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ユーゴ戦争:報道批判特集/Racak検証(1)
検証:ユ-ゴ「民族浄化」の定義と真相

メディア批判
ユーゴ戦争
5Racak検証その他

(1):ユ-ゴ「民族浄化」
(2):農民虐殺デッチ上げ
(3):何とまた『読売新聞
(4):朝日は遅れてローマ
(5):Racak共同全配信、裁
(6):Racak事件発生当初の
(7):セルビア内務省声明
(8):最も扇情的だった読
(9):共同通信「ラチャク
(10):『ル・モンド』
(11):『リベラシオン』
(12):『ワシントン・ポス
(13):「真偽めぐり論争」
(14):ペンは剣より酷い
(15):市民を汚染する作為
(16):ラチャク「虐殺」発
(17):ラチャク「虐殺」

(18):待望の『ル・フィガ
(19):仏疑惑報道を国際行
(20):NHKユーゴ「虐殺」
(21):NHK&東大教授が陥
(22):待望の紙ゲリラ反撃
(23):NHK「現地ルポ」採
(24):先のユーゴ戦争

(25)『週刊プレイボーイ
』ユーゴ戦争連載一括

1「虐殺」デッチ上げ
2『プレイボーイ』連載
3一覧表型一括リンク
4コソボの運命




1999.5.25.mail再録。

 ユ-ゴ空爆、もしくは航空戦争(air war)は、2カ月を越えました。善悪は別として、今やインターネットによって、同時並行の意見発表と検証の議論ができるのですが、その一方では、湾岸戦争の場合とは違って現地入りも可能な条件があるので、安楽椅子探偵(armchair detective)の批判をも覚悟せねばならず、居心地の悪さも味わっています。

 私は、湾岸戦争では1991年1月17日の開戦直後、3月10日発行の『噂の真相』(1991.4)に「執筆協力」、4月10日発行の『噂の真相』と『創』の同年5月号に単独執筆、以後、『噂の真相』では6月号と11月号、『創』では10月号、合わせて6本の雑誌原稿を書き、翌年の1992年5月28日には、それらを改訂、大幅に増補した単行本、『湾岸報道に偽りあり』を出しました。以上のいずれの発表も、残念ながら実際の戦争の終了後でした。

 以上の時間的制約の相違を意識しながら、今度も、まずは中間的な検証に着手します。実践的な訓練の積み重ねによって、一刻も早く真相を確かめ、報道操作の手をしばる実力を高め、ノウハウを蓄積し、何時の日にか、もっともっと先回りして、開戦を阻止することが可能になるような「上兵伐謀」(『孫子』)の境地に達したいと願っています。私自身の位置付けは、8年前と同様、「本国でデスクワーク中のCIAの分析官」(『湾岸報道に偽りあり』p.3)です。

 情報操作を行う『歪め屋』(twister)とメディアの関係についても、以下のように、湾岸戦争の場合と同様に位置付けます。

「注意しておきたいのは、メディア関係者の位置である。多くの場合、[中略]『歪め屋』が放つ弾丸の最初の犠牲者は、いわゆるジャーナリストである。彼らは脳天を射ち抜かれるのだが、痛みを感じることもなく、自分が射たれたことに気づきもせず、見事に『歪め屋』の仲間にされてしまうのだ。かくして『歪め屋』の弾丸は増幅され、大量にばらまかれる結果となるのである」(『湾岸報道に偽りあり』p.56)

 情報収集の方法についても、湾岸戦争の場合と同様に、というよりも歴史的な情報機関の常識に従って、あらゆる傾向の資料を差別せずに調べます。

「民族浄化」に関しては、まず、今回の場合の上記「最初の犠牲者」による典型的な混乱の実例を示します。普通には、いわゆる平和運動家が「味方」と位置付けるメディアにも、「見事に『歪め屋』の仲間にされてしまう」実例が多いのです。これこそが一番の要注意なのです。読売新聞や産経新聞なら容易に騙されない人々も、これで混乱するのです。

「報道によれば、空爆後、ユーゴ軍による『民族浄化』作戦が強化され、コソボから8割以上のアルバニア系住民が国外に追い出され難民となっています」(『世界』1999.6「座談会/ユーゴ空爆は正しかったのか/NATOの『人道的介入』を考える」p.185)

 これには唖然、呆然、愕然、寒心の至りでした。私の定義によれば、というよりも時間的な事実関係からして異論のあろうはずもない言葉そのものの発生的な意味としても、「NATOの『人道的介入』」の口実となったのが、「民族浄化」なのです。それが「空爆後」となれば、子供でもすぐに見破る手品なのですが、本を出すよりも社員になる方が難しいと言われるほどの天下の秀才揃いの書店ともなると、司会役の編集者が、どこの教授の説を暗記したものか、こういうトンデモナイ前口上で、座談会を開いてしまうのです。

 事実関係のポイントを押さえた記事は、実に困ったことに、私の訴訟提起予定の相手の月刊誌、池田大作独裁支配下の『潮』(1999.6)に載っていました。筆者は、つぎのように紹介されています。

「片野優/かたの・まさる(フリージャーナリスト)/1961年生れ。東京都立大学法学部卒業。出版社勤務ののちベルリンの壁崩壊後の旧東欧に関心を持ち、ウィーン、ブタペストで暮らす。現在、ベオグラードで出版社経営」

 空爆開始前の決定的な状況についての記述を、以下、一部引用します。

「[前略]いたるところで少数派のセルビア人いじめが横行していた。[中略]

 97年に入ると、KLA(コソボ解放軍)と称する謎の急進派武装集団がユーゴ警察を襲撃する事件が相次いだ。ユーゴ政府はこれを重視し、テロ活動として鎮圧に乗り出した。98年2月に発生した大規模な紛争では、1000人以上の死者がでて、約30万人の避難民が厳冬に放り出されることになった。

 9月にはコソボ中部の村で、子供、老人、女性を含む約30人のアルバニア系住民が虐殺された。欧州各国では、これをセルビア治安部隊による虐殺行為として一斉に非難した。

 さらに今年1月には、KLAの拠点ラチャク村で頭を撃たれたり、目を抉られた45人のアルバニア系住民の惨殺死体が発見された。CNN,BBC,スカイニュースなどは、朝から晩まで悲惨な死体の映像を繰り返し流し続けた。この虐殺事件がNATOの空爆の直接の原因となった。

 これに対してユーゴ当局は『KLAがセルビアを陥れるために、戦死した兵士に農民の服を着せて演出したにすぎない』と反論。仏『フィガロ』によると、この日は朝からラチャク村で掃討作戦をしていたセルビア治安部隊が、米APテレビの取材班に作戦の撮影を許可した。同時にOSCE(全欧安保協力機構)検証団にも通知していた。検証団は車2台で現地入りし。一日中、村を見下ろす丘の上にいたという。とすれば、この事件については、軍事介入を呼び込むためのKLAの演出というのが真実に近いようだ」

 この「ラチャク村」の事件については、先の私のmailでも、去る5月15日にNKH3チャンネル「海外ドキュメンタリー」枠で放送したBBC制作、「コソボ紛争・その構図と歴史的背景」の紹介の中で指摘しました。このmailは、わがホームページにも入れてあります。BBCは一切、犯人特定のコメントを入れていませんでした。しかし同時に、上記のような「ユーゴ当局」の「反論」の紹介もしていませんでした。結果として不公平報道です。

 以上で(1)終り。次回に続く。

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