からは北爆のための
    B五二爆撃機が出動し、那覇軍港からは戦闘用車両等が積み出され、牧港補
    給地区では、戦闘で破壊された戦車等の修理がなされ、また戦死した兵員の
    遺体が運び込まれるなど、まさに沖縄もその戦場にされたのであった。
     一九九一年一月一七日に始まった湾岸戦争では、在日米軍基地から、沖縄
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    の約八、〇〇〇人以上、横須賀を母港とする空母ミッドウェー戦闘群六隻、
    岩国の攻撃機二個飛行中隊三一機、横田の輸送部隊など合計約一万五〇〇〇
    人以上が出動した。
     なかんずく沖縄では、一九九〇年八月二日にイラクがクウェートを侵略す
    るや、同月七日(「砂漠の盾」作戦の初日である)から八日にかけて嘉手納
    基地から武装兵を乗せたC一三〇輸送機や空中早期警戒管制機(AWACS)
    が発進したのを始め、第三海兵遠征軍第三海兵師団の第四海兵連隊、第九海
    兵連隊、第一二海兵連隊などの歩兵、砲兵、戦車、水陸両用車、後方支援部
    隊を中心に、普天間基地の第三六海兵航空群の攻撃・輸送ヘリ部隊、海軍工
    兵隊、第三七六戦略航空団のKC一三五空中給油機などの空中給油、組織整
    備部隊、そして陸軍特殊部隊グリーンベレーまで次々と出動した。
     ヴェトナム戦争や湾岸戦争以外にも、一九七九年三月、米韓合同演習「チー
    ム・スピリット」に参加するため嘉手納基地に飛来してきたE3Aが、南北
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    イエメンの武力紛争に関連してサウジアラビアに発進して偵察任務についた
    事例もある。また、普天間基地の第三六海兵航空群は、緊急投入戦力として、
    湾岸戦争以前にも一九八〇年のイラン干渉の際に、ペルシャ湾に投入された。
    このような事例 は枚挙にいとまがない。
     以上のように、在日米軍基地は、これまで我が国はおろか「極東」にも入
    らない地域での戦争や紛争における米国の利益のために使用されてきたので
    ある。
  (三)アメリカ政府による在日米軍基地の位置づけ
     このような在日米軍基地の存在目的と活動実態については、アメリカ政府
    ないし軍当局者からもこれまで何度となく明らかにされてきた。
     例えば、一九七八年に在沖米四軍調整官は、「私の率いる部隊が出動する
    範囲に制限はない」と発言しており、右のことを裏付けている。
     このような在日米軍の位置づけは、後述する安保「再定義」によって、一
    層明確化されるとともに、日本政府自身も共同声明という形でその役割を公
    に認めようとしているのである。
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  (四)以上のとおり、在日米軍基地の運用の実態は、日本および極東地域安全と
    いう日米安保条約の本来の目的を逸脱したものである。
     それは、本件で強制使用認定の対象となっている在沖米軍各基地について
    も同様である。
     従って、米軍によるその目的を逸脱した活動のために使用する土地を提供
    するために駐留軍用地特措法を適用することは、憲法九条および前文の規定
    に違反するというべきであり、ひいては、被告には同法による強制使用手続
    の一環としての本件土地の公告縦覧の代行義務は生ぜず、原告による本件職
    務執行命令は理由がないというべきである。
  5 安保「再定義」による日米安保条約目的条項逸脱の固定化
    前項に述べた日米安保条約の目的条項を逸脱した米軍駐留の違憲性は、安保
   「再定義」により、ますます鮮明になりつつある。
---------- 改ページ--------110
  (一)日米安保条約の地球規模への拡大を目指す「再定義」
     日米安保の「再定義」とは、東西冷戦が終結して日米安保条約の存在の最
    大の論拠とされてきた「ソ連の脅威」が消滅したために、その存在意義が問
    われている今日において、冷戦後の日米安保体制のあり方を確認しようとい
    う日米双方の作業を指している。「再定義」の協議は、一九九四年一一月に
    米国のジョセフ・ナイ国防次官補(当時)らと日本政府関係者らによって開
    始され、一九九六年四月一七日に東京で開催された日米首脳会談で日米安保
    共同宣言として発表された(異議申し立て基地沖縄・琉球新報社)。
     安保「再定義」の内容は、右首脳会談で発表された日米共同宣言に端的に
    現れている。
     同宣言は、「(日米安保条約を)基盤とする両国間の安全保障面の関係が、
    共通の安全保障上の目標を達成するとともに、二一世紀に向けてアジア太平
    洋地域において安定的で反映した情勢を維持するための基礎であり続けるこ
---------- 改ページ--------111
    とを再確認した。」、「日米安保条約が日米同盟関係の中核であり、地球的
    規模の問題についての日米協力の基礎たる相互信頼関係の土台となっている
    ことを確認した。」と、日米安保条約を極東条項にとらわれず、地球的規模
    に拡大するとともに、日米関係を軍事同盟を中心にすえることを宣言した。
     そして、昨年一一月に発表される予定であった宣言の案(「旧宣言案」と
    いう)においては、それが「(米国の)死活的な国益の存在する地域に前方
    展開するという世界戦略の一部」であることがあからさまに示されていた。
    国民的非難が向けられることを恐れて今回の共同宣言では、表現がややぼか
    されたものの、その間米国の戦略に変化はなく、意図するところは同じとい
    える。
     日米政府は、この安保「再定義」の動きに合わせて、一九九五年一一月に
    新防衛大綱を策定し、また、本共同宣言の直前に物品役務相互提供協定(A
    CSA)を締結するなどその作業を着実に進めてきている。そして、より重
    大であるのは、日米安保条約を実質的に改定して、日米共同作戦体制を確立
---------- 改ページ--------112
    した一九七八年の「日米防衛協力のための指針」(いわゆる「ガイドライ
    ン」)の見直しを回避することが、本共同宣言で合意されたことである。ま
    さに、これによって、本来日本の防衛のため存在していたはずの日米安保条
    約が、グローバルな日米共同作戦体制へと重大な一歩を印すことになったの
    である。
     ちなみに、旧宣言案では米国防省国際安全保障局が一九九五年二月に発表
    した「東アジア・太平洋地域に対するアメリカの安全保障戦略」(「東アジ
    ア戦略報告」)を安保「再定義」の基礎にすえることを明言していたのに対
    し、今回の共同宣言では、これについて明示的にはふれられていない。しか
    しながら、「東アジア戦略報告」は、安保「再定義」の米国側の意図をもっ
    とも如実に示すものであり、当然この「再定義」の下敷きになっているもの
    である。
     被告も、その重大性に早くから危惧の念を抱いており、それが、本件公告
    縦覧手続の代行に応じない一つの動機にもなったものであるので、同報告等
    の内容についてもう少し明らかにする。
---------- 改ページ--------113
     「東アジア戦略報告」では、「アジア・太平洋地域におけるアメリカの軍
    事的前方プレゼンスは、地域的安全保障と、アメリカの地球的規模の軍事態
    勢の不可欠の要素である。」「太平洋における前方展開戦力は、世界中の危
    機に対する迅速・柔軟な対応能力を保障(する)」として、日本を含むアジ
    ア太平洋地域への米軍の前方展開の今日的根拠を明らかにし、そのために今
    後も「アジアにおけるわが国のプレゼンスは、地域の必要に応じ、中東その
    他、地球的規模の安全保障上の緊急事態にこたえるのに十分な規模に維持さ
    れる。」と宣言している。その実践的根拠として湾岸戦争が取り上げられ、
    「たとえば『砂漠の盾』作戦や『砂漠の嵐』作戦の時期に、アジアにおける
    わが国の軍事機構は、アジアの地域的脅威に対する抑止力を首尾よく提供し
    (た)」と評価している。そして在日米軍基地については、「アジアと太平
    洋におけるアメリカの安全保障政策は、日本の基地の利用や、アメリカの作
    戦に対する日本の支援に依拠している。」と最重要視し、「太平洋地域の距
    離的隔たりの大きさからして、日本の基地の利用権の確保は、侵略を抑止し、
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    打破するわれわれの能力において決定的役割を果たしている。」ので、引き
    続きその勢力を維持するとしているのである。これは、沖縄を含む在日米軍
    基地の機能強化と固定化を宣言するものに他ならない。この報告はまさに在
    日米軍基地の存在理由を米国側から率直に物語るものであるが、それが共同
    宣言案に盛り込まれることによって日本政府もそのような位置づけの質的転
    換を公式に確認することとなるのである。安保「再定義」と呼ばれるゆえん
    である。
     また、右報告と同時期の同年三月一日に米国防総省から発表された「アメ
    リカと日本の安全保障関係に関する報告書」(「日米安保報告書」)も日米
    安保と在日米軍基地に関して同様の認識を示している。この報告は、基地縮
    小を求める沖縄の世論が契機となり、一九九五会計年度の米国防認可法にお
    いて初めて日米安保関係に絞って米議会が提出を要求したものであり、在日
    米軍基地の米国にとっての存在意義を率直に述べたものとして重要である。
     その点についての具体的記載をみると、「日本におけるわれわれの陸軍、
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    空軍、海軍及び海兵隊の基地は、アジア・太平洋における防衛の第一線を支
    援するものである。これらの部隊は広範な局地的、地域的、並びにペルシャ
    湾にいたるまでの地域外の緊急事態に対処する準備を整えている。太平洋と
    インド洋の横断距離は非常に長いので、アメリカは、地域的緊急事態に対応
    できるように計画された、小規模で、機敏で、より機動性に富む部隊を重視
    しており、そのことが在日米軍基地の地理的重要性を大きく高めている。」
    というのである。
     更に、右報告書も湾岸戦争での在日米軍の実践的な役割を次のように評価
    している。「日本から作戦に出撃する米海軍が利用できる艦船修理施設は、
    世界でもっとも近代的なものである。これらの施設は、海軍の決定的な展開
    を維持するわれわれの能力に直接的に貢献しており、フィリピン共和国のスー
    ビック湾の施設からのアメリカの撤退以後はなおいっそう重要になっている。
    この価値は、『砂漠の盾』作戦や『砂漠の嵐』作戦の期間中の米空母ミッド
    ウェー戦闘群の展開のさいに実証された。ミッドウェーの航空団の航空機は、
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    他のどの空母航空団よりも多く出撃し、人員あるいは航空機の損失もなかっ
    た。この事実は、日本におけるアメリカの施設で行われた質の高い訓練と優
    れた整備を証明するものとなっている。」
     このように米国は、冷戦後の在日米軍の位置付けについて、日本の安全や
    「極東」条項の定めを超えたグローバルな戦力展開の一部と捉え、今回の安
    保「再定義」によってその意義を日本政府とともに確認することによって、
    日米安保条約の実質的改変を進めようとしているのである。
  (二)在日米軍基地は、これまでも日米安保条約の目的条項を逸脱した米軍の世
    界戦略のために利用されてきたのであるが、今日の安保「再定義」は、その
    ような実態を固定化するばかりでなく、かかる日米安保条約の機能を名実と
    もに地球的規模に拡大することを確認するというものである。
     従って、右のような「再定義」のもとにおける米軍基地のための駐留軍用
    地特措法による本件土地の使用は一層その違憲性を強めるものといわざるを
    得ない。
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  (三)沖縄県は、去る大戦で国内唯一の地上戦の戦場となり民間人を巻き添えに
    して多大な犠牲者を出し、更に戦後の米軍施政権下における基地あるがゆえ
    の様々な被害を受けさせられた歴史を有している。
     このような過酷な歴史を経験してきたがゆえに、自ら二度と戦争の被害を
    受けないというにとどまらず、反対に加害者になり、もしくは加害者に加担
    するようなことも決して容認することができないというのが沖縄県民の総意
    である。被告や関係自治体の積極的な平和行政の推進もこのような県民意思
    に裏打ちされているものである。
     しかるに、戦後五〇年間の米軍基地の駐留は、日本や沖縄の防衛に貢献す
    るというよりもむしろアジア各地での戦争による加害行為をもたらしてきた
    のが現実であり、もはやこれ以上このようなあり方の米軍基地の存続は許容
    できるものではない。かかる観点からも、右安保条約の目的条項逸脱による
    駐留軍用地特措法適用違憲の問題は避けて通れないといえるのである。
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 三 様々な基地被害ないしその危険をもたらしている在沖米軍基地の使用のために
  駐留軍用地特措法を適用することによる平和的生存権侵害
  1 在沖米軍基地が、個々もしくは総体としての沖縄県民の平和的生存権を侵害
   している事実は前項「米軍基地の違憲状態と法令違憲」において述べたとおり
   である。
    そのうち若干を繰り返しつつ述べると、まず、戦後五〇年の間にも米国はア
   ジア地域における戦争行為を繰り返してきており、その交戦国であった北朝鮮、
   ヴェトナム、イラクなどからの反撃として在沖米軍基地が攻撃されても何らお
   かしくない状況におかれてきた。沖縄県民は、かかる直接の戦争行為によって
   生命身体財産に対する危険にさらされ、具体的な平和的生存権の侵害を受けて
   きている。
    もっとも、米軍が交戦状態になれば、日米安保条約を締結して軍事基地の設
   置を容認している日本国民が平和的生存権を脅かされる一般的危険はありうる
   といえよう。しかし、ヘーグ陸戦法規二五条において「防守セサル都市、村落、
   住宅又ハ建物ハ、如何ナル手段ニ依ルモ、之ヲ攻撃又ハ砲撃スルコトヲ得ス」
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   と規定され、一九二二年の空戦に関する規則二四条一項において「空中爆撃は
   軍事的目標、すなわち、その破壊又は毀損が明らかに軍事的利益を交戦者に与
   えるような目標に対して行われた場合に限り、適法とする」と規定されている
   とおり、戦時国際法にあっては、軍事的目標に対する攻撃とそうでないものに
   対する攻撃に対する区別が明確になされており、交戦状態になれば、米軍基地
   が集中する沖縄本島地域は事実上優先的攻撃目標となるのみならず、それに対
   する攻撃は法的にも肯定される可能性が高い。従って、沖縄県内の米軍基地の
   集中度を考慮すると、米軍の交戦により、わが国への攻撃の危険性が一般的に
   存在するという程度にとどまらず、少なくとも沖縄本島地域居住の住民につい
   てはその平和的生存権が現実的な脅威にさらされ侵害されているといわねばら
   なない。
    また、戦争準備行為のための基地の設置と演習等は様々な生活被害を及ぼし、
   それらによる平和的生存権の侵害も継続している。嘉手納飛行場などでの航空
   機離着陸、キャンプハンセンなどでの実弾演習による爆音被害、演習事故によ
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   る人身被害、嘉手納飛行場のPCB汚染物質の流出による健康被害の危険など
   である。
  2 以上のような権利侵害について、個々の権利侵害のみをとらえてその救済を
   図るだけでは、その十分な救済は図れない。ここで留意しなければならないの
   は、基地あるがゆえのこれらの権利侵害は、およそ軍事基地を設置すること自
   体が平和的生存権を侵害するかどうかという問題ではなく、在沖米軍基地が人
   口密集地域にしかも多数集中して設置されているという、米国本土の基地にお
   いては到底ありえない異常なあり方をしているがゆえのものであることである。
   まさに右の被害がこのような基地のあり方に基づく構造的な権利侵害状態であ
   ることから、個別の生命、身体、財産に対する権利のみを取り上げて人権の救
   済を図るところに限界が生じるのであり、ここに地域住民の平和的生存権を法
   的に論じる意義が存するのである。これだけ甚大な権利侵害を伴う基地の立地
   の異常な現実については、政策的な是非の問題にとどまらず、人権侵害の観点
   から法的救済を図られなければならない。
  3 かように在沖米軍基地の存在と運用の結果、沖縄県民の平和的生存権が日常
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   的に侵害されている状態が継続しているのだから、かかる基地を米軍に提供す
   るために駐留軍用地特措法を適用して本件土地を強制使用することは、平和的
   生存権の規定に反して違憲となり、本件職務執行命令も違法というべきである。
 四 憲法一四条、九二条、九五条違反
  1 沖縄への基地集中の差別的実態
  (一)本土の二九五倍の基地負担
     国は、基地提供の根拠となる一連の法令を運用して、沖縄県の土地を米軍
    用地として提供し、その結果、国土面積の僅か〇・六パーセントに過ぎない
    沖縄県に、全国の米軍専用施設の実に約七五パーセントが集中している。そ
    のため、沖縄県の県土面積の一〇・八パーセントを基地が占め、約一一五万
    の人口が密集する沖縄本島の約二〇%が基地となっている。米軍専用施設の
    住民一人当たりの面積で見ると、本土では〇・六七平方メートルであるのに
    対し、沖縄県では一九七・八平方メートルであり、沖縄県民は実に本土の二
    九五倍の基地負担を負わされているのである。
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     このように、狭隘な島嶼県沖縄に極端なまでに米軍基地が集中し、過密化
    しているため、県民の生活の場が直接基地の影響下に置かれ、米軍航空機の
    墜落事故、航空機の爆音被害、実弾演習による騒音や環境破壊、基地からの
    有害物質流出による水質・土壌汚染、あいつぐ米軍人・軍属による犯罪など、
    米軍基地に起因する県民の被害は絶え間なく発生し、その被害は、県民の生
    命、健康、財産、教育など生活のあらゆる場面に及んでいる。
     そして地方公共団体たる沖縄県は、右基地被害の対処など、米軍基地が存
    在するが故の著しい行政事務負担を強いられ、また、沖縄県における米軍基
    地の大半が、地域開発上重要な地域に存在しているため、地域の振興開発及
    び県土の均衡ある発展を図る上で大きな制約を受けている。具体的には、都
    市再開発計画や環境整備を推進する上での障害、道路交通体系整備上の障害、
    住宅や公園整備上の障害、企業誘致や工業誘致の対象となる工業用地確保の
    障害、農業振興上の障害、自然公園や自然環境保全政策上の障害などが顕著
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    に生じている。
  (二)基地形成過程からみた沖縄に対する差別的処遇
   (1)薩摩の琉球侵入以来四世紀近くにわたって、沖縄には、被差別者として
     の苦難の歴史が続いてきた。島津の琉球支配、「琉球処分」以後の政府の
     差別的政策の下で伸吟し、日本本土の沖縄差別がもたらした最大の悲劇で
     ある沖縄戦では、本土決戦、国体護持工作の時間稼ぎのための「捨て石」
     とされ、一○数万人にものぼると言われる多数の県民が非業の死を遂げた。
      そして、沖縄を占領した米軍は、住民を次々と収容所に収容し、旧日本
     軍が接収して築いた飛行場を中心に基地建設を進めていった。戦後の基地
     形成史は沖縄戦の延長線上に築かれたものであり、沖縄における基地の存
     在は沖縄戦の傷痕そのものである。
      本件土地周辺は、一九四三年に日本軍に北飛行場として接収され、一九
     四五年四月一日の米軍の沖縄本島上陸と同時に北飛行場は米軍が軍事占領
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     し、さらに接収地域を広げたものであり、本件土地も、一九四五年四月一
     日以降米軍によって接収されたものである。そして、戦後五〇年以上経っ
     た今なお、米軍が基地として使用し続けているものであるが、これを日本
     本土の旧日本軍飛行場用地の処理と比較するとき、沖縄に対する差別的処
     遇は歴然とする。一九四五年当時、旧日本軍の飛行場は二四二件あったが、
     一九四五年から一九四七年までに処理方法も決まり、一九五〇年までには
     約八〇パーセントが処分され、そのほとんどが平和利用のための転用、又
     は旧地主に返還されるなどの戦後処理が進められた。ところが、沖縄にお
     いては、読谷補助飛行場、嘉手納飛行場などの広大な基地が軍事占領下か
     ら今日まで五〇年以上、復帰からでも二四年以上にわたって、米軍基地と
     して使用され続けているのである。
   (2)一九五二年四月二八日、平和条約が日米安保条約とともに発効して、日
     本は独立を回復したが、沖縄は日本本土から切り捨てられて米国の施政下
     におかれ、戦争が終わってもなお軍事支配の苦しみを受けることとなった。
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      そして、日本が独立するや、日本本土の米軍基地はたちまち減少し、一
     九五〇年代初頭に約一二万九〇〇〇ヘクタールあった本土の米軍専用施設
     は、一九六〇年・安保改定の年には約三万ヘクタールにまで激減したので
     ある。
      さらに、日本本土から撤退した米軍が沖縄に押し付けられてきた。海兵
     隊基地を例にとって述べると、現在、沖縄の米軍基地の七五パーセント以
     上を海兵隊基地が占めているが、海兵隊は、もともと富士山麓に駐留し、
     現在キャンプ・ハンセンで実弾砲撃演習を行っている砲兵部隊も、かつて
     は富士演習場で砲撃訓練を行っていた。ところが、一九五四年に海兵隊の
     日本本土から沖縄への移転が発表されるや、一九五七年までの僅か三年間
     で本土から沖縄への海兵隊移転が完了し、翌一九五八年には富士山麓の米
     軍基地の大幅返還が実現された。一九五七年の岸・アイゼンハワー日米両
     首脳の共同声明は、日米両国の主権平等を強調しつつ、「一切の米陸上戦
     闘部隊の速やかな撤退を含む」在日米地上軍の大幅削減を発表したが、沖
     縄には日本本土から押し付けられた地上戦闘部隊が今も駐留し、実弾砲撃
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     演習による騒音、被弾や環境破壊、普天間飛行場の爆音被害、読谷補助飛
     行場におけるグリーンベレーや海兵隊のパラシュート降下訓練、相次ぐ米
     兵による凶悪犯罪などの基地被害を日常的に発生させている。
   (3)沖縄の日本復帰当時、本土の米軍専用施設面積は一万九七〇〇ヘクター
     ルにまで減少していた。これに対し、一九五五年に約一万八二〇〇ヘクター
     ルであった沖縄の米軍専用施設面積は、復帰時には二万七八九三ヘクター
     ルとなっていた。沖縄が日本から切り捨てられて米国の施政下に置かれて
     いる間に、沖縄と本土の米軍専用施設面積が逆転し、国土面積の〇・六パー
     セントに過ぎない沖縄に、他の九九・四パーセントの地域よりも遙かに多
     くの米軍専用施設が集中するようになっていたのである。ところが、日本
     政府は、沖縄県と本土とのかくも極端な格差を是正するどころか、復帰後
     も沖縄県を差別的に処遇し、沖縄県と本土の格差はさらに広がっていった。
     本土の米軍専用施設は、復帰後僅か二、三年の間に激減し、復帰時から約
     六〇パーセントも減少して八〇〇〇ヘクタール近くにまでなったのに対し、
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     沖縄県の米軍専用施設は復帰後二四年経った今なお約一五パーセントしか
     減少せず、軍事支配下での土地強奪の上に構築された巨大な基地が、その
     ままの規模で存続し続けているのである。
  (三)沖縄に米軍基地を集中させる差別的意図
     日本に駐留する米軍は、世界中を作戦範囲とするものであり、沖縄県に基
    地を集中させる軍事上の必然性は全くない。このことは、在日・在沖米軍の
    実態を見れば一目瞭然である。
     在日米軍兵力は、陸軍一九〇〇人(沖縄県に九〇〇人)、海軍一万六五〇
    〇人(沖縄県に一六八〇人)、海兵隊二万三四〇〇人(沖縄県に二万〇二九
    〇人)、空軍一万五三八〇人(沖縄県に七〇三〇人)である。
     この兵力から一見してわかることは、海兵隊の占める割合が極めて高いと
    いうことである。この海兵隊は、「殴り込み部隊」の異名を持つように、侵
    略の最初に敵陣に乗り込み、後続部隊の足場を確保することをその中心的任
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    務とするものであり、防衛を任務とするものではない。地域的にも、日本領
    域及び極東のみを対象とするものではなく、むしろアフリカ、中近東を重要
    な対象としているものである。一九八二年の米上院で、ワインバーガー国防
    長官は「米国は、日本の防衛目的だけのために、いかなる軍隊も日本に維持
    していない。約二万五〇〇〇人の在日海兵隊は、第七艦隊の海兵隊であり、
    西太平洋、インド洋に及ぶ第七艦隊の作戦地域内のどこにも配備されるもの
    である」「沖縄の海兵隊は、日本の防衛任務には当てられていない。そうで
    はなくて、第七艦隊の即戦海兵隊をなし、第七海兵隊の通常作戦区域である
    西太平洋、インド洋のいかなる場所にも配備されるものである」として、在
    日・在沖海兵隊の任務が日本防衛にないことを明確に述べている。そして、
    一九九五年一二月に米国海兵隊第三遠征軍から日本弁護士連合会沖縄調査団
    に交付された「第三海兵遠征軍ブリーフ」と題する小冊子では、在沖米軍の
    作戦担当区域は、アフリカ東海岸からハワイまで、面積五二〇〇万平方キロ
    メートルに及ぶとされ、その中には、ウラル以東のロシア、トルコ、イラク、
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    パレスチナ、アラビア半島、南アジア、東南アジア全域が含まれるとされて
    いる。
     空軍は、世界中の如何なる地域の戦争にも直接介入できるように編成され、
    日本に展開する米空軍は、フィリピン以北、ハワイ以西の北太平洋全域の空
    を作戦範囲とする太平洋第五空軍が、前進配備の戦闘機部隊、輸送機部隊を
    一本化して指揮している。嘉手納飛行場は、第五空軍の指揮下の極東最大の
    米空軍基地である。第一八航空団所属のFー一五制空戦闘機、空中警戒管制
    機部隊、空中給油機部隊、戦略輸送部隊が配備され、これらの部隊が一緒に
    飛び立てば、世界のどの地域の戦争にも直接介入可能となっている。湾岸戦
    争にも、嘉手納飛行場から空中給油部隊を中心に多数の兵員が出撃していっ
    た。
     海軍については、米第七艦隊が横須賀、佐世保などを拠点とし、沖縄にも
    頻繁に寄港しているが、これは日本領域及び極東のみを作戦範囲とするもの
    ではない。米国に母港を置けば、日本領域及び極東をパトロールすることは
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    可能であり、日本に母港を置いているのは、インド洋、アラビア海までの広
    い範囲をパトロールするためである。湾岸戦争では、横須賀を母港する巡洋
    艦から発射されたトマホークが戦争の火蓋を切り、横須賀を母港とする空母
    から艦載機が出撃していった。沖縄の軍港ホワイト・ビーチでは、太平洋に
    展開する米第七艦隊や原子力潜水艦、強襲揚陸艦などへの支援、補給が行わ
    れている。
     陸軍については、太平洋地域全体に対する兵站任務が中心となり、湾岸戦
    争では呉の弾薬が最初に砂漠に到着した。在日陸軍唯一の戦闘部隊は「悪魔
    の部隊」グリーンベレーと呼ばれる特殊部隊で、読谷村のトリイ通信施設に
    駐留している。沖縄における陸軍兵力の約半数はこの「悪魔の部隊」である。
    その任務は、外国の内戦への介入、特殊破壊工作、特殊偵察などであり、そ
    の作戦範囲は世界中に及んでいる。
     このように、在日・在沖米軍は、世界中を作戦範囲としているのであり、
    沖縄県に基地を置かねばならない軍事的理由はない。ウラル・ロシアやアフ
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    リカ東海岸に作戦展開するために、日本本土からではなく、沖縄から出撃し
    なければならない必然性は全くない。日本への軍事力確保の理由として常に
    援用される朝鮮半島についても、沖縄県よりも本土の方が遙かに近いのであ
    る。
     日本国内の米軍基地を沖縄に置く必要がないことは、米国政府、米軍関係
    者自身も繰り返し認めている。昨年、ナイ米国防次官補及びペリー国防長官
    は、沖縄の米軍基地から日本本土への兵力の移転は可能である旨の認識を示
    した。在沖海兵隊のスチュワート・ワグナー大佐は、沖縄タイムス紙のイン
    タビューに対し、日本に駐留する米軍基地の配置については「どの基地に置
    くかは元来、日本政府が決めることだ。沖縄の負担を軽減するため、基地を
    どこに移転するかは彼ら(日本政府)次第だ」と述べている(沖縄タイムス・
    一九九六年二月一日朝刊)。
     では、なぜ沖縄に米軍基地が集中するのか。それは沖縄が本土から遠く離
    れ、大多数の国民から沖縄における基地被害の実態が見えにくいからに他な
    らない。沖縄返還に際しての自衛隊の沖縄配備を取り決めた「久保・カーチ
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   ス協定」の日本側代表者久保卓也氏(当時防衛局長)は、沖縄の米軍基地を
    縮小せず、本土を優先させるという逆さま行政をした理由について、「基地
    問題は安保に刺さったトゲである。都市に基地がある限り、安保・自衛隊問
    題についての国民的合意を形成することは不可能だ」と説明している(藤井
    治男「日米安保・沖縄と日本の私たち」マスコミ市民一九九五年一月号)。
     沖縄への過度の米軍基地の集中は、中央から基地を見えなくして、中央か
    ら遠く離れた日本の片隅の見えにくいところに基地を集中させるという、差
    別的な意図からなされているのである。
  (四)沖縄への基地集中に対する国民・県民世論
     一九九五年一〇月の沖縄タイムス社・朝日新聞社の共同調査では、沖縄に
    全国の米軍専用施設の約七五パーセントが集中する状態が「本土に比べて、
    沖縄に犠牲を強いていることになり、おかしいと思いますか。それとも、地
    理的、歴史的にみてやむを得ないと思いますか」という質問について、「お
    かしい」という回答は全国で六四パーセント、沖縄では七五パーセントにも
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    達している。「沖縄で、小学生の女の子が、アメリカ兵三人に暴行を受ける
    という事件が起きました。この事件をきっかけに、米軍基地への反発が広が
    り、さらに日米安保条約の見直しを求める声が出ています。あなたは、こう
    した動きが出るのは当然だと思いますか。そうは思いませんか」という質問
    に対し、「当然だ」という回答は、全国で九二パーセント、沖縄で九三パー
    セントになっている。
     「沖縄の米軍基地は、これから先、どうしたらよいと思いますか」という
    質問について、「いままで通りでよい」という回答は全国で七パーセント、
    沖縄で六パーセントに過ぎないのに対し、「段階的に縮小する」という回答
    が全国で七六パーセント、沖縄で七二パーセントあり、「ただちに全面撤去
    する」が全国で一四パーセント、沖縄で二〇パーセントとなっている。
     そして、「沖縄の米軍基地の整理・縮小が、なかなか進まない原因として、
    一番大きいことは、どんなことだと思いますか」という質問について、「沖
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    縄の経済にとって必要だ」という回答が全国で五パーセント、沖縄で七パー
    セント、「アメリカにとって軍事的に必要だ」という回答が全国で一八パー
    セント、沖縄で一三パーセント、「本土の人の関心が薄い」という回答が全
    国で一六パーセント、沖縄で八パーセント、「日本政府の取り組みが不十分
    だ」という回答が全国で五六パーセント、沖縄で六七パーセントに達してい
    る。
     この世論調査に現れた国民の声は、沖縄への基地集中の現状はおかしいと
    指摘し、沖縄の基地の整理縮小・撤去を求め、これを怠ってきた日本政府の
    怠慢を糾弾しているものである。
  2 沖縄県民への差別的処遇の違憲性
    日米安保条約は、日本全土を対象とするものであるから、沖縄県民にのみか
   かる米軍基地の負担を強いることは、法の根本理念たる正義衡平の観念に照ら
   して到底容認しうるものではない。仮に、米軍に提供する土地の場所や規模の
   決定について、地理的、歴史的条件などの諸条件が考慮要素となり、その決定
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   が行政府の裁量事項であるとしても、沖縄県への米軍基地の集中の現状は、一
   般的に合理性を有するとは到底考えられない程度に達しており、行政府の裁量
   の限界を明らかに超え、国は、沖縄への米軍基地の過重負担を解消して不平等
   を是正すべき責務を負っていると言わねばならない。
    そして、この沖縄にのみ異常なまでに基地が集中する状態は、戦後五〇年以
   上、復帰からでも二四年以上にも及んでいる。沖縄の日本復帰後僅か二、三年
   で本土の米軍専用施設面積が半減したことと比較すると、復帰以前に沖縄にお
   ける広大な米軍基地が形成されていたという歴史的事情を考慮するとしても、
   沖縄への基地偏在の解消に必要な合理的期間を遙かに超え、国の怠慢は明らか
   であると言わねばならない。
    右に述べたとおり、沖縄県民に対する不平等な基地負担のしわ寄せは著しい
   ものであり、駐留軍用地特措法その他の基地提供法令の運用の実態は、沖縄県
   民の平等権を侵害するものとして明らかに違憲状態にあるとの評価を免れず、
---------- 改ページ--------136
   この運用の一環として本件に駐留軍用地特措法を適用することは憲法一四条に
   違反するものである。
  3 沖縄県に対する差別的処遇の違憲性
    沖縄県にのみ、長期間にわたって、他の都道府県と比べて著しい米軍基地の
   負担、制約を強いる基地提供法令の運用の実態は、国政全般を直接拘束する客
   観的法原則たる平等原則に反して違憲であり、この運用の一環として本件に駐
   留軍用地特措法を適用することは憲法一四条、九二条、九五条に違反するもの
   である。
    もっとも、人権の享有主体は本来個人であるから、地方公共団体について平
   等原則の適用はないのではないかとの疑問もありえよう。しかし、住民の属す
   る集団としての地方公共団体が、国家から他の地方公共団体と比して不平等に
   扱われる場合には、間接的にせよ住民自身が不利益を被ることになるのである。
   国際人権法においては、「人民」という集団自体に自決権が保障されており
   (国際人権A規約・B規約共通一条)、究極的に個人の人権保障に資するもの
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   であれば、集団自体に人権享有主体性を認めうるものである。そもそも、憲法
   が地方自治を保障したのは、地域の政治を、住民の意思に基づき、国家から独
   立した団体の意思と責任の下に行うことによって、住民の人権を保障しようと
   したものに他ならない。すなわち、国家から独立して、住民の自己決定を内包
   した団体独自の自己決定に基づく地方自治を行うことこそが、住民の意思に基
   づく民主政治を実現し、住民の人権保障になるとの趣旨に基づくものである。
   地域住民の自治・自己決定の原理は、世界的にますます重要性を増し、ヨーロッ
   パ評議会閣僚委員会が採択した「ヨーロッパ地方自治憲章」、国際自治体連合
   が採択した「世界地方自治宣言」は、「地方自治を自治体がみずからの責任で、
   その住民のために公的事項の基本的部分を管理し運営する権利及び実質的能力」
   として規定し、この自治体の権限について、「包括的かつ排他的」性格を有す
   ることを確認している。しかるに、国家が特定の地方公共団体のみを不平等に
   扱い、その結果、住民の意思を反映する自治体の公的事項の管理・運営が阻害
   される場合には、ひいては住民の自己決定権が侵害されることになり、地方自
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   治保障の趣旨、人権尊重の理念に悖ることとなる。そうであればこそ、憲法九
   五条は、特定の地方公共団体にのみ異なる扱いをする場合には、住民の特別投
   票を要するものとして、地域住民の自己決定によらなければ差別的扱いを許容
   しないものとしたのであり、これは憲法が地方公共団体の平等権を保障したも
   のに他ならない。
    なお、仮に地方公共団体に対する平等原則を人権と言えないとしても、憲法
   上、統治における客観法原則として平等原則が認められるものというべきであ
   る。正義衡平の観念は法の根底をなす基本理念であり、憲法一四条は正義衡平
   の観念の人権規定への具体的な現れである。この正義衡平の観念は、当然に統
   治にも及ぼされ、貫徹されねばならないものである。憲法一四条、九五条等の
   根底をなす正義衡平の観念、憲法九二条の地方自治保障の趣旨からすれば、国
   家が特定の地方公共団体を不公平に扱ってはならないという憲法上の大原則が
   存在すると解すべきことは当然である。
    もっとも、国家が各地方の実情に応じた合理的な区別をなしうることは当然
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   であり、その合理性の判断については国家の裁量が認められるものであるが、
   特定の地方公共団体に対する不平等が著しく、国民の正義衡平の観念から到底
   許容できない限度に至っている場合には、もはや一見明白に平等原則に違反し
   ているものと言え、裁判所は違憲判断をなしうるもの解される。
    そして、沖縄県への長期間にわたる米軍基地の集中によって、沖縄県が他の
   都道府県に例を見ない過度の基地の負担を負わされ、そのために沖縄県の自律
   的発展が著しく阻害されている現状は著しく不平等であり、到底国民の正義衡
   平の観念が許容しうるものではない。
    よって、沖縄県へのかかる基地集中をもたらす駐留軍用地特措法を含む基地
   提供法令の運用は平等原則に反して違憲であり、その運用の一環として本件へ
   駐留軍用地特措法を適用することは、憲法一四条、九二条、九五条に違反する。
  4 沖縄県にのみ駐留軍用地特措法を適用することの違憲性
    駐留軍用地特措法が沖縄県のみを対象として運用されているという点からも、
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   その運用は憲法一四条、九二条、九五条に違反するものと言わなければならな
   い。
    駐留軍用地特措法が日本本土で発動されたのは、ほとんど一九五〇年代で、
   一九六一年の神奈川県相模原住宅地区を最後に、日本本土で発動された例はな
   く、言わば一九六一年の発動を最後として一旦は死んだ法律であった。ところ
   が、死法化して二〇年も経過した後、突如として一九八〇年に沖縄県内の土地
   のみを対象として発動されたのである。
    憲法九五条は、特定の地方公共団体にのみ適用される法律(地方自治特別法)
   について住民投票を要求している。その趣旨は、地方公共団体の自治を尊重し、
   すべての地方公共団体の住民の間の権利義務ないし利益の平等をはかることに
   ある。国が、ある地方公共団体もしくはその地域、その住民に対し、他の地方
   公共団体、その地域、その住民と異なる特例を設けようとするとき、国(国会)
   の単独の意思のみで特別扱いすることができるとすれば、それが濫用され、他
   の地方公共団体との間に不当な差別が生じて特別扱いされる地方公共団体に不
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   当な犠牲を強いたり、あるいはそこに居住する関係住民の権利ないし利益が不
   当に侵害されるおそれがある。このような弊害を防ぐために、国(国会)が、
   ある特定の地方公共団体もしくは関係住民のみを対象とする法を定立しようと
   するときは、その地方公共団体住民の意思を問わなければ、その法律の効力は
   生じないものとしたのである。
    そして、駐留軍用地特措法は、県民にとっては自らの土地を強制的に取り上
   げられるという重大な人権制約をもたらすものであり、地方公共団体にとって
   は、都市計画等に重大な影響をもたらし、また地方公共団体がそのために事務
   的負担も負うものであるから、特定の地域のみを対象として駐留軍用地の強制
   収用法令を制定するのであれば、地方自治特別法として、住民投票を要するの
   である。したがって、沖縄県のみを対象として駐留軍用地を強制収用(使用)
   するのであれば、憲法九五条の趣旨からして、当然に住民投票に付した上で立
   法を行わなければならなかったのである。このことは、対日平和条約、日米安
   保条約、地位協定、駐留軍用地特措法の制定について、いずれも沖縄県民の意
   思が全く反映されていないという歴史的事情より、沖縄に真に国民主権を回復
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   するためにも、当然に要求されていたものであった。
    ところが、国は、一九八一年に、死法化していた駐留軍用地特措法を突如と
   して復活させるという脱法手段を用いて沖縄県内の駐留軍用地を強制使用し、
   その後も沖縄県内の駐留軍用地にのみ駐留軍用地特措法を適用するという運用
   をしているのであり、この運用は憲法九五条を僣脱して地方自治の本旨を害し、
   平等原則に反する違憲なものである。
    また、沖縄県という特定地域の土地の所有者のみについて、強制的に財産権
   を制約するという点からも、駐留軍用地特措法の運用は、土地所有者の平等権
   を侵害する違憲なものと言わねばならない。
    よって、この違憲な運用の一環として本件へ駐留軍用地特措法を適用するこ
   とは憲法一四条、九二条、九五条に違反する。
 五 憲法二九条違反
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   憲法二九条は、財産権の不可侵性を規定し、これを「公共のために用いる」場
  合にのみ制限できると規定しているが、本件土地について、駐留軍用地特措法を
  適用して強制使用手続をすることは、「公共のため用いる」に該当しない。
  1 公共性概念について
  (一)原告は、地方自治法一五一条の二の要件に関してであるが、「国が駐留軍
    用地として本件土地を提供することは高度の公共性を有する」(訴状一二頁)
    として、公共性の具体的内容に全く触れることなく、事柄が軍事に係わると
    いうだけで高度の公共性があると主張する。
     しかし、国が個人の意思を制圧して人権を制約する場面において、軍事を
    聖域化するような公共性論を認めることはできない。
     人権制約原理としての公共性とは、抽象的な国家の利益、全体の利益を意
    味するものでは決してない。日本国憲法は、人間社会における価値の根源を
    個人に求めて、他の何よりも個人を尊重しようとする人間の尊厳の原理を最
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    高の価値としている(一三条、二四条)。このように、個人に至上価値が存
    する以上は、個人の自己実現は自由でなければならず、ここにおいて、個人
    は国家から干渉されないという自由主義原理が直ちに派生する。そして、日
    本国憲法は、人間が社会を構成する自律的な個人としてその自由と生存を確
    保し、もって人間の尊厳性を維持するため、「憲法が国民に保障する基本的
    人権は、侵すことのできない永久の権利」(一一条)として保障したのであ
    る。人間の尊厳性を最高の指導理念とする日本国憲法においては、個人に優
    先する「全体」の利益ないし価値というようなものは存在しえない。「憲法
    が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の
    成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪え、現在及び将来の国
    民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」
    (九七条)が、人権確立の過程とは、国家の個人に対する干渉の排除を求め、
    「国家からの個人の自由」を闘いとってきた歴史に他ならない。抽象的に、
    国家のため、国民全体のためと称して、個人の人権を制約することは断じて
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    許されないと言わねばならない。
     それでは、公共性という人権制約原理は何を意味するのか。それは、個人
    の人権と対立する公権力や多数者の利益を意味するものではなく、各個人の
    人権の保障を確保するための、人権相互の矛盾・衝突を調整する衡平の原理
    であると解さなければならない。すなわち、人間の尊厳の原理は、各個人を
    最高かつ固有の価値を有する人格として尊重する原理であり、一方において、
    他人の犠牲において自己の利益を主張しようとする利己主義に反対し、他方
    において、「全体」のためと称して個人を犠牲にしようとする全体主義を否
    定し、すべての人間を自主的な人格として平等に尊重しようとするものであ
    る。したがって、他者の人権との調整の限度での制約は当然に人権に内在す
    る。公共性とは、この人権に内在する衡平の原理を言うものに他ならない。
     したがって、人権制約原理としての公共性の判断は、当該人権の制約を伴
    う行為によって具体的にどのような利益が具体的に得られるのか、その利益
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    が法体系上如何なる位置づけにあるのか、その利益はどの程度具体的なもの
    であるのか、当該行為によって失われる社会的利益はないか、人権制約の不
    利益の程度・内容はどのようなものであるのか等について、個々具体的に検
    証し、当該人権制約が万やむを得ないものであるか否かを判断しなければな
    らないのである。
  (二)そして、この公共性判断において、軍事基地に高い優先順位を与えること
    は許されない。
     軍隊は、戦闘状態における暴力と破壊を本来的任務とするものであり、市
    民社会の一般秩序とは全く異質な論理で成り立つものである。軍隊には、戦
    闘機、ミサイル、大砲、マシンガンなどの武器が存在するが、これらは、そ
    の危険性ゆえに、市民社会では存在すること自体が許されないものである。
    そして、兵員は、日常的にこれらの武器を用い、大砲の発射、ライフル銃の
    人型への射撃などの訓練を繰り返している。これはとてつもない暴力に他な
    らない。軍隊を肯定するか否定するかにかかわらず、軍隊は市民社会内では
    決して許容されえない破壊力を行使する存在であり、市民社会とは全く異質
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    の存在であることは何人も否定できない。軍事基地の存在は、必ず周囲に対
    する脅威をもたらすのである。
     軍事による安全保障を許容するか或いは徹底した非武装による安全保障を
    構想するかという問題が、仮に高度に政治的な判断に委ねられているとして
    も、軍事基地による住民の人権制約を許容するか否かは政治的、政策的な判
    断に委ねられたものではない。人権尊重理念に立脚する日本国憲法下では、
    仮に軍隊の存在自体は許容されるとしても、それは住民の人権を侵害しない
    ように、即ち、基地が市民社会へ影響を与えないように設置されなければな
    らないのである。日本国憲法の解釈において、住民の人権と軍事との調整に
    ついて、軍事に高い優先順位を与えることはできない。
     条約上も、住民の人権を無視した軍事の絶対的優先は認められていない。
    地位協定三条三項は「合衆国軍隊が使用している施設及び区域における作業
    は、公共の安全に妥当な考慮を払って行わなければならない」と規定してい
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    るが、ここに言う「公共の安全」が、「軍事による安全保障」を意味するも
    のではなく、「軍隊の脅威に侵害されない平穏安全な生活」を意味すること
    は文理上疑いがない。
     軍事基地は、その存在自体が極めて危険なものであり、基地周辺住民の人
    権を脅かすものであるから、他の事柄にもまして周辺住民の人権に対する配
    慮が求められるものであり、軍事基地の公共性は厳格に判断されねばならず、
    これを聖域化して司法判断の外に置くことは許されない。
     したがって、軍事基地提供の公共性判断については、公共性を基礎づける
    方向に働く具体的事実と公共性を否定する方向に働く否定的事実を具体的に
    検証し、軍事基地提供に人権を制約してもやむを得ないだけの高度な公共性
    を認めることができるか否かを審査しなければならないのである。
     これを訴訟法的観点から言い換えるならば、公共性という概念は、規範的
    評価であり、それ自体は不確定なものであるから、公共性という評価を成立
    させるためには、それを基礎づける具体的事実(評価根拠事実)が必要であ
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    る。そして、評価根拠事実の主張・立証がなされなければ、当然に請求は棄
    却されることになるが、一定の評価根拠事実が立証された場合においても、
    この評価を否定する具体的事実(評価障害事実)が主張・立証された場合に
    は、やはり請求は棄却されることになる。したがって、訴訟においては、評
    価根拠事実と評価障害事実の存否について、審理がなされなければならない
    のである。
  2 原告の主張する公共性の不存在
  (一)原告は、日本国が米国に対し、日米安保条約及び地位協定に基づき、米軍
    に日本国の施設及び区域の使用を許すべき義務を負っていると主張するが
    (訴状一一頁)、これは第三、二、4に述べたとおり誤りである。
   (1)原告は、「我が国の安全及び極東における国際の平和と安全の維持に寄
     与する駐留軍」に対し、施設及び区域の使用を許すべき義務を負っている
     と主張する(訴状一一頁)。これを逆に言うと、原告自身、日米安保条約
     六条のいわゆる極東条項に違反する軍事目的のために基地を提供すること
     は許されないことを認めているものである。
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      この極東の意義について、一九六二年二月二六日の政府統一解釈によれ
     ば、「極東区域は、・・・大体においてフィリピン以北並びに日本及びそ
     の周辺地域で韓国及び中華民国の支配下にある地域もこれに含まれている」
     とされている。
      ところが、二(安保条約目的条項を逸脱する米軍の駐留の憲法九条、前
     文への違反)で述べたとおり、在沖米軍基地は、右「極東」の範囲を超え
     て、太平洋、インド洋は無論のこと、中東に関する戦略の拠点としても使
     用されている。ペルシャ湾のホルムズ海峡制圧などを目的とした一九七九
     年八月の「フォーレスト・ゲイル」演習への沖縄駐留海兵隊の参加、「中
     東有事発生の一六日後に沖縄駐留海兵隊二〇〇〇名を輸送船でペルシャ湾
     に投入する」とした米議会予算局の公式文書、一九九一年の湾岸戦争への
     沖縄駐留海兵隊八〇〇〇名参加、一九九二年のソマリア上陸作戦への沖縄
     駐留海兵隊五六〇人の派遣などが、このことをはっきり裏付けている。
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      このように、在沖米軍が日米安保条約六条の極東条項に反する実態を有
     するのであるから、日本国は在沖米軍に対して基地を提供する義務を負わ
     ない。
   (2)本件土地について、日本国は米国に対して返還請求をしうるものであり、
     この点からしても、本件土地の提供義務は認められない。
      地位協定二条二項は、日本国政府及び合衆国政府は「施設及び区域を日
     本国に返還すべきこと」を合意することができるとし、同条三項は「合衆
     国軍隊が使用する施設及び区域は、この協定の目的のため必要でなくなっ
     たときは、いつでも、日本国に返還しなければならない。合衆国は、施設
     及び区域の必要性を前記の返還を目的としてたえず検討することに同意す
     る」としており、必要性がなくなれば、日本国は米軍に対して返還を求め
     ることができることが定められている。
      この必要性の判断基準について、まず参考となるのが、「ドイツ連邦共
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     和国に駐留する外国軍隊に関して北大西洋条約当事者間の軍隊の地位に関
     する協定を補足する協定」(ボン協定)である。同協定四八条五項aでは
     「軍隊又は軍属の当局は、使用する土地の数と規模が必要最小限に限定さ
     れていることを保証するために、絶えず土地の需要を点検する。これに加
     えてドイツ当局の要請がある時、個々の特殊な場合における需要を点検す
     る。」とされ、同項bには「共通の防衛任務を考慮したうえでドイツ側が
     土地を使用することによって得る利益が大きいことが明白な場合、ドイツ
     当局の明渡し請求に対し、軍隊又は軍属の当局は適切な形でこれに応ず
     る。」とされている。そして、これを受けたボン協定の署名議定書の「四
     八条について」には、「軍隊又は軍属が占有している土地の返還又は交換
     について、ドイツの民間の基本的必要性、とくに国土整備、都市計画、自
     然保護及び農業上並びに経済上の利益に応じるため、交渉を行う。派遣国
     の当局は、その際連邦政府の申請を誠意をもって考慮する。」と具体的な
     判断基準が示されている。地位協定の締結について、いわゆる安保国会に
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     おいて当時の藤山愛一郎外相は、「原則としてNATO協定と比して遜色
     のないものを作るということでございます。それらのものを勘案してでき
     ましたものは、NATO協定の長所を取り入れると同時に、さらに日本の
     実情に即しましたように改善されている点があろうと思っております。」
     (「参院安保委」第七号)と述べている。地位協定がNATO協定(藤山
     は、この後に、NATO協定とボン協定の両方を含めている)と比べて、
     「遜色のないもの」であり「改善されている点」さえあるならば、地位協
     定上の基地提供の「必要性」についての解釈は、ボン協定に具体的に示さ
     れている基準に加え、さらに日本の住民や地方公共団体の利益に配慮した
     判断基準によらなければならないものと解される。
      そして、このことは、地位協定の実施のための国内法である「日本国と
     アメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約六条に基づく施設及び
     区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う国
     有の財産の管理に関する法律」が、「その使用を許すことが産業、教育若
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     しくは学術研究又は関係住民の生活に及ぼす影響その他公共の福祉に及ぼ
     す影響が軽微であると認められるもの以外のもの」については、米軍に使
     用を許すことができないし、すでに使用されている土地については返還を
     求めることができることを想定していることからも裏付けられている。す
     なわち、地位協定上、このような場合には、米軍は土地を使用する必要性
     がないものと解釈されるからこそ、国内法でもこのような規定が設けられ
     ているものと解されるのである。したがって、国土整備、都市計画、自然
     保護、産業、教育、学術研究、関係住民に及ぼす影響、その他公共の福祉
     に及ぼす影響等に照らして、土地の返還を求める必要性が高い場合には、
     国は返還を求めることができると言うべきである。
      そして、第一準備書面の第四(米軍基地の実態と被害)において詳述し
     たとおり、沖縄における米軍基地の存在は、頻発する事故のため生命まで
     脅かし、戦闘機などの爆音は住民の平穏な生活を根底から破壊し、子ども
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     達の学習権をも著しく侵害している。米兵による凶悪犯罪もあとを絶たず、
     住民を不安に陥れている。基地による自然環境の破壊も深刻である。そし
     て、広大な米軍基地の存在は、地域振興開発の大きな妨げとなっている。
      したがって、沖縄の米軍事基地については提供の必要性を欠き、日本国
     は米国に対して返還を求めることができるのであり、本件土地の提供義務
     を負うものではない。
  (二)仮に本件土地について、日本国が米国に対して提供する義務が存するとし
    ても、本件土地を提供できず義務違反が生ずるからといって、直ちに人権
    (財産権)を制約するやむにやまれぬ正当事由たる公共性に該当するものは
    認められない。
   (1)そもそも日米両国の米軍用地提供についての合意は、民有地についても
     所有者の意思を何ら考慮することなく締結したものであるから、日本国が
     当該民有地の使用権原を取得できないため提供義務の履行が後発的不能に
     なる事態が生じるのは余りにも当然のことであり、このことは、土地提供
     合意の締結時点で日米両国は想定していた筈である。したがって、本件各
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     土地が提供できないからと言って、国際的に日本国が非難される謂われは
     ない。特に、沖縄県については、日本国が使用権限を取得できない土地が
     生じることは当然に想定された筈である。本土においては、米軍基地面積
     の八七パーセントが国有地であるのに対し、沖縄県では、基地面積に占め
     る国有地の割合は約三三パーセントに過ぎず、他の約六七パーセントが民
     公有地となっている。しかも、この民公有地の大半は、米軍が軍事支配下
     において、国際法に違反して強制的に取り上げた土地である。沖縄では、
     第一準備書面の第二(沖縄の苦難の歴史)及び第三(沖縄における基地形
     成史)に述べたとおり、住民が軍事のため犠牲にされ続け、米軍統治下で
     の土地取上げに抗して「島ぐるみ闘争」を闘い、日本復帰に際しても、県
     民の総意として「基地のない本土並み全面返還」を要求していたのである
     から、土地所有者の任意の協力が得られない土地が存在することを日米両
     国は知悉していた筈である。
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      なお、これまで、日米合同委員会において駐留軍用地として提供を合意
     した土地について、日本国が使用権限を取得できない結果、提供不能となっ
     た事例について、そのために公益が害されたことはない。例えば、いわゆ
     る「山王ホテル事件」(東京地裁一九七三年八月二九日判決・判例時報七
     一三号二九頁)では、行政協定に基づき米軍の用に供した建物について、
     建物所有者から日本国に対する建物明渡請求の認容判決が下され、その後、
     米軍は明渡しに応じているが、そのために何らの公益も侵害されていない。
      以上のとおり、単に日米間で土地提供合意があるという一点をもって、
     人権制約原理たる公共性を認めることはできない。
   (2)本件土地を提供できなくとも、基地機能に大きな支障を与えるものでは
     ない。
      詳しくは、第四(楚辺通信所における本件強制使用認定の違法性)で後
     述するが、本件土地は楚辺通信所内に存し、楚辺通信所には、通称「象の
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     オリ」と言われる円型にアンテナを配置した施設が存する。この「象のオ
     リ」は、暗号解読、送信地点の方位測定を行うものである。なお、本件土
     地上には、棒状アンテナそのものは存在しない。
      本件土地を返還したとしても、暗号解読に対する支障は全くない。
      方位測定についても、多数のアンテナで方位測定をする構造上、一部の
     アンテナ自体を除去した場合ですら、方位測定は可能である。特に、方位
     測定の関係で留意されるべきことは、本件土地は、東側に位置するという
     ことである。
      「象のオリ」は、もっぱら沖縄の西側と北側、或いは南西方面へ向けて
     作戦運用されているのであるから、仮に東側方向の方位測定に支障が生じ
     るとしても、それは作戦運用上全く無視して差し支えないということであ
     る。
      「象のオリ」の一部を除去しても、作戦運用に支障を来さないことは、
     進入路の存在を考えれば容易に理解できよう。「象のオリ」には、大型ト
     ラックも進入可能なアスファルト進入路(面積約四五〇平方メートル)が
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     設置され、進入路部分の設備は当然に撤去されている。この事実は、設備
     の一部を撤去しても基地機能に支障が生じないことを明解に証明している
     ものである。本件土地を提供できなくとも、基地機能が害されるとか、ま
     してや日本や極東の安全に支障が生じるものではない。
      したがって、本件土地について、日本国が米国に対して基地として提供
     する義務があるとしても、その義務履行の必要性をもって、人権制約原理
     たる公共性が認められるとは言えず、所有者の意思に反して財産権を制約
     することは許されない。
  3 本件土地を提供することの反公共性
  (一)仮に米軍基地のための土地提供に一定の意義が認められるとしても、沖縄
    県における基地被害の実態は、土地提供の公共性を否定するものである。
     昨年九月の米兵による少女暴行事件は、米軍基地の存在によって戦後五〇
    年余にわたって沖縄県民が被ってきたあまたの被害を象徴する出来事であっ
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    た。第一準備書面の第四(米軍基地の実態と被害)に述べたとおり、沖縄県
    では、米軍犯罪や爆音、流弾、山林火災、廃油流出、赤土汚染等の環境破壊、
    産業振興、都市形成等の地域振興開発の阻害等、深刻な基地被害が絶え間な
    く発生している。
     そして、この基地被害は、偶発的な事件・事故の積み重ねではなく、在沖
    米軍基地が、基地としても大変な欠陥基地であるが故の構造的なものである。
     すなわち、キャンプ・ハンセンのように狭い沖縄で実弾砲撃演習をすると
    いう基地そのものの欠陥と居住地域と基地が隣合わせにあるという基地の立
    地のあり方についての欠陥という二重の欠陥に由来するものである。特に基
    地が集中する中部地域では、読谷村の四六・九パーセント、嘉手納町の八二・
    八パーセント、北谷町の五六・五パーセント、沖縄市の三六・八パーセント
    を米軍基地が占めている。基地の片隅に追いやられるように街が存在し、基
    地と住民が混在している状況であり、その異常性は誰の目にも明らかである。
     基地は、その存在自体が危険性をはらむものであり、住民と混在すれば必
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    然的に人権侵害を引き起こすものである。そのため、米国では、人里離れた
    砂漠地帯の中に設置された基地の中で、およそあらゆる演習を行うことがで
    きるようにし、基地被害を未然に防いでいる。米国西海岸の空軍基地は、ロ
    スアンゼルスから約八〇キロメートルしか離れていないため、民間空港の航
    空機の離発着に対して危険であるという理由から基地を閉鎖することが決定
    されている。
     ところが、沖縄県では、小中学校から僅か数百メートルの場所から一五五
    ミリりゅう弾砲が発射され、民家や学校の上を戦闘機が飛行し、民家とフェ
    ンス一つ隔てて、一般社会では決して保持の許されない武器が存在し、基地
    被害が絶え間なく発生し続けている。そして、かつて住民の生活と生産の場
    として使用されていた平坦な街中の一等地が基地として奪われているため、
    地域振興開発が著しく阻害されているのである。
     仮に基地が必要であるとしても、それは市民社会への影響を及ぼさないよ
    うに設置されなければならないのであり、基地を居住地域と隣接して設置す
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    ること自体が公共性を欠くものと評価されねばならない。本件土地は、読谷
    村の中心に位置する平坦な一等地であり、本件土地を基地のため提供するこ
    とは公共性に反するものと言わねばならない。
  (二)生存的財貨を軍事のため強制使用することに公共性は認められない。
     本件土地の所有者は、本件土地を戦争のために使われたくない、生産の場、
    生活の場として取り戻したいという強い願いをもって、賃貸借契約を締結す
    ることを拒否しているものである。この当該財産権の具体的な性格を離れて、
    財産権制約の合憲性を認めることはできない。
     そもそも財産権が神聖不可侵の人権とされたのは何故であったか。人権と
    は「人が人格的自律の存在として自己を主張し、そのような存在としてあり
    続ける上で不可欠な権利」(佐藤幸治「憲法〔新版〕青林書院)である。農
    地所有権を典型とするように、財産権は、自由な生存の前提であり、個人の
    生き方の中枢に関わって人格的自律を支え、精神的自由とも分かちがたいつ
    ながりを有しているものとして、基本的人権として保障されてきたのである。
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     まさに、財産権の保障は、人間の尊厳性と直接結びついていたのである。
    したがって、このような性格を有する財産について、政策的に強制収用する
    ことは許されない。すなわち、「ひとしく『経済的自由』に分類されるもの
    であっても、もっぱらその経済的側面だけを問題にすればよいもの(多くの
    場合、巨大法人の経済活動の自由)と、個人の生き方にかかわる人格的な要
    素を無視することができないもの(例えば、みずから働く農民の農地所有権)
    とでは、それらの制約の憲法適合性を判断する際の基準が、違ってきてしか
    るべきもの」(樋口陽一「憲法」創文社)であり、「企業に集中した大資本
    と個人の消費的財産、山林地主の大土地所有と個人のわずかな宅地所有を同
    一の財産とみて、第二九条の財産権の制限を考えることは正当ではない。
     ここで制限の対象となる財産権は、主として資本としての財産権である。
    たとえば、新幹線工事のための小土地所有者の土地取上げに第二九条二項を
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    援用するのは、とても『公共の福祉』に適合するとはいえない。自衛隊の軍
    事施設のため農民の土地を取り上げるようなことは、憲法第九条をもちだす
    までもなく、『公共の福祉』による財産権の制限とはいえない」(長谷川正
    安「日本の憲法」岩波書店)のである。
     本件土地は、個人の自律的生存そのものに関わる生存的財貨であるから、
    これを軍事のため強制使用することに公共性は認められない。
  (三)財産権に対する最小限度を超える制約に公共性は認められない。
     本件土地は、本年三月三一日の経過をもって二〇年間にわたる土地賃貸借
    契約が終了したが、その後も何らの権限なく米軍が占用し続けているもので
    ある。
     民法六〇四条は、賃貸借の存続期間として二〇年を超えることができない
    旨規定しており、賃貸借期間の長期は二〇年である。これは二〇年を超える
    所有権の制約は事実上所有権の侵害と同視されるからである。しかるに、本
    件土地について、二〇年の賃貸借契約が終了しているのである。しかも、本
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    件土地は、賃貸借契約以前にも強制的に使用されてきたのである。即ち、一
    九四五年四月一日の米軍の沖縄本島上陸直後に国際法に反して違法に米軍が
    接収し、復帰後も憲法違反の法律である公用地法によって強制使用されたの
    である。この本件土地をさらに強制使用することは、財産権に対する最小限
    度の制約とは言えない。さらに、本件土地は、賃貸借契約終了後も、国が土
    地所有者の意思を制圧して占拠しているものであり、この不法状態を追認す
    ることは正義に反する。
     よって、この財産権制約の限度、態様という点よりしても、本件土地の提
    供に公共性を認めることはできない。
  4 小括
    以上述べたとおり、本件土地の基地として提供することに積極的な公共性を
   認めることはできず、かえって、本件土地を提供することは反公共的であると
   言わねばならない。換言すれば、本件土地を提供しないことこそが、公共の福
   祉を増進するものと言えるのである。
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    よって、本件土地を基地として提供することは「公共のために用いる」に該
   当せず、本件に駐留軍用地特措法を適用することは憲法二九条に違反する。


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第四 本件強制使用認定の違法性
 一 はじめに
  1 本件公告縦覧手続の根拠法たる駐留軍用地特措法が違憲・無効な法律である
   ことは、既に述べたとおりである。第四は、右主張をしばらくおくとして、本
   件に先行する使用認定行為が駐留軍用地特措法三条に違反することを述べるも
   のである。
    原告は、本件土地に対して、駐留軍用地特措法三条及び五条にもとづいて使
   用認定をなし、その旨を一九九五年五月九日に告示した(以下、本件使用認定
   という)。本件土地に係る公告縦覧手続は、本件使用認定を前提としてなされ
   る駐留軍用地の強制使用手続の一環であるところ、先行行為たる本件使用認定
   行為が違法であれば、その違法性は後続行為たる本件公告縦覧手続にも承継さ
   れ、本件公告縦覧手続も違法となる。
    従って、本件訴訟においては、本準備書面第一において詳述したように、当
   然に先行行為たる本件使用認定行為の適否が審査されるべきであるところ、本
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   件使用認定行為は以下に述べるように駐留軍用地特措法三条の要件を欠いて違
   法であり、従って、本件公告縦覧手続を求めることもまた違法である。
  2 ところで、日本国憲法は、国民の財産権を基本的人権として保障しており
   (二九条一項)、この財産権は「正当な補償の下にこれを公共のために用ひる」
   (同条三項)場合にのみ、法律の定める手続に基づき制限されるのである。
    強制使用は、本人の意思に反して国民の財産権を制限するものであるから、
   その要件は法律により厳格に規定されなければならないだけでなく、その解釈
   もまた厳格でなければならない。
    とりわけ、駐留軍用地特措法は違憲性の疑いの免れない法律であり、日本国
   憲法の制定にともない軍事に関する事業が本来的に公共性を有しないとされて
   きた土地収用法の改正の経過を踏まえるならば、同法の適用にあたっては、強
   制使用認定の要件はより一層厳格に解釈されなければならないのである。
 二 強制使用認定の要件について
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  1 使用認定の二つの要件
  (一)留軍用地特措法三条は、「駐留軍の用に供するため土地等を必要とする場
    合において、その土地等を駐留軍の用に供することが適正且つ合理的である
    ときは、この法律の定めるところにより、これを使用し、又は収用すること
    ができる」と定め、駐留軍用地のための強制使用・収用の要件を規定してい
    る。
     右規定から明らかなように、駐留軍用地特措法に基づいて強制使用を行う
    ためには、第一に、「駐留軍の用に供するため土地等を必要とする」との要
    件(以下、「必要性」の要件という)と、第二に、「その土地等を駐留軍の
    用に供することが適正且つ合理的であるとき」との要件(以下、「適正且つ
    合理的」要件という)の二要件が必要とされている。
  (二)右の二要件が必要なことは、土地収用法との対比から言っても首肯しうる。
     すなわち、強制使用については、一般法たる土地収用法が存し、駐留軍用
    地特措法はその特別法たる性質を有するが、両法は強制使用要件についてまっ
    たく同一の構造を有している。
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     ただ、土地収用法二〇条の一号要件は、使用対象事業が法定された事業に
    限定されているが、駐留軍用地特措法は、一条(目的)において「日本国に
    駐留するアメリカ合衆国の軍隊の用に供する土地等の使用又は収用に関し規
    定することを目的とする」として、対象事業が法定されているため、使用要
    件として改めて掲げることが不要となっていること、また、土地収用法二〇
    条の二号要件については、駐留軍用地特措法における申請書(起業者)が国
    であることから当然充足されるとして不要となっているにすぎない。
     このように、土地収用法との対比からいっても、駐留軍用地特措法に基づ
    く強制使用には、「必要性」の要件と「適正且つ合理的」要件の別個独立し
    た二つの要件が必要とされているのである。
     以下、これらの要件について、その意味内容を明らかにする。
  2 二要件に共通する「駐留軍の用に供する」ことの意義
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  (一)「駐留軍の用に供する」ことが前提である。
     駐留軍用地特措法三条の文言の規定の仕方から明らかなように、「必要性」
    の要件及び「適正且つ合理的」要件のいずれも、「駐留軍の用に供する」場
    合であることが前提とされている。
     「駐留軍の用に供する」場合でなければ、「必要性」の要件も「適正且つ
    合理的」の要件のいずれも具備しないことになる。そこで、「駐留軍の用に
    供する」とはどういうことを意味するのかについて検討する。
  (二)「駐留軍」の使用に限られる
     まず、駐留軍用地特措法に基づく強制使用は「駐留軍」の用に供する場合
    でなければならない。
     ここでいう「駐留軍」とは、同法一条で明記されているように、日米安保
    条約に基づいて「日本国に駐留するアメリカ合衆国の軍隊」であり、同条約
    六条において規定された「アメリカ合衆国の陸軍、空軍及び海軍」を意味す
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    る。このように強制使用の対象たる土地等の使用主体はあくまでも「軍隊」
    に限定されている。従って、基地内で活動する機関であっても、それが日米
    安保条約上駐留を許された「軍隊」に該当しない場合には、同機関の用に供
    するために強制使用することは許されないといわざるをえない。
     日米安保条約を受けて日本国における合衆国軍隊の地位を規定した地位協
    定は、その一条において「合衆国軍隊の構成員」と「軍属」及び「家族」と
    の相違を明記し、さらに一五条において合衆国軍隊とは区別された「合衆国
    の軍当局が公認し、かつ、規制する海軍販売所、ピー・エックス、食堂、社
    交クラブ、劇場、新聞その他の歳出外資金による諸機関」の存在を確認し、
    それらの機関が「合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族の利用に
    供するため、合衆国軍隊が使用している施設及び区域内」において活動する
    ことを認めている。
     すなわち、日本国が合衆国に対して提供した施設及び区域内では、合衆国
    軍隊だけでなく、歳出外資金によって運営する諸機関や軍属、家族等様々な
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    種類の活動が行われることが予定され、現実に活動が営まれている。
     しかし、駐留軍用地特措法に基づいて強制使用をなしうるのは、右種々の
    利用形態の中でも、合衆国軍隊が主体となり直接の使用に供する場合に限ら
    れなければならない。なぜなら、同法に基づく強制使用は、日米安保条約の
    義務履行という理由により初めてその根拠を取得するものであるところ、日
    本国が日米安保条約上アメリカ合衆国に対して施設及び区域の提供義務を負
    うのは、「アメリカ合衆国の陸軍、空軍及び海軍」が使用する場合に限られ
    ると明記されているからである。
  (三)「軍の用に供する」範囲内に限られる
     提供物件を使用するものが「駐留軍」の場合であっても、当該使用が「軍
    の用に供する」と評価されるものでなければならない。
     そして、ここでいう「軍の用に供する」というのは、日本国がアメリカ合
    衆国に対し、日米安保条約六条に基づく施設提供の義務を履行するために特
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    別に立法された駐留軍用地特措法の立法目的からいって、当然、強制使用さ
    れるべき土地等が日米安保条約六条に掲げる軍隊駐留の目的を遂行するうえ
    で必要なものであることを意味する。しかもその必要性は、財産権制限の一
    般法理である「必要かつ最小限度」の原則に加え、違憲の疑いの強い駐留軍
    用地特措法の厳格解釈の原則からいっても必須不可欠なものに限られるべき
    である。
     この点に関し、旧安保条約下での駐留軍用地特措法に関するいわゆるアニー
    パイル劇場事件について、次のように判示した東京地裁一九五四年一月二〇
    日判決が存する。
     「日本国は、行政協定により、合衆国に対し、安全保障条約第一条に掲げ
    る目的の遂行に必要な施設及び区域の使用を許す義務を負担したので、この
    義務を確実に果たすための国内措置として、駐留軍の用に供する土地等の使
    用又は収用に関する特別措置法を作ったのである。故に、特別措置法第三条
    にいう、土地等を駐留軍の用に供することが『適正且つ合理的』であるか否
---------- 改ページ--------175
    かは、その土地等が安全保障条約第一条に掲げる前記目的の遂行に必要な施
    設又は区域といえるか否かということを基準として決しなければならない。」
    (判例時報一九号一九頁)。
     右判決は、このように判示した後、駐留軍々人の娯楽ないし慰安のための
    劇場に供することは、駐留軍用地特措法三条にいう「適正且つ合理的な使用
    に当たらないと判断している。正当な指摘と言える。
     右判決は「適正且つ合理的」要件の側面から「駐留目的の遂行」との関連
    を指摘したものであるが、同様のことは「必要性」の要件の側面についても
    言えることである。
  (四)駐留目的の範囲内に限られる
     駐留軍用地特措法の目的は、その一条において「日本国とアメリカ合衆国
    との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本
    国における合衆国軍隊の地位に関する協定(以下、地位協定という)を実施
    するため、日本国に駐留するアメリカ合衆国の軍隊(以下、「駐留軍」とい
    う)の用に供する土地等の使用又は収用に関し」と定められており、同条に
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    掲げられている地位協定は、その二条において「合衆国は相互協定及び安全
    保障条約第六条の規定に基づき、日本国内の施設及び区域の使用を許され
    る。」と定めている。ここから駐留軍用地特措法の目的も日米安保条約六条
    によって規律されることになる。
     日米安保条約六条は、駐留軍の駐留目的が「日本国の安全に寄与し、並び
    に極東における国際の平和及び安全の維持に寄与する」ことに存することを
    明らかにしている。
     このように、駐留目的が「日本国の安全に寄与し」、「極東における国際
    の平和及び安全に寄与する」ものと限定されていることから、日本国及び極
    東以外の国際の平和及び安全に寄与するために使用される施設は、右駐留目
    的を逸脱するものであり、その用に供するための強制使用は許されないこと
    になる。各施設の用途、機能ごとに具体的に検討されなければならない。
  (五)「極東」条項を逸脱する駐留軍基地
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     アメリカ合衆国軍隊に駐留軍用地の使用が日米安保条約六条によって認め
    られるのは、日本国の安全と極東における国際の平和・安全のためである。
     「極東」の意義について、一九六〇年二月二六日の政府統一解釈によれば、
    「極東区域は、・・・大体においてフィリッピン以北並びに日本及びその周
    辺地域で韓国及び中華民国の支配下にある地域もこれに含まれている」とさ
    れている。
     ところが今や駐留軍基地は、右「極東」の範囲を越えて、太平洋、インド
    洋は無論のこと、中東に関する戦略の拠点としても使用されている。ペルシャ
    湾のホルムズ海峡制圧などを目的とした一九七九年八月の「フォートレス・
    ゲイル」演習への沖縄駐留海兵隊の参加、「中東有事発生の一六日後に沖縄
    駐留海兵隊二〇〇〇名を輸送船でペルシャ湾に投入する」としたアメリカ議
    会予算局の公式文書、一九九一年の湾岸戦争への沖縄駐留海兵隊八〇〇〇人
    の参加、一九九二年のソマリア上陸作戦への沖縄駐留海兵隊五六〇人の派遣
    などが、このことをはっきり裏付けている。
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     もはや駐留軍基地は安保条約六条の極東条項を超えて使用され、違法な存
    在となっている。
  (六)安保「再定義」による駐留目的のさらなる逸脱
     日米安保条約の存在の最大の論拠は「ソ連脅威」論であった。
     しかしソ連が崩壊し、東西冷戦が終結した今日、日米安保条約の存在意義
    そのものが鋭く問われるようになった。そのため、日米両政府は、冷戦終結
    後の日米安保体制のあり方を確認する必要性にせまられ、そのためになされ
    たのが安保「再定義」である。
     安保再定義の内容は、本年四月一七日の日米首脳会談後に発表された「日
    米安保共同宣言」に、それをみることができる。同宣言によれば、「日米安
    保条約に基づく日米安保関係が・・・二一世紀に向けてアジア太平洋地域に
    おいて安定的で繁栄した情勢を維持するための基礎でありつづけることを再
    確認した」と述べて、日米安保をアジア太平洋安保として位置づけ、二一世
    紀にわたってこれを維持し続けることを表明している。そして、米軍の駐留
---------- 改ページ--------179
    が「アジア太平洋地域の平和と安定の維持のためにも不可欠」、「この地域
    における米国の・・・関与を与える極めて重要な柱」だと述べている。
     右宣言によれば、米軍の駐留目的は、安保条約の目的範囲である「極東」
    を越えて、「アジア太平洋」地域へと拡大されているのである。
     右安保「再定義」については、米国防総省の発表した一九九五年二月の
    「東アジア・太平洋地域に対するアメリカの安全保障戦略」及び同年三月一
    日発表の「アメリカと日本の安全保障関係に関する報告書」においても、同
    様の認識が示されている。
     このように日米両政府は、東西冷戦終結後の駐留軍を、日本の安全や極東
    条項の規定をはるかに越えたグローバルな戦略展開の一部として位置付け、
    それを安保「再定義」の名によって確認し、安保条約の実質的改変を推し進
    めているのである。
---------- 改ページ--------180
     在日米軍基地、とりわけ在沖縄米軍基地は、これまでも安保条約の目的条
    項を逸脱した米軍の世界戦略に取り込まれ利用されてきたが、安保「再定義」
    はこのような実態を容認し固定化するばかりでなく、それを名実ともに地球
    的規模に拡大することを確認するものである。
     従って、このような「再定義」による役割を付与されている駐留軍基地に
    提供するために、駐留軍用地特措法に基づいて強制使用認定をなすことは、
    日米安保条約六条の目的を逸脱するものとして違法だといわざるをえない。
  (七)「駐留軍の用に供する」ことの充足
     以上に検討したように、「駐留軍」が主体となって、当該物件を「駐留目
    的(日米安保条約の目的)遂行」のために使用する場合に初めて、「駐留軍
    の用に供するため」ということが充足されるのである。駐留軍用地特措法に
    基づいて強制使用・収用が認められるのは、正に右要件を備えることにより、
    同法が日米安保条約上の義務履行としての性格を取得するからにほかならな
    いのである。
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  3 「必要性」の要件
  (一)公益性と収用の必要性
     「必要性」の要件について、土地収用法では「公益上の必要」となってい
    るのに対し、駐留軍用地特措法では単に「必要」となっており、若干文言が
    異なっている。
     しかしこれは、駐留軍用地特措法においては、「駐留軍の用に供する」こ
    と自体が公益上のものとされていることから単に「必要」のみと規定された
    にすぎないのであって、土地収用法における「公益上の必要性」と同一の内
    容を定めたものと言える。
     従って、駐留軍用地特措法三条の「必要性」の要件は、駐留軍の用に供す
    るため(公益性)であるか否か、土地等を必要とする(強制使用・収用の必
    要性)か否か、という二つの判断を含むものである。前者についてはすでに
    述べたので、以下、後者についてその具体的内容を検討する。
---------- 改ページ--------182
  (二)強制使用・収用の必要性
     当該物件の使用目的が「駐留軍の用に供するため」と認められても、それ
    だけでは「強制使用・収用の必要性」という要件は充足されない。駐留軍の
    用に供することが「客観的」に必要とされて初めて、強制使用・収用の必要
    性は充足され、「必要性」の要件は具備されるのである。
     単に駐留軍が当該物件を使用・収用することを希望し、または便宜とすれ
    ば足りるのではなく、駐留軍が日米安保条約一条所定の目的を遂行するため
    に、当該物件を強制使用・収用することが客観的に必要とされる場合でなけ
    ればならない。そして、この使用・収用の客観的必要性は、当然、当該物件
    が具体的に駐留軍のいかなる用途に充てられるかということとの関連でのみ
    決せられるのである。従って、強制使用・収用にあたっては、当該物件が駐
    留軍のいかなる用途に使用されるかが具体的に検討されなければならない。
     この点を指摘した駐留軍用地特措法に関する判例として、次のように判示
---------- 改ページ--------183
    した一九五四年一月二六日付の東京地裁判決をあげることができる。
     「適正かつ合理的であるとは、・・・同法立法経過に徴らしても単に駐留
    軍が当該物件を使用することを希望し、又は便宜とすれば足りるというので
    はなくして、安全保障条約第一条所定の目的を持って日本国に駐留するにつ
    いて当該物件を使用する客観的な必要性がある場合でなければならない。か
    かる使用の客観的必要性は、当該物件が具体的に駐留軍のいかなる用途に充
    てられるものであるかということの関連の下にのみ決せられることである」
    (行裁集五巻一号一五五頁)。
     右判決は、「必要性」要件と「適正かつ合理的」要件とを混同している点
    に問題を残すものであるが、必要性が客観的なものでなければならないこと
    を判示している点は、正当な指摘と言える。
  (三)強制使用・収用の必要性の具体的基準
     「土地等を必要とする場合」という強制使用・収用の必要性は、二つの側
    面から検討されなければならない。
---------- 改ページ--------184
     一つは、日本政府がアメリカ合衆国に対して当該物件を提供する必要性が
    どの程度のものかという「提供の必要性」の側面からの検討である。
     二つは、右提供の必要性が存するとしても、日本政府が国民からその財産
    権を制限してまで強制使用・収用しなければならないほどの必要性があるか
    という「強制取得の必要性」の側面からの検討である。
     まず、「提供の必要性」についていうと、仮に日本政府は日米安保条約上
    一般的な基地提供義務を負っているとしても、具体的にどの施設及び区域を
    提供するかについては、アメリカ合衆国と協議して定めることになっており、
    必ずしもアメリカ合衆国が要求する施設及び区域を一方的に提供しなければ
    ならない条約上の義務を負うものではない(地位協定二条)。従って、この
    点については、日本政府は条約上かなりの裁量権を保有している。この「提
    供の必要性」については、日本政府とアメリカ合衆国の問題であるから、そ
    の限りでは日本政府の判断にゆだねられているといえる。
---------- 改ページ--------185
     一方、「強制取得の必要性」という側面は、それが国民の財産権制限をも
    たらすだけに厳格に判断されなければならない。この強制取得の必要性を判
    断するにあたっては、次の点が当該物件やその具体的用途に即して考慮され
    なければならない。
     (1) 日本政府が主張する「提供の必要性」が駐留目的との関連で客観性を
      有しているか(客観性の存在)。
     (2) 当該物件でなければならない程の必要性があるか(非代替性の存在)。
     (3) 当該物件でなければならないとしても、それが強制使用・収用をして
      までも取得しなければならないほどに必要最小限の範囲内といえるか
      (必要最小限の範囲)。
     これらの判断要素はいずれも財産権制限の法理とされる「必要且つ最小限
    度」の原則から導かれるものである。これらが総合的に考慮されて客観的な
    「強制使用・収用の必要性」が判断されなければならない。
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  (四)代替性の有無
     国土のわずか〇・六パーセントしかない狭隘な沖縄県内に、県土面積の一
    〇・八パーセントを占める二四五・二六二平方キロメートルという広大な駐
    留軍基地が存在し、国内に存在する駐留軍基地面積の二四・九パーセント、
    駐留軍専用施設面積でいえば実に七四・七パーセントが集中しているという
    事実は、右必要性の判断をする場合に十分に考慮されなければならない。
     沖縄県内の駐留軍基地は、被告第一準備書面・第三で詳述したように、日
    本国憲法の適用が及ばない米軍施政権下で強権的に、何らの制限なく欲しい
    ままに構築されたものであり、必要以上に軍用地として土地が囲い込まれた
    経緯が存する。従って、日本国憲法の視点から基地の規模、位置等について
    再度厳しく点検することが必要であり、遊休地化している軍用地、住民の耕
    作を認めている黙認耕作地、他に集約することができる施設等、多くの問題
    点が存しているのである。
     特に、前記の非代替性の存在については、他の物件で代替しうるというだ
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    けで「強制使用・収用の必要性」はないと判断されなければならない。なぜ
    なら、代替性が存するということは、財産権制限の法理「必要且つ最小限度」
    の原則に反するということを意味するからである。
     いわゆる日光太郎杉事件控訴審判決は、道路用地のための強制収用に関し
    て、「本来、道路というものは、人間がその必要に応じて自らの創造力によっ
    て建設するものであるから原則として『費用と時間』をかけることによって、
    『何時でも何処にでも』これを建設することは可能であり、従って、それは
    代替性を有している。」として、道路のもつ基本的性格を指摘した後、代替
    道路建設のために当該事業費の約三一・四倍の費用がかかるとしても、当該
    土地付近の有するかけがえのない諸価値ないし環境の保全の要請が最大限に
    尊重されるべきであることを考えると、代替道路建設が不可能とは言えない
    と判示した(一九七三年七月一三日東京高裁判決)。大いに参考とすべきで
    ある。
  (五)被使用・被収用者側の事情
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     「強制使用・収用の必要性」を判断する際には、使用者及び申請者(起業
    者)側の事情だけでなく、被使用・被収用者側の事情をも考慮されなければ
    ならない。この点に関し、前記の日光太郎杉事件控訴審判決は、起業者側の
    事業計画の必要性から直ちに強制使用・収用の必要性を判断せず、起業者側
    が事業計画の実施を必要とする事情と収用対象物件の尊重されるべき価値と
    を比較衡量して、強制使用・収用の必要性を判断すべきことを明らかにして
    いる。極めて貴重な指摘である。
     特に沖縄においてはこの点が強調されなければならない。なぜなら、被使
    用者は既述のように自己の意思に反して駐留軍に土地を強奪されて以来、復
    帰前は駐留軍に、復帰後は日本政府により強制使用された経緯が存するから
    である。適正な手続きを経ないまま五〇年余にわたり所有者の意思に反して
    財産権が制限されるという状態は、極めて異常であり、反憲法的状態と評価
    しうるものとなっている(民法六〇四条が当事者の合意によるも二〇年を越
    える賃貸借契約期間を定め得ず、これに反する契約期間は無効としているこ
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    とを考慮に入れるべきである)。それだけに、被使用者の回復されるべき権
    利は、より一層高い尊重さるべき価値をもつものというべきである。
     日本政府の当該物件の強制取得の必要性は、被使用者側の右事情をも考慮
    して、その存否が判断されなければならない。
  (六)「必要性」の要件の充足
     以上の諸要素が考慮され、「駐留軍」が「駐留目的遂行」のために、当該
    物件を「使用又は収用する客観的必要がある」と判断された場合に初めて、
    強制使用・収用要件の一つである「必要性」の要件が具備されることになる。
  4 「適正且つ合理的」要件
  (一)土地利用の仕方についての規定
     「適正且つ合理的」要件の規定の仕方について、土地収用法と駐留軍用地
    特措法は若干文言を異にしている。土地収用法は「土地の適正且つ合理的な
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    利用に寄与するもの」と規定するのに対し、駐留軍用地特措法はただ単に
    「適正且つ合理的であること」と規定している。
     しかし、両法の構造からして右若干の文言の違いに特別の意味を見出すこ
    とはできない。両法は同一の意味内容の要件を定めたものと解すべきである。
    従って、駐留軍用地特措法にいう「適正且つ合理的」とは、土地の利用の仕
    方が「適正」であり、且つ「合理的」であることを意味するものと解する。
  (二)「適正」の意義内容
   (1)土地利用の仕方は「適正」でなければならない
      「適正」概念の中心に正義の観念が存することは疑いえないが、その具
     体的内容に言及した見解は現在のところ見当たらない。思うに、強制使用・
     収用の要件の中に「適正」の文言が付加されたのは、土地収用法が憲法二
     九条を法的基礎としていることに由来するからであろう。憲法二九条は、
     「公共のために用いる」場合に限って財産権を制限できると規定し、土地
     収用法はまさにこの「公共のために用いる」場合を具体的に定めたものと
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     されている。このように、「公共のために用いる」ということは、財産権
     制限の正当理由とされているものであるから、単に公共の利益に寄与する
     というだけでなく、積極的に憲法及び法律に適合し、さらに社会正義に合
     致するという積極的意味・内容を含むものでなければならない。
      この適法性ないし社会正義への合致 という積極的要素が、土地収用法
     及び駐留軍用地特措法の中で「適正且つ合理的」という形で使用・収用要
     件として規定されたものと解される。従って、「適正」な土地利用とは、
     憲法及び法律に適合し、社会正義に合致する土地利用を指すものと解すべ
     きである。
   (2)違法状態の解消の必要性
      本訴に則して言うと、強制使用の対象となっている本件土地は、約三〇
     年間にわたって所有者の意思に反して強制使用されてきた経緯が存するが、
     それが違法に使用されてきたと認められた場合に、引き続き新たな強制使
     用をなすことは「適正な」土地利用とは到底言い難い。
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      なぜなら、土地使用が適法に新たな使用権原を取得する性質のものだと
     しても、対象物件がこれまで違法に使用されてきたと認められる場合には、
     その違法状態を解消せずに引き続き新たに当該物件に対して強制使用をな
     すことは、既存の違法状態を追認し、それを実質的に承継することになっ
     てしまうからである。これでは、既存の違法状態が強制使用によって治癒
     され合法性を取得するという法の自己矛盾を惹起し、法的正義に合致する
     とはいえないからである。
      従って、約三〇年間にわたって強制使用されてきた本件土地が、果たし
     て適法に使用されてきたものであるか否かということは、本件土地の利用
     が「適正且つ合理的」であるか否かを判断する上で回避できない不可欠な
     要件事実となっている。
   (3)新たな違法状態の発生の回避
      また仮に、過去の強制使用が適法になされていたとしても、その強制使
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     用期間があまりにも長期に及んでいた場合に、さらに引き続き新たな強制
     使用をなすことは、その強制使用自体が所有権を実質的に侵奪する違法状
     態を発生させるものとして「適正」とは認められない。従って、かかる新
     たな違法状態の発生を回避することが要請されているのである。
      この点に関し、民法六〇四条の立法趣旨が参考とされるべきである。同
     条項によれば、当事者の合意によるも二〇年を越える賃貸借契約期間を定
     め得ず、これに反する契約期間を無効としているのは、長期間にわたる所
     有権行使の制限は所有権の機能を実質的に剥奪するとみなしたからに他な
     らない。
   (4)比較衡量の問題は生じない
      この「適正」要素については、その性質上後述する「合理的」要素と異
     なり、比較衡量の問題は生ぜず、憲法や他の法律に抵触するか否か、違法
     状態が存するか否かという法的判断の問題が存するだけである。
  (三)「合理的」の意義内容
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   (1)比較衡量による判断
      強制使用の対象となるべき土地の利用の仕方は、「合理的」でなければ
     ならない。
      ここでいう「合理的」とは、財産権制限の要件として規定されているも
     のであるから、当該物件を当該収用・使用目的に使うことが「合理的」で
     あるか否かというだけでなく、当該収用・使用によって失われる被使用・
     被収用者側の事情及び当該物件の他の用途との比較衡量によって判断され
     なければならない。なぜなら「合理的」という要素は、土地の利用の仕方
     について「公共の利益の増進と私有財産との調整を図(ろう)」(土地収
     用法一条)とするものと解されるからである。
      前記日光太郎杉事件控訴審判決は、この「適正且つ合理的」要件につい
     て、「その土地がその事業の用に供されることによって得られるべき公共
     利益と、その土地がその事業の用に供されることによって失われる利益
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     (この利益は私的なもののみならず、時としては公共の利益を含むもので
     ある。)とを比較衡量した結果、前者が後者に優越すると認められる場合
     に存するものであると解するのが相当である。」と判示している。
   (2)比較衡量の対象ー違法に形成された現況の排除
      この比較衡量の際、当該物件をとりまく状況を含めて、当該物件の現状、
     その有する価値ないし利益が検討されることになる。
      起業者(申請者)が申請した事業計画(使用目的)に基づく土地利用の
     仕方が合理的か否かの判断は、強制使用・収用時における対象土地の現況
     及びそれを取り巻く周辺状況をもとに、その歴史的、文化的、社会的諸側
     面から判断されることになる。しかし時としてこの比較衡量の対象となる
     現況が違法によって形成されてきた経緯が存在する場合がありうる。この
     ような場合には、この現況を形成してきた違法状態を度外視し、あるがま
     まの現況を前提として土地利用の仕方について比較衡量を行うことは、現
     況を形成してきた違法状態を容認した上での「合理的」の判断となって前
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     記「適正」要素に反することになる。
      従って、「適正かつ合理的」であるか否かを判断する場合には、当然違
     法に形成された現況を排除し、違法なかりせばあったであろうと想定しう
     る状況(想定現況)を前提として、「適正かつ合理的」な土地利用である
     か否かを判断しなければならない。
      本件土地は、約三〇年間に及ぶ違法な土地使用によりいびつな現況が形
     成されてきたという沖縄特有の事情を有している。それだけに、本件強制
     使用認定時に本件土地が既に軍用地として利用されてきたという事実を前
     提にして、単純に、本件土地を引き続き「軍用地」として利用することは
     「合理的」な土地利用の仕方であると判断することは相当でない。本件で
     は、違法に形成されてきた本件土地の現況を排除し、本来のあるべき状況
     を想定したうえでの比較衡量が行われなければならない。
      本件土地は、前記したように戦争行為及び駐留軍施政権下の土地強奪、
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     並びに復帰後の違憲無効な公用地法によって軍用地としての現況が形成さ
     れ維持されてきたのであるから、かかる現況を前提に「適正且つ合理的」
     な土地利用の仕方が比較衡量されてはならない。本件土地は、違法な土地
     取り上げがなかりせば、村落に位置した土地であるか、又は村落周辺の豊
     かな田畑となっていたものであるから、そのようなものとして本件土地の
     「適正且つ合理的」な利用が考慮されなければならない。
      このような状況を考慮の上、土地所有者の利用計画のもつ社会的、公益
     的意義、特に当該土地が都市形成上ないしは都市計画上どのような地位を
     占めているかを検討しなければならない。土地所有者らが違法に奪われた
     土地の返還を求めている行為は私的な利益の側面と同時に県民的な視点か
     ら公益的価値を有することを見落としてはならない。
   (3)基地被害の存在
      当該施設が、爆音公害、電波妨害等の基地被害を発生させている場合に
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     は、当該土地の利用の仕方としては、マイナスの要因として、比較衡量の
     対象とされなければならない。特に地位協定によって、国民がアメリカ合
     衆国に対して直接基地被害の発生源を除去する法的請求をなしえないこと
     を考えると、国民が自らの土地を提供しないで基地被害の発生源の除去を
     求めようとすることは極めて高い公益的意義を有するものといえる。
   (4)具体的用途による判断
      「合理的」な土地利用といえるか否かは、抽象的、一般的にではなく、
     当該土地に即してその具体的用途との関連で判断されなければならない。
     この場合、前記「強制使用・収用の必要性」について述べた諸要素が、改
     めてここでも考慮されることが大切である。
      特に、自由奔放に広大な軍用地を確保し使用する駐留軍に比し、残され
     た狭隘な土地で密集して生活する県民の実情を直視し、全県民的立場に立っ
     て限られた土地をどのように利用することが求められているか、強制使用
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     申請者(国)が使用目的として掲げる利用形態が果たして強制使用までし
     なければならない程の合理的な土地の利用といいうるのか、それらが具体
     的に検討されなければならない。その際、使用目的が格別本件土地でなけ
     ればならない程の必要性を有せず、任意に取得した他の契約土地を利用す
     ることで足りる(代替性)事情が認められる場合には、それだけで申請者
     が主張する使用目的は、強制使用をしてまで使用する程の合理的な土地利
     用とは認められないものと判断されることになる。
   (5)「適正且つ合理的」要件の充足
      以上の要素が考慮され、当該土地利用の仕方が「適正」で且つ「合理的」
     であると評価されたとき、強制使用・収用要件の一つである「適正且つ合
     理的」要件が具備されたことになるのである。
 三 楚辺通信所における本件強制使用認定の違法性
  1 施設の目的と概要
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    本件土地は、楚辺通信所内に存し、その面積は約二三〇平方メートルである。
    楚辺通信所(以下、本件施設という)は、キャンプ・ハンザーと呼ばれ、読
   谷村字波平、座喜味、上地にあり、五三万五〇〇〇平方メートルの敷地内に、
   通称「象のオリ」と呼ばれる直径二〇〇メートル、高さ約二八メートルの巨大
   なケージ型アンテナと一〇〇本余の棒状アンテナを有する施設で、在沖米艦隊
   活動司令部/海軍航空施設隊が管理している。施設の使用部隊は、海軍通信保
   安活動隊沖縄ハンザー部隊、国防省特別代表部沖縄事務所第一分遣隊である。
   同様の施設は在日米軍基地ではもう一カ所青森県三沢基地にある。
    本件施設は、二重スクリーン型のウレン・ウェーバー・アンテナ配列を有し、
   全方位の電波を傍受するためにアンテナを円型に配置している。アンテナの配
   置は三重構造となっており、一番内側の二八メートルのスクリーンは背後の電
   波をシャットアウトするもので、アンテナそのものではない。二番目が短波低
   域部を受信する約三〇本の棒状アンテナからなり、一番外側が短波高域部を傍
   受する約一〇〇本の小型棒状アンテナから成り立っている。これらのアンテナ
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   群により、米軍は、目を付けた他国の軍隊、潜水艦、航空機あるいは地上部隊
   から発信されるHF(短波)通信あるいはVHF(超短波)通信を傍受・記録
   して、送信地点の割り出しのため精密方位測定を行うとともに、高性能コン
   ピューターで暗号解読を行うのである。
    本件施設は、米国防総省の国家安全保障局(NSA)の統制に服する活動拠
   点であるが、NSAは陸海空海兵隊四軍の通信電子防諜部隊・暗号部隊を組み
   入れた機関で、世界的規模の軍事、政治、外交分野にわたる広範囲な通信電子
   諜報活動を遂行している。
  2 使用認定の要件の欠如について
    本件土地に対してなされた強制使用認定は、駐留軍用地特措法三条の使用認
   定の要件を欠如したものであり違法である。以下、それについて述べる。
  (一)「駐留軍の用に供する」要件の不存在
     今日の在日米軍自体が、日米安保条約の目的条項を逸脱した存在であるこ
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    とは前記したとおりであるが、かかる米軍用地に提供するために、駐留軍用
    地特措法を適用して本件土地を強制使用することは、「駐留軍の用に供する」
    との要件を欠くといわざるをえない。
     特に本件施設が、わが国の平和の維持等の目的を超えて、米国の世界的な
    諜報組織の一部に組み込まれてその機能を行使している実態からすれば、右
    要件の欠如は一層明らかといえる。
  (二)「必要性」要件の不存在
     本件土地は、五三万五〇〇〇平方メートルの敷地を有する本件施設内の東
    側に所在し、面積は約二三〇平方メートルでそのごく一部(〇・〇四パーセ
    ント)である。本件土地上にはアンテナそのものは存在しないが、前記した
    一番外側の棒状アンテナの鉄塔の一部の敷地となっている。
     本件土地上のアンテナ鉄塔が撤去されたとしても、本件施設の電子工学的
    機能に支障は生せず、従って作戦運用が阻害されることはない。すなわち、
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    短波(HF)低域部はその影響は極めて軽微か、全くないか、短波(HF)
    高域部は棒状アンテナが二、三本撤去されることになると思われることから、
    アンテナ配列の完全状態に一部欠損が生じるものの、実際の機能に支障は生
    じないのである。なぜなら、短波(HF)高域部は、ほぼ真東方向の電波測
    定において、短波(HF)高域帯の信号が真東方向からやってくるとき、そ
    れを真っ先にとらえるアンテナが二、三本存在しないため精密度を欠くこと
    になるが、約一〇〇度の扇型の円周にあるアンテナ群の同一信号時間差受信
    から電波到来方向を算出する仕組みになっているウレン・ウェーバー配列が
    なされているため、ほぼ真東の二、三本のアンテナが欠けていても他の約二
    七、八本のアンテナによって方位測定が可能となるからである。
     さらに、一九九一年の冷戦崩壊、ソ連解体以後、楚辺通信所の対象地域は、
    朝鮮半島、台湾海峡、南沙諸島の方向など沖縄の西側、北東側、南西側であ
    ると考えられることに鑑みれば、東側に存する本件土地上のアンテナ鉄塔を
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    撤去したとしても、その軍事作戦上の運用に支障は生じないのである。
     なお、日米間においては、本件施設の既存米軍施設・区域への移設が合意
    されているが、このことは同施設の軍事的重要性の低下を示すものである。
     このように、本件土地が所有者に返還されたとしても、本件施設の電子工
    学的、軍事作戦的機能のいずれにも基本的支障は生起しないのであるから、
    これを強制使用する客観的必要性はないといわざるをえないのである。
  (三)「適正」要件の欠如
     本件土地は、一九四五年に米軍占領と同時に接収され、爾来今日まで米軍
    基地のために提供を余儀なくされてきたものであるが、その経過の違法性は、
    被告の第一準備書面「第三 沖縄における基地形成史」で述べたとおりであ
    る。
     もっとも、本件土地は、一九七六年四月一日から一九九六年三月三一日の
    二〇年間に限って、前所有者と国との間で賃貸借契約が締結されていた。し
    かし、前所有者は、進んで土地を提供したものではなく、米軍による接収及
---------- 改ページ--------205
    びその後の強制使用という一連の土地取り上げの既成事実が作り上げられ、
    しかも返還を求めるという選択ができない状態で、自由意思に基づかずにや
    むをえず賃貸借契約の締結を余儀なくされたものである。従って、従前形式
    上は所有者が賃貸借契約を締結してきたからといって、土地占領及び接収に
    あたっての適正手続の欠如の経過の瑕疵が治癒されたことにはならないので
    ある。
     また、前所有者との間で締結されていた賃貸借契約は本年三月三一日をもっ
    て終了したにもかかわらず、その後も、国は、本件土地をなんらの占有権原
    がないまま不法占拠を続け、所有者(知花昌一)の再三にわたる明渡請求を
    拒否している。
     このように、国が、自ら作出した二重の違法状態(土地取り上げ経過の違
    法性及び不法占拠の違法性)を解消しないまま、本件土地に対する強制使用
    をなすことは、それを開始するに至る手続自体が法的正義に反するものとし
    て、「適正」とは到底いえない。
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  (四)「合理的」要件の欠如
     本件土地は、波平前島(メージマ)といわれる地域で、読谷村波平集落内
    に位置し、元は屋敷であった。
     本件土地を含む本件施設は平坦な台地上にあり、その周辺地域一帯は主に
    農業用地として利用されている。同施設の区域の大半も実際黙認耕作地とし
    て農業的利用がなされている。読谷村は同施設区域を含め、村域の四六・九
    パーセントを米軍用地に占拠されている状態で、農業を中心とした産業振興
    のために多大な障害をもたらしているのが実状である。
     他方、本件施設区域は、広大な面積を占めるが、前述のアンテナ施設など
    に実際利用されている部分はごく一部である。従って、仮に本件施設が必要
    とされる場合であったとしても、本件土地上に存するアンテナ鉄塔を任意に
    土地を賃借している部分に移設することは十分に可能である。それによって、
    本件土地を農業用地等に自ら有効利用することを意図している土地所有者の
    利益との調整が図られ、より合理的な利用に資することができるのである。
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     従って、本件土地を強制使用するための「合理的」要件は存在しないとい
    わざるをえない。


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第五 公告縦覧代行と地方自治
 一 問題の所在
  1 公告縦覧代行義務の不存在
    原告は、訴状及び第一準備書面において、土地収用法四二条四項、二四条四
   項及び同法四七条の四第二項、四二条四項、二四条四項の各規定に基づき、都
   道府県知事が市町村長に代わって行う公告縦覧(以下、単に公告縦覧代行とい
   う)は、国の機関委任事務であり、都道府県知事は同事務を行うことを法律上
   義務づけられていると主張する。
    しかし、右原告の主張は、公告縦覧代行を「機関委任事務」とする点で問題
   を有し、都道府県知事が公告縦覧代行を行う事を法律上義務づけられていると
   する点で独自の見解であり、誤っている。
    都道府県知事は、市町村長に代わって公告縦覧を行う権限(代行権)を右各
   条項により付与されているだけであり、公告縦覧の代行を行うことを法律上義
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   務づけられているものではない。都道府県知事が公告縦覧代行を行うか否かは、
   都道府県知事の裁量に委ねられている。
    従って、被告が本件公告縦覧代行を行わないからといって、地方自治法一五
   一条の二第一項にいう「国の事務の管理若しくは執行が法令の規定・・・に違
   反する」場合又は「国の事務の管理若しくは執行を怠る」場合に該当すること
   はない。
  2 主務大臣の処分違反の不存在
    原告は、被告の公告縦覧代行義務違反行為は右「法令違反」又は「怠る」要
   件に該当すると主張する一方、被告が地方自治法一五〇条の主務大臣の指揮監
   督に従わないことが、同法一五一条の二第一項にいう「国の事務の管理若しく
   は執行が・・・主務大臣の処分に違反する」場合又は「国の事務の管理若しく
   は執行を怠る」場合に該当すると主張する。
    これは、土地収用法上、都道府県知事に公告縦覧代行義務を認めることが無
   理な解釈となることから、同義務が否定された場合に備えた予備的主張の実質
   を有するものと解される。
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    しかし、原告の右主張も、誤っている。
    国の「機関委任事務」の受任者たる都道府県知事は、当該事務が「機関委任
   事務」だとの一事で、その管理・執行義務を具体的に負うものではない。
    「機関委任事務」には、法律・政令により具体的に管理・執行義務を課せら
   れた事務とそうでなく管理・執行を都道府県知事の裁量に委ねられている事務
   の二種が存し、後者の場合には、都道府県知事は地方自治法一五〇条の主務大
   臣の指揮監督を受けないものである。
    また、都道府県知事は、「機関委任事務」の管理・執行義務を課せられてい
   る場合でも、地方公共団体の長として自主独立した地位を憲法上保障されてい
   る者であり、地方自治の本旨に照らして当該事務を管理・執行するか否かを自
   主的に判断する権能を有する者であるから、主務大臣の指揮監督に従うことを
   法的に強制されているものではない。
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    従って、被告が地方自治法一五〇条の主務大臣の指揮監督に従わないからと
   いって、同法一五一条の二第一項にいう「国の事務の管理若しくは執行が・・・
   主務大臣の処分に違反する」場合又は「国の事務の管理若しくは執行を怠る」
   場合に該当するものではない。
    以下、その理由を詳述する。
 二 公告縦覧代行の法的性格
  1 公告縦覧の法的性格
    土地収用法四二条二項(又は、同法四七条の四第二項)は、「市町村長は、
   前項(又は、第四七条の三第一項)の書類を受け取ったときは、直ちに、裁決
   の申請があった旨及び第四〇条第一項第二号イ(又は、同項第一号イ)に掲げ
   る事項を公告し、公告の日から二週間その書類を公衆の縦覧に供しなければな
   らない。」(かっこ内は、四七条の四第二項の場合の読み替え)と定め、公告
   縦覧を行なうことを市町村長の義務と明記する。
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    従って、収用委員会から書類の送付を受けた市町村長は、土地収用法により
   公告縦覧すべき義務を課せられているものである。
    地方自治法一四八条三項は、「市町村長の権限に属する国・・・の事務の中
   で、法律・・・の定めるところにより、市町村長が管理し及び執行しなければ
   ならないもの」として別表四の二、(四三)及び(一の五)に市町村長の公告
   縦覧事務を掲げているが、これは、右理由によるものである。
    この点で、土地収用法三六条四項が「立会・署名」につき、「市町村長は、
   当該市町村の吏員を立ち会わせ、署名押印することができる。」と定め、市町
   村長に立会・署名義務が存しないことを文言上、明らかにしていることと対照
   的な規定文言となっている。
  2 公告縦覧代行の法的性格
  (一)土地収用法四二条四項、二四条四項の公告縦覧代行規定は、一九六四年の
    改正により、同法四七条の四第二項の公告縦覧代行規定は、一九六七年の改
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    正によりそれぞれ追加規定されたものである。
     右代行規定が置かれた立法経過について、小澤道一著「逐条解説土地収用
    法」は、次のように記述している。
     「市町村長は、地元住民の利害の影響を受けやすい立場にあり、住民が反
    対する事業については縦覧等の業務を懈怠する場合がある。また、市町村長
    自身の特殊な政治的立場からこの事務を拒否することも考えられる。さらに
    は、市町村の有する公共施設について起業者との公共補償の交渉を有利にす
    るためこの事務を懈怠するということも考えられる。二項の事務は国の機関
    委任事務であるから、市町村長がこれを拒否したり、懈怠する場合には、地
    方自治法一四六条の規定により職務執行命令手続をとることが可能であるが、
    この手続きには裁判所が関与することとなっているため極めて長い時間を要
    することとなり、事業認定手続を迅速に進めることは不可能となる。また、
    同条の適用そのものが大きな政治問題となりかねないことから、実際上も容
    易にこれを適用しうるものではない。そこで、四項から六項までの規定は、
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    地方自治法一四六条の特則として、裁判所を関与させることなく知事が直接
    に右の事務を代行することができることとしたのである。」(二八五頁)。
     右記述は、公告縦覧事務が国の事務であり、土地収用法上、収用委員会に
    配分された収用委員会の事務とされているものであるが、同事務の管理・執
    行が収用委員会から市町村長に機関委任されていることから、都道府県知事
    は、地方自治法一四六条(一九九一年の改正により現行一五一条の二が新設
    されて、一四六条は削除された。)に基づき市町村長に対し職務執行命令手
    続をとることが可能であつたが、右事情から、一四六条の特則として公告縦
    覧の代行規定を置いたとするものである。
     右立法経過を踏まえると、土地収用法の公告縦覧代行規定は、地方自治法
    の都道府県知事の市町村長に対する職務執行命令規定の特則としての性格を
    持つものと解すべきものである。
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  (二)ところで、地方自治法は、一四六条一二項(同条削除後は一五一条の第一
    二項)により、都道府県知事が国の「機関委任事務」を管理・執行する市町
    村長に対し職務執行命令手続をとりうることと定めているが、いずれも次の
    ように規定し、職務執行命令を行うか否かは、都道府県知事の裁量に委ね、
    職務執行命令手続を行うことを都道府県知事に義務づけていない。
     「都道府県知事は・・・前十一項の例により、その行うべき事項を命令し、
    地方裁判所の裁判を請求し若しくは当該市町村長に代わって当該事項を行い、
    又はこれを罷免することができる」(一四六条一二項)。
     「都道府県知事は・・・当該市町村長に対して、その旨を指摘し、期限を
    定めて、当該違反を是正し、又は当該怠る事務の管理若しくは執行を改める
    べきことを勧告することができる」(一五一条の二第一二項一項)。
     公告縦覧代行規定が、職務執行命令規定の特則としての性格を有すること、
    又同規定が「都道府県知事は、起業者の申請により、当該市町村長に代わっ
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    てその手続を行うことができる」と定め、代行権限の付与の形式をとり、市
    町村長の場合のように「公告し、・・・公衆の縦覧に供しなければならない」
    との義務づけ規定の形式をとっていないこと、地方自治法一四八条三項の別
    表四、二、(一の五)及び(四三)が「市町村長が管理し及び執行しなけれ
    ばならないもの」として公告縦覧事務を掲げているにもかかわらず、同条二
    項の別表三、一、(三の四)及び(百八)に「都道府県知事が管理し及び執
    行しなければならないもの」として公告縦覧事務が掲げられていないこと等
    を考え合わせると、都道府県知事が公告縦覧の代行を行うか否かは、その裁
    量に委ねられていると解するのが正しい。
  (三)原告は、原告第一準備書面において、「以上のような公告縦覧の手続の趣
    旨、目的、公告縦覧は市町村長にとっては義務であること、都道府県知事の
    代行に代わる公告縦覧の手続はないこと、公告縦覧の代行の規定は収用又は
    使用の手続を促進するために置かれたことからすると、都道府県知事が公告
    縦覧の手続を代行することはその義務である」(六頁)と主張する。
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     しかし、公告縦覧の趣旨、目的及び市町村長が公告縦覧義務を負っている
    ことが原告主張のとおりだとしても、そのことから直ちに都道府県知事の代
    行義務が生ずるものではない。土地収用法は、公告縦覧を行うことは市町村
    長の義務と明記し、公告縦覧事務は市町村長の「機関委任事務」と定める一
    方、同法四二条四項、二四条五項及び六項は、公告縦覧代行を行おうとする
    都道府県知事が公告縦覧義務を負う市町村長に対し代行を行う旨の通知をな
    すと、市町村は公告縦覧事務を執行することができなくなると規定する。こ
    れは、公告縦覧事務と代行権が別個のものであり、都道府県知事が代行権を
    行使して初めて、市町村長の権限に属する公告縦覧事務を代行しうることと
    なることを示すものである。
     原告は、市町村長の権限に属する公告縦覧事務と都道府県知事が行う代行
    権が別個のものであることを十分に認識せず、市町村長が公告縦覧事務の管
    理・執行を義務づけられていることから、それとは別個の都道府県知事の代
    行権につき、その行使義務を導き出そうとするものであり、その主張は論理
    性を有せず失当である。
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     「都道府県知事の代行に代わる公告縦覧の手続はないこと」は、原告の指
    摘のとおりであるが、それは、前述の立法経過から明らかなように、土地収
    用法がその必要性を認めず「代行に代わる手続規定」を置かなかったもので
    ある。土地収用法は、代行権の行使については、都道府県知事の裁量に委ね
    たものである。公告縦覧の代行権行使を都道府県知事の裁量に委ねる現行の
    土地収用法の姿勢は、収用高権の発動手続を全て時の政府に委ねず、同手続
    中に地方公共団体の意志を反映させようとするものであり、立法上合理的理
    由を有するものである。
     原告の主張は、都道府県知事の裁量に委ねられた代行権行使について、都
    道府県知事がその裁量権を国の意向に沿って行使しないことについての苛立
    ちから、現行法の立法姿勢を批判するものに過ぎず、都道府県知事の公告縦
    覧代行義務を理由あらしめるものではない。
     公告縦覧の代行の規定が「収用又は使用の手続を促進するために置かれた」
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    ことは、原告主張のとおりであるが、それは都道府県知事に公告縦覧の代行
    権を付与することにより達成されているものである。一九六四年と一九六七
    年の二度にわたって代行権付与規定が新設されたが、その際、都道府県知事
    に代行権の行使を義務付ける提案は一切なされなかった。原告は、この事実
    を十分承知の上で、強引に「解釈」の名の下に都道府県知事の公告縦覧代行
    についての裁量権を否定しようとするものであり、原告の主張は失当である。
 三 「機関委任事務」における主務大臣の指揮監督の性格
  1 「機関委任事務」についての従来の説明
    これまで、「機関委任事務」の制度は、国が法律・政令に基づいて国の事務
   を地方公共団体の長等に委任し、これを「国の機関」に組み込むものである、
   と説明されてきた。その特徴は、地方公共団体の長等を「国の機関」に組み込
   み、主務大臣と地方公共団体の長等との関係を「主務大臣から指揮監督を受け
   る関係」と説明することにより、主務大臣の権限を国の行政機関内部における
   上級機関の強固な指揮、監督権と同一視する見解を導くところにあつた。
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    確かに、このような「機関委任事務」の概念は、地方公共団体の長等に対し
   て指揮、監督権を確保しようとする国にとつては実に都合のよいものであつた。
    しかし、憲法において地方自治が保障され、その自主独立性が保障されてい
   る状況の下で、憲法より下位規範である「法律・政令」により憲法で自主独立
   性を保障された地方公共団体の長を「国の機関」に組み込もうとする「機関委
   任事務」の概念は、そもそも基本的に問題を持つものであった。
    いうまでもなく、「機関委任事務」の概念は、講学上のものであり、法律上
   の概念ではない。又「機関委任事務」の概念が具体的に機能したのは、知事公
   選制が始まった戦後のことであり、その使用のされ方、現実の機能に問題があ
   ることが自治問題研究者の中で次第に指摘されるようになってきた。
    「機関委任事務」の概念は、ある時期までは無批判に使われてきたことがあ
   るが、その概念の曖昧さ、有用性に疑問が投げかけられ、現在では、前述の概
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   念にとらわれることなく、具体的に地方公共団体の長等に事務を委任する個々
   の法令毎にその内容を検討すべきであるとする見解が行政法学会の主流となつ
   ている(「都市問題研究」三五巻六号、辻山幸宣「『機関委任事務』概念の機
   能と改革の展望」)。
  2 国・主務大臣と地方公共団体の長との関係
  (一)従来の「機関委任事務」制度の説明は、根本的に欠陥を持つものであり、
    到底取りえないものである。
     なぜなら、憲法で自主独立性を保障された地方公共団体の長が、憲法より
    下位規範である「法律・政令」によりその自主独立性を奪われ「国の機関」
    に組み込まれるとするのは法の自己矛盾であり、憲法を否定することになる
    からである。
     従って、少なくとも地方公共団体の長に対する「機関委任事務」について
    は、地方公共団体の長は自主独立した地位を有するものであるから、国から
    「自主独立した法的地位を有するもの」への国の事務の配分及びその管理・
    執行についての権限付与と解し、主務大臣と地方公共団体の長との関係は、
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    同一機関内の上級機関と下級機関の関係ではなく、対等な立場で協力して国
    の事務を執行する関係、と解するのが妥当である。
     又地方公共団体のその他の機関に属するとされる「機関委任事務」(地方
    自治法一八〇条の八、二項の教育委員会の事務等、但し同教育委員会の事務
    を機関委任事務と解してよいか問題が存する。)についても、それを定めた
    個々の規定の趣旨を具体的に検討することなく無前提に「国の機関」と決め
    つけるのは、根拠が薄弱であるから、この場合は事務の配分・帰属を定めた
    個々の規定の趣旨を明らかにして、国と配分を受ける機関との関係の中身を
    具体的に確定すべきである。
  (二)右国と地方公共団体の長の関係は、地方自治を保障した憲法から導かれる
    結論であるが、この見解に立つと地方自治法一四八条、一五〇条をどう解釈
    するかが、問題となる。
     同法一四八条は、一項で「普通地方公共団体の長は・・・・法律又はこれ
    に基づく政令によりその権限に属する国・・・の事務を管理し及びこれを執
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    行する」と規定し、二項で「前項の規定により都道府県知事の権限に属する
    国・・・の事務の中で法律又はこれに基づく政令の定めるところにより都道
    府県知事が管理し及び執行しなければならないものは、この法律又はこれに
    基づく政令に規定のあるものの外、別表三の通りである」と定める。
     一項は、「機関委任事務」の根拠規定と解されているが、一項と二項の関
    係は従来必ずしも十分に説明されていない。
     一項と二項を対比してみると、次の二点で規定の仕方が異なっている。
     一つは、一項が「法律又はこれに基づく政令によりその権限に属する国・
    ・・の事務」とし、法律・政令により国の事務が普通地方公共団体の長に属
    すると規定するのに対し、二項が「前項の規定により都道府県知事の権限に
    属する国・・・の事務の中で・・・・しなければならないものは・・・」と
    定め、一項で普通地方公共団体の長に属する事務とされるもののうちの「一
    部の事務について」の規定となっている点である。
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     もう一つは、一項が「国・・・の事務を管理し及びこれを執行する」とし、
    権限帰属の規定となっているのに対し、二項が「国・・・の事務の中で・・・
    都道府県知事が管理し及び執行しなければならないものは、この法律又はこ
    れに基づく政令に規定のあるものの外、別表三の通りである」と定め、管理・
    執行義務を定める規定となっている点である。
     第一の点からは、「機関委任事務」を地方公共団体の長に帰属させるのは、
    法律・政令であり、二項の別表はその一部を定めるものであることが明らか
    になる。
     第二の点からは、地方公共団体の長に属する事務の中には、「管理・執行
    義務を負う事務」と「管理・執行義務を負わない事務」の二種が存し、二項
    は「管理・執行義務を負う事務」を別表の形で定めるものであることが明ら
    かになる。
     いうまでもないが、法律・政令により「機関委任事務」が地方公共団体の
    長に属させられるものであるから、一般的意味での管理・執行義務(誠実に
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    行う義務)が地方公共団体の長にあることは当然のことである。
     しかし、二項の管理・執行義務をこの意味で解するのは相当でない。なぜ
    なら、この意味での管理・執行義務であれば一項の「機関委任事務」全部に
    ついていえることであり、その一部である二項の事務についてのみ特に指摘
    すべきものではないからである。
     二項がわざわざ管理・執行義務を明記したのは、法律・政令により具体的
    に管理・執行義務を負う「機関委任事務」を別表で特定・明記し、同事務に
    ついては地方自治法一五〇条の指揮、監督を受けることを明らかにするため
    である、と理解するのが規定の形式からすると自然である。
  (三)地方自治法一五〇条は、「普通地方公共団体の長が国の機関として処理す
    る行政事務については、普通地方公共団体の長は、都道府県知事にあつては
    主務大臣・・・・の指揮監督をうける。」と定め、普通地方公共団体の長に
    対する主務大臣の指揮監督を認める。
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     (ここで普通地方公共団体の長が「国の機関として」処理するという意味
    は、既に述べたように国の行政機関と普通地方公共団体の長との上下関係を
    示すものではなく、対等な当事者として普通地方公共団体の長が処理する事
    務の性格、即ち国の事務を執行するものであることをを示す ものと解すべ
    きである。)
     そこで、右「指揮監督」の対象となる「国の機関として処理する行政事務」
    をどのように解するか、「指揮監督」の内容とその法的効力をどのように解
    するかが問題となる。
     先ず、前者については、「普通地方公共団体の長の権限に属する国の事務」
    が、前述のとおり「管理・執行義務を負う事務」と「管理・執行義務を負わ
    ない事務」の二種に分かれていること、「管理・執行義務を負わない事務」
    についてはその事務の管理・執行が普通地方公共団体の長の裁量に委ねられ
    ていること(主務大臣による指揮監督と両立しない)を考えると、「指揮監
    督」の対象となるのは「管理・執行義務を負う事務」に限られると解すべき
    である。
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     次に、後者については、主務大臣の指揮監督は、普通地方公共団体の長に
    配分された「管理・執行義務を負う国の事務」を統一的に実施するために認
    められるものであるから、その指揮監督の内容は「管理・執行義務」を尽く
    させ、受任者たる市町村長の権限(審査・判断権)を侵害しない限度で、国
    の事務を統一的に実施させるにとどまるものと解すべきである。
     その意味では、同一機関内の上級機関が下級機関に対して有する指揮監督
    権が、下級機関が行う行為(権限の行使内容)の当否についてまで指揮監督
    できるとされていることと異なるものである。
     さらに、地方自治法一五〇条の主務大臣による指揮監督は、同法一五一条
    の二の職務執行命令訴訟以外にその実効性を担保する規定を有しない。同法
    一五一条が、都道府県知事にその管理に属する国の事務等につき、市町村長
    がなした処分の取消権、停止権を認めていることと対比すると、このことは
    明らかである。
     主務大臣の指揮監督の実効を担保する規定が存しないのは、「機関委任事
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    務」を執行する地方公共団体の長が自主独立した法的地位を有し、国の行政
    機関(主務大臣)と対等の関係にあるため、主務大臣は自己の意見・判断に
    従わない受任者に対し組織法上の懲戒等の処分権を有していないことによる
    ものである。
     従って、右一五〇条の指揮監督は、組織法でいう受命者が「絶対的に服す
    るを要する」という性格のものではなく、普通地方公共団体の長が自主的判
    断で服するものという性格のものであり、法的効力をほとんど有せず実質的
    には行政指導と同種のものと評すべきものである。
  (四)以上の検討から明らかなように、地方自治法一五〇条は、「管理・執行義
    務を負う国の事務」について、主務大臣に対し受任者に対する「指揮監督」
    を認めるものであり、決して、「管理・執行義務を負わない事務」について
    「指揮監督」を認めるものではない。
     公告縦覧代行は、公告縦覧事務が市町村長に配分された事務であることを
    前提とした上で、都道府県知事へ「代行権」を付与するものであり、その行
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    使の有無は「権限の行使の問題」であり、権限行使が法的に義務づけられて
    いるか、否かの問題であるに過ぎない。
     しかし、原告は、市町村長の権限に属する「公告縦覧事務」と都道府県知
    事の権限に属する「代行権」とを区別することなくこれをごっちゃにして、
    被告が公告縦覧代行を行うことは、国の「機関委任事務」だと主張し、主務
    大臣が被告に対し地方自治法一五〇条に基づき指揮監督を行い得るとする。
    しかし、仮りに、それが「機関委任事務」だとしても、前述のとおり、公告
    縦覧代行を行うことは、都道府県知事が「管理し及び執行しなければならな
    いもの」(一四八条二項)とされているものではない(別表に記載なし)か
    ら、主務大臣は、本件公告縦覧代行につき同法一五〇条の指揮監督を行い得
    ないものである。
     百歩譲って、同条の指揮監督を受けるとしても、それはせいぜい行政指導
    程度の意味を有するに過ぎないものであり、到底一五一条の二の職務執行命
    令手続の要件となる「主務大臣の処分」となるものではない。
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 四 地方自治の本旨に反する「機関委任事務」の執行拒否―地方自治の保障と知事
  の職務
  1 憲法による地方自治の保障
    憲法第八章は、地方自治を制度的に保障したものである。この点については、
   今日では異論のないところである。地方自治は、民主的国家においては民主主
   義を「草の根もと」で実現するために不可欠な重要な制度である。旧憲法下に
   おけるわが国の地方自治の歴史を振り返るとき、憲法が「地方自治の本旨に基
   づいて」地方自治を制度的に保障し、これに客観的法規範性を与えたことの意
   義は極めて大きなものがある。
    地方公共団体の有する人格及び自治権につき、それが固有のものであるか、
   国家から伝来したものであるかという視点から論じられることがあるが、「伝
   来説か固有権説かという問題は、さして意味のあるものとはいえず、中央と地
   方の権限配分・地方公共団体の組織と作用の方法等について、憲法上どのよう
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   な構造がとられているのか、それを具体的且つ説得的に説明することこそが重
   要」であると指摘されている(法律時報第四八巻二〜四号、杉原泰雄「地方自
   治権の本質」四号一三三頁参照)。憲法は、「民主的国家構造の一環をなすも
   のとして、国家とともに、国民生活の福祉の向上に奉仕するために、国民の主
   権から発する公権力を国から独立して各地域において自己の責任の下に行使す
   る一の公の制度」として地方自治を保障したものである。
  2 地方自治の本旨
    憲法が制度的に保障したのは「地方自治の本旨に基づく」地方自治である。
   近代憲法が公権力の存在理由を人権保障に求めてきたことは、自明のことであ
   り、日本国憲法が、国民の人権を保障することを重要な目的とし、基本原理と
   していることは異論のないところである。憲法が制度的に保障する地方自治制
   度も当然のこととして、住民の人権保障を目的とするものであり、人権保障は、
   「地方自治の本旨」の重要な内容をなすものである。
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    「地方自治の本旨」は、住民自治と団体自治の観念から成り立つと解される
   が、地方自治が住民の人権保障を目的とすることをふまえて、その内容が具体
   化されなければならない。憲法九三条は、住民自治の制度的保障の具体的内容
   として、地方公共団体に対し議決機関としての議会の設置、長、議員等の直接
   公選制を保障し、九四条は、団体自治の制度的保障の具体的内容として、地方
   公共団体に対し財産管理権、自治行政権、及び条例制定権を保障している。
    本件に関して特に留意しておかなければならないのは、一つは、住民から直
   接公選された知事の責務の法的意義である。もう一つは、自治行政権の具体的
   内容と法的意義である。 
    知事は、県民から直接選挙で選ばれた者として、住民自治、民主主義の精神
   に立って県民の意思を尊重しながら自治行政を執行する憲法上の責務を負って
   いる。
    又知事は地方公共団体の長として憲法上、地域住民の平和的生存権を保障し、
   生活、人権、財産権を守り、福祉(地域振興)を増進させる責務を負っている。
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    知事は、右責務を果たすために地方公共団体の長として、憲法が保障した地
   方公共団体の自治行政権を行使する。この機能は、憲法が保障したものであり、
   内閣に属する国の行政権(憲法六五条)と対等なものである。
  3 自治行政権と法令審査権
  (一)自治行政権は、国の行政権と同様に憲法に従って行使される。
     この場合、地方公共団体の長は内閣と同様、行政権を執行する際、行政権
    を執行する者として憲法及び法律を解釈し、それに従って行政権を執行する。
     憲法は、地方公共団体の長と内閣をそれぞれ自主独立した憲法上の機関
    (一方は地方公共団体の機関、他方は国の機関)と位置づけているから、地
    方公共団体の解釈権と内閣の解釈権との間には優劣は存しない。それぞれの
    機関の内部において、例えば内閣の統轄下の行政機関内部において、官房、
    局、部、課、室等はそれぞれの事務を執行するにつき法令解釈権を有するが、
    下位の機関の解釈権は上級機関の解釈権に従い、拘束されるのと異なる。同
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    一機関内の法令解釈権は、上級機関の解釈権により、解釈が統一され、その
    解釈が正しいか否かは最終的には司法判断に委ねられる。
  (二)それでは、制度上対等な行政権と憲法・法令解釈権(執行に際しての)を
    持つ内閣と地方公共団体の長との間で、「機関委任事務」の管理・執行につ
    き意見の相違が生じたとき、その調整、解決はどのようになされるのであろ
    うか。言葉をかえると地方公共団体は自主的な解釈権を有するのであろうか。
     一つの考え方は、これを否定し、内閣(主務大臣)に行政内部における、
    最終的解釈権を与え、地方公共団体の長がこれに不服の場合は、地方公共団
    体の長に裁判を提起させて、裁判所にて最終的判断(司法判断)を受けさせ
    る、というものである。
     もう一つは、地方公共団体の長に自主的解釈権を認め、内閣(主務大臣)
    がこれに不服の場合は、主務大臣に裁判を起こさせて、裁判所にて最終的判
    断(司法判断)を受けさせる、というものである。
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     前者の考え方は、地方公共団体の長が憲法上自主独立した地位を保障され
    ていることを、無視している点で誤つている。又地方自治法は地方公共団体
    の長に裁判を起こす権限を認めておらず、逆に主務大臣に機関訴訟を起こす
    権限を認めているので解釈上も採りえない見解である。この考え方は、砂川
    職務執行命令訴訟の一審で国が主張したものであるが、周知のように同事件
    の最高裁判決で否定された。
     後者の考え方は、地方自治制度と機関委任事務制度を憲法の趣旨にそって
    調和させるものであり、妥当なものである。地方自治法一五一条の二が主務
    大臣に職務命令訴訟を認めていることから、地方自治法がこの考え方に立っ
    ているは明らかである。
     ただ、この見解に立つ際に留意しなければならないのは、主務大臣が不服
    を申し立てられるのは、法律により、地方公共団体の長に対し「裁判を起こ
    す権限」(職務執行命令の勧告・命令権を含めて)が付与されている場合に
    限られる、という点である。
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     (土地収用法の都道府県知事の公告縦覧代行については、前述のように、
    仮にそれが「機関委任事務」だとしても、地方公共団体の長に対し「裁判を
    起こす権限」を認める規定はないので、主務大臣は知事が行つた判断に対し
    て不服を申し立てることはできない。)
  (三)ところで、地方公共団体の長も内閣も最高法規たる憲法を遵守する憲法上
    の義務を負っている。従って、憲法に違反すると判断した法律(違憲の法律)
    には従わないことができるし、従うべきではない。
     又法律そのものは憲法に違反しないが、具体的な執行行為が憲法に違反す
    る(適用違憲)と判断した場合は、当該執行行為を行わないことができるし、
    行ってはならない。このことは、法理論上当然のことである。問題は、個々
    の法律又は法的行為そのものは、違憲とはいえないが、それらの行為によっ
    てもたらされる状況が憲法に違反する状態と判断される場合である。行政権
---------- 改ページ--------237
    の執行者が、違憲状態と判断した場合、執行者は違憲状態を維持・継続させ
    る当該事務を執行しないことができるのかという問題である。この問題につ
    いては、これまでほとんど論じられたことがない。
     大気汚染公害において、個々の企業の汚染物質の排出については、個々の
    法律に反していないが、複数の企業から排出される汚染物質が複合して、地
    域住民の生命、人体、健康を害する(不法行為)ことがある。
     これと同様に、個々の行為そのものは、違憲とまではいえないが、複数の
    同種行為が集合するために、それによってつくりだされる状態が違憲の状態
    となることがある。
     沖縄県における米軍基地の状態は、まさにこの例にあたる。
     米軍基地は、国有地の提供行為、公有地の賃借による提供行為、市有地の
    賃借による提供行為、駐留用用地特措法に基づく強制使用にする提供行為等
    の複合により、はじめて一団の基地として存在し、機能している。
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     個々の提供行為が、直ちに違憲とはならないとしてもこれらの行為が複合
    する結果、憲法の保障する平和的生存権を侵害し、県民の生活、人権を侵害
    し(憲法上の人権が侵害されている状態)、地方住民の福祉(地域振興)の
    増進を阻害している(地方自治の本旨の実現が阻害されている状態)と評価
    しうる状態が存在する。
     このような違憲の状態が存すると判断した場合、地方公共団体の長は、右
    違憲状態を維持し、継続させることが憲法上の自己の本来の職務(地方自治
    の本旨に従って自治行政を行う憲法上の義務・権能)に反するとして、当該
    機関委任事務を執行しないことができる(具体的執行義務を負わない)と解
    される。
     なぜなら、地方公共団体の長は、憲法上、自主独立した地位を保障され、
    憲法を遵守し、憲法を実現する義務を課せられているから、違憲状態(憲法
    上の人権が侵害されている状態、地方自治の本旨の実現が阻害されている状
    態)を維持、継続する法的義務を負わないと解するのは、当然のことだから
    である。
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  (四)本件に則していうと、先ず本件公告縦覧代行の根拠となる駐留軍用地特措
    法が違憲無効であれば、本件公告縦覧代行の問題は生じない。
     次に、総理大臣がなした事業認定が違憲無効(適用違憲)又は違法(本件
    使用申請書類である土地・物件調書には、総理大臣の立会・署名がなされて
    いるが、同立会・署名は違法無効なものである)であれば、それを前提とす
    る本件公告縦覧代行申請は無効・違法となり、被告は本件公告縦覧代行を行
    わないことが土地収用法上認められる。
     又、沖縄県における米軍基地の存在が、前述した様々な人権侵害を引き起
    こし、県民と県に多様な生活破壊と負担を与えており、違憲状態と判断され
    た場合、被告はその違憲状態を維持、継続させる本件公告縦覧代行を行う義
    務を負わない。
     これらは、憲法が最高法規であり、知事が憲法遵守義務を負っていること
    から導かれる法的結論である。
     本件においては、知事が自己の法令解釈権に基づき右判断(本件公告縦覧
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    代行義務を負わない)に至ったものであり、その判断に誤りはないと確信す
    るものである。
     よって、裁判所はその司法権を行使をして、知事の右判断に誤りが存する
    か否かを慎重に憲法と証拠に照らして判断すべきである。
  (五)被告の右判断に対して、公告縦覧代行は法令に基づくものであるが、被告
    が主張する様々な被害・負担をもたらす米軍基地を整理・縮小し、撤去する
    行政は、被告の政策あるいは政治的方針に基づくものにすぎないとの意見も
    予想される。
     しかし、この批判は、被告が憲法に照らして、 (1) 留軍用地特措法及び
    その適用の仕方を違憲と判断したこと、 (2) 使用認定 違憲・違法と判断
    したこと、 (3) 土地・物件調書への立会・署名を被告が拒否したことが正
    当であったこと、 (4) 米軍基地が存在するゆえに生じてい状態が違憲状態
    に至っており、地方自治の本旨に反する公告縦覧代行を行う義務を負ってい
    ないと判断したこと等を無視し、これを単なる政策、政治方針と矮小化して
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    いる点で誤っている。
     右判断は、優れて憲法判断であり、法的判断であ 。とくに、ここで指摘
    をしておかなければならないのは、 (4) の判断である。ここでいう違憲状
    態のなかには、様々な形での人権侵害状態が含まれが、それだけにとどまる
    ものではなく、地方自治の本旨を実現するとい知事の本来の職務を侵害する
    という側面が含まれているという点である。地方自治の実現という中には、
    人権保障という側面の他に、地域住民の福祉の実現という政策にかかわる側
    面、その意味では地方公共団体の長の自主的判断に委ねられている側面が存
    し、それが憲法上制度的に保障されさいるという点である。
     機関委任事務は、このような自主独立性を有する知事に、その本来の職務
    と抵触しない限度で国の事務の執行を委ねるものであることに留意しなけれ
    ばならない。
     法律といえども、この知事の憲法上の義務・権能を制約することはできな
    い。
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 五 本件公告縦覧代行と違憲状態ー具体的内容
  1 住民の意思に反する本件公告縦覧代行
  (一)被告第一準備書面、第五で指摘したとおり、沖縄県の圧倒的多数が基地撤
    去を求めている。この県民意思は同書面第二、第三で述べた歴史的経過の中
    で形成されたものであり、長期間にわたり確固とした県民意思として存在し
    ているものである。沖縄県民は、戦後五〇年、沖縄に米軍基地を存続せしめ
    るか否かにつき一度も民意を問われたことがない。これは、憲法の下での明
    白な民主主義の不在といいうる異常な法的状況である。
     沖縄県民の置かれたこのような異常な状況は、戦後に始まるものではない。
    右第二で述べたように日本が沖縄に対して琉球処分以来、一貫してとってき
    た国策が作り出したものであり、深い歴史的背景をもつものである。
     識者が被告の立会・署名拒否を評して「知事は今や明らかに近代沖縄百年
    のアポリア(解決困難な難問)を苦悶の決断で乗り越えようとしているかに
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    見える。その道はあるいは『沖縄民権』の悲劇的先駆者謝花昇が求めた道」
    ではないか(沖縄自立の最終的な道)、又知事の決断の後に沸き起こってき
    た沖縄民衆の「熱い支援と共感の声」は「代以降、今日に至るまでの沖縄に
    対する犠牲と差別、不平等な処遇に対する根底的な抗議の声」であるとした
    (比屋根照夫、沖縄タイムス一九九五年一〇月二〇日)のは、まことに的を
    得たものといえる。このことは、本件公告縦覧代行拒否についてもいえるこ
    とである。
  (二)公告縦覧は、土地・物件調書への立会・署名と同様、駐留軍用地特措法に
    基づいて米軍用地の使用権を取得するための不可な事務であり、直接米軍基
    地を存続させることに繋がるものである。
     前述したような歴史的、社会的背景の下で、知事が県の意思に反して米軍
    基地を存続せしめる本件公告縦覧代行を行うことは住民自治の最も核心的な
    精神に反し、県民の意思に基づいて自治行政をうべき憲法上の責務に反する
    ことになる。
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  2 住民の生活、人権、財産権、福祉(地域振興)を侵害する本件公告縦覧代行
    米軍基地の存在は、被告第一準備書面、第四で指摘したとおり、住民の生活、
   人権、財産権、福祉(地域振興)をあらゆる面で侵害し、阻害している。
    沖縄県は、右事態に対応するため地方公共団体としても人的、経済的両面に
   わたって過重な負担を強いられている。
    沖縄県における右状況は、決して一時的なものではなく戦後五〇年余間強い
   られてきたものである。国は、今後もこの状況を国策として維持する意向を明
   確に示しており、沖縄県に今後長期間にわたって米軍基地の過重な負担を強い
   る姿勢を示している。
    一九九六年四月一七日、橋本首相とクリントン大統領によって発表された
   「日米安保共同宣言」は、この点につき「両者は、日米安保条約を基盤とする
   両国間の安全保障面の関係が、共通の安全保障上の目標を達成するとともに、
   二一世紀に向けてアジア太平洋地域において安定的で繁栄した情勢を維持する
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   ための基礎であり続けることを再確認した。」と記述し、日米安保条約六条の
   定める「極東における国際の平和と安全の維持に寄与する」という目的を逸脱
   して、「アジア太平洋地域の平和と安定の維持」にまで日米安保条約の目的を
   拡大することを明記している。又同宣言は、さらに「米国は、周到な評価に基
   づき、現在の安全保障情勢の下で米国のコミットメントを守るためには、日本
   におけるほぼ現在の水準を含め、この地域において、約一〇万人の前方展開軍
   事要員からなる現在の兵力構成を維持することが必要であることを再確認し
   た。」と述べ、在沖米軍基地がアメリカの世界戦略の一部として二一世紀に渡っ
   て長期間固定化されることを明らかにしている。
    米軍基地のもたらす右状況は、長期間にわたって地域住民の平和的生存権、
   生活、人権、財産権を侵害し、福祉・地域振興を阻害するものとなっており、
   違憲状態と評すべきものとなっている。この違憲状態は、駐留軍用地特措法に
   基づく土地強制使用、土地賃貸契約、国有地の提供等の各土地提供行為があい
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   まって結果的に全国の米軍専用施設の七五パ−セントが沖縄に集中する、違憲
   状態を作り出しているものである。
    本件公告縦覧代行は、この違憲状態を維持、継続させる行為であり、到底憲
   法が許容しないものである。
 六 違法な公告縦覧申請及び代行申請
   原告は、土地・物件調書への立会・署名(土地収用法三六条)を得て、裁決申
  請を行わなければならないが、原告が行った本件裁決申請は、無効な総理大臣に
  よる「代理署名」を得て行われたものであり、本件公告縦覧申請及び代行申請の
  前提手続である本件裁決申請それ自体が違法・無効なものであるから、本件公告
  縦覧申請及び代行申請それ自体が違法・無効なものである。
   (右「代理署名」の違法・無効を争う職務執行命令訴訟が、現在最高裁判所で
  審理されているので、同判決の結果が出次第、この点に関する主張を追加する。)

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第六 職務執行命令訴訟の意義と地方自治法一五一条の二の要件欠缺について
 一 職務執行命令訴訟の意義と裁判所の審査権
  1 職務執行命令訴訟制度の意義について、砂川事件の最高裁判決(一九六〇・
   六・一七第二小法廷)は、「国の委任を受けてその事務を処理する関係におけ
   る地方公共団体の長に対する指揮監督につき、いわゆる上命下服の関係にある、
   国の本来の行政機構の内部における指揮監督の方法と同様の方法を採用するこ
   とは、その本来の地位の自主独立性を害し、ひいて、地方自治の本旨に悖る結
   果となるおそれがある。そこで、地方公共団体の長本来の地位の自主独立性の
   尊重と、国の委任事務を処理する地位に対する国の指揮監督権の実効性の確保
   との間に調和を図る必要があり、地方自治法一四六条は、右の調和を計るため
   いわゆる職務執行命令訴訟を採用したものと解すべきである。」と述べており、
   職務執行命令訴訟は、国と地方公共団体との間における機関委任事務の処理を
   めぐる対立について司法審査を関与させることに最大の眼目がある。
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    たしかに、地方公共団体の長が国の機関として処理する行政事務については、
   一般的には全体の統一的事務を図る立場から、国は指揮監督をなしうるとされ
   ている。
    しかし、それにもかかわらず、職務執行命令訴訟制度が導入されているのは、
   この場合でも、国の行政的監督を排除して、最終的には裁判所による公正な判
   断を求めるべきものであるとする考え方によるものである。
    「このような司法的関与制度の背景には、『国の立場と地方自治の立場とを、
   行政裁量的にではなく、司法的客観的に公正に調整しようとする考え方』があ
   り、従来の中央統制に見られた後見的監督を避けて、地方公共団体の自主性と
   自立性を強化し、国と地方との『平等の対立協調の関係』の促進をその狙いと
   するものである(原龍之助『地方制度改革の基本問題』九〇頁)。従って、職
   務執行命令訴訟も、国と地方との関係における平等主義を徹底させる方向に運
   用されなければならない。アメリカの場合には、行政能率を増進し、適正な法
   の執行を保障するための方法として裁判所の介入を求めるのであるが、日本で
   は裁判所の関与は、機関委任事務の場合でも、むしろ中央統制に対するクッショ
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   ンとしての役割を果たすべきものと見るべきもの。」(園部逸夫『砂川職務執
   行命令訴訟』ジュリスト臨時増刊一九六〇年一〇月号「続判例百選」二〇四頁)
   と考えられるのである。
  2 このことは、別の観点からすれば、行政機関の服従義務の限界はどこに見出
   すべきかという問題との関連で、職務執行命令制度の趣旨をどうとらえるかと
   いうことである。
    行政機関は法による行政の原理の下で、行政としての一体性を保つための組
   織法的な服従義務をもつ一方、憲法及び一般国法に従い、それを遵守する義務
   を負うことはいうまでもない。そして、この二つの義務は別個の要請に対応す
   るものであり、相互に抵触しうるものであるから、両者が対立する場合が生じ
   うることは避けられない。ましてや、「機関委任事務」における国と憲法にお
   いて地方自治を保障される地方公共団体の長との関係は、通常の行政組織にお
   ける上級庁と下級庁との関係とは異なるものである。
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    それ故にこそ、最高裁判決は「地方公共団体の長本来の地位の自主独立の尊
   重と国の委任事務を処理する地位に対する国の指揮・監督権の実効性の確保と
   の間に調和を計る」ことの必要を指摘し、その判断を司法機関に委ねたのであ
   る。すなわち、「一四六条がわざわざ独立の法判断機関の判断を経させている
   のは上下の行政機関の間で法の解釈について対立がおこった場合どちらの解釈
   が正しいかを判断させ、正しい法の執行を保障すること、すなわち組織法的関
   係から離れて一般国法の見地から命令の適否を判断させること、すなわち、一
   般国法の見地からみた場合知事又は市町村長は命じられたことをなす法律上の
   義務があるかどうかをを審査させることに狙いがあると考えられるのである。」
   (金子宏「地方自治法一四六条における職務執行命令訴訟の諸問題」ジュリス
   ト二〇八号一〇五頁)から、この審査にあたって、国の行政事務の能率的運営
   や統一的、一元的処理を強調したり、審査の範囲を形式的要件の具備の範囲に
   限定したりするのは、わざわざ独立の法判断機関として裁判所を介入させた意
   義を実質的に失わしめることになる。
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  3 本件職務執行命令訴訟は、行政事件訴訟法六条にいう機関訴訟であり、内閣
   総理大臣と国の機関である沖縄県知事との間における「機関委任事務」上の権
   限の行使に関する紛争についての訴訟であって、権利主体間の具体的な権利義
   務ないし法律関係の存否に関する訴訟ではない、と原告は指摘する。しかし、
   職務執行命令訴訟は、国と、国からは独立の地方公共団体の間での争いという
   側面を同時にもっており、この場合には国と地方公共団体間での、つまり、権
   利主体間での訴訟という面があることに留意されなければならない。
    重要なことは、職務執行命令訴訟においては、「争訟裁判機関が上級庁から
   も下級庁からも独立の、法の保障を本来的任務とする裁判所であることを特に
   重視する必要がある」という点なのである(前掲金子論文一一〇頁)。
    以上述べた点から考えて、職務執行命令訴訟における裁判所の審査権は、職
   務執行命令の形式的要件の審査に留まらず、合憲性の有無、違法性の有無一般
   に及ぶものと解されるのである。
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  4 さらにつけ加えておくべきことは、前掲最高裁判決が、国の指揮・監督権の
   実効性の確保と調和を図るべきとした「地方公共団体の長、本来の地位の自主
   独立性の尊重」の要請は、後述するとおり職務執行命令訴訟についての地方自
   治法の改正(最高裁判決は旧法の職務執行命令訴訟についてのものである)や
   地方自治の一層の推進を図った地方分権推進法の制定などにより、今日におい
   てはより一層強調されなければならないという点である。
 二 審査権についての原告主張に対する反論
  1 原告は、地方自治法一五一条の二に規定する要件を具備するかどうかについ
   て裁判所は審理・判断するとしたうえで、その審査の範囲・方法について論じ
   ている。
    原告の主張は、要するに、第一に審査の範囲を原則として形式的違法性に限
   定し、第二に、例外的に実質的違法性について及ぶとしても、「重大かつ明白
   な瑕疵」の有無の判断に限られるとし、さらに第三に、右の判断についても
   「高度の政治的判断を要する広範な裁量」に委ねられていることを考慮すべき
   であるという。
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    原告の右主張の狙いは、本件における裁判所の審査を実質的に骨抜きにしよ
   うとするものにほかならず、職務執行命令訴訟制度の実質的機能の放棄を裁判
   所に求めるものといわなければならない。このことは、前述した職務執行命令
   訴訟の制度の趣旨・意義に著しく反するものである。
  2 公益侵害の要件について
    原告は、「公益」に該当するか否かの認定判断は、「我が国の外交政策及び
   防衛政策の基本にかかわるものであって、高度の政治性を有するから、原告
   (内閣総理大臣)の広範で政治的な裁量にゆだねざるを得ない」としている。
    しかし、そもそも不確定概念である「公益」について原告主張のような広範
   な裁量論を採るとするならば、「公益」要件は、職務執行命令の法律要件とし
   ての意義をほとんど有さなくなるし、職務執行命令訴訟制度における一方の要
   請である地方公共団体の長本来の自主独立性の尊重は甚だしく形骸化したもの
   とならざるをえなくなるのは明らかである。
---------- 改ページ--------254
    地方自治法一五一条の二、一項の「公益」は、裁判所が客観的に法令解釈の
   最終的判断機関としてなすべきであり、原告の主張する「公益」が法の要件と
   しての「公益」に該当するか、「公益が侵害された」といえるかどうかについ
   ての判断権はあくまでも裁判所にある。
    裁判所に求められる判断は、原告が判断したとする「公益」を憲法や地方自
   治法に照らし、法一五一条の二、一項の「公益」と評価しうるか否かという点
   である。
    原告の主張は、職務執行命令訴訟という司法判断を介入させることによって
   法の保障を実現しようとする趣旨を没却させるものというべきである。
  3 地方自治法一五一条の二の要件解釈についての基本的考え方
  (一)地方自治法一五一条の二は、同条三項の職務執行命令訴訟提起の要件とし
    て、
    (1) 都道府県知事の国の「機関委任事務」の管理又は執行が法令の規定や主
     務大臣の処分に違反すること又は国の「機関委任事務」の管理若しくは執
     行を怠ること、
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    (2) 職務執行の勧告や命令等以外の手段では是正が困難であること、
    (3) それを放置することによって著しく公益を害することが明らかであるこ
     と、
    の三点をあげている。
  (二)現行地方自治法一五一条の二は、一九九一年三月二六日第一二〇国会にお
    いて、従前の地方自治法一四六条(以下「旧一四六条」という。)を削除し
    て設けられた規定である。
     右の旧一四六条の改正は、一九八六年の政府案の提出から廃案になること
    三度、一一度の継続審議という経過の上に、職務執行命令訴訟制度について
    は、政府案のいわゆる「裁判抜き代行制度」を一八〇度修正した、自民・社
    会・公明・民社党の四党による政府案に対する共同修正案が、成立した法律
    の内容となっているものである。
     この共同修正が行われる以前の政府原案は、旧一四六条の職務執行命令訴
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    訟を廃止し、新たに、裁判によることなく国の代行を可能とする制度(これ
    を俗に「裁判抜き代行制度」と呼んだ)を創設しようとするものであった。
     この「裁判抜き代行制度」の創設を狙った政府原案は、旧一四六条が「機
    関委任事」務の管理や執行が怠られたりする場合について、当該事務が国の
    事務であることを強調し、裁判所による司法的チェックを省略して、主務大
    臣が地方公共団体の長に代わって当該事務を執行する道を開こうとするもの
    で、「機関委任事務」について地方公共団体の長の裁量権を全く否定しよう
    とする意図に基づくものであった。
     この政府原案のもととなったものは、一九八五年七月の臨時行政改革推進
    審議会(第一次行革審)の「行政改革の推進方策に関する答申」であったが、
    この答申の当初から学会や各種地方公共団体の間で、「裁判抜き代行制度」
    を導入するべき必要性や動機、その背景等について多大な疑問と反対がとな
    えられ、行政改革に名を借りて機関委任事務の効率化のみをはかった地方自
    治制度への攻撃や司法チェックの忌避であると非難を受けたものであった。
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     それゆえにこの「裁判抜き代行制度」を中心とする政府提出の地方自治法
    改正案は、法案成立までに三度の廃案、一一度の継続審議という稀に見る法
    案成立まで難産の経過をたどり、その上に「裁判抜き代行制度」は全く修正
    され、現行の地方自治法一五一条の二の規定が誕生したのである。
     この旧一四六条改正の国会審議過程をみるだけでも、現行地方自治法一五
    一条の二が、政府の改正原案にみられた地方公共団体の長を(機関委任事務
    の執行については)、あたかも国の下部機関として位置づけた上で、機関委
    任事務の効率化を図り、司法的チェックを外そうとした行政権優位の思想を
    明確に否定した考えにたつものであることが明らかとなるのである。
  (三)次に、一九九一年改正前の旧一四六条に定める職務執行命令の手続と、現
    行地方自治法一五一条の二に定めるそれとを具体的に比較検討してみよう。
   (1)旧一四六条の規定にあって、現行地方自治法一五一条の二に規定されて
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     いないものは、
      (1) 内閣総理大臣による都道府県知事や市町村長の罷免の制度及びこれ
       に対する地方自治体の長の不服の訴の制度
      (2) 主務大臣による機関委任事務代行の前提となる(怠る)事実の確認
       の裁判の制度
     であり、
   (2)現行地方自治法一五二条の二の規定にあって、旧一四六条の規定にない
     ものは、
      (1) 職務執行勧告の制度
      (2) 職務執行勧告、命令、裁判の前提要件としての、他の是正措置の不
       存在、すなわち地方自治法一五一条の二、一項から八項までの勧告、
       命令、裁判、代行による以外の方法では(職務懈怠等の)是正が困難
       であること、(職務懈怠等を)放置することが「著しく」「公益を害
       する」ことが「明らかであるとき」という要件の存在
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      (3) 職務執行命令の高裁判決が最高裁によって覆され、主務大臣の請求
       が理由がない旨の判決が確定した場合の原状回復の制度
     である。
  (四)右にみたように、旧一四六条の職務執行命令訴訟に関する規定と、現行地
    方自治法一五一条の二のそれとを比較すると、現行地方自治法一五一条の二
    の規定のほうが旧一四六条の規定に比較して、「機関委任事務」の主務大臣
    による代行実現までに、より慎重な態度を採っていることが明らかである。
    すなわち、旧一四六条の規定では主務大臣は勧告なしで、直ちに地方自治体
    の長に命令することができたし、その命令を発するには、法令違背や職務懈
    怠があると(主務大臣が)認めればよく、他の是正措置の不存在や、「著し
    い」「公益の侵害」の「明白性」などの条件が付加されていなかった。また
    (裁判所の確認を条件とするとはいえ)、職務執行命令違反の首長の解任権
    を内閣総理大臣に与えることによって、命令に従わない首長を押さえ込むこ
---------- 改ページ--------260
    とができ、さらに、主務大臣の職務執行命令が誤っていた場合の原状回復も
    規定上考えられていなかったからである。
  4 地方公共団体首長の大幅な裁量権、地方自治の尊重
  (一)現行地方自治法一五一条の二は、旧一四六条に比べて、たとえそれが国の
    「機関委任事務」の処理や執行についてであっても、地方公共団体の長を単
    なる国の下部機関として上命下服の関係でみるのではなく、その事務が地方
    公共団体の長に「委任されている」以上、公選による首長が、その事務(も
    とより事務の内容や性質による)の執行にあたり、内容、その地方における
    住民の意思や風土、歴史といったその地域の特殊性を考慮して、住民自治の
    精神に則り、その裁量権の中で、国の判断とは異なる判断をなしうることを
    明確にしたものということができる。これを言い替えれば、機関委任は地域
    の様々な事情を考慮した上で、長の自治的な裁量判断が入りうることを予定
    していると考えられるのである。
---------- 改ページ--------261
  (二)最高裁一九六〇年六月一七日判決が、旧一四六条の規定する職務執行命令
    訴訟制度についてさえ、一審の東京地裁が「町長が国の委任事務を処理する
    関係においては、都知事は国の上級行政機関に、町長はその下級行政機関に
    当り、上命下服の関係に立つ。従って町長は知事の発した職務執行命令が違
    憲、違法であるかどうかの点につき実質的判断をすることはゆるされず、そ
    の命令が形式的要件を欠き、又は不能の事項を命じている場合等を除き、右
    命令に服従する義務がある」と判断したのを覆したこと、さらに「地方公共
    団体の長は、地方住民によって公選され、当該地方公共団体の執行機関とし
    て、本来、国の機関に対し自主独立の地位を有する新憲法下の地方自治制の
    下では、国の委任事務処理の関係において、国の機関と地方公共団体の長と
    の間に意見の相違があり、後者が国の指揮命令に服しない場合に、国の一方
    的認定によって、簡単に国が地方公共団体の長を罷免したりその事務を代執
    行したりすることができるものとすることは、地方公共団体の長の本来の地
    位の自主独立性を害し、ひいては地方自治の本旨に悖る結果となる。そこで、
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    国の委任事務処理の関係における地方公共団体の長に対する国の指揮監督の
    実行性を確保する方法を容易するについても、地方公共団体の長の本来の地
    位の自主独立性を害さないようにする工夫が必要となるわけである。地方自
    治法一四六条は、かような見地から、地方公共団体の長の本来の自主独立性
    の尊重の要請と、国の指揮監督権の実効性の確保の要請とを調和する方法と
    して、職務執行命令訴訟制度(いわゆるマンデマス)を採用し、国の上級行
    政機関と地方公共団体の長との意見対立がある場合に、国の指揮命令が適法
    であるかどうかにつき裁判所の判断をわずらわし、裁判所がその指揮命令の
    適法性を是認する場合に初めて、国の代執行権 および罷免権を発動し得る
    ものとしたものと解されるわけである」(最高裁判所判例解説民事編昭和三
    五年度二二九頁)と理解される判決を下したことが留意されなければならな
    い。
  (三)右にみたように、現行地方自治法一五一条の二の規定は、旧一四六条の規
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    定に比べて、首長の罷免権を削除し、職務執行勧告の要件を格段に加重する
    措置を講じているのである。
     従って、右の最高裁判決が強調している地方公共団体の長の本来的自主独
    立性は、右の最高裁判決の判断にも増して、地方自治法一五一条の二の解釈
    にあたって強調されなければならないのである。
  (四)さらにまた、この点は地方自治尊重の考え方が一層強調される最近の立法
    の趣旨に鑑みてもより妥当するものである。
     すなわち、一九九五年五月一五日地方分権推進法(法律九六〇号)が成立
    し、同年五月一九日公布されたが、同法は「中央集権的行政のあり方を問い
    直し、地方分権のより一層の推進を望む声は大きな流れとなっている」とし
    て、「国と地方との役割を見直し、国から地方への権限委譲、地方税財源の
    充実強化等地方公共団体の自主性、自律性の強化をはかり、二一世紀に向け
    た時代にふさわしい地方自治を確立することが現下の急務である。従って、
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    地方分権を積極的に推進するための法制定をはじめ、抜本的な施策を総力を
    集めて断行していくべきである」(一九九三年六月三日衆議院決議、同六月
    四日参議院決議)との国会決議等を受けて制定されたものである。同法の制
    定によって地方自治の本旨をふまえた地方公共団体の自主性、自立性は従前
    以上に保障されるべきものとされたのである。
  5 地方自治法一五一条の二の要件の欠缺
  (一)法令違反等の不存在
     原告がその根拠としている駐留軍用地特措法は違憲の法律であり、被告が
    公告・縦覧代行に応じないことは違憲な法律に根拠を有する「機関委任事務」
    に応じないものであり、法令違反にも適法な職務を怠ることにも該当しない。
     又駐留軍用地特措法を本件各土地に適用して使用認定することは違法であ
    り、被告が公告・縦覧代行を行わないことは、この違法な使用認定とそれに
    基づく手続きに応じないものであって、法令違反にも職務懈怠にも該当しな
    い。
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     さらに、被告が米軍基地の存在により前述の違憲状態が生じているとして、
    本件公告・縦覧代行を行わなかったことは、正当なものであり、法令違反に
    も職務懈怠にも該当しない。
     加えて、本件各土地についての土地・物件調書の作成手続、内容には瑕疵
    があり、違法なものであるから、知事が立会・署名を拒否したことは正当で
    あり、総理大臣の「代理署名」は無効である。従って裁決申請自体が違法と
    なり、被告には公告・縦覧代行をなすべき法律上の義務が生じないから、職
    務懈怠であるということはできない。
  (二)他の是正措置の存在
     被告は国に対して、本件の公告・縦覧代行を行わないことの回答に先だっ
    て、県民生活及び県政を圧迫している在沖米軍基地の実態とその問題点につ
    いて明らかにし、基地の整理・縮小について繰返し要請をしつづけてきた。
     ところが、国は日米安保条約、地位協定の締結当事者として、同協定二条
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    二項の取極再検討、三項の施設区域の返還の規定があるにもかかわらず、被
    告の要請に基づく在沖米軍基地の整理・縮小、返還等の努力を全く怠ってき
    た。
     被告が公告・縦覧代行を行わないことは、もとより理由なき拒否や職務懈
    怠ではなく、基地の整理縮小の必要性等を十分検討したうえで、公告・縦覧
    代行を行わないことこそ公益に適うものであるとの判断に基づくものである。
     一方国は、被告のこれまでのたび重なる基地返還、整理縮小の要請や要求
    に対して、日米安保協議会等を通じて米軍と協議をし、被告の要請を実現す
    る等の方法や手段を尽くすことによって、知事による公告・縦覧代行の必要
    性をなくすことが十分に可能であった。しかるに、国は、これを怠ったまま
    公告・縦覧代行を求めてきたものであり、この点からして地方自治法一五一
    条の二、一項にいう、同条一項から八項までの措置以外の方法によって、そ
    の是正を図ることが困難であったなどとは到底言い得ない。
     又、法的手段としても、起業者たる防衛施設局長に代表される事業主体と
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    しての国は、起業者として本件公告・縦覧代行を被告に求めたのであるから、
    被告が公告・縦覧代行を行わないことが違法であるというのであれば、国は
    起業者の立場で被告に対し給付訴訟またはあるいは行政事件訴訟法四条の当
    事者訴訟を提起し裁判所の判断を求めるべきであった。この措置により、原
    告は「その是正を図る」ことができたものである。
     国は基地の返還、整理縮小を外交交渉によって実現しようとする努力を怠っ
    てきたばかりか、例えば一九九〇年六月一九日に日米合同委員会で合意され
    ながら返還されていない事案(いわゆる二三事案)などの解決実現において
    も、国の姿勢は決して積極的なものとは言えず、被告の要望にそって返還・
    縮小について真剣に努力したとは思われない。
 三 公益侵害の不存在
  1 職務執行命令訴訟は、法令違反や職務懈怠を放置することによって、「著し
   く」「公益」を害することが「明らかな」場合にのみ許容されるものであり、
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   公益侵害のみならず、その顕著性及び明白性が必要である。
    地方自治法一五一条の二の「公益」とは何であるかについて、一般的に明確
   にする規定は同法上に存在しない。
    こでいう「公益」は、広く憲法、地方自治法等の精神を踏まえて判断される
   べきであり、日米安保条約及び地位協定上の義務履行の必要性という国の立場
   からの利益いわゆる国益の絶対優先の論理を取り得ないことは右地方自治法の
   規定の解釈として当然であり、地方自治の本旨をふまえた地方自治体の立場か
   らする公益をも含めて、総合的に判断すべきものである。
    又、地方自治法一五一条の二の規定が国の「機関委任事務」に関する規定で
   あることから、同条にいう「公益」が国に固有の必要性あるいはわが国の全体
   的な政策的必要性のみをさすと理解することも誤りである。
    地方自治法一五一条の二の規定は、「機関委任事務」の適正な執行の確保の
   要請と普通地方公共団体の長の本来の地位の自主独立性の尊重との調和を図っ
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   た規定であると理解される以上、同条にいう「公益」については、その当該地
   方公共団体の地域性や特殊性、歴史、住民意思、地域から見ての当該「機関委
   任事務」の執行の必要性などが十分に検討されなければならないのである。
    また、右の公益性の判断にあたっては、公益の内容、性格とともに、公益の
   程度が問題とされるべきであり、これらの点の検討の結果、公益の存在が否定
   されたり、また公益侵害が仮りに認められるとしても、その顕著性・明白性が
   否定されることがありうるものといわなければならない。
    なお、地方自治法一五一条の二が単に「公益侵害」を要件とするのではなく、
   「著しく公益を害することが明らかである」としてより要件を厳格にしている
   ことについては、右要件は法律要件として「公益侵害」の程度を枠づけるもの
   であり、このことは行政代執行法二条が「著しく公益に反すると認められると
   き」として、同条が「明らか」要件をおいていないことと対比して理解される
   べきである。
  2 原告が本訴において主張する公益は、日米安保条約及び地位協定に基づいて、
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   合衆国軍隊に基地用地として本件各土地を提供するというものであり、いわゆ
   る軍事的公益を指していることは明らかである。
    しかしながら、日米安保条約及び地位協定の合憲性の有無は仮りに問わない
   としても、わが国憲法秩序の下では、軍事的公益は、憲法前文、憲法九条に照
   らし、さらには軍事的公益を排している土地収用法(旧土地収用法の改正にあ
   たって「国防・軍事のための収用」を削除)や森林法(軍による材木の強制供
   出等の制度を廃した法改正)などの諸立法に鑑み、到底取り得ないものであり、
   原告の主張する軍事的公益をもって、職務執行勧告、命令をなしうる公益と解
   することは許されない。
    被告が主張しているのは、軍事的公益はわが憲法秩序のもとに制定されてい
   る国内立法においては否定されていること、少なくとも財産権を強制収用・使
   用しうる公益性、公共性の概念から軍事的公益は排除されているという点であ
   る。
    また、仮に原告主張のように安保条約及び地位協定の義務の履行は公益に適
   合するとしても、義務の内容とされる軍事基地の提供という軍事公益としての
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   性格は地方自治法法一五一条の二の「公益侵害」の有無の判断にあたって、被
   告が本件公告・縦覧代行を拒否するにあたって考慮した「公益」の性格と比較
   検討すべきであって、日米安保条約及び地位協定が合憲であるが故に、軍事基
   地を提供するという公益は絶対的に優先するという論理は成り立たない。
    条約履行の義務は国の義務であり、地方公共団体の長である被告を当然に拘
   束するものでないことはもとより、国の条約上の義務履行を口実に他の自治体
   と比較してあまりに過重な負担を沖縄県にのみ強いてよいという理由は到底見
   出し難い。
    本件における「公益侵害」の有無については、条約上の義務の履行が一般的、
   抽象的に公益に適うか否かというレベルではなく、条約上の義務履行としてで
   あれ、財産権を侵害する等の方法によって沖縄県に長期間にわたって過重な負
   担を強い続けることが「公益」の名において許容しうるのか、という点を含め
   て具体的、実態的に判断すべきである。
    とりわけ、本件でその適用が問題となる次のような土地収用法の改正経緯に
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   照らせば、右の点は十分に考慮されなければならない。
   (1)  旧土地収用法は、一九〇〇年に制定された。
    この土地収用法は、所有権の不可侵性を定め、さらに「公益ノ為必要ナル処
   分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル」と規定した旧憲法二七条にもとづいて制定された
   ものであり、その一条には、「公共ノ利益ト為ルヘキ事業ノ為之ニ要スル土地
   ヲ収用又ハ使用スルノ必要アルトキハ其ノ土地ハ本法ノ規定ニ依リ之ヲ収用又
   ハ使用スルコトヲ得、本法ニ於テ使用ト称スルハ権利ノ制限ヲ包含ス」と定め
   られ、二条には、「土地ヲ収用又ハ使用スルコトヲ得ル事業ハ左ノ各号ノ一ニ
   該当スルコトヲ要ス」とあり、五号にわたって次の事業が列挙されていた。
    一 国防其ノ他軍事ニ関スル事業
    二 皇室陵墓ノ営建又ハ神社若ハ官公署ノ建設ニ関スル事業
    三 社会事業又ハ教育若ハ学芸ニ関スル事業
    四 鉄道、軌道、索道、専用自動車道、道路、橋梁、河川、堤防、砂防、運
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     河、用悪水路、溜池、船渠、港湾、埠頭、水道、下水、国立公園、市場、
     電気装置、ガス装置又ハ火葬場ニ関スル事業
    五 衛生、測候、航路標識、防風、防火、水害予防其ノ他公用ノ目的ヲ以テ
     施設スル事業
   この二条に示された事業の配列の仕方は、この法律が期待した事業の価値の序
   列を示したものと考えられ、軍事優先、民生軽視、官尊民卑の思想を示すもの
   であり、明治憲法の価値観をそのまま示すものであった。
   (2)  現行土地収用法は一九五一年、第十国会で制定されたが、その提案理由
   について、衆議院建設委員会において、建設省渋江管理局長は、次のような説
   明を加えている(第十国会・衆議院建設委員会会議録第二十五号二〇頁)。
    渋江政府委員「・・・・若干それに敷衍いたしまして、立案に関与しました
   建設省といたしまして、今の提案理由の各項目を順を追いまして、新旧法と対
   照しつつご説明申し上げます。第一点は、事業の種類を整備した点でございま
---------- 改ページ--------274
   す。公益事業の主体は、御承知の通りただいま公益事業によって土地が収用さ
   れる、すなわち事業の内容が公共性をもつということが一方の要素でございま
   すが、これにつきましては、現在の収用法はきわめて抽象的な規定をいたして
   おるのでございますが、それに比較いたしまして、今回の改正法におきまして
   は、条文でご覧願いますと、おわかりでございますが、改正法の第三条になっ
   ております。第三条の一号から第三三号にわたりまして、各事業の種別に応じ
   まして、それぞれ根拠法規を明示してございます。それと同時に根拠法規に基
   づきます公共事業の内容が何であるかということを、できるだけ巨細に明記す
   る建前をとっております。これが今回の改正法の特色でございます」。
    旧法には五号しかなかったものが、新法では三三号へと公共事業が細分化さ
   れ、さらに、その事業の根拠法規が明示されたという事実は、憲法三一条の適
   正手続の保障という人権保障のための憲法的要請から出たものであり、その形
   式的変化は、きわめて重要である。
---------- 改ページ--------275
    そして、もっとも重要なことは、旧法にあった、「国防其ノ他軍事ニ関スル
   事業」などが、憲法違反の事業であるがゆえ、廃止または削除するという提案
   理由が明示されて、新法から削除されたことである。この点について渋江委員
   は、次のようにいう。「なお、実質的に事業の種類につきまして若干申し上げ
   ますと、従来の規定におきましては、国防、其の他軍事に関する事業、それに
   皇室陵の建造ないし神社の建設に関する事業が、公益事業の一つとして上って
   おりますが、新憲法の下におきましては、当然不適当であると考えられますの
   で、これは廃止することにいたしております」。
    なお、参議院・建設委員会でも、同様の提案理由が示されたが、そこでは、
   「国防其ノ他軍事ニ関スル事業」について、「こういったような新憲法下にお
   きましては非常に妥当を欠いております公益事業が掲げてある次第でございま
   すので、これらを廃止・削除することにいたしたのでございます」。と、さら
   に明確にされているのである(第十国会・衆議院建設委員会会議録第十七号)。
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   (3)  また、国防公益といえども他の公益と軽重がないことは、横田基地第一、
   二次訴訟に関する東京高裁判決(一九八七年一〇月五日・判例時報一二四五号)
   が明言している。この訴訟において、国側は、安保条約遵守や防衛公益を主張
   したが、裁判所はこれを退け、公益があるとしても公害被害と比較衡量すると
   いう立場を採り、最高裁判決(一九九三年七月一一日)もこれを支持した。
   (4)  日米安保条約六条は、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国
   際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍
   及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」と規定し、
   条約上日本国がアメリカ合衆国に対し使用する施設及び区域を提供するものと
   定めてはいるが、アメリカ合衆国が要求する施設及び区域を日本国がアメリカ
   合衆国に対し必ず提供しなければならないという条約上の義務は存しない。
    国は、アメリカ合衆国に提供する土地の使用権原を取得できない場合には、
   条約上、当該土地を提供する義務を負わないものである。それ故、特定の具体
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   的な土地について基地として提供できなくなるからといって、そのことから公
   益侵害が顕著であり、明白であるとはいえない。
  3 沖縄県知事たる被告は、地方公共団体の長として、憲法上地域住民の平和的
   生存権を保障し、生命、人権、財産権を守り、福祉(地域振興)を増進させる
   責務を負っている。
    被告は、地方自治の本旨を踏まえ、右責務を負っている地方公共団体の長と
   しての職責を深く自覚した上で、諸事情に鑑みて、本件公告・縦覧代行に応じ
   ないことがむしろ沖縄県や県民の利益を擁護し、それを増大させることになる
   と判断したのである。
    まさに、沖縄における米軍基地は諸悪の根源となっており、その存在は「公
   益侵害」の最たるもので、その象徴である、といわざるをえないのである。
    そして、前項までに述べた「公益」の解釈、軍事公共性のとらえ方とあわせ
   考慮すると、被告が本件公告・縦覧代行に応じないことは、著しく公益に害す
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   ることが明らかである」ことに該当しないことは明白である。むしろ、より積
   極的に、本件公告・縦覧代行に応じないことこそ「公益」に合致し、それを実
   現させるものである。
    「公益」について、「当該国の事務の管理執行を都道府県知事に委任してい
   る当該法令が右事務の管理執行により、保護実現しようとしている公的な利益」
   と狭く解する特異な見解がある。本件公告・縦覧代行の拒否が、結局は「条約
   上の義務を履行する可能性を完全に奪う」ことになるとして、知事の本件公告・
   縦覧代行拒否をもって直ちに「公益侵害」要件を充たすとするわけである。
    本件公告・縦覧代行拒否が、その後における駐留軍用地特措法の手続に支障
   をもたらすことは当然である。もし、右のように「公益」を狭く理解するなら
   ば、「公益侵害」要件は実質上無意味となり、機関委任事務の執行における知
   事の義務違反は全て職務執行命令の対象となる。これでは、代行の趣旨を限定
   するために設けられた「公益侵害」要件の存在意義は完全に失われることは自
   明の理である。
---------- 改ページ--------279
    また、「公益侵害」要件の該当性についての司法審査自体もその必要がなく
   なる。「公益侵害」要件は、「当該事務の管理執行により、保護、実現しよう
   とする利益」が実現できないことそれ自体を指すものではなく、そのことによっ
   て客観的かつ現実に公益に対する著しい障害が生じていることを指すものと解
   すべきである。このように解してこそ、「公益侵害」要件は、要件としての独
   自の意義が承認されるのである。
    裁判所としては、「公益侵害」要件を充たすか否かにかかわって、被告の公
   告・縦覧代行拒否の結果、どのような公益侵害が生じたか、それが著しくかつ
   明らかであるかについて、本件で対象となっている駐留軍用地との関係におい
   て、個別的・具体的に審理・判断すべきである。
    「公益」概念は、地方自治体及びその住民の利益さらには住民の基本的人権
   の保障をもっての内容とし、ひろく国民の公共利益の実現という立場からとら
   えられるべきであり、そのうえで「公益侵害」要件の該当性の有無を原告の主
---------- 改ページ--------280
   張する「公益」と米軍基地がもたらしている被告の実態とを比較較量して判断
   すべきである。
    「公益」をこのようにとらえるならば、米軍基地の重圧に苦しむ「沖縄の痛
   み」を軽減することこそ、国民的合意として形成されつつある「公益」の重要
   な内容であるというべきである。
    被告の主張するこうした比較較量論は、一般条項あるいは不確定概念の解釈
   適用にあたって、実質的ないし具体的妥当性あるいは具体的公平性といった法
   の理念を具体的事案において実現するためにとられる解釈手法のひとつである。
    「公益」とは、すなわち統治主体たる国の利益としての「国益」のみを指す
   ものであると解するならば、比較較量は必要ないとする考え方もありえよう。
   しかし、「地方自治の本旨」に基づいて、「地方公共団体における民主的にし
   て能率的な行政の確保を図るとともに、地方公共団体の健全な発達を保障する
   こと」を目的(地方自治法一条)とする地方自治法の「公益」概念が、いわゆ
   る「国益」のみを意味するものとは到底考えられない。
---------- 改ページ--------281
    もしも本件において比較較量論をとらないとすれば、それは「公益」を「国
   益」にすりかえた国益絶対優越論を唱えるものにほかならないのであり、日米
   安保条約の故に沖縄県民の人権や利益は犠牲にされても当然であるということ
   を意味するものとなる。
    また、「公益」概念をひろく前述のようにとらえるならば、この場合の比較
   較量が「国益」と地方自治体及びその住民の利益のどちらかが優越的価値を有
   するかという表面的な較量(フェィシャル・バランシング)であってはならな
   いことも当然である。
    「公益侵害」要件の適用に際して求められる比較較量は、あくまでも沖縄の
   米軍基地が生み出している諸事実を踏まえて具体的になされるべきである。長
   期にわたる基地被害、基地被害の深刻さ、このことによる基本的人権の侵害等々
   についての具体的検討がどうしても必要である。法が、「公益侵害」のみなら
   ず、侵害の顕著性、明白性を必要としていることからもこのことは当然である。

---------- 改ページ--------282
第七 財産権を侵害し、クリーンハンドの原則に反する違憲違法な強制使用手続
   被告は、本案前の答弁において、自ら不法占拠している者がその違法状態を解
  消する手段として駐留軍用地特措法及び土地収用法によって強制使用手続をなし、
  本職務執行命令訴訟を提起することは、憲法二九条の財産権の保障に反し、また
  クリーンハンドの原則に反して違憲違法であり、その提訴自体訴権の濫用に該る
  というべきであるから、本件訴えは速やかに却下されるべきである、と主張した。
  そこで述べたことは、本件職務執行命令そのものも違憲違法とする事由にあたる
  ので、仮に訴権の濫用とまで言えないとしても、原告の請求は棄却されるべきで
  ある。
---------- 改ページ--------end


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