沖縄県 答弁書


平成七年(行ケ)第三号

                                    原 告  内閣総理大臣
                                          村 山 富 市
                                    被 告 沖縄県知事
                                            大 田 昌 秀
    一九九五年一二月二二日
                                  右被告訴訟代理人
                                    弁護士  中 野 清 光
                                    同    池宮城 紀 夫
                                     同   新 垣   勉
                                     同    大 城 純 市
                                     同    加 藤   裕
                                     同   金 城   睦
                                     同   島 袋 秀 勝
                                     同    仲 山 忠 克
                                     同    前 田 朝 福
                                     同  松 永 和 宏
                                     同    宮 國 英 男
                                     同    榎 本 信 行
                                     同    鎌 形 寛 之
                                     同   佐 井 孝 和
                                     同    中 野   新
                                     同    宮 里 邦 雄
                                  右指定代理人
                                      同   宮 城 悦二郎
                                     同    粟 国 正 昭
                                     同    大 浜 高 伸
                                     同    山 田 義 人
                                     同    垣 花 忠 芳
                                     同    兼 島   規
                                     同    宮 城 信 之
                                     同    比 嘉   靖
                                     同    仲村渠 重 政
                                     同    上 原 貴 志

    福  岡  高  等  裁  判  所
         那  覇 支 部 御 中



            答  弁  書

被告沖縄県知事(以下「知事」という。)は、訴状に対し次のとおり答弁する。
            本案前の答弁
第一 本案前の申立
 一 原告の請求を却下する。
 二 訴訟費用は、原告の負担とする。
  との判決を求める。
第二 本案前の申立の理由
 一 本件訴えの前提
     原告は、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六
    条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協
    定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法(以下、駐留軍用地特措
    法という)一四条、土地収用法三六条五項に基づく土地調書及び物件調書(
    以下、土地・物件調書という)作成の際の知事の「立会人の指名」と「署名
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    押印」(以下、立会・署名という)は、国の事務であり、地方自治法一四八
    条一項及び二項に基づき知事に機関委任された事務であるとの前提に立って
    、本件訴訟を行政事件訴訟法四二条の機関訴訟として、提起している。
     しかし、右土地・物件調書への知事の立会・署名は、国の事務ではなく、
    機関委任事務でもない。従って、本件訴えは不適法である。
     以下その理由を詳述する。
 二 国の事務と自治事務との区分
 1 事務の種類と被告の立場───公共事務
     地方自治法二条二項は、「普通地方公共団体は、その公共事務及び法律又
    はこれに基づく政令により普通地方公共団体に属するものの外、その区域内
    におけるその他の行政事務で国の事務に属しないものを処理する。」と定め、
    (1)公共事務、(2)法律又はこれに基づく政令により普通地方公共団体に属す
    るとされる事務、(3)その他の行政事務、(4)国の事務、の四種の事務が存す
    ることを前提とした上、そのうちの(1)(2)(3)の事務については、普通地方公
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    共団体が処理するものだと規定している。
     (1)の公共事務は、「地方公共団体の本来の目的として予定されている事務
    である。その事務を処理する必要があるからこそ、地方公共団体の存立が必
    要であると認められる事務であり、公共事務は、地方公共団体の存立目的た
    る地方公共団体に固有の事務である」と解されている(現代行政法体系第八
    巻、秋田周「地方公共団体の事務・機関委任事務)一〇〇頁)。 
     (2)の事務は、法律又はこれに基づく政令により国、他の地方公共団体の事
    務が普通地方公共団体に個別的に委任された事務と解されるものであり、講
    学上「個別的団体委任事務」と呼ばれるものである。この「団体委任事務は、
    委任された以上、地方公共団体の事務であり国の一般的な監督を受けること
    もない。この点で機関委任事務とは明確に区別されなければならず、反面、
    公共事務との区別の実益は全くない」とされる(右秋田論文一〇〇頁)。
     (3)の行政事務は、「公共事務が原則として積極的に住民の福祉を増進する
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    ための事務であるのに対し、行政事務は、一般に、地方公共団体がその区域
    内で地方公共の利益に対する侵害を防止し、または排除し、もって地方公共
    の福祉を増進するために住民の権利を制限し、自由を規制するような権利の
    行使を伴う事務」であるとされる(右秋田論文一〇一頁)。地方自治法二条
    二項はこの行政事務のうち、法律又は政令により地方公共団体に個別的に委
    任された事務以外の「その区域内におけるその他の行政事務で国の事務に属
    しないもの」を(3)の事務としている。この行政事務は、包括的委任により地
    方公共団体の事務となると解せられており、講学上「包括的団体委任事務」
    と呼ばれている。行政事務の処理については、右のように権力的・行政執行
    的な事務の性格を持つことから、地方自治法一四条二項により「法令に特別
    の定があるものを除く外、条例でこれを定めなければならない。」と定めら
    れている。
     (4)国の事務は、国が処理すべきとされる国の事務である。
     本件で問題とされる土地収用法三六条四項、五項の土地・物件調書への立
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    会・署名が、右 (1)ないし(2)の事務のうちのどれに該当するかが問題である。
     原告は、(4) の国の事務に該当すると解しているが、後述するようにそれ
    は誤りであり、 (1)の公共事務と解すべきというのが被告の立場である。
   2 仮定主張───国の事務だとしたら、それは団体委任事務
     原告は、土地・物件調書への知事の立会・署名が国の事務だとの前提に立っ
    て、同事務は地方公共団体への個別的団体委任事務ではなく、地方自治法一
    四八条一項および二項の「法律又はこれに基づく政令によりその権限に属す
    る国・・・の事務」(以下「機関委任事務」という。)だと解している。
     しかし、仮に国の主張するように土地・物件調書への知事の立会・署名が
    国の事務だとしても、それが地方公共団体への個別的団体委任事務ではなく、
    どうして機関委任事務となるのかが問われなければならない。機関委任事務
    であるか否かについての基準は、未だ学問的に確立されていないところであ
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    り、せいぜい「当該法令全体の趣旨、規定の仕方、当該事務の性質、当該事
    務の最終的責任の帰属等を検討して」判断されなければならない(長野士郎
    「逐条地方自治法」四二一頁)と指摘される程度である。(都市問題研究三
    五巻六号辻山幸宣「『機関委任事務』概念の機能と改革の展望」は「学説に
    おいては個別事務について判定する努力に欠けるところがあり、せいぜい地
    方自治法別表第三、第四列挙の事務をもって『機関委任事務』の具体的内容
    だとするに止まっている。」と指摘している。)
     後述するように、仮に土地・物件調書への知事の立会・署名が本来国の事
    務の性質を有するとしても、それは機関委任事務ではなく、個別的団体委任
    事務であり、自治事務と解すべきである。
三 土地収用法における各事務の性格
  1 規定の形式
     土地収用法は、収用高権の発動たる一連の収用手続を定めるものであるが、
    同手続中には、収用高権の行使の手続と被収容者の財産権を保証する手続の
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    二種類が存することに留意しなければならない。土地収用法は、起業者によ
    る裁決申請までの手続と申請後の裁決手続を区分し、裁決申請に至るまでの
    手続については、個別の条項によってそれぞれの手続の性質に則した権限者
    を規定し、申請後の裁決手続については、同法五一条一項で「この法律に基
    づく権限を行うため、都道府県知事の所轄の下に、収用委員会を設置する。」
    と定め、裁決事務を都道府県知事の所轄の下に設置される収用委員会に包括
    的に帰属させている。前者が個々の手続の性格に基づいた個別的権限付与規
    定の形をとっているのに対し、後者が包括的な権限付与の形式をとっている
    点で、両者は規定の仕方を異にしている。
 2 裁決事務の性格
    (一) 裁決事務は、収用高権の発動たる性質を持つものである。従来、裁
    決事務がこの性質を持つことから、直ちに「裁決事務は、国の事務である」
    との見解がしばしば表明されてきた。この見解に立つと、収用委員会が土地
    収用法に基づいて行う事務は、前述の五一条一項の規定により「知事の所轄
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    の下の収用委員会」に委任された国の機関委任事務と解されることになる。
     従って、申請後の収用委員会による土地所有者及び関係人への裁決申請が
    あった旨の通知(土地収用法四二条一項)、市長町村長への裁決申請書の写
    しの送付(同法四二条一項)の事務は、国の機関委任事務であり裁決申請書
    の写しを受け取った市町村長の広告・縦覧事務も、収用委員会から市町村長
    に委任された機関委任事務であり、また都道府県知事が市町村長に代わって
    代行する公告・縦覧事務も、同じく収用委員会から委任された機関委任事務
    ということになる。
     地方自治法別表四の、二、(四三)が市町村長の右公告・縦覧事務を機関
    委任事務と列記したのは、このためであると説明されることになる。
     ちなみに、同法別表三の、一、(百八)の列記の中には、知事の右代行事
    務が記載されていないが、この点は、土地収用法四二条四項、二四条四項が、
    「知事は・・・当該市町村長に代わってその手続を行う」と明記し、知事は
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    市町村長の行う機関委任事務を代行するものであると明記しているため、わ
    ざわざ機関委任事務として同表に掲げる必要性がなかったためと説明される。
     駐留軍用地特措法においても、土地収用法四二条は適用されているので、
    同様に説明される。
     従って、地方自治法別表四の、二、(一の五)が「裁決申請書・・・を公
    告し、縦覧に供し」として、公告・縦覧が市町村長への機関委任事務である
    ことを明記したのは、前記と同様の理由に基づくものとされる。
     ちなみに、同法別表三の、一、(三の四)では知事の右代行事務が列記さ
    れていないが、これも前述と同様の理由によるものと説明される。
    (二) しかし、右の従来の見解の妥当性については、重大な疑問が存する。
    裁決事務が収用高権の発動としての性格を有するとしても、そのことからな
    ぜ直ちに「裁決事務が国の事務」という結論が出てくるのかが、十分説明さ
    れていないからである。収用高権の発動としての「裁決事務」を国が行う事
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    務とするか、収用委員会の事務とするかは、それが国民の財産権を侵害・規
    制するものであることから、国会が法律に基づきその配分を決めることであ
    る。「収用高権の発動である」ということから、自動的に裁決事務が国の事
    務となるわけではない。
     土地収用法は、裁決事務が土地等の収用事務であり、地域の事務と言う性
    格を持つことから、これを知事の所轄の下に設置される収用委員会の事務と
    したものである。従って、土地収用法は、裁決事務を収用委員会の事務、す
    なわち地方公共団体の執行する事務と定めていると解するのが自然であり、
    妥当である。
     このように解することが、土地収用法が裁決事務を中立機関である収用委
    員会に配分した趣旨に合致する。裁決事務を「国の事務」だとすると、中立
    的に行われなければならない裁決事務について、国は指揮監督権を有するこ
    とになり、土地収用法が裁決事務を中立機関に配分した意義が失われてしま
    うからである。また、国が指揮監督権を有しないというのであれば、裁決事
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    務を「国の事務」と解する意味は全くないことになる。
     このような理解に立つと、前記裁決申請があった旨の通知、裁決申請書の
    写しの送付は収用委員会の自治事務であり、市町村長の公告・縦覧事務は収
    用委員会から委任された「他の地方公共団体の事務」の機関委任事務という
    ことになる(駐留軍用地特措法においても同様である。)
 2 裁決申請前の各事務の性格
    (一) これらに対し、裁決申請前の事務については、個別規定であるため
    それぞれの規定毎にその性格を具体的に検討し、国の機関委任事務であるか
    否かを決しなければならない。
     裁決申請前の手続である起業者による「事業準備のための立入」(土地収
    用法一一条)及び「試掘等」(同法一四条一項)は知事の許可を要するとさ
    れ、「障害物の伐除」(同法一四条一項)は市町村長の許可を要するとされ
    ている。これらはいずれも、土地所有者又は関係人の財産権を直接的に侵害
    する行為である。
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     従来、財産権を侵害・規制する権能は、基本的に国に属し、その事務は
    「国の事務」と考えらえれてきた。そのため知事又は市町村長の右許可事務
    は、いずれも国の事務と解され、地方自治法一四八条二項、別表三の、一、
    (百八)で「事業の準備のため他人の土地への立入等を許可し」と、同表三
    の、一、(三の四)で「防衛施設局長が使用し、又は収用しようとする土地
    等について、使用又は収用の認定の告示があった後における形質の変更等を
    許可し」と列記され、又、同条三項、別表四の、二、(四三)で「障害物を
    伐除することを許可し」と、同条四の、二、(一の五)で「防衛施設局長が
    障害物を伐除することを許可し」と列記されて、国の機関委任事務の一つと
    して取り扱われてきた。
    (二) しかし、前述したように、財産権を侵害・規制する権能は、憲法が
    二九条一項で財産権を保証し、同条二項で「財産権の内容は公共の福祉に適
    合するやうに、法律でこれを定める」と規定していることから、法律に基づ
    いてその権能が国又は地方公共団体に具体的に配分されるものと解するのが
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    妥当である。土地収用法が同じ財産権侵害・規制事務であるにもかかわらず、
    前述のように、知事の事務と市町村長の事務とに分けて事務を配分したのは、
    財産権侵害・規制の程度で区分けしたものと解される。障害物の伐除のため
    には事前の立ち入りのために知事の許可を得ていなければならない。そのた
    め、立ち入り後の障害物の伐除については、測量又は調査を行うために必要
    な障害物の伐除に限定されていることもあって、侵害・規制の程度が低いと
    考えて市町村長の事務とされたものと推測される。
     これらの右事務を国の事務と解する実質的、合理的根拠は、存しない。根
    拠らしきものといえば、別表三の、一、(百八)、(三の四)と別表四の、
    二、(四三)、(一の五)の記載位である。しかし、同列記は、前述の従前
    の発想から記載されたものであり、これをもって国の事務とするには根拠薄
    弱といわざるをえない。
  (三) 建設大臣の「事業認定事務」(土地収用法一六条、一八条)、内閣総
    理大臣の「使用・収用認定事務」(駐留軍用地特措法四条)が、国の事務
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    であることについては異論がない。
     知事の「事業認定事務」(土地収用法一八条)について、従来、収用高権
    の発動としての事務であるから、国の事務であるとして、知事への国の機関
    委任事務であると解されてきた。そのため、右別表三の、一、(百八)で
    「事業の認定に関する事務を行い」と列記したのは、知事への機関委任事務
    を確認的に記載したものと説明されてきた。従って、事業認定申請書、事業
    認定書等の写しを公告・縦覧し、土地所有者及び関係人に知らせる事務は
    「事業の認定に関する事務」の一つと解され、本来知事に委任された国の機
    関委任事務に属するものとされてきた。このような理解に立って、公告・縦
    覧は土地所有者及び関係人に知らせ、見やすい機会を与えることを目的とす
    るものであるから、地域ともっとも身近な市町村長に事務を委任するのが合
    理的であり効果的であるとして、土地収用法二四条二項及び二六条の二、二
    項は、右公告・縦覧を市町村長の事務としたものだと説明されている。その
    ため、地方自治法の別表四の、二、(四三)は、国の機関委任事務の根拠の
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    一つとして説明されてきた。
     ちなみに、同別表三の、一、(百八)に知事の代行事務が掲げられていな
    い。これは、土地収用法二四条四項、二六条の二、三項が「知事は・・・当
    該市町村長に代わってその手続を行う」と明記し、知事は市町村長の行う機
    関委任事務を代行するものと明記しているため、わざわざ国の機関委任事務
    として同表に掲げる必要性がなかったためである。
     駐留軍用地特措法においても、土地収用法の右二四条、二六条は適用され
    ているので同様に説明されることになる。従って、地方自治法別表四の、二、
    (一の五)が「裁決申請書・・・を公告し、縦覧に供し」と明記して公告・
    縦覧が市町村長の機関委任事務であるとしたのは、前記と同様の理由に基づ
    くものと説明されることになる。
    四 しかし、前述のように、知事の事業認定事務は、土地収用法により知事
    の事務とされたものであり、国の事務ではないと解すべきである。土地収用
    法は、事業認定を受ける事業の性質により、事務を国と地方に分けたものと
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    解するのが自然であり、合理的である。法がわざわざ知事に権限を付与して
    いるのに、同じ法が国の知事に対する指揮監督権を定めたとするのは矛盾で
    あり、不自然といわねばならい。
     従って、別表四の、二、(四三)及び(一の五)は、知事の事務を市町村
    長に機関委任したものと解すべきである。
 3 立会・署名事務の性格
     これらの条項に対比し、土地収用法三六条四項、五項は「起業者の恣意的
    な土地・物件調書の作成を抑制し、土地所有者及び関係人の財産権を保障し、
    適正手続を保障する」ことを目的とするものであり、その性格を異にするも
    のである。この点につき項を改めて詳述する。
四 土地・物件調書への知事の立会・署名は、国の事務ではなく、地方公共団体
 の事務である
 1 土地・物件調書の作成は、起業者の義務
     土地収用法三六条一項は「起業者は、土地調書及び物件調書を作成し、こ
 -------------------------------P16
    れに署名押印しなければならない。」と定め、土地・物件調書の作成が起業
    者の事務であり、義務であることを明確にしている。
     土地収用法に基づく一連の収用手続は、(1)起業者による事業の「準備」
    (第二章)、(2)建設大臣又は都道府県知事の「事業の認定等」(第三章)、
    (3)起業者による「調書の作成」(第四章第一節)、(4)収用委員会による
    「裁決手続」(第四章第二節、第四節)に大別される。(1)と(3)の事務は、
    基本的にその性質上起業者の行う私的な事務であり、決して国の事務に属す
    るものではない。右第三六条一項が、土地・物件調書の作成を起業者の義務
    と明記したのはこのことを確認したものである。
 2 起業者は土地所有者の意見を聴取することを義務づけられている
     土地収用法三六条二項は、土地・物件調書の作成が起業者の事務であるこ
    とを前提とした上で、起業者に対し「土地調書及び物件調書を作成する場合
    において、土地所有者及び関係人を立ち会わせた上、土地調書及び物件調書
    に署名押印させなければならない。」と定める。これは土地収用法が、起業
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    者が恣意的に調書を作成することを防止するという目的と憲法二九条一項に
    より保障された土地所有者及び関係人の財産権保障、憲法三一条の適正手続
    の保障の一つとして土地所有者及び関係人の意見聴取を起業者に義務づけた
    ものである。
     土地収用法三六条三項が「前項の場合において、土地所有者及び関係人の
    うち土地調書及び物件調書の記載事項が真実でない旨の異議を有するものは、
    その内容を当該調書に付記して署名押印することが出来る。」と定めたのは、
    単に機械的に土地所有者及び関係人の立会・署名押印を求めれば足りるとい
    うものではなく、土地所有者及び関係人の意見を十分に聴取して、起業者が
    真実に合致した正確な調書を作成することを、当然のこととして前提として
    いるものである。
 3 市町村長、知事の財産権・適正手続保障義務
    (一) このことを前提にして、土地収用法三六条四項、五項は、土地所有
    者及び関係人が署名押印を拒んだ場合又は署名することが出来ない場合に、
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    市町村長、都道府県知事に対し、立会・署名を義務づけている。これは、地
    域住民の平和のうちに生きる権利を保障し、生活、人権、財産権を守り、福
    祉を増進させることが、地方公共団体の本来の責務であり、公共事務の中核
    をなすものである(憲法第八章地方自治、地方自治法二条二項)ことから、
    土地収用法三六条四項、五項が土地・物件調書への立会・署名を地方公共団
    体の長である市町村長、都道府県知事の義務としたものである。
     市町村長、都道府県知事の立会・署名は、土地所有者及び関係人が署名を
    拒んだ場合又は署名することができない場合に、所有者及び関係人に代わっ
    て、住民の平和に生きる権利を保障し、生活、人権、財産権を守り、福祉を
    増進させる公的責務を負った第三者の立場から立会・署名を行うものである
    から、土地収用法三六条の趣旨(起業者の恣意の抑制、財産権の保障、適正
    手続の保障)に沿って、調書の内容が真実に合致し、調書が正確に作成され
    るよう事前に十分な調査を尽くした上でなされなければならない。
    (二) 市町村長、都道府県知事の立会・署名について、単に形式的な立会
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    で事足りるとし、調書の作成が手続的に適正に作成されたか否かを調査すれ
    ば足りるとする見解(小澤道一、逐条解説土地収用法三七五頁)は、土地収
    用法三六条二項、三項、四項の趣旨を正解しないものである。
     土地収用法三八条は「土地所有者及び関係人は、第三六条第三項の規定に
    よって異議を付記した者がその内容を述べる場合を除く外、前三条の規定に
    よって作成された土地調書及び物件調書の真否について異議を述べることが
    できない。」と規定して、土地・物件調書にその記載内容が真実である旨の
    法的推定力を付与している。しかも留意しなければならないのは、市町村長、
    都道府県知事が土地・物件調書の内容について異議を述べても、同推定力は
    排除されず、土地所有者及び関係人は、以後土地・物件調書について異議を
    述べることができないと解されている点である。このように、市町村長、知
    事、は異議を述べて法的推定力を排除することができない。そうであるから
    こそ、市町村長、都道府県知事は、土地所有者及び関係人の財産権、適正手
    続を保障するため、より慎重に事実関係を調査する義務を負い、土地・物件
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    調書の内容に異議があるときには土地・物件調書への署名を行わないことが
    許されるものである。
     前述の見解は、地方公共団体が、地域住民の平和のうちに生存する権利を
    保障し、生活、人権、財産権を守り、福祉を増進させることを本来の責務と
    していることを見失ったものであり、誤った見解といわざるをえない。
    (三) 土地収用法三六条四項は、先ず市町村長に立会・署名を義務づけ、
    市町村長が署名押印を拒否したときにはじめて同条五項により、都道府県知
    事に立会・署名を義務づいけている。これは、土地所有者及び関係人に一番
    身近な市町村長が最も土地・物件についての情報を保有し、且つ第一次的に
    地域住民に対する生活、人権、財産権を守り、福祉を増進させる義務を負っ
    ているところから、市町村長に立会・署名を義務付けたものである。その市
    町村長が署名を拒否した場合に、第二次的に地域住民に対して責任を負う都
    道府県知事が、立会・署名することになる。
  4 地方自治法別表三、別表四いずれにも、立会・署名を機関委任事務とする
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   記載はない
     右土地・物件調書への立会・署名の法的性格に加え、地方自治法一四八条
    二項の別表三、同条三項の別表四にはいずれも立会・署名が機関委任事務と
    して列記されていないことに留意しなければならない。前述のように、立入
    許可、障害物の伐除許可、試掘等の許可、事業認定申請書の公告・縦覧、事
    業認定書の公告・縦覧が機関委任事務として右別表に列記されていることと
    対比すると、これは、地方自治法が土地・物件調書への立会・署名を機関委
    任事務として取り扱っていないことを示す有力な根拠をなすものである。
  5 立会・署名は自治事務
     以上のように、土地・物件調書への知事の立会・署名は、国の事務ではな
    く地方公共団体の事務である。
     土地収用法三六条四項が市町村長はその「吏員を立ち会わせ、署名押印さ
    せることができる。」と定め、五項が知事はその「吏員のうちから立会人を
    指名し、署名・押印させなければならない。」と規定するのは、立会・署名
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    が本来地方公共団体の事務であることから、このように規定したものと解さ
    れる。
     従って、法が特別に国に対し、土地・物件調書への立会・署名を行う権限
    を認めない限り、国は立会・署名を行いえないものである。駐留軍用地特措
    法及び土地収用法は、このような規定を設けていないので、国は土地・物件
    調書への立会・署名を行うことはできない。
     土地収用法が収用高権を発動する国と土地所有者及び関係人の財産権を保
    障する者とを同一主体に帰属させず、これを分けて後者を地方公共団体に委
    ねるのは、収用高権の適切な発動、財産権保障のための適正手続という観点
    から見ても立法的にも合理的理由を有するものであり、妥当なものである。
五 仮定主張───立会・署名が機関委任事務だとしても、それは建設省の所
      掌する事務であり、総理府が所掌する事務ではない
  1 原告は、土地・物件調書への立会・署名は、総理府が所掌する事務である
   と主張するが、同主張は理由がない。
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    駐留軍用地特措法四条は、「防衛施設局長は、この法律により土地等を使用
   し、又は収用しようとするときは、・・・・・使用認定申請書又は収用認定申
   請書を防衛施設庁長官及び防衛庁長官を通じて内閣総理大臣に提出し、その認
   定を受けなければならない。」と規定する。従って、防衛施設局長が起業者と
   して行う米軍用地の強制使用認定申請書は、防衛施設局長の事務である。同法
   一四条が「『防衛施設局長』を『起業者』と、『土地等の使用又は収用の認
   定』を『事業の認定』と・・・・みなして、土地収用法の規定・・・・を適用
   する。」と規定していることから、このことは明らかである。
    防衛庁設置法五条二五号は「駐留軍の使用に供する施設及び区域の決定、取
   得及び提供に関すること」を、防衛庁の所掌する事務とし、同法四二条は「防
   衛施設庁は、第五条・・・第一五号から第四〇号までに掲げる事務をつかさど
   る」と定める。
    従って、防衛施設局長が起業者として駐留軍用地特措法に基づき強制使用権
   取得のために行う「事業の準備」、「認定申請事務」、「補償金支払事務」等
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   は駐留軍用地特措法により防衛施設局長の所掌事務となり、強制使用認定手続
   の前提となる提供「施設及び区域の決定」、「取得」、使用権取得後の「提
   供」事務は、防衛庁、防衛施設庁の所掌事務となる。
     原告は、訴状において、立会・署名が防衛庁、防衛施設庁の所掌する事務
   である理由として、防衛庁設置法五条二五号、四二条を挙げる。しかし、右二
   五号は、提供する施設及び区域の「取得」事務を防衛庁、防衛施設庁の所掌事
   務とするものであり、駐留軍用地特措法及び土地収用法に基づく立会・署名を
   防衛庁、防衛施設庁の所掌事務とするものではないので、同号は根拠とはなら
   ない。又四二条だけでは、直接的な根拠事項とはならない。
 2 駐留軍用地特措法は、前述のように、防衛施設局長が起業者として駐留軍
    用地特措法に基づき強制使用権取得のために行う諸事務を、「防衛施設局長」
    の所掌する事務と定め、強制使用認定事務を「内閣総理大臣」の所掌事務と
    規定するだけであり、土地収用法が定めるその他の事務を防衛施設局長の事
    務としたり、又防衛庁、防衛施設庁の事務と規定するものではない。
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     駐留軍用地特措法により適用される土地収用法の事務は、駐留軍用地特措
    法に特別の定めがある場合を除いて、土地収用法の解釈に基づきその所掌が
    決められるべきである。
     前述のように、駐留軍用地特措法により適用される土地収用法三六条は、
    土地所有者又は関係人の財産権確保、適正手続の保障をその目的とするもの
    であり、収用高権の発動としての強制使用認定事務とはその性質を異にし、
    寧ろ強制使用認定事務と対極に位置する性質のものである。
     従って、強制使用認定事務が総理大臣の所掌事務とされていることを理由
    に、立会・署名を総理大臣(又は総理府)の所掌事務とするのは、相当でな
    く、土地収用法の原則に戻って建設大臣(又は建設省)の所掌事務と解する
    のが、立会・署名の制度を置いた法の趣旨(収用高権の発動主体と財産権保
    障主体の同一帰属の回避)に最も合致する。
     立会・署名が国の事務であり、機関委任事務とする原告の主張そのものが
    誤りであることは、前述したとおりであるが、仮に、立会・署名が機関委任
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    事務だとしても、それは、従来建設省の所掌事務と解されてきたものであり、
    総理府、防衛庁、防衛施設庁の所掌する事務と解すべきものではない。
     立会・署名を総理府、防衛庁、防衛施設庁の所掌する事務とする原告の解
    釈は、誤ったものといわねばならない。
     立会・署名が機関委任事務だとしたら、立会・署名を所掌する建設省の長
    たる建設大臣が地方自治法一五一条の二、一項の「主務大臣」となるのであ
    るから、建設大臣が原告となって、本件訴えを起こすべきものである。とこ
    ろが、本件訴えは、総理府の長としての内閣総理大臣が原告となって提起し
    たものであり、訴えそのものがそもそも不適法なものである。
六 仮定主張───立会・署名が機関委任事務であり、且つ総理府の所掌する事
 務だとしても、原告は、監督者としての立場で機関訴訟を起こすのではなく、
 起業者としての立場で当事者訴訟等を提起すべきであった
  1 防衛施設局長は、起業者として裁決申請のための調書作成作業をしている
    のであり、駐留軍用地特措法及び土地収用法三六条五項は、知事に対し申請
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    者との関係で立会・署名を義務づけているものであるから、国は知事の取り
    扱いに不服であれば起業者としての立場で、知事を被告として当事者訴訟
    (行政事件訴訟法四条)等を起こすべき筋合いのものである。
     土地収用法三六条五項は、立会・署名を申請した起業者との関係で、知事
    に対し、立会・署名を義務付けているだけである。
     仮に、立会・署名が国の機関委任事務だとしても、機関委任をなした国と
    の関係では、知事は、地方自治法一五〇条に基づき主務大臣の指揮監督を受
    けるに過ぎず、土地収用法三六条五項の署名する義務を国に対して負うもの
    ではない。この点彼此混同しないことが肝要である。
     土地所有者及び関係人だけでなく、市町村長、都道府県知事がいずれも立
    会・署名を拒否するという事態は、それだけで極めて異常な事態であり、土
    地・物件調書作成に問題が存することを強く疑わせるものである。
     従って、駐留軍用地特措法及び土地収用法は、このような場合には起業者
    から立会・署名を拒否する都道府県知事を相手に当事者訴訟を起こす等して、
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    司法の場で拒否の正当性を判断させることを予定していると解すべきである。
    仮に、裁判において都道府県知事の立会・署名拒否に正当な理由が存すると
    判断されると、起業者の調書作成自体に問題があることを意味することにな
    るのであるから、起業者は、改めて別の方法で調書を作成し直さなければな
    らないことになる。
     それをしなければ、起業者は調書を作成することができず、従って、裁決
    申請もできないことになる。これは、土地・物件調書への土地所有者及び関
    係人の立会・署名、市町村長、都道府県知事の立会・署名が起業者の恣意的
    な調書作成を防止し、土地所有者及び関係人の財産権保障・適正手続保障を
    目的としていることから、導かれる当然の帰結である。
  2 ところが、原告は上級官庁という立場で下級機関である知事に対する裁判
    として本件訴えを提起している。これは、起業者の立場にとどまらなければ
    ならない国が、起業者としての利益を守るために監督官庁としての立場で訴
    えを提起したものであり、違法不当といわなければならない。
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     これは、土地収用法三六条六項が「前二項の規定による立会人は、起業者
    又は起業者に対し第六一条第一項第二号又は第三号の規定に該当する関係に
    ある者であってはならない。」と定め、起業者の意向にそって行動する者を
    立会人から除外した趣旨(起業者の立場と立会・署名を行う者との実質的同
    一性の回避)にも反するし、又、土地収用法が収用手続への国の干渉を排除
    しようとする精神にも、真正面から反するものである。
七 結語
     以上のとおり、本件訴えは知事の立会・署名を国の機関委任事務とするそ
    の前提において誤っており、又その所掌を総理府とする点においても誤って
    おり、不適法として速やかに却下されるべきものである。
    
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            本案の答弁
            
第一 請求の趣旨に対する答弁
 1 原告の請求を棄却する。
 2 訴訟費用は、原告の負担とする。
 との判決を求める。
第二 請求の原因に対する答弁
 一 請求原因一について
     1の事実は、不知。
     2の事実は、不知。
     3の主張は、争う。
 二 請求原因二について
     1の事実は、不知。
     2の事実中、本件使用認定がなされたこと、官報による各告示がなされた
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      ことは認め、その余は不知。
  三 請求原因三について
     1の事実は、不知。
     2の事実は、不知。
     3の事実は、認める。
  四 請求原因四について
    1の事実中、総理府の長が原告であることは認め、その余は否認し、原告
     の主張は全面的に争う。
    2の主張は、全面的に争う。
    3の主張は、全面的に争う。
      4の主張は、一八頁の三行までの手続的説明を除いて全面的に争う。
      5の事実は、認める。
 五 請求原因五について
     同項の事実は認める。
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