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『湾岸報道に偽りあり』
隠された十数年来の米軍事計画に迫る
(61)
補章:ストップ・ザ・「極右」イスラエル 4/5

「ユダヤ人」の九〇%はタタール系カザール人だった

 「ユダヤ人問題は百科事典編集者にとって最大の難問題の一つですよ」と語るのは平凡社の社員だった知人、百科事典のベテラン編集者である。  日本で現在も版を重ね、続けて発行されている百科事典の中では、平凡社の『世界大百科事典』がいちばん古い。初版以来、版を重ねるたびに、各項目の記述を再検討し、必要なら改訂するのだが、その際いつも、「ユダヤ人」の「血統」問題で苦労したというのだ。
 もちろん、二千年前にエルサレム神殿が破壊され、ディアスポラ(離散民)となって以来の歴史だから、当然、各地での混血は生ずる。しかし、ここでいう難問題の「血統」は、それとはまったく質を異にしている。
 結論を先にいうと、世界中の「ユダヤ人」の約九〇%は血統的に見ると、もともと、かつてのユダヤ王国起源、つまり、先の「ヴィデオ」のナレーションのような「モーゼに率いられてエジプトを出たユダヤの民」の末裔ではないのだ。大部分は、ユダヤ教に国ごと改宗したタタール系民族で、南ロシアに七世紀から十世紀にかけて周辺諸民族を帝国支配下に置いていたカザール(英語で「Khazar」、ハザルとも記す)王国起源なのである。
 私はこの事実を、湾岸戦争中に読んだ『ユダヤ人とは誰か』で初めて知って驚き、他の資料を当たってみた。単行本も何冊か発見したが、特に、平凡社の世界百科事典に記述があったので、すでに以前から「知るひとぞ知る」類いの問題だったことが確認できたのだ。
 これは、歴史ファンにとっては、実に魅力的な歴史ロマン大発見であろう。パレスチナ問題という当面の障害さえなければ、歴史ファンにとってもともと、ユダヤほど興味深い題材はない。日本にだって古事記や日本書紀などがあるが、世界的に見て、旧約聖書にかなう古代文献はない。エジプトやメソポタミアから未知の古記録が発見されるたびに、世界史の謎を解くカギの一つとして、様々な議論の中心になっている。
 ところが、あれだけ自分の民族の歴史に執着してきた「ユダヤ人」(ユダヤ民族、より正確にはユダヤ教徒)が、二千年前にエルサレム神殿破壊、ディアスポラ(離散民)となって以来の歴史を、自ら積極的に語ろうとはしないのである。奇妙な話なのだが、下手にさわると、反ユダヤだ、ナチだ、ヒットラーだとまでいわれかねない。危険な政治問題となるために、歴史ファンが公然と議論もできず、歴史学者もオソル、オソル。まさに「さわらぬ神に祟りなし」という表現がピッタリの状態だったらしい。私自身も歴史ファンの一人として、なんとか、こういう魅力的ロマンを自由に議論できる平和な状態にしてほしい、と願わずにはいられないのだ。
 ユダヤ人は、むしろ、ユダヤ教徒の集団として考える方が実態に合っているが、ディアスポラには二つの大きな流れがあった。現在のイスラエルでも、その象徴として首席ラビ(指導的聖職者)が二人おかれている。流れの一つはセファルディム、もう一つはアシュケナジムと呼ばれている。
 セファルディムの語源はスペイン(エスパーニャ)と同じで、パレスチナ地方からスペインに流れた集団を祖先としている。言葉もスペイン語をたくさん取り入れたラディノ語を使っていた。セファルディムは中世にスペインから追われ、主に北アフリカに移り住んだ。人種的特徴は、現地のアラブ人に近く、肌色も褐色が多い。
 アシュケナジムの語源には諸説あるようだが、ドイツの意味とも解釈され、やはりドイツ語を沢山取り入れたイディッシュ語を使っていた。
 そこで、「百科事典編集者にとって最大の難問題の一つ」という話を検証してみよう。確かに、そのつもりで『世界大百科事典』(平凡社、一九八八)をめくると、それらしき苦労が感じられる。いくつかの項目を比較検討しないと実像に迫りにくい記述なのだ。
「アシュケナジム」の項では、「最初はライン地方のユダヤ人を意味した」とし、「第二次世界大戦前には、全世界のユダヤ人口一六五〇万の90%はアシュケナジムであった。ナチスのホロコーストはこの比率を大きく低下させた」と記している。
「ユダヤ人」の項では[東方ユダヤ人]を区分し、以下のように説明する。「ロシア、ポーランドなど東ヨーロッパ諸地域にも多くのユダヤ教徒が居住していた。その一部はスペインでの迫害を逃れて移住した人びとであったが、他のかなりの部分は、ハザル王国の滅亡とともに各地に離散したユダヤ教徒であった。……彼らは十九世紀後半に帝政ロシアの迫害と貧困を逃れるため大量に西ヨーロッパ諸国、さらにアメリカへと移住した」
「ハザル族」の項では「王族は、九世紀の初めユダヤ教に改宗した」としている。
 さてそこで、「アシュケナジム」の一員で、ハンガリー生まれのユダヤ人、アーサー・ケストラー(故人)が著わした『The Thirteenth Tribe, The Khazar Empire and its Heritage』(『第十三支族、カザール帝国とその末裔』)の日本語訳が『ユダヤ人とは誰か』と題して出版されていた。この本の主張は、大変に強力な「カザール起源説」である。
 アーサー・ケストラーは、やはり『世界大百科事典』に詳しく載っている有名な作家であった。一九〇五年にブダペストで生まれ、ウィーン大学の学生時代からシオニストとして活躍している。だから決して、いわゆる「反ユダヤ主義者」などではない。一九四五年にはロンドン・タイムズの特派員としてイスラエル建国前のパレスチナにいた。一九五六年にはイギリス王立文学会特別会員となり、一九六四年から一九六五年にはカリフォルニアのスタンフォード大学の行動科学研究所特別会員だった。著書には、日本でも有名な『スペインの遺書』や『真昼の暗黒』『黄昏の酒場』『見えない手紙』『夢遊病者』『コール・ガールズ』がある。さらにニュー・サイエンスの『機械の中の幽霊』『ホロン革命』などを著した思想家としても知られている。
 彼が『ユダヤ人とは誰か』を出版したのは一九七七年であった。ところが一九八三年、同書の訳者解説によれば、「彼の死を報じた新聞はその業績とともに彼の多くの著書を紹介したが、本書は著書名の中には挙げられていなかった」。『世界大百科事典』の「アーサー・ケストラー」の項にも、この本の名は記されていない。しかし、「本書」は最初から無視されていたのではなかった。
「この本が初めて世に出た頃には『ニューヨーク・タイムズ』でさえ次のような賛辞を贈っていた。『ケストラーの優れた書物は非常に興味深いものである。その手腕、優雅さ、博学などはもちろんのこと、それににもまして著者そのものがそれらすべてを駆使して真実を導き出そうとした努力、さらにその結論には大いに敬意を表するに値するものがある』。『ウォール・ストリート・ジャーナル』も同じように称賛していた。『興味を持つためにユダヤ人であることが何も必要条件とはならない。……今日のヨーロッパのユダヤ人達は本当に聖書が言っているセム系のユダヤ人なのか。それとも大多数は改宗したカザール人の子孫なのか。このコンパクトで興味をそそる本は……この問題に潜んでいる悲劇的かつ皮肉な結論を暗示し……それゆえに人々の心を魅了してやまないであろう』」
 ただし『ニューヨーク・タイムズ』の書評の扱いに関しては、先に紹介したユダヤ系ジャーナリストのリリアンソールが、「書評欄の片隅に目立たないように押しこめられていた」と批判している。リリアンソール自身も、ケストラーより二、三年先に『イスラエルについて』を著し、次のように指摘していたという。
「東西ヨーロッパのユダヤ人たちの正統な祖先は、これらの八世紀に改宗したカザール人たちであり、このことはシオニストたちのイスラエルへの執念を支える一番肝心な柱を損ないかねないため、全力をあげて暗い秘密として隠されつづけてきたのである」
 詳しい論争に立ち入る余裕はないが、なにしろカザール(ハザル、ハザール)自体が、とてつもなく広い南ロシア平原地帯の騎馬民族であり、中世の「失われた歴史」の民なのである。おそらくは、色々な人種、民族、文化の混合体だったのだ。揚げ足取りの議論も絶えないことだろう。
 イスラエル大使館に電話で聞くと、日本語の上手な広報担当者が次のように答えた。
「高校でカザール書簡の存在は教えている。だが、歴史的事実だとしても、カザールのインパクトは低い。PLOがイスラエル建国の権利を否定する根拠にしているのは間違いだ」
 つまり、否定はしないが「インパクトは低い」というニュアンスでぼかしている。
「カザール書簡」というのは、十世紀のアラブ支配のウマイヤ朝時代にコルドバのカリフの総理大臣だったユダヤ人、ハスダイ・イブン・シャプルトと、時のカザール王ヨセフとの間で交わされたヘブライ語の手紙のことである。ケストラーは、「この書簡の真偽は論争の的であったが、現在では後世の書写人の気まぐれをそれなりに斟酌した上で、大体受け入れられている」と記し、同時代のアラブ側の歴史資料などと比較検討するなど、詳しい考証を行なっている。
 比較言語学によって得られた最近の成果は、さらに説得的である。この方法で民族の歴史が解明された有名なものには、ジプシーのインド起源説の例があるが、アシュケナジムのイディッシュ語の起源も、見事に解明された。将来展望としては、遺伝子のDNA比較などの最新技術も駆使されるであろう。歴史はいまや立派な科学なのである。
 イスラエル大使館の広報担当者の慎重な返事は、そういう歴史的事実と現在の政治のはざまであえいでいるように聞こえた。歴史ロマンの解明への道は、まだまだ、血なまぐさい葛藤の彼方にあるようだ。特に問題なのは、現地で相争うアラブ人とイスラエル人は、こういう因縁をお互いに良く知っており、日本人はまったく知らないということである。

以上で(その61)終り。(その62)に続く。

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