「和解」成立の2日後2000年12月1日に「花岡裁判勝利緊急報告集会」
(花岡裁判支援連絡会議主催、於全水道会館)が開かれた。
司会者から指名を受けた数人の祝辞の後、
花岡裁判の弁護団代表としての新美隆氏による和解までに至る経過報告が
集会終了間際まで行われた。
氏の弁護団の御苦労話の報告のなかで、
中国において何人かの「原告を説得」に努めた旨の数回に亘る氏の言葉には、
主客転倒ではないかと奇異な感じを聴衆に与えたのではないだろうか。
司会者から集会の終了が告げられた時、花岡裁判支援連絡会議の一員が挙手した。
すかさず司会者は其の者にマイクを渡しながら、
「時間の関係でこれ以上の質問は受けません。」と断りを入れた。
マイクを持った一支援者は、「日本のマスコミは鹿島が良いことをしたように発表したが、
三項目要求の一つも満たしていないことは鹿島のコメントで明らかである。
原告が了承したのならそれでも仕方ないと思っていたところ、
テレビで原告の代表である耿諄氏のコメント、
「やっと鹿島が謝罪したことは良かった、
しかし我々の要求とは遠い(本当の言葉の意味は「程遠い」)。」
と言われたので吃驚して今日は其のわけを尋ねに来たが
質疑応答の時間は設けられていないのか、と尋ねた。
それに対して新美氏は「確かに私も彼のコメントをテレビで聞いた。
『程遠い』とは鹿島が紀念館を建てないことについてです。」
という趣旨のことだけ述べられ、謝罪に対しては一言も言及しなかった。
終了が告げられ、そそくさと後片付けとなった。