花岡和解の「偽」
 
       劉彩品


『世界』二月号の野田正彰「虜囚の記憶を贈る―受難者を絶望させた和解」を見て、受難者の絶望に思いを走らせている。

野田さんが書かれている『「和解」の欺瞞』について、「和解」直後からおよそのことは知っていた。日本側の関係者(田中、新美、林諸氏)に「原告を騙したのではないか」と問いただしたことがあったが、返ってくる「声」はなかったし、運動の周辺にいた日本人の多くも、日本の社会も聞く耳を持っていなかった。

「和解協議」について、日本では関係者らは「勝利」、「画期的勝利」と言うが、多くの問題点を含んでいる第一条のただし書き以降は、1990年の「共同発表」における鹿島の“謝罪”を取り消すもので、「共同発表」から明らかに後退している;第五条は、11名の花岡原告以外の受難者とその遺族の訴訟権利を違法に剥奪し、彼らを蔑視するものである;また、第二条において、「利害関係人中国紅十字会に対し金五億円を信託する」となっているが、中国紅十字会という組織の活動が人道主義救済に限定されていることから、(鹿島側があからさまに主張するように)5億円は人道主義的救済の慰霊金という性質のもので、賠償金ではない;そして、記念館の建設についてはまったく触れられていない。

つまり、花岡裁判原告の三項目要求(鹿島は犯罪行為を認めて謝罪する、賠償する、記念館を建てる)、どれ一つ「和解協議」含まれていないことになる。

原告代表耿諄さんは訴訟目的を「討回公道」という。「公正な扱いを求める」意味である。仲間の犠牲を犬死に終わらせないための、人間として最低限の要求でもあった。真摯に歴史に対面する、と語ってきた人たちがそれを踏みにじったのである。

耿諄さんは和解内容を知って、怒り、苦しんだが、騙されたことに触れて、「彼らを信じた自分達もいけなかった」と語った。そのような耿諄さんに対して、「和解」直後から花岡裁判の日本支援者たちは攻撃を始めた。それから7年、中国河南省の田舎で静かに暮らしている93歳の耿諄さんを誹謗中傷している記事を、「中国人強制連行を考える会」(代表、田中宏)ニュースに見て、私は唖然とした。

花岡裁判の和解は「偽」であった。その「偽」は「偽」を再生産している。前者の「偽」は「真摯に歴史に対面する」という言葉をはかるバロメータ、関係者の人間性の問題である。後者の「偽」は鹿島建設に傷つけられた耿諄さんたち受難者を再び傷つけている。

 


hanaoka@jca.apc.org