「少子化社会対策基本法案」に対する要望書

2003(平成15)年6月3日
 
 

                             社団法人 日本家族計画協会
                             会  長  松 本 清 一

私たちは、ヒューマニズムに立脚した家族計画運動を半世紀にわたり推進して参りました。国連の女性差別撤廃条約(1979 年 )や、国際人口開発会議行動計画(1994年)、第4回世界女性会議行動綱領(1995年)においては、産む産まないの選択は個々のカップルおよび個人、とくに女性の自由意思による決定に任せられるべきであり、それは基本的人権の一つであるということが明らかにされ、この考えはいまや国際社会の共通認識になっています。その普遍的理念に照らして考えますと、現在国会で審議中の少子化社会対策基本法案(以下、本法案と略す)には、少なからず疑念があります。以下に私たちの疑念と要望を記し、本法案が慎重に審議されることを念願致します。

私たちの疑念
1. 基本的な疑念は、本法案の重点が、産むことに傾き過ぎているという印象を否めないことです。子どもを産みたい人が、望むときに安心して産み育てられるための環境を整備することは、異論の余地のない重要課題です。しかしその環境作りの基本には、子どもを持たない生き方、多様な家族のあり方への保障、言い換えれば、結婚するか否か、子どもを産むか否かの選択の保障がなければなりません。産むことが強調されるあまり、産まない人あるいは産めない人が「国民の責務」(第6条)を果たしていない存在とみなされ、疎外されるようなことがあってはならないと考えます。
2. 私たちの協会では、活動の一環として不妊の当事者による不妊相談を行っています。その活動を通して痛感するのは、子どもを産めない人を“一人前”とみなさない社会の価値観が、いかに不妊の当事者を苦しめているかということです。その実情を考えますと、本法案の不妊治療に関する条項 (第13条2項)は、その苦しみを増すことにつながるのではないかとの危惧を覚えます。不妊の人への支援は、イコール不妊治療の支援ではありません。不妊治療を、出生増加を意図した少子化対策の手段として利用してはならないと考えます。
3. 政府の「男女共同参画社会に関する世論調査」(2002年)によれば、結婚しても必ずしも子どもを持つ必要がないと答えた人は4割を占めています。いまや人々の意識・行動様式は、このように大きく変化しています。すでに出産奨励策を推進する地方自治体もありますが、明らかに出生率が増加した事例はいまだ報告されていません。このように、子どもを産ませるための政策が、人々に受け入れられるとは考えにくいのが現状です。少子化社会に関しては、その弊害・利点について異なる考えがあり、「少子化の進展に歯止めをかける」(前文)ことよりも、少子化を見据えた社会の枠組みの再編成が重要との意見も聞かれます。少子化対策については、さまざまな角度からの検討が行われるのが望ましいと考えます。
私たちの要望
以上の疑念から、私たちは以下のことを要望致します。
1. いつ何人子どもを産むか産まないかの選択は、個人の基本的人権として保障されるべきであり、その決定に国が介入してはならないことを、法案の冒頭に明記して下さい。国による人口政策の弊害は国連でも認識され、国際人口開発会議では、その反省に立ってリプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康/権利)が提唱されました。
2. 政府の「社会意識に関する世論調査」(2002年)などによれば、わが国では理想子ども数がわずかながら実際の子ども数を上回っています。このことは、いかに産み育てやすい環境が求められているか、仕事と子育ての両立に対する支援が必要かを示しており、そのための対策の強化にこそ重点が置かれるべきと考えます。
3. 本法案では、母子保健医療体制の充実(第13条)がうたわれています。母子保健が重要であることはいうまでもありませんが、同時に女性には妊娠・出産期にとどまらず、性と生殖に関する生涯を通した健康支援が必要です。そのことを本法案に明記することを要望します。生涯を通した女性の健康支援は、すでに厚生労働省母子保健課の事業に含まれており、それをさらに充実させることは、本法案にうたわれている「豊かで安心して暮らすことのできる社会」(前文)に不可欠な要因であると考えます。
4. 以上を勘案しますと、少子化社会対策基本法という法律の名称が最適であるか否かという疑問が生じます。法案の名称も含め慎重な検討がなされることを要望します。
                                         以上



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